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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
173/232

173話 新婚生活?2


「……まあ、どうぞ。召し上がれ」

 俺がテーブルに料理を並べると、早速エレノアとジルニトラは皿にフォークを伸ばした。

「ふわぁ……今日も美味しいです」

「んん~! 美味しいわ。さすがね、クラウスさん。もうこの調味料を使いこなしているのね」

「ええ、まあ。どこかの古本に似たような食材のことが書いてあったので」

 今日のメニューは鯖の味噌煮、鰯の蒲焼、鰻の白焼き、生ウニ、イクラの醤油漬けだ。

 米も長粒種ではなく、日本のうるち米に近い性質である。

 そう和食祭りだ。

 醤油と味噌をふんだんに使った料理なのだ!

 ……魔大陸は本当に宝の山だった。

 この世界に転生してから、俺が長らく求めてきたものが手に入った。

 それも完成形でだ。

 最悪、大豆から発酵の実験を繰り返す羽目になるかと思っていたので嬉しい誤算だ。

 エレノアは滅茶苦茶な物体Xにしてしまうのでわからなかったが、彼女が俺にご馳走しようとした料理は味噌漬けや醤油を使った煮物だったようだ。

 調味料の痕跡すら無くしてしまうとは……。

 まあ、何はともあれ、実際にそのおばさんたちと里の居住区で接触したことにより、この里にある醤油や味噌といった調味料の存在を知ることができたのだ。

 お裾分けとして貰った料理は、確かに醤油を使った鶏の照り焼きと具沢山の味噌汁だった。

 ランドルフ商会の情報網を以てしても見つけられなかった品を、こんな魔境まで来てようやく見つけたのだ。

 きっと、殺伐とした運命に果敢に立ち向かい、日々世のため人のために戦い続ける俺への、神様からのご褒美に違いない。

 当然、俺はジルニトラのもとを訪れ、味噌と醤油の大量購入を持ち掛けた。

 もちろん米も。

 しかし……結果はあまり芳しくない。

 どうやら、味噌と醤油は龍族が製造しているものではなく、他の種族から購入しているものらしい。

 で、その連中に関しては、今は詳しく教えられない、と。

 まあ、仕方ないな。

 妙な詮索はしないという約束だし、何より俺一人が食う量であれば龍族経由で購入するだけでも十分だ。

 ……と、思っていたら、ジルニトラの口から信じられない内容が発せられた。

「そうそう、味噌と醤油と米の件だけど、近いうちに製造元へ案内できるかもしれないわよ」



 ジルニトラはナイフとフォークで上品に切り分けた鯖の味噌煮を口に運びながら言った。

 思わず、瓶詰めのイクラを自分の茶碗に掻き出す手が止まる。

「……どういった風の吹き回しで?」

「この里で、未だにあなたに害意があると疑っている者はもう多くないわ。あなたはそれだけの信頼と実績を積み上げてきた」

 聞けば、エレノアと組んで里の近くで討伐してきた魔物の数が、完全に桁違いだったらしい。

 確かに、今日のように早めに切り上げた日を除けば、一日に数百単位で魔物を討伐することも珍しくなかったからな。

 特に、食肉としての価値が無いトロールやオーガ、それに利用価値が皆無の代名詞であるアンデッド系も、俺は剣術の練習がてら片っ端から始末してきた。

 里の連中からすれば、俺は非常にありがたい掃除屋なわけだ。

 ……現代日本や王国なら、いかに安い報酬で使い倒すかを真っ先に考えられる存在だが、今のところそういったロクデナシの接触は無いので僥倖だ。

 まあ、戦士長のエレノアと長のジルニトラと直で親交があるという点も大きいか。

 しかし、外交に関わる内容ともなれば、話は二人とのコネだけで済むほど簡単ではなくなる。

 その味噌と醤油を製造している種族と俺が問題を起こせば、龍族が要らぬ咎を受ける可能性もあるわけだ。

 お互いに慎重にならざるを得ない案件だ。

「いいんすか? そんな簡単に仲介して」

「ええ、問題ないわ。あなたの為人は私が保証します」

「俺としてはありがたいですが、一部は反発しそうですね……」

「それが、そうでもないのよ」

 それはまた予想外な話だ。

 外交や何やらに関してはジルニトラに全権があるとはいえ、ここまでスムーズとは思わなかった。

「この短期間でそこまで信用してもらえるほど感謝されるとは、よほど害獣に困っていたんですかね?」

「それもあるけど、やはりあなたとエレノアの関係ね」

 ジルニトラの言葉に、俺は僅かに首を傾げ、エレノアもキョトンとした表情を浮かべる。

 確かに、俺はエレノアと非常に近い関係にある。

 自宅に居候させてもらうだけでなく、剣術の師弟の関係でもあり、里の外に出るときは常に行動を共にしている。

 しかし、俺が龍族の里に来てからまだ半年足らず。

 新参者の俺が信用を得るには短すぎる期間である。

 龍族は長命種なので、俺よりもエレノアと付き合いの長い連中は大勢居るはずだ。

 ところが、ジルニトラが次に言い放った言葉は、衝撃的な一言だった。

「だって……あなたたち、もう夫婦同然じゃない」



「なっ!?」

「わ、わわ私が……クラウス様と……………………うへへへ……」

 一瞬のフリーズの後、俺とエレノアは揃ってひっくり返りそうになった。

 エレノアは妙な笑い方をしているが今はそれどころではない。

「いや、何時からそんな……」

「何時からって……もう何か月も仲睦まじく暮らしているじゃないの。里の皆だって、二人のことは完全に夫婦だと思っているわよ。正式に婚姻関係を結んでいるわけじゃないけど、それを知っている人の方が少ないんじゃないかしら」

 これはちょっと驚きだ。

 近所のおばさんから生暖かい目で見られることはあったが、あれはどちらかと言うと、年上のお姉さんに弄ばれる子どもの様子を面白がっている風だったような……。

 俺もこの里で暮らすうちに知ったが、龍族の寿命はハーフエルフと同じくらいの三百年ほどらしい。

 で、見た目が三十前後のエレノアは百歳越え。

 と、いうことは、あのおばさんたちやジルニトラは二百歳を超えている可能性がある。

 彼女たちからしてみれば俺はショタか……。

「あの戦士長がついに伴侶を見つけた、って大騒ぎだったわね。というか、自分たちのことなのに知らなかったの?」

「……そういえば、異常な量のお裾分けを頂いたことがありました」

 確かに、妙に凝った料理を大量に貰った時期があったな。

 なるほど、あれが結婚祝いみたいなものだったわけか。

「男衆の間にも衝撃が走っていたわね」

「っ! それ、詳しく」

 こんな美女を余所者の俺が掻っ攫ったのだ。

 逆恨みからの闇討ちに注意しなければならないだろう。

「クラウスさんのことは噂になっていたわよ。『あんな殺気の塊みたいな女を嫁にするとは、何て男気のある奴だ』とか『あの豪傑を手懐けるとは、大した男だ』とか『これで息子が襲われる心配が無くなった』とか」

 ……まったく、けしからん野郎どもだな。

 エレノアはこんなに魅力的なのに。

「(あの軟弱なクズども……)」

「どうどう、エレノア。俺は君のこと素敵な女性だと思っているよ」

「そ、そんなぁ……えへへへ……」

 危なかった……。

 エレノアから漏れ出ていたかつて無いほどの殺気はすぐに霧散したが、俺のフォローが無かったら何人か死んでいたな。

 しかし……いつの間にか、里ではそんな話になっていたんだな。

 知らぬは本人ばかりとは、まさにこのことか。



「それで、子どもはいつ生まれるのかしら?」

「ぶっ! ちょっと待て!」

「わ、私たちまだシてませんよ!」

「ええっ!!??」

 ジルニトラは思わずと言った様子で俺たち以上の大声を上げて驚愕した。

 いや、驚いたのはこっちだよ。

 いきなりとんでもないことを言いやがる。

 っていうか、完全にジルニトラのペースで話が進んでいたが、俺たちはまだ夫婦じゃない。

「本当に、まだ致してないの?」

「はい」

「じゃ、じゃあ! お風呂上がりに、寝る前にそこのソファーでいちゃいちゃ乳繰り合って、いつもそれで終わりってこと?」

「はい……」

「そこから、進めてないの?」

「はい、残念ながら、口付けすら……」

 だから、何でそう生々しく暴露されてんだよ!

 しかし……エレノアは本当に残念そうだ。

 あの毎晩ソファーで引っ付かれて迫られるのは、年下の男をからかっている部分が大きいと思っていたのだが……。

 いや、エレノアがあまりにも積極的だから、俺の方も抱き締めたり髪を撫でたりはしたけどさ。

 さすがにそれ以上の調子に乗った真似をしたらキレられると思ったので、危険な場所を触ったり……揉んだりはできなかった。

「――――私としてはもっと色々されても……って、ああ!」

 エレノアは突如、何かに思い当たったように声を上げた。

 つられて俺も彼女の方に視線を移す。

「その……すみません、クラウス様。私、あなたが受け入れてくれるのをいいことに……あ、あんな破廉恥な……」

「い、いや、俺は役得というかむしろ嬉しいというか……」

 風呂上がりのエレノアと過ごす時間は、俺にとっても最高の癒しだ。

 何の娯楽も無い田舎どころか魔境のど真ん中。

 この一時のために毎日を生きていると言っても過言ではない。

「そ、そうですか! ……あ、あの! それでは、これからも続けてよろしいのでしょうか……?」

「そ、それはもちろん」

「…………言質は取りましたよ……………………くふふふ……」

 エレノアは俺の手をそっと握りながら顔を綻ばせた。

 凛とした目元にだらしない笑みを浮かべている表情も悪くないな、うん。









「うぉっほん!」

 ジルニトラのわざとらしい咳払いで俺たちは現実に引き戻された。

 ゆっくりと俺の手の甲を撫でていたエレノアの指が硬直する。

「あなたたちが深~く愛し合っているのは私にもよくわかったわ。これだけ生殺しの状態で、まだ一緒に居たいと思えるんですもの」

 エレノアは恥ずかしそうに俯いているが、否定はせず、俺の顔をチラチラと見ている。

 ジルニトラもエレノアの様子には気づいているはずだが、無視して言葉を続けた。

「婚儀のことについては後々考えましょう。しばらくは今の生活を楽しんでもらって構わないわ。でも……一つ問題があるわね」

 緊張感が皆無だった空気が僅かに張り詰める。

「これだけ長い間、一つ屋根の下で暮らしていて、未だに進展が無いというのは……」

 ジルニトラは妙に真剣な表情で俺とエレノアを交互に見渡し、ゆっくりと口を開いた。

「クラウスさん、もしかして……どこか悪いの? それともエレノアの体の問題?」

 まさかの一言に、俺はまたしても声を張り上げる。

「俺は健康ですよ!」

「わ、私も健康です! 子作りだってできるはずです! ちゃんと感じますから……ぁ……」

「そう……あなた、今も毎晩一人で……」

 ジルニトラのトラップに見事に引っかかったエレノアは――自爆とも言う――さすがに羞恥に耐えきれなくなったのか、寝室に引き籠ってカギをかけてしまった。

 ダイニングには俺とジルニトラの二人だけが残される。

 気まずい……。

「さて、冗談はともかくとして……」

 先ほどのは冗談だったらしい。

 エレノアのダメージは悪ふざけでは済まないくらい大きそうですが……。

「クラウスさん、肝心のことを教えてもらってもいいかしら?」

「…………」

 話題は変わらず、今度こそ本当に真面目な表情で語りかけられたので、俺はジルニトラの言いたいことがある程度わかってしまった。

「どうして、エレノアに手を出さないのかしら?」



「…………」

 俺は再び沈黙してしまったが、ジルニトラは一歩も引かない調子で続けた。

「質問を変えましょうか。あなたは狩人や戦士としてはこの里で一番。外の世界でも十分な地位と収入がある。それなのに、身軽な女一人すら受け入れようとしないのは何故?」

「質問、変わってなくないっすか?」

「言葉は変えているわ。私は聞きたいことを正確に表現しているだけ。あなたがエレノアの好意に未だに気付いていないなんてことは無いでしょう」

 はぐらかすのは許さない。

 そんなジルニトラの真剣さが俺の肌を刺すように伝わってくる。

 ……確かに、俺はエレノアの好意を知りつつ、未だに応えていない。

 どうしても、今の自分の状況で一線を越えて所帯を持つ気にはなれなかった。

 その理由は一つしかない。

 『黒閻』だ。

「……やらなきゃならないことがあるんですよ。それが片付くまで、彼女を連れて帰るわけにはいかない」

「例のサウスポートの件、ではないのね」

 俺は図らずも聖騎士だった故デ・ラ・セルナ校長の因縁を引き継いでしまった。

 それも、よりによって奴らが大きく動き始めた時期に。

 おかげで、俺は連中のブラックリスト入りだ。

 奴らの当初の目的は、デ・ラ・セルナが討ち取ったという首領イシュマエルの復活だが、そのついでとばかりに俺たちに散々嫌がらせをしてきやがる。

 ついには、その余波が王国どころか隣国を巻き込んだ事態に発展したのだ。

 今の俺は非常に危険な状況に居る。

 こんな状態でエレノアを連れて帰るわけにはいかないし、かといって中央大陸に居る家族や友人たちを放置してこの魔大陸に骨を埋める覚悟も無い。

「サウスポート周辺の魔物の活性化にも関わっている可能性はあります。ですが、その背後にあるかもしれない本題は比べ物にならないほど厄介な事案なんです。隣国や賊の集団が問題になっているだけならまだいい。殲滅するにしろ、逃げるにしろ、対処法はいくらでもありますから。しかし、事を構えている相手が相手です。奴らにはあの手この手で散々な目に遭わされている。俺は……」

「エレノアを守る自信が無い?」

「……そうかもしれません」

 何のことは無い。

 結局のところ、去年メアリーが攫われた件で、俺は自信を無くしていたのだ。

 前回はフィリップの恋人が被害者だったが、今度は俺の番かもしれない。

 もし自分の好きな人が『黒閻』に人質に取られたら、殺されたら……。

 去年までは、フィリップと違って自分にヒロインが現れないことをボヤいていたが、いざ自分が本当に素敵な女性と出会ってみるとこのザマだ。

 ジルニトラが言葉にしたことで、何故俺がエレノアに対して今一歩踏み込めないのか、はっきりとわかった。

「彼女の腕が立つことはわかっているのですが……」

「それは仕方ないわよ。あなたみたいな規格外にとっては、エレノアもか弱い女の子でしかないでしょう」

 返答は非常に軽いものだった。

 俺がエレノアを信頼していないかのような物言いになってしまったことに関しては、ジルニトラは微塵も気にしていないようだ。

 しかし、続けてジルニトラは重々しく口を開く。

「あなたの考えは理解したわ。それがあなたの出した結論で、エレノアもそれを受け入れるのなら、私は何も言うつもりはありません。いずれ、障害が無くなれば、あなたもエレノアを娶るつもりがあるようですしね。でも、二つだけ覚えておいて」

 今日一番の真剣なジルニトラの表情に、俺は自然と頷く。

「私は……理解はしたけど肯定はできないわ。独り善がりで、身勝手で、エレノアの気持ちを踏みにじる行為だと思います」

「はい……」

 確かに、俺が不誠実なクソ野郎であることに変わりはないな。

 エレノアとあれだけいい仲になっておいて、まだ責任を取って結婚することができないと言っているのだ、

「それと、エレノアも薄々気付いているわよ。あなたが何かしらの事情を抱えていて、簡単には一緒になれそうにないことは」

「……そうですか」

「私からはそれだけよ」

 ジルニトラはさっと踵を返すと、エレノアの家を足早に去っていった。


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