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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編1年
17/232

17話 予兆

 この時間に冒険者ギルドに来る冒険者はほとんどいないが、今日はなぜか人影があった。

 魔法学校の制服にエルフ耳、手には七つの魔力結晶が埋め込まれた杖。

 レイアだった。

「……あなたたち、こんな時間に何を?」

「報告だよ。予定が狂ってね」

 俺はそそくさと空いている受付に移動する。

 完了報告とゴブリンから鹵獲した武器の提出を済ませ、買い取りカウンターで余った武具やオーガの素材を売る。

「ゴブリンのついでにオーガも狩ってきたのかい? 夕食を抜いてまで戦いに興じるとはね」

 買い取りカウンターの婆さんは、俺達が戦闘に夢中になって遅くなったと思っているようだ。

「いや、最初はすぐに帰ろうとしたんですけどね。アンデッドのコヨーテと戦った騎士団の警備隊に会いまして。治療を手伝った見返りに分けてくれたんですよ」

 俺達が騎士団に協力したという程度の情報はすぐに広まるだろう。

 先に情報を与え治療(・・)を手伝ったことを強調した。

 噂というのはたいてい尾ヒレやら背ビレまで付くもので、俺たちの腕を過大評価して吹聴されたら面倒だ。


「ねえ、本当は治療を手伝っただけじゃないんでしょ?」

 ギルドを出るとレイアが話しかけてきた。

「まあ、ね」

「アンデッドか……先を越されたようね」

「何だ、お前も狙っていたのか」

「ええ、カタストロフィなんて名乗っておびき出すような姑息な手は使わずに」

「ぬっ!」

 やっぱり始まった。

 もはや溜息を隠す気はない。

 だがフィリップの援護は忘れない。

「その案を考えたのは俺だ」

「なるほど、そこの案山子貴族は参謀にもならないようね」

 逆効果だった。

 何でそう煽るかな?

「クラウス、良ければあたしが手を……」

「貴様っ! そこになおれ!!」

 フィリップの怒号が響いた。

「な、何よ……」

「私個人を扱き下ろすのはいい! だがオルグレンの名を悪し様に言うのは許さん!!」

 雰囲気は一触即発……というかもう爆発してる。

 逃げ出してもいいかな?

「わ、わかったわ。謝るわよ」

「ふざけるな! 私は家名において誓ったのだ。クラウスの足手まといにはならぬと。その尊厳を汚すものは断じて許さん。お前に決闘を申し込む」

 何でそうなるかな?

 てか、家名云々なんて聞いたか?

 いや、それに関しては何も言うまい。

 だが、自分のことがフィリップの尊厳とやらに関わっている以上、傍観するわけにはいかなかった。

「フィリップ」

「止めるな、クラウス!」

 いや、この状況は誰だって止めるよ。

「……お前の言う決闘とは公正なものなのだろうな?」

「貴公まで何を言うか? 当たり前であろう。伝統に則ったものだ」

「はぁ……ならば公正とは言えんだろう」

 わざとらしく溜息をつく。

「どういう意味だ?」

「いいか、魔術師の本分は後方からの戦略的な火力支援と敵の行動阻害だ。それが古風な決闘では、十分な距離も取れず一番効果を発揮する奇襲戦法が使えない。これは魔術師本来の戦い方を封じているも同然だ」

「っ!」

「クラウス、あたしは……」

 レイアを手で制して続ける。

 彼女の性格を鑑みるに、こういったトラブルの経験もありそうだが俺を巻き込むのは勘弁してほしい。

 早々に片づけさせてもらう。

「伝統やら慣習を盾に取り、相手の本来の戦い方を理解せず自分と同じ土俵に上がることを強要する。フィリップ、これは君の矜持に反する、貴族としての誇りに泥を塗る行為ではないのか? 答えろ、フィリップ・ノエル・オルグレン! 返答次第では俺も軽蔑する」

「…………」


 芝居がかったセリフの効果のほどはフィリップには抜群だった。

 なんとか決闘騒ぎは公になることなく収束できた。

 天下の往来で大声で……さて何のことでしょう?

 あの後、レイアとは穏便に別れ寮に帰ってきたが、気がかりなのはここからだ。

「「…………」」

 談話室を重苦しい沈黙が支配している。

 俺が淹れたハーブティーを前にフィリップは微動だにしない。

 ちょっとだけ後悔した。

 落ち込んだフィリップが前向きな姿勢になったと思ったらこれだ。

 やっぱり決闘ぐらいさせればよかったかな?

「……クラウス」

 来た。

「何だい?」

「さっきのは、私を助けてくれたのであろう」

 え、ちょっ、レイアには接近戦なら勝てるんじゃなかったの?

 いつからこんな謙虚クンになっちゃったの?

「優秀な魔術師とはいえ、女性に決闘を吹っ掛けたなど不名誉にほかならないからな。そこまで見越しているとは、貴公には世話になりっぱなしだ」

 違った。

 落ち着いてる風を装って答える。

「君の猪突猛進は即断即決の長所でもあるんだから、気にすることはないさ。まあ、飛行魔法を習得したら俺も頼る場面が多くなると思うけど」

「おお! 任せてくれ。ならば一日でも早く飛べるようにならなければな」

 チョロい。やはり単純。


 それから一か月以上が順調に過ぎた。

 フィリップとレイアも派手に喧嘩することはなく、授業も滞りなく受けられた。

 午後は、月曜は騎士団の訓練所でバイルシュミット隊長とマイスナー大尉に稽古をつけてもらい、あとの平日の午後はフィリップの飛行訓練と実戦訓練という名目の依頼を受ける。

 土曜日は授業がない週がフィリップと被るとは限らないので、ランドルフ達と新しい調味料や料理を考えるなどビジネスに勤しんだり、自分でも酒や銃、魔道具の開発計画を立てたりした。

 図書館で新しい魔術を探したり研究したりするのも土日だ。

 銀行はランドルフに信用のおける大手の本店を紹介してもらい口座を開設した。

 すでにマヨネーズやオリーブオイル、アブラナ油、ドレッシング工場は稼働しており今月の顧問料が振り込まれている。

 今後、俺が提供するアイデアへの投資の意味もあるのだろうが、この額だと何もしないでも余裕で暮らしていけそうだ。

 まあ、ランドルフは俺以上に儲けて笑いが止まらない状態らしいから良しとするか。

 再現に時間がかかるものを除いても現代チートでスイーツに酒に。

 金儲けのタネは隠し玉がまだ大量にあるので金に困ることはないだろう。

 だが当然まだ隠居するつもりはない。

 武器や魔道具、機械に雑貨、当然ながら新しい料理にも投資していくつもりだ。

 そして平穏な日々は唐突に終わりを告げる。


「よし、狩りに行くぞ!」

 何でこうなった……。

 一度土曜日から日をまたいでの依頼を受けたことがあるが、面倒くさい割に報酬がいいわけではなかったので二回目は計画すらしていない。……していなかったはずだ。

 この世界にもハロウィンと似たような時期に祝日があり、明日10月の最終日曜日はパーティーが開かれる。

 精霊祭とか言ったかな。

 庶民は、ほとんどが内輪で祝う程度のものだが、貴族が絡むとそれも違ってくる。

 この学校の食堂でも普段より豪華な食事が振る舞われるが、多くの生徒が自前の料理を持ち込む。

 特に貴族家系の生徒は実家の財力と兵力を誇示するために、各々の方法で豪華な料理を提供する。

 平民に片足を突っ込んだ俺としては、その恩恵にあずかれれば幸運くらいに思っていたが、大事なことを失念していた。

 フィリップは貴族、それも伯爵家当主だ。

 すでに指先まである腕甲に盾まで装備し、レイピアを携えている。

 そのフル装備で何を狩りに行くのやら……。

「俺も行くのか……?」

「当たり前ではないか! 貴公が料理の第一人者だということは聞いているぞ」

 ランドルフあたりが漏らしたのであろう。

「別にほかの家の者たちと張り合うことに執着する必要はない。だがしかぁぁあし!! ここで手をこまねいて大皿料理の一つも用意できないようではオルグレンの名が廃る!」

 パーティーの大皿料理って……。

 ガチでやる気じゃん。

「と、いうわけで、クラウス! 明日のメインディッシュに、我々でドラゴンの丸焼きを加えてやるのだ!!」

「無茶を言うな! 王都の近くでドラゴンが出てたまるか!!」

 せめて熊を見つけてやろう。

 それでも、やり過ぎだと思うが。

「おおぉ~! フィリップさん、ファイトなのです。ワタクシ、ドラゴン一度食べてみたいのです」

 誰だ、火にガソリンを注ぐ奴は?

 振り返ると奴がいた。

名前 ファビオラ

性別 女性

種族 獣人(猫耳)

就職志望先 魔導具ギルド販売部門

属性 ロリ・天然

特技 金勘定

 獣人にしては幼児体系で中身もあまり詰まってない。

 計算はなぜか俺よりも速く、金に意地汚い。

 そして、肉で釣れば大抵の面倒事を引き受ける、役に立つが面倒くさいアホの子だ。

 と、睨まれた。

「今ずいぶん失礼なこと考えませんでした~?」

「……気のせいだ。それにしてもドラゴンなんて本当に美味いのかよ?」

「ん~……味は知りませんが高級品なのは確かなのです。どうせ食べれるなら単価の高いものを食い溜めしてやるのです」

 まあ、庶民はドラゴンなど口にする機会どころか見る機会すらそうそう無いからな。

 かくいう俺もドラゴンは見たことが無い

 貴重なものには違いない。

「あ、もちろんお味も大事ですよ~」

 何気にバカ舌じゃないから癪に障る。

 以前、新しいシフォンケーキを試作したときにダメ出しされたのだ。

 前世で料理が得意だったとはいえ、お菓子などを作る機会は少なかった。

 ミゲールには期待されているが、基礎技術は彼にはるかに劣り試行錯誤の連続だ。

「クラウス! 何をしている!? 準備はできたか!!??」

 伯爵様は元気だ。

「もうどうにでもしてくれ……」


 準備は入念に済ませた。

 補給用の魔晶石を確認し、投げ槍にガタつきがないか確かめ、クロスボウを空撃ちしてみる。

 当然リボルバーと38スペシャル弾のチェックも忘れない。

 街の入り口に差し掛かったところで声をかけられた。

 マイスナー大尉だ。

 珍しく青い顔をしている。

「ああ、伯爵様、クラウスの坊主。いいところに来た」

「何かあったんですか?」

 まさか例のアンデッドの親玉が?

「それが……魔法学校の生徒が森の方に行っちまってな」

「?……何か問題でも? 我々も今から狩りに行くところなのだが」

 この時期は街の外へ行く生徒も多いだろう。

「いや、それが……恥ずかしい話、今騎士団はアンデッドの捜査で手が足りてなくてよ。よりにもよってその嬢ちゃんが向かったのが一度も巡回を送ってないエリアだったんだよ。危険なエリアは俺たちがちゃんと教えて、近づかせないようにしてるんだが……どうにも『大丈夫よ』の一点張りでよ」

「あ~、それは……マズいですね」

 その女子生徒はさぞかし腕に覚えがあるのだろう。

 願わくは死体で戻ってこないことを……。

「でだ、お二人には絶対に安全な方向に……」

「その必要はなぁい!!!!」

 慣れない……。

 この声量はもはや公害ではないだろうか。

「隊長、何をおっしゃって……」

「この二人には儂が直々に稽古をつけておる。へたな団員よりよほど頼りになる。オルグレン伯爵、少年、狩りのついでで構わんから未巡回エリアの調査を頼む! 危険なら学友の救助もな」

それは大丈夫なのか?

 俺はまだしもフィリップは伯爵家当主だ。

 危険な任務を押し付けたとあってはバイルシュミットの責任問題になるのではないか?

「隊長! そのような勝手な要請が……」

「冒険者ギルドにはCランクの依頼としてカタストロフィを直接指名したものとして報告しよう。悪い話ではないであろう? 高ランクは時間がかかるものが多く学生だと受けにくいだろうからな」

 確かに悪い話ではない。

 だが、ここまであからさまに怪しいのはどうなのだろう?

 俺はバイルシュミットの不本意そうな表情を見過ごさなかった。

「よし、引き受けた!」

 単細胞がいた。

「おお、オルグレン伯爵! ありがたい。では案内役にマイスナーを付けよう。よろしく頼んだぞ!!」

「ああ、任せてくれ!」

「……了解」

 嫌な予感しかしない……。

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