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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
165/232

165話 死の森の脅威


「“エアバースト”」

「グルルルルル!!」

 対空砲のように炸裂した魔術の黒煙の中から姿を能わしたのは、かつて遭遇したことがある個体よりも二回りは立派な体格のグリフォン、上位種のアーク・グリフォンだ。

 通常種のグリフォンよりも強靭な体力を持つだけでなく、空中機動においても数段は優れており、立ち回りを見ても明らかに知能が高いことがわかる。

「グルゥ!」

 アーク・グリフォンはそのまま爆炎を突っ切り、俺に鋭い嘴を突き立てようと迫るが、既に俺は魔力を込めた真・ミスリルの大剣を振りかぶっていた。

「ふんっ! せぃやっ!」

 続けざまに二度(・・)振るわれた大剣から放たれた紫電を帯びた剣閃は、目の前のアーク・グリフォンの首を断ち切り、鷲の頭を綺麗に刎ね飛ばす。

 次いで、視界の片隅に二発目の剣閃が命中して叩き落されるもう一頭のアーク・グリフォンが映った。

 二頭目のアーク・グリフォンも、肩口から深く切り裂かれて首が落ちかけていたので、向こうにも致命傷を与えたと見ていいだろう。

 一挙動でAランクモンスターの上位種を、実質Sランクの魔物を二頭仕留めたのだから上出来だ。

 しかし、俺はそこで動きを止めずに空中で体を捩って右脚を振り上げた。

「グルァ!!」

 急降下して俺に鋭い前足の一撃をくれようとしていた三頭目が、すぐ近くまで迫っていたのだ。

 しかし、敵の居る方向を既に捉えていた俺に、単調な直接攻撃など通用しない。

 相手の爪を避けると同時に強化魔法で出力を上げながら空中で放った右のハイキックは、三頭目のアーク・グリフォンの前足の付け根に吸い込まれて骨にひびを入れる。

 通常種のグリフォンなら、今の俺が最大出力の強化魔法を纏って放った蹴りを食らったたら確実に墜落するダメージを受けるはずだが、体力が段違いのアーク・グリフォンはそう簡単に仕留められない。

 相手の強靭さはこちらも承知しているので、俺は間髪入れずカウンター気味に大剣を水平に滑らせるようにして撫で斬りを放つ。

 喉を切り裂いたことで、敵から悲鳴が発せられることは無かった。

 返す刀で唐竹に大剣を振り下ろすと、首を落とされたアーク・グリフォンは力を無くして地面に落下した。



「ふぅ……これでしばらく来ないよな……」

 仕留めたアーク・グリフォンを魔法の袋に収納した俺は、ようやく一息ついて大剣を仕舞った。

 『死の森』に入ってからアーク・グリフォンの群れと遭遇したのは、先ほどの三頭で五回目だ。

 討伐したアーク・グリフォンの合計数は、とうに十頭を超えている。

 まだ初日なのにこの有様である。

 どうやらここはグリフォンどもの縄張りのようだ。

 戦闘の途中で襲ってきた魔物の中には、ロイヤル・ワイバーンやトロールキングも居たが、圧倒的にアーク・グリフォンが多かったからな。

 他に遭遇した魔物で印象深いのは、懐かしのベヒーモスだ。

 正面から切り結び、魔術を撃ち合って火力を競い、数分で決着は付いた。

 今回も最後は首を落としてフィニッシュだった。

 損害も無く、二匹目のベヒーモスを綺麗な状態で手に入れられたことは嬉しいが、紛れもないSランクの魔物がこうも気安く出てくるとは……。

 先が思いやられるな。

 しかし……森の外ではグリフォンもワイバーンもほとんどが通常種だったが、一歩『死の森』に入ると通常種と上位種の割合は逆転するようだ。

 もしかすると、サウスポート近郊に現れる大量のワイバーンは、『死の森』で生きていけなかった弱い個体なのだろうか?

 ……単純に迷子かフラフラと出てきただけと信じたいな。

 だが、どんなに考えたところで、『死の森』が冒険者ギルドの討伐依頼ならSランクが推奨されるレベルの魔物の巣窟であることは間違いない。

 これはSランク冒険者なら活動できるということではなく、ほぼ侵入不可能を意味する。

 そもそも、Sランクの討伐依頼というのも、本来ならSランク冒険者複数で構成されたパーティが念入りに待ち伏せをしてタコ殴りにして、それで倒せるレベルということだ。

 他国にも聖騎士に匹敵する強力な冒険者が居る可能性はあるが、正面から突っ込んで乱戦をすることなど、普通は想定していない。

 しかし、ここ『死の森』では、続けざまにSランクの魔物から奇襲を仕掛けられる。

 普通に死ねる。

 否応なしに、知能の高い高ランクの魔物と真っ向勝負になるのだ。

 Sランク冒険者の中でも腕利きとして有名だったエドガーも、一人で『死の森』に入ったら一時間と持たないだろう。

「だが……このくらいなら、まだどうにかなるかな……」

 生い茂る木々で視界が悪く、浮遊魔力にも流れの悪さのような空気の淀みのような感触があり、“探査”が上手い具合に効かない。

 生命体の探知だけなら、いつもの俺なら半径千メートルはいけるが、ここでは精々百メートルが限界。

 敵が銃で武装していたらほぼ意味の無いレーダーだ。

 だが、俺には潤沢な魔力とオールランドに戦える能力がある。

 Sランクモンスターによる続けざまの襲撃も対処できた。

 まだ、行けるはずだ。

「……そろそろ日が沈むな」

 とりあえず、今日の探索はここまでにしておくか。

 俺は少し開けた場所に出ると、レイアの結界魔法陣を起動し、竈と天幕を用意して休息の準備に入った。

 しかし、この時の俺はまだ『死の森』の本当の脅威に気づいていなかった。



 ところで、『死の森』に生息する植物も中央大陸のものとはまるで別物だった。

 見たことも無い未知の植物だらけだ。

 いや、厳密には知っているのだが、俺の認識とはまず大きさが違う。

 一メートル近いバナナにマンゴーにアケビ、桃やリンゴやオレンジはバレーボールよりデカい。

 砲丸サイズのサクランボにクランベリーにラズベリー、両手で抱えるほどの大きさがあるイチゴの形は『あ〇おう』にそっくりだ。

 それに、よく見れば胡麻っぽい植物もある。

 果実がこぶし大だが、肝心の種子は大きいのか数が多いのか……。

 地球基準では生息地がバラバラなのは今更だが、大きさがここまで違う植物を発見したのは初めてだ。

 王国南部のココナッツも予想よりやや大きめで、梅の毒も少しばかり強力だったが、ここまで地球のものと差があることは無かった。

「大発見だな」

 この森のフルーツを人間が食べて大丈夫な保証が無いので、ここで木から捥いで直接口に入れることはできないが、もし王国に持ち帰ってからの分析で毒性物質が検出されなかったら、『死の森』はまさに宝の山だ。

 魔物を仕留めなくても、この巨大フルーツの採取だけで充分な儲けになる。

 まあ、長続きする商売になるかどうかは、この森のフルーツの味にもよるが……。

 しかし、仮に大味だったとしても、しばらくは物珍しさで重宝されるはずだ。

 冒険者もこぞって押し掛けるだろう。

 そうなった場合、魔大陸に赴いて帰らぬ人となる命知らずの数も……。

「……まあ、そこは俺が考えることじゃないか」

 とりあえず、各フルーツはそれなりの量を採取して魔法の袋に仕舞ったので、俺の報告と持ち帰ったサンプルでどう判断するかは王国次第だ。

 今は、明日に向けてさっさと飯を食って寝よう。

「さて、今日の夕食は……ん?」



 濃密な魔力の淀みで“探査”のレーダーをかき乱されつつも、俺は接近する敵の気配を捉えた。

 この不穏な『死の森』においてもはっきりとわかる闇属性の塊。

 アンデッドか。

 俺は急いで竈や天幕を魔法の袋に仕舞い、戦闘準備を整えようとしたが……。

「っ! なっ!?」

 俺は咄嗟にサーベルを抜き放って敵を迎撃した。

 暗闇から突如現れた黒い剣とオリハルコンの刃が激突し、鋭い剣戟の音が木霊する。

 いつの間にか、俺の目の前に禍々しい髑髏が現れていた。

 どういうことだ?

 今はレイア謹製の警戒用の結界魔法陣が反応しているが、一秒前には敵の侵入の兆候は無かった。

 俺が感じた敵の気配も、もう少し遠かったはずだ。

 一瞬でここまで接近してきたのか?

 ……いや、今は敵を倒すことに集中すべきだな。

「っ……しっ!」

 居合い抜きの要領で放たれた俺のサーベルは、敵の攻撃を弾きつつ横に流し、二の太刀でアンデッドを切り裂くはずだった。

 しかし、俺のサーベルは敵をすり抜けてしまう。

「っ! レイス!? いや、違う……」

 実体を持たない上位アンデッド。

 ここでようやく敵の正体に思い至った。

 よく見れば、髑髏の顔も纏ったローブも色が薄い。

 資料でしか見たことが無いが……こいつはスペクターだ。

 体全体が透けているのはゴーストやレイスと同じで、霊体型のアンデッドには違いないが、さらに強力なアンデッドである。

 実体を持たない故に物理攻撃は無効。

 火魔術も牽制程度には有効だが、確実に仕留めるには聖魔術や聖属性の武器が要る。

 これだけならレイスとそう違うところは無いが、実際にスペクターを目の前にしてみると、その脅威度は桁違いだとわかる。

 そもそも、アンデッドは聖属性が特効だったり種類によって物理攻撃が無効だったりすることを筆頭に、色々と特殊な対応が必要な魔物なので、討伐難度を一概に冒険者ランクで評価することは難しい。

 しかし、このスペクターに関しては間違いなくSランクだ。

「くっ……」

 俺はスペクターの振るう黒い剣を躱し、横合いから剣の腹をサーベルで弾いて、そこから衝撃を伝播することでスペクターの体勢を崩した。

 このタイミングを捉えるまでに数合の打ち合いだったが、敵の剣術の力量は生半可なものじゃない。

 ボルグほどではないが、パワーもスピードも冒険者なら一流レベル、テクニックも人間の熟練の剣士と遜色ないだろう。

 それに加えて、俺に奇襲を仕掛けたあの隠密機動力。

 理性の無い完全な魔物にもかかわらずこの力量だ。

 普通の冒険者パーティなら、こいつ一体に殲滅される。

 あの黒い剣は明らかに呪いの武器なので、人間にとってはさらに危険な相手だ。

 おまけに……。

「……――#$&%#$\&%$#$%&|\」

 スペクターの纏っている黒い魔力の靄が広がり、辺り一面を覆い始めた。

 俺は慌てて体に循環させている魔力を強めて強化魔法の出力を上げるが、紫電を形成する覚醒魔力は何かに吸収されるように消費されてゆく。

 さらに、スペクターの体も靄に溶け込むようにして輪郭がボヤける。

「うぉ!」

 闇属性の魔力が収束し、靄から絞り出すようにして剣閃のような刃が放たれた。

 俺はサーベルで強引に切り飛ばすようにして防御したが、ばら撒かれた靄の残滓が俺のベヒーモスローブの表面を叩き、不快な感触を残す。

 どうやら、クラーケンの墨の霧バージョンとロベリアの使う影スキルの複合のような技らしい。

 攻撃手段としても応用が利くようだ。

 長期戦は危険か。

「“レーザー”――“業火(ヘルファイア)”」

 俺は先ほどの攻撃が放たれた辺りに貫通力の強い聖魔術もどきを打ち込み、上級火魔術で生み出した炎の奔流を靄全体に叩きつけた。

 さすがに火力で押されたのか、靄は消えかけてスペクターの姿が露わとなる。

 この隙に、俺は“倉庫(ストレージ)”から聖属性の魔剣クラウ・ソラスを取り出した。

「ふっ!」

「#&%$\#%$#&$\#! \%&#%#%&$&#+%+\&!」

 フルスイングで放たれた聖属性の刃を受けたスペクターは、さすがに大ダメージを受けたようで、声にならない悲鳴を上げる。

 そのまま攻め立て、十回ほど俺のクラウ・ソラスが霊体を抉ったところで、スペクターは力尽きた。



 スペクターの霊体が煙のように消え去った後、その場には魔石と黒い剣が残されていた。

 最上位のアンデッドの魔石と呪いの剣か。

 手放しで喜べる収穫ではないが、錬金素材としての価値は相当なものなのかな?

 とりあえず、直接手で触れないように注意しつつ、魔法の袋に仕舞った。

「さて、これで……っ!」

 しかし、そのまま休息に入ろうとした俺の目論見は、またしても阻止されることになる。

 森の濃密な魔力のうねりのせいで阻害された“探査”の外から、魔力が膨れ上がる反応があったのだ。

 これは明らかに魔術の反応だ。

 上級魔術並みの強力な魔力の塊が接近してくる。

 それも、一つや二つではない。

「くそっ!」

 俺は地面を蹴って、一気に森の上空まで高度を上げる。

 次の瞬間、俺が居た場所で大爆発が起こった。

 数十発の上級火魔術が撃ち込まれたようで、立ち上る爆炎はガソリンにでも引火したかのような勢いで広がり俺の近くまで迫る。

 恐らく“紅蓮地獄クリムゾンインフェルノ”だ。

 これだけの上級火魔術を一気に打ち込むなど、王国なら宮廷魔術師団を総動員しなければ出せない火力だぞ。

「危ねぇ……っ!」

 俺は間髪入れず収束した魔力反応を感じ取り、今度は逃げるのではなく急降下した。

 今度の敵も脅威で、しかも数が多い。

 早く仕留めなければ。

 魔力反応から敵の位置は大体わかっている。

「ふん!」

 一番近い敵の位置に降り立った俺は、目の前で杖を振りかぶるローブを着た骸骨にクラウ・ソラスで斬りつける。

 先ほどのスペクターとは違い、今度は一撃で致命傷を与えた。

 返す刀で、近くに居たもう一体のアンデッドも仕留める。

 二体のアンデッドは動かなくなったが、致命傷を与えたにもかかわらず、今度はローブや体が消えることは無かった。

 よく見ると、こいつらのローブは魔術師が好んで着るタイプだ。

「リッチ……」

 魔術師タイプのアンデッドも俺の知識には存在する。

 こいつらは資料よりも強力な魔力を持つようなので、上位種のデミリッチか。

 またしても、ありがたくない敵だ。

 アンデッドはお腹いっぱいです。

 だが、このレベルの相手ならどうにかなる。

 俺はそのまま地面を蹴って走り出し、大剣を振るって魔力剣の剣閃で敵の魔術を相殺し、牽制にこちらも炸裂“火槍(フレイムランス)”の絨毯爆撃を食らわし、接近したらクラウ・ソラスの一撃でデミリッチを屠っていった。

 しかし、半分ほどのデミリッチを仕留めた頃、再び俺の居るエリアに接近する反応が多数あった。

「「「「「グォルァァァァァアアアァァァァァ!!」」」」」

「ぐっ」

 慌てて張った魔法障壁に、デミリッチの残党の魔術が着弾し、次いで多方向から強力な魔力の波動が押し寄せる。

 どうにか耐えたが、このタイミングで新手とは最悪だ。

 しかも、その新手の正体は……。

「あっちは……ドラゴンか」

 先ほどの攻撃はドラゴンブレスだった。

 上空を旋回するどす黒い竜。

 夜なのでドラゴンの体の表面をはっきりと目視することはできないが、歪な輪郭と赤く輝く目は、奴らがまともな状態ではないことを如実に物語っている。

 ドラゴンゾンビだ。

 アンデッドのドラゴンは基本的に下級竜に分類される。

 意志も理性も狡猾さも失い、基本的には戦闘力が下がるので、脅威度はレッドドラゴンなどの中級竜よりも下だ。

 封印されて強化された一昨年のミアズマ・エンシェントドラゴンは特殊な例である。

 さて、どうするか?

 勝てない相手ではない。

 奴らはエンシェントドラゴンに遥かに及ばない。

 俺なら状況次第で一発で葬れるレッドドラゴンよりも下。

 デミリッチと合わせても、殲滅できない敵ではないだろう。

 だが、これで最後の戦闘とは限らない。

 事実、今日の探索活動は終わりということで野営の準備をして、それで立て続けにアンデッドどもに襲われているのだ。

 デミリッチの増援が来るのもありがたくないが、スペクターがもう一体現れたら……別のさらに強力なアンデッドが現れる可能性もある。

 俺も人間だ。

 当然、休息は必要である。

 このまま森を出るまで戦い続けることは……残念ながら無理だ。

「くそっ、撤退だ」

 俺は初めて転移結晶を起動した。


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