163話 冒険者らしい日々
「“フラッシュバン”――“放電”」
「「「「「「「ギュオオオオォォォォォ!!」」」」」」」
雷属性の魔力を起点にして眩い閃光が空中で炸裂し、雪に反射したことでより一層強烈に煌めく光はワイバーンの視界を一瞬で奪った。
この“フラッシュバン”はボウイ士爵が使っていた魔道具の矢をヒントに、俺なりに現代の閃光弾を再現した魔術だ。
炸裂音こそ銃声にも及ばないので、大型のワイバーンの聴力を開けた屋外で完全に奪うだけの効果は無いが、俺が接近する音や剣を振る音を多少消す程度には有効だ。
しかし、俺は念には念を入れてさらに行動阻害の魔術を重ねがけする。
正確に七頭のワイバーンに向かって放たれた電撃は、鋭い破裂音を発しながらワイバーンの体表を駆け巡り、尻尾まで入れれば十メートルに及ぶ巨体を感電させて四肢を痙攣させた。
「っラァ!」
ワイバーンが硬直しているうちに接近した俺は、魔力を通した真・ミスリル合金の大剣を振り抜いた。
火傷を負わせるほどの電撃ではないものの、動きを完全に止められたワイバーンに俺の魔力剣を防ぐ術は無い。
最初に狙ったワイバーンの首が、僅かに焼け焦げる音を発しながら宙を舞った。
「しっ!」
返す刀で次々と魔力剣を振るい、既にワイバーンの群れの中心に位置取っていた俺は、両手で剣を振るう型を崩さない最小限の動作で踏み込み敵の首を刎ねていく。
数秒で七頭のワイバーンは全て首を落とされて屍と化した。
頭部の素材も皮や肉も傷つけない最良の仕留め方だ。
力を失ったワイバーンが全て崩れ落ちたのを確認し、俺は強化魔法の出力を下げて戦闘態勢を解除した。
「……収穫は七頭。消耗はほぼ無し。常にこうありたいものだ」
本来であれば、先ほどの“放電”のように時間を掛けて精密な魔力の制御をしていては、魔力反応の大きさから高ランクの魔物には勘付かれて反撃されてしまう。
しかし、今回は最初の奇襲で“フラッシュバン”を命中させていたので、ワイバーンたちに俺の魔力反応を捕捉する余裕は無かった。
二発目の“放電”の魔力反応を気取られなかったこともそうだが、そもそも“フラッシュバン”を完璧に命中させられたのも、ラファイエットがくれた隠形のローブによる俺の魔力の隠蔽が機能したことが大きい。
盗賊のアジトに忍び込むのにも便利な品だが、魔物の討伐においても、使いようによっては非常に強力な武器となることが実証された。
「昨日までの収穫と合わせて……よし、十分だろう」
俺は倒した獲物を回収すると、念のためワイバーンの溜まり場付近を火魔術で焼き払ってから、その場を後にした。
俺が魔大陸に来てから約三か月が経過した。
12月……王国ではそろそろ建国祭の時期か。
サウスポートでそのような風習は無いので、俺は相変わらず冒険者として活動している。
活動場所はサウスポート近郊の『死の森』の手前まで。
今日まで俺は、サウスポート付近に出没する魔物を優先的に大量に討伐することで、この街と冒険者ギルドからの信頼を着実に積み上げてきた。
三か月も掛けて大した進展が無いように見えるかもしれないが、俺の状況を鑑みれば危険は冒せないので仕方のないことだ。
何せ、俺はソロで活動している。
出発前にレイアに貰った魔法陣は魔大陸の魔物や破落戸にも十分通用するので、野営や宿泊における危険こそ大したものではないが、それでも一人では限界があるのだ。
俺も人間なので、長期間の移動や野宿は体力的にも精神的にも消耗する。
当然、精彩を欠いた状態では、戦闘や奇襲への対処に関しても影響があるわけだ。
見張りを交代できる相棒が居るのと居ないのでは、危険度が段違いだ。
現地でパーティを組むことも当然ながら考えた。
しかし、この魔境においても、俺はやはり異質な存在だった。
強力な魔力剣による範囲攻撃も可能な近接能力に、膨大な魔力量に物を言わせた殲滅魔術という万能型の戦闘能力。
冒険者活動における雑用に関しても、俺は飯炊きから何から一人で片づける習慣がある。
要は、仲間が居ないなら居ないで、短時間の冒険者活動ならどうにかなってしまうのだ。
元々、故郷に居た頃は一人でフロンディアに入っていたしな。
で、何故に俺がここで他の冒険者と組めないのかといえば、この大陸に多い魔族のメンタルが、人族やエルフやドワーフのものと大差ないからだ。
魔族にとっても、冒険者はプライドと見栄の商売なので、まともな冒険者は全面的に俺に頼るパーティを組もうとはしない。
それに、俺の事情を全て開示できないというのも、現地の人間との間に壁が出来、気軽にパーティを組めなくなる要因の一つだ。
俺はただ冒険者として魔物を狩って生活しているだけでなく、王国に魔大陸の情報を流している。
通信水晶でフィリップやオルグレン伯爵家の人間を通して、俺が交戦した魔物の出現頻度などを逐一報告しているのだ。
サウスポートは国家としての支持母体に所属しているわけではないので、その程度のことでスパイ扱いする者は少ないだろうが、やはり完全に自由な冒険者でないという事情があると他人に対してあと一歩踏み込めない。
魔大陸の人間と、学生時代のフィリップたちと同じような付き合いはできないわけだ。
俺、諜報員には向いてないな……。
結果、寄ってくるのは寄生目的のクズばかりだった。
もちろん、そういった連中は裏路地や街の外で事故に遭ってもらったりしたわけだが……。
そんな具合に、『死の森』の調査とサウスポートで魔物が増えた理由の詳細については未だに進展が無いわけだが……そろそろ本格的に動くことも考えなければならなくなることを、この時の俺はまだ知らない。
サウスポートの街に戻ると、俺は真っ直ぐ冒険者ギルドへ向かった。
窓口をさっと見まわし、空いている受付のもとへ足を進める。
「あ、イェーガー様。戻られたのですね。早速、完了手続きと素材の方のお預かりでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
「では、倉庫の方へ……」
俺は受付の職員の誘導でギルド裏の倉庫へ向かった。
扉を潜ると顔見知りの解体作業員たちが挨拶してくるので、俺も簡単に目礼を返す。
「さて、今回は何頭ですか?」
「全部で四十六ですね」
先ほどワイバーンの溜まり場で倒した分だけではない。
今回は、数日前からサウスポートを出て遠征していたので、他にも殲滅した分のストックがある。
むしろ、数日分の合計でこの数のワイバーンなら、俺の中では少ない方だ。
以前、五十匹近い群れに遭遇したこともあるからな。
あの時は、奇襲を仕掛けることは叶わず乱戦になり、素材をかなり焦がしてしまったが……。
王国でAランクモンスターが高頻繁に出現したら大事件だが、魔大陸ではよくあることだ。
ワイバーンの他にも、Aランクではグリフォン、ケルベロス、キメラはよく見かける。
Bランクのロックバードやヘルハウンドに至っては、中央大陸におけるゴブリンの気安さで出現するのだ。
しかし、魔境とはいえ、聖騎士レベルの冒険者がゴロゴロ居るわけではないので、討伐と街の防衛が順調かと言われれば、そんなことはない。
俺の仕事はいくらでもある。
俺は有り余る魔力を以って魔物の殲滅に当たるわけで……おかげで俺も色々と修羅の国に染まって経験を積んだ。
かつては一匹仕留めるのに苦労していたレベルの魔物でも、今では奇襲なら一撃、複数の群れ相手に乱戦を仕掛けても勝利できる。
「体に傷はほとんど無し。断面は多少焼け焦げているものの、首を綺麗に刎ねているので出血も少ない。いつも通りか」
解体所の職員はもはや俺の手際には驚かなくなっていた。
ここ最近はワイバーン狩りがマイブームのようになっているので、素材を無駄にしない仕留め方にも慣れたものだ。
Aランクモンスターの中でも、特にワイバーンは素材の価値が高く肉も美味いので、集中的に討伐依頼を受けてよく狙っていた。
「ところで、こちらは全て卸していただけるので?」
「ええ、自分の分は確保してありますから、今回は全部買い取りで」
「ありがとうございます」
魔大陸のワイバーンは既に百頭以上を魔法の袋に保管している。
これだけあれば、俺が身内と肉を楽しむ分には十分だろう。
高ランクモンスターはそれぞれ数頭ずつサンプルとして王国政府に渡す予定だが、肉が欲しい魔物はその分も見越して溜め込んでいるのだ。
もちろん、高級鶏ことロックバードもいくらあっても困るものではないので、成体も卵も大量に確保してある。
因みに、こんな具合に大型の魔物を大量に収納していては、さすがに俺の魔法の袋でも空き容量が心配なので、以前ラファイエットにいくつか作ってもらった汎用の魔法の袋も活用している。
製作者の魔術師本人でなくても使えるアイテムボックスは、容量にもよるが、普通に買えば白金貨が飛ぶ代物だ。
こいつの袋の性能はフィリップが使っている汎用の魔法の袋と同じくらいだ。
俺の個人用の魔法の袋には及ばないが、ワイバーンが百頭くらいなら軽く収納できる容積なので、値段をつけるとしたら、一つで白金貨十枚は下らないだろう。
誰でも使える高価な魔法の袋は、中身も袋自体も狙われやすく防犯の面は少し不安だが、そこはレイアに貰ったトラップ魔法陣もある。
既にサウスポートのエース級冒険者として名が通っている俺から盗もうとする奴は少ないが、もし現れても容赦のない呪いのトラップで返り討ちだな。
ギルドでの要件を終えた俺は、サウスポートの定宿である『グリフォンの止まり木亭』に戻ってきた。
何気に、王国の交易都市ガルラウンジや王都よりもネーミングセンスがいい。
俺が扉を開けると、鬼のような角を額から生やした魔族の女性がこちらに振り向く。
種族が違うにもかかわらず、どことなくワイバーン亭の女将に似た雰囲気を持つ中年女性だ。
宿屋の女将はどこもこんな感じなのかな。
「おや、お帰り。部屋はそのままにしてあるよ」
「どうも、女将さん。今日の夕食のメニューは?」
「運がいいね。あんたの好きなアングラーだよ」
「お、そいつは確かに運がいい。鍋ですか?」
「ああ。ここらでは伝統的な調理法だからね。特にこの季節は定番さ。唐揚げもつけるかい?」
「お願いします。あと、肝は別にボイルしてください」
それにしても、まさかこの世界で鮟鱇が食べられることになるとは驚いた。
以前、サウスポートの市場に赴いた際に、ガルラウンジでは一度もお目に掛かれなかった鮟鱇があったのだ。
他にも河豚や虎魚に雲丹など、王国では見た目のグロさで敬遠されている海産物が、こちらの市場では普通に手に入る。
これらの魚介類は、水中機動に秀でた魔族が獲っているそうで、昔から食されていることもあり、毒の処理などに関しても魚屋の腕は完璧だった。
もちろん、まとめ買いさせてもらった。
ただ、残念ながら、唐揚げは俺が教えた調理法だ。
調理技術が王国と比べて圧倒的に進んでいるほど、食文化が発達しているわけではなかった。
まあ、厨房を仕切っているこの宿の主人もすぐにコツを習得したので、俺の食事が侘しくなる心配は無くなったわけだ。
宿に戻ってくれば、唐揚げや白身魚フライが食える。
もっとも、この近辺では王国南部のランドルフ商会のように巨大な圧搾機を持つ商会は存在せず、王国から定期的にアブラナ油を輸出するルートもないので、ここでは動物性の脂を使っているのだが。
本当は植物油を生産できればいいのだが、そもそも魔大陸では内陸方面の北にほとんど街が無い。
サウスポートから左右に広がるように他の都市が点在しているが、要は北に広がる『死の森』とできるだけ距離を取ろうとした開拓の結果だ。
農業もあまり発展していないので、サウスポート近郊での植物油の生産はあきらめた方が良さそうだな。
魔大陸産の植物製品なら、少量でも中央大陸へ輸入すればビジネスになると思ったのだが……。
逆にランドルフ商会からアブラナ油やオリーブオイルを輸出しようにも、強力な魔物が生息する海に定期的に貨物船を通すのは難しい。
そもそも、現状ではサウスポートの情勢をもっと安定させなければならないのだが。
「お待ちどうさん」
テーブルに料理が運ばれたので、俺は一旦食事に集中することにした。
大き目の深皿には、捨てる場所が無いと言われる鮟鱇の全ての部位が取り分けられている。
王国なら、サンドバッファローの内臓のように色々と食材を無駄にしそうだが、そういう意味では魔大陸の方が食文化は進んでいると断言できるな。
もっとも、サウスポートで海産物が豊富なのは、『死の森』と魔物が危険すぎて、内陸への農地開拓と狩猟のハードルが高いという理由もあるので、決してポジティブな背景ばかりではないのだが……。
まあ、しかし、このアンコウ鍋の味は醤油もみりんも無い環境にしては大したものだ。
香味野菜に小海老や貝も加えているのでブイヤベース風だな。
スプーンで深皿のスープを掬って啜ると、濃厚な魚介の旨味が口の中に広がる。
「美味い」
淡白な白身、ぷりぷりの皮、水袋と呼ばれる胃やヌノと呼ばれる卵巣の他にも、エラや鰭まで食べられるのは鮟鱇ならではだ。
これに肝を加えた部位は七つ道具などとも呼ばれる。
熱いうちに唐揚げにもかぶり付き、サクサクの衣とホクホクした白身の食感を楽しむ。
鍋とは別に茹でてスライスしてもらった肝にもフォークを伸ばした。
アンキモにはポン酢が欲しいところだが、今は塩とレモンで我慢だな。