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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編4年(魔大陸編)
162/232

162話 冒険者ギルド・サウスポート支部


 魔大陸は中央大陸の北に位置する広大な未知の大地だ。

 大陸全体の面積も地理も、存在する国家も勢力も、その全てが謎に包まれている。

 数少ない情報からわかっているのは、魔族に分類される種族が多く住み、街の近郊ですら強力な魔物が多数出現するということだ。

 ここサウスポートが魔大陸で最南端の港町にして唯一の玄関口である。

 有り体に言えば、ここから先に足を踏み入れて無事に帰ってくる者は少ない。

 俺の故郷など屁でもない、本物の魔境の入口だ。

 しかし……こうして見ると、サウスポートは本当に普通の街だな。

 長閑な雰囲気でこそないが、街の施設と機能は中央大陸と変わらないように見える。

 建造物や街並みのデザインなど細かい部分が王国と違うだけで、とても超危険地帯の一部とは思えない。

「さて……俺たちはここまでだ」

 ここまで乗ってきた定期船『ラ・フォルトゥーナ』の船長ロバーツが、俺の肩を叩いて笑った。

「俺たちは明後日には出航する。食糧の補給を終えたら、そのままとんぼ返りだ」

「急だな。そんなんでは、クルーの休息どころか修理もまともにできないだろう」

 乗組員の士気と整備の万全さを欠いては、帰りの航海の危険度は著しく上がる。

 しかし、ロバーツが言うには、今の魔大陸に長く留まるのはもっと危険だそうだ。

 確かに、今はサウスポート全体が厳戒態勢にも等しい状況だった。

「中央大陸から乗ってきた商人たちも、商談や現地を巡るのにもう少し時間が欲しいところだと思うが……」

「ああ、その通りだ。でもな……商人連中の半分以上は戻ってこねぇよ」

 自分でもロバーツの言葉に表情が強張るのがわかる。

「俺が言うのもなんだけどな……てめえの行動がいかに無謀だったか悟るだけの頭を持ってる奴は生き残るさ。欲をかくのもそこそこに、今日明日で買い付けられる品だけ搔き集めて、明後日までには港へ戻って船に乗る。次の定期船が来るまで魔大陸で過ごして、それで帰ってこられる奴なんてのは、本当に一握りだ」

 珍しい品を仕入れに来ただけの商人でもその有様か。

 腕試しに来た冒険者たちがどうなったか、想像に難くない。

「ああ、そうさ。王国の命を受けた騎士、官吏、魔術師、冒険者……いろんな奴が居たが、この大陸の奥に首を突っ込んだ連中は誰一人として帰って来ねぇ」

 聖騎士や宮廷魔術師は、死亡した場合の損失を鑑みて派遣された例が無いそうなので、公務で来た連中が戻らないのはまだ納得できる。

 騎士や護衛の私兵が三流ばかりだったというだけの話だろう。

 しかし、冒険者は別だ。

 中央大陸なら文句なしのAランクやSランクだった連中が、何人もこの地にやって来たはずなのだ。

 確かに、行方不明になった連中が引き際を見誤ったことに違いは無い。

 しかし、ただ出現する魔物のレベルが平均的に高いというだけで、百戦錬磨の猛者たちが全滅したとは考えにくい。

 魔大陸は……何かが中央大陸とは違うのだ。

 サウスポートがごく普通の港町だからといって、内陸も同じような場所である可能性は低い。

 気を引き締めなければ。

「将軍。くれぐれも、慎重にな」

「……わかってるよ。情報収集は怠らない。危険ならすぐに引き返す」

「ああ、そうしろ。お前さんを無事に連れ帰ったら『ラ・フォルトゥーナ』の株も上がるってもんだ。魔大陸を征服した最強の聖騎士、その足となり快適且つ安全な航海を提供した船、その名も『ラ・フォルトゥーナ』ってな」

「ははっ、快適且つ安全ねぇ……帰りはクラーケンを避けてくれよ」

 ロバーツに手を振ってタラップを降りた俺は、ようやく任務の目的地である魔大陸の地に足を踏み入れた。



 最初に向かったのは例によって冒険者ギルドだ。

 俺がここに来た目的は、最近になって勢いを増しているというサウスポート近郊の魔物の件を詳細に調べることと、可能なら交易など物流経済の状況を改善することである。

 何にせよ、まずは情報を集めなければならない。

 ここには運送ギルドやランドルフ商会の支部も無ければ、駐留する王国軍の人間も居ないので、全てゼロからの行動だ。

 そうなると、やはり一番信用が置けるのは冒険者ギルドということになる。

 運のいいことに、サウスポートの冒険者ギルドは大通りに面しており、念のため港に居た衛兵に道を聞いたことで、迷うことなく目的地に到着した。

 しかし、心配だ。

 冒険者ギルドはある意味で世界規模の大企業だが、別の視点から見ると、横の連携に乏しいチェーンの店舗のようなものである。

 冒険者カードによるランクや身分の保証は世界共通、それこそ辺鄙な田舎でも職業と実績の証明として通用する。一応な。

 ところが、世界規模の組織であるが故に、地域によって自治の慣習も所属する冒険者のレベルも全く違うという側面が存在するのだ。

 事実、トラヴィス辺境伯領の冒険者ギルドは王都のものとは全くの別物だ。

 それが別の大陸のものともなれば……。

 面倒事が起きなければいいのだが……。

「…………」

 俺は覚悟を決めて冒険者ギルドの扉を開いた。



 冒険者ギルドに足を踏み入れると、一瞬だが俺に向かって視線が集中する。

 しかし、あからさまに俺を値踏みする視線はすぐに消えた。

 新参者の俺を警戒する空気は伝わるが、レベルの低い冒険者が絡んでくるようなことは無い。

 こちらも軽く見まわしてみるが、やはりエルフでもドワーフでも獣人でもない種族が多いな。

 見た目は千差万別だが、魔族と総称される連中だ。

 それに、魔力持ちが多い。

 今ここに居る冒険者の中では比較的弱そうな戦士からも、初級魔術か強化魔法くらいは使えそうな魔力を感じる。

 なるほど、確かに冒険者の平均的な戦力でいえば、王都など足元にも及ばないかもしれない。

「Aランクの依頼はあそこだぜ」

 ここで俺に声を掛ける者が居た。

 声の主に向き直ると、壁に背を預けながら掲示板の一つを示す男が目に入った。

 顔や体つきは人族と同じだが、腕や首に蜥蜴っぽい鱗を持つ魔族だ。

 これも中央大陸では見たことが無い種族だな。

「Aランクで人手が足りていないのかい?」

「人手不足はどこも同じさ。ただ……余所から来た俺より強い奴には、まずAランクを勧めることにしているんでね」

 どうやら、俺が魔大陸の外から来た人間だとわかったらしい。

 しかし、わざわざこの男がお節介をするわけは……なるほど、そういうことか。

 周りを見てみると、冒険者ギルドに居たほとんどの人間が、俺の様子よりも目の前の魔族の言葉に意識を傾けている。

 恐らく、こいつはギルドでも指折りの洞察力を持つ冒険者なのだ。

 彼自身の強さは、中央大陸ならAランクの下位といったところか。

 魔法学校で会ったばかりのレイアより数段少ない魔力量に、エドガーと比べるとかなり劣る剣気。

 先ほどの言葉から推測するに、この魔大陸ではBランクかな?

 新入りの力量を測る際には、冒険者も受付嬢などギルド職員も、この男の出方をまず窺うわけか。

「それとも、Aランクごときに出張るのはご免か?」

「いや、依頼の内容を見てみないと、何とも言えないな」

 魔大陸まで来る冒険者といえば、中央大陸や帝国ではSランクの者が多くを占める。

 Aランクの依頼などに避ける時間は無いなどという、無駄にプライドが高い連中も居たようだ。

 きっと、初っ端のAランク依頼を勧められたところで、逆上してイキり散らしたのだろう。

 未知の魔境でその調子とは、自殺行為もいいところだ。

 この魔族がわざわざ聞いてくるあたり、向こうも俺の人となりを探るつもりのようだ。

 さて、どうしたものか……。

 俺にはサウスポート周辺の状況の調査と、交易ルートを含む経済の回復という任務がある。

 情報を得るためには、こちらの事情もある程度は開示する必要があるかもしれない。

 しかし、目の前の魔族が信用できるかといえば別問題なわけで……。

 そんなことを考えていると、男も俺の逡巡を表情から悟ったのか、受付の方を示してきた。

「まあ、何はともあれ、職員に色々と聞いてみるといい。冒険者ギルドは冒険者の身分と利益を守る。こいつだけは、こんな辺鄙な魔境でも他と変わらねぇからな」

 改めて教えてくれるとは、至れり尽くせりなことだ。



 俺は受付嬢の前まで進み、Sランクの冒険者カードを提示した。

「中央大陸のライアーモーア王国のSランク冒険者クラウス・イェーガーです。しばらくはサウスポートで活動しようと思いますので、よろしくお願いします」

「はい、承りました」

 カードを提示すればギルド側は最低限の情報を把握できる。

 こちらから言わなければ、受付嬢は冒険者の名前もランクも他人の耳がある場所で口にはしない。

 個人主義の気風がある冒険者にとってはいいことだが、今回の俺は情報を集めて経済活動など表の情勢に介入しようとしているので、ここでは堂々と名乗った。

 少し迷ったが、こちらの事情についてもある程度は公開することにした。

 多少は賭けになるが、先ほどの魔族の言葉通り、この冒険者ギルドが不誠実な組織でなければ、こちらの事情を話すことが不利益を被る要因に直結することにはならないはずだ。

 周りにも耳はあるが、それこそ個人単位の小悪党など気にしていては何もできなくなってしまう。

 おすすめの宿屋や市場の場所を聞き、ついに本題へ入る。

「それと、私がここに来た理由ですが……大きい声では言えませんが、うちの国の財務系の閣僚に頼まれたこともありましてね。最近、サウスポート近郊で魔物の数が異常に増えており、交易など経済にも悪影響が出ていることは聞いています。できれば、そこら辺の詳細と、秩序の回復の妨げとなっている討伐対象などを教えていただけると……」

 聖騎士の身分や国王の勅命に関しては喋っていないが、受付嬢は大体の事情を察してくれた。

 まあ、財務系の閣僚とまで聞けば、少なくとも大臣レベルの意思が関わっていることは想像に難くないだろう。

 それに、先ほどの蜥蜴魔族との会話で、俺がただの腕自慢の荒くれでないことは伝わったはずだ。

「……畏まりました。近郊に生息する魔物の資料をお持ちしますので、会議室の方でお待ちください」



 受付嬢に案内された奥の部屋には、予想外に充実した魔物の資料があった。

 中央大陸にはあれほど情報が入ってこなかったのだから、記録する紙すら無い未開地なのかと思っていたが……。

「魔物の資料を閲覧したいという冒険者の方は、それなりにいらっしゃいますから」

「単調直入に聞きますが、その慎重な冒険者たちは何故死んだのです?」

「……恐らく、『死の森』に入ったのでしょう」

 『死の森』またの名を『人喰いの森』。

 聞くところによると、サウスポートの北から内陸全域に広がる広大な森で、たまに溢れ出てくる魔物がワイバーンだったことなど日常茶飯事というのだから、その内部の脅威は計り知れない。

 巷の冒険者曰く、まともに活動できるのは龍族だけだろうとのことだ。

 そういえば、何かと話題になる龍族の本拠地はここ魔大陸か。

 龍族は『死の森』の奥で魔物を狩り続け、サウスポートや魔大陸南部の都市に強力な魔物が大量に流出するのを防いでいるとか。

 なるほど、魔大陸にやって来た冒険者からの情報が無いわけだ。

 冒険者として来たからには、ギルドの資料だけ読んで帰る馬鹿は居ない。

 通信水晶を所有して且つ王国の知り合いに魔大陸の話を逐一する冒険者など、もっと少ないだろう。

 イキって『死の森』に踏み込み、話のネタを手に入れても、披露する前に森の魔物にやられて死んじまったわけか。

 もしくは、接触した龍族に……。

 これが他の大陸から来た冒険者の主な死因と見て間違いなさそうだ。

 さっそく調べてみたいところだが……『死の森』における活動はサウスポートの冒険者にとっても不可能に近いことで、ここのギルドの資料でも情報は少ない。

 これ……俺自身が行ってこの目で見るしかないのか。

「イェーガー様。正直、私ではあなたの力量など測れません。わかるのは、過去に他の大陸からいらしたどの冒険者よりも強大な魔力を持つことくらいです。ですが、『死の森』にいきなり入ることはお勧めできません。……差し出がましいことを申し上げますが、最初はサウスポート近郊の依頼を受けられた方がよろしいかと」

「まあ、そうでしょうね。過去にその『死の森』とやらに向かった連中は全員が行方不明なんでしょ? 俺は死にたくないんで、忠告はありがたく受け取りますよ」

 この日は、街の近郊に巣食っているAランクの魔物を中心とした討伐依頼を確認だけして、そのまま宿に向かった。


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