161話 葬儀、そして魔大陸に到着
クラーケンとの戦闘では十名ほどの重傷者、そして一人の死者が出た。
犠牲になったのは護衛として船に乗っていたチャールズというCランク冒険者の剣士だ。
何だかんだで、俺は目の前で味方が戦死するというシチュエーションに遭遇したことは少ない。
エンシェントドラゴン戦ではかなりの数の冒険者や軍人が命を失ったが、今回の件の方が何気にリアルだったりする。
船という狭い環境で、百人ほどの小さなコミュニティで何日も寝食を共にし、その中から死人が出たのだ。
掛ける言葉も見つからないとはこのことか。
しかし……チャールズの仲間が俺を責めなかったのが救いだな。
冒険者は常に危険と隣り合わせで自己責任の商売。
お互いにわかってはいるが、いざ強力な味方が居れば頼りたくなってしまうのが人の性だ。
聖騎士のような規格外なら、自分たちを守ってくれると考えても仕方ない。
しかし、それを実際に口にされて「何故、助けてくれなかった!?」などと言われては、俺としても如何ともしがたいわけで……。
ヘッケラ―なら生き残りの連中を上手く慰めて激励する言葉くらい出てくるのだろうが、生憎と俺にはそのようなスキルは無い。
今回、船に同乗していた冒険者が大人だったことは幸運だった。
俺が惜しまず中級や上級の治癒魔術を使って負傷者の手当てを終え、クルーによって船の修理も一通り済んだ頃、船長のロバーツは若干申し訳なさそうに俺に次の仕事を依頼してきた。
チャールズの葬儀の執行役だ。
普通なら、船員や護衛が死んだからといって、水葬のために航海中の客船を停めることなどはしない。
クルー側の都合で船の到着を遅らせたりなどしたら客がキレる。
信用を維持する意味でも、一刻も早く目的地に到着するために最善を尽くすのが流儀だ。
しかし、今回は交戦した敵が予想以上に強力だった。
クラーケンの脚に叩かれた船体には、所々に亀裂や破損が見える。
この先の航海において万全を期すためには、出航前に徹底的な修理と安全確認が必要になる。
とはいえ、日が沈めば修理作業を続けることは困難だ。
夜は接近する魔物を目視で捉えにくいうえに足場が見えにくい。
そんな危険な状況で船員に作業をさせて、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
今日の夜はこの海域に足止めになるわけだ。
そんな事情もあって、略式だが戦死者を水葬で以って弔う儀式を甲板で執り行うこととなった。
何故、俺が喪主のような真似をするのかといえば、ロバーツ曰く、高名な聖騎士である俺自ら弔いの面倒を見ることで、生き残った冒険者の仲間もありがたがるだろう、と。
要は彼らの不満を誤魔化すためだ。
偽善だが、これがベストな選択か……。
俺は海軍の葬儀の作法など知らないが、最低限の手順などはロバーツが教えてくれたので、些か緊張しながらも艦橋の前に立って弔辞を述べる。
「――『ホライゾン』所属Cランク冒険者チャールズ。今宵、彼の魂は大いなる海に還り、海神のもとへ旅立つ。彼の刃は永遠にして不滅。友よ。我々は生涯、君のことを忘れないだろう」
細かい部分は俺の自由にやれと言われて困ったが、どうやら定石から多少外れているくらいなら、物珍しさでプラスに捉えられるらしい。
まあ、所詮は前世の映画で見た軍隊の葬儀の真似事だ。
後で王国の慣習と違い過ぎるなどの文句が出ても困るが、多少の滞りがあってもロバーツがフォローしてくれるだろう。
「では、棺を……」
チャールズの遺体が収められた木製の棺桶を、船員が数人で海に押し出す。
アンデッドにならないように、死体は既に火魔術で焼いてある。
棺はゆっくりと着水し、やがて海の流れに乗って船から離れた。
俺は“プラズマランス”を空に向かって二発打ち上げる。
祝砲は奇数だが弔砲は偶数だ。
「チャールズに」
ロバーツの声掛けで、参列者たちは揃って酒の入ったコップを掲げた。
この日の夜は、ロバーツの計らいで、船員にも明日の仕事に影響が無い範囲で飲酒が許可されている。
チャールズのパーティメンバーや彼と仲の良かった船員たちは、真っ先にチャールズへのお供えのコップを囲んで飲み始めた。
甲板を後にする前に、俺も一杯だけ彼らに付き合った。
ところで、クラーケンの素材は全て回収した。
頭だけでなく、切り落とした脚に、海中に吐き出された墨も可能な限り集める。
俺は既に吐き出された墨は無視しそうになったが、船のクルーが素材の価値を知っていたのだ。
どちらかというと、墨が主で他は内臓以外にほとんど価値が無いらしく、船員はクラーケンの脚を集める俺を不思議そうに見ていた。
俺もクラーケンの墨が錬金術の素材になることは資料を読んで知っていたが、まさかここまで意地汚く集める羽目になるとは思ってもみなかった。
一応、船員の忠告に従って墨の浮いた海水を凍らせて魔法の袋に回収し、その後にクラーケンとの遭遇を報告がてらオルグレン邸に通信を入れてみたのだが……レイアの食いつきは凄いものだった。
『クラウス! 墨は全部集めたんでしょうね!?』
「お、おう。一応な。……やっぱり、使うんだ」
『当たり前でしょ! 墨袋の中のものよりは劣るけど貴重な素材よ。海水が混じっているとはいえ、濃縮すれば……』
「ああ、わかったわかった。安心しろ。素材の五割は俺の取り分だから、結構な量を持って帰れるさ」
戦死者がでた冒険者パーティには見舞金の意味も含めて配当を多くしたが、それでも主力となってクラーケンと戦い止めを刺した俺の権利は大きい。
まあ、ラファイエットとレイアとヘッケラ―へのお土産なら、錬金素材が多すぎて困るということは無いか。
しかし……船の下から攻撃してくるクラーケンを仕留めるのは、本当に手こずった。
船とクルーや他の乗客を守る必要があったとはいえ、半ば船を盾にされて魔力剣を思い切り振れなかったとはいえ、あの戦いは無様なものだった。
陸と海の違いと言ってしまえばそれまでだが、中央大陸と魔大陸の違いがそれより確実にパフォーマンスへの影響が小さいかと言われれば、そんな保証はどこにも無い。
先が思いやられるな……。
どうにか船の修理が終わって出航し、その後は高ランクの魔物の襲撃も無く数日が過ぎた。
当然ながら、船室で本を読むだけで時間が潰せるはずも無く、俺は食材の仕込みを続けることにした。
既に船内に暗い空気は無いので問題ないだろう。
それに、やはり新しく手に入った品というのはテンションが上がるものだ。
早速、クラーケンに挑戦することにした。
“分析”をかけてみたところ、やはりクラーケンの身に毒は無い。
さすがに生は怖いので刺身やタコワサはやめておくが、やはり唐揚げをこの世界に送り出した者としては、タコの唐揚げを作らないわけにはいかない。
俺が厨房の隅を借りて一口大に切ったタコの脚を揚げていると、匂いを嗅ぎつけた休憩中の船員がやって来た。
「旦那、今度は何をしてるんです?」
「香辛料の香りが……」
「それは……まさかクラーケン!?」
しかし、彼らは材料がクラーケンだと知ると、鯵のタタキやしめ鯖のときとは比べ物にならないほど顔を蒼くする。
クラーケンとの戦闘の恐怖はそろそろ薄れてきた頃だと思うが、どうにも巨大蛸は見た目がグロすぎて食い物に見えないようだ。
「旦那……確かに凄ぇいい匂いですけど……本当に食えるんで?」
「クラーケンって食えるんですか……?」
そうか、デビルフィッシュか。
ヨーロッパの一部には、未だに蛸を食べる派食べない派の民族同士で、差別や迫害や殺し合いをする地域があるらしいな。
美味いのに、酢ダコ。
念のため、熱によって活性化される毒性物質が無いか“分析”で確かめ、タコカラを串に刺して船員に差し出してみる。
「「「「「…………」」」」」
船員たちは顔を見合わせた結果、一人を生贄に差し出した。
全員の視線を浴びて犠牲者に選ばれたのは……お前か。
乗船時に俺に絡んできた二人組の片割れだ。
「旦那、俺には生まれたばかりのカカアと体の弱い年上のガキが……」
はいはい、逆逆。
「カカアってのは、ビアンカちゃんのことか?」
「お前ぇはただのカモの一人だよ」
「ぶはは! 店のプレイの一環か? それともただの妄想か?」
「イェーガーの旦那! こいつ非番ですぜ!」
仲間の裏切りで色々と暴露された船員は、俺が差し出したままの串を見ると項垂れ、震える手でタコカラを受け取った。
立ち上る香りは完全に食欲をそそるスパイシーな衣のものだ。
材料がクラーケンを聞かなければ秒で口に放り込むであろう芳香が、船員の鼻腔を暴力的に刺激する。
「安心しろ。毒の反応は無い」
「は、はい……」
まあ、検知できない毒があると困るから、こうして人体実験しているんですけどね。
そこは黙っておこう。
船員はついに覚悟を決めてタコカラを口に入れた。
「はふッ、熱っ……うめぇ!」
そうでしょうとも。
料理していても思ったが、死んだ後のクラーケンの固さは完全に普通のタコと変わらない。
下茹でした後に切り分けるためのナイフを入れたときの感触も、ほどよい弾力があって上質な蛸のものだった。
そこに衣の味付けはトラヴィス辺境伯領から買った良質な香辛料である。
不味いわけがない。
しばらく経っても船員に異常が見られなかったことで、他のクルーたちも安心してタコカラに手を伸ばし始めた。
……本当に遅効性の毒が心配なら、もっと長い時間で観察してからの方がいいけどね、
そして、出航から二十日。
俺がベッドから起きて身支度をしている最中、船室のドアがノックされた。
「はいよ。どうした?」
「旦那、そろそろ着きますぜ。魔大陸に」
「え、マジ?」
到着時刻としては何もおかしくない。
本来は十八日前後のところ、途中でクラーケンとの戦闘があって、修理のために停泊して、その後も何度かヴァンガードシャークやレモラの襲撃があった。
クルー曰く、いつもより魔物の数が多いそうだ。
本来の行程よりも二日遅れか。
まあ、妥当なところだろう。
しかし……船室の窓から外を見てみるが、霧が濃くて陸など見えなかった。
“探査”を使ってみると、近くに船と思わしき物体の反応はいくつかある。
地形を認識できるほど陸は近くないようだな。
俺の“探査”の及ぶ距離は半径約一キロと、魔術師の中でもかなり広範囲を偵察できるが、そもそも“探査”はダンジョンのような閉所や森などの入り組んだ場所で敵の反応を捉えるためのものだ。
俺の場合は人込みや死角への警戒にも活用しているが、それでも長距離レーダーの真似はできない。
「(よし、入港に備えろ!)」
甲板からロバーツの声が聞こえてくる。
どうやら到着というのは本当らしいな。
とりあえず船室を出た俺は、声を掛けてきた船員と連れ立って甲板に上がる。
しかし、ここでも周囲は霧に包まれて陸地は目視できない。
すると、艦橋から出てきたロバーツが声を掛けてきた。
「おう、来たか。ちょうど霧の濃い日に当たっちまったみたいだな。まあ、見張り台に登ってみな」
ロバーツの示したマストの上の方には、二名の観測係の船員が詰める見張り台がある。
よじ登るのは大変そうだが、俺は飛べばいいか。
飛行魔法を発動し、マストの天辺近くまで高度を上げると、俺は二人の観測手の後ろに着地した。
「あ、将軍様。いらしてたんですか」
「どうです、旦那? 絶景でしょう。こいつを拝めるのは見張りの特権ですな」
「……ああ、そうだな」
大きさも構造もまるで違う船舶が数多く停泊する船着き場。
波止場の奥には、王国とはデザインや色彩が微妙に異なる建造物が見える。
目の前には、ガルラウンジに勝るとも劣らない規模の港町が広がっていた。