150話 デブリーフィング 後編
「それで、肝心の回収物ですが……」
俺の問いかけに、ヘッケラーとシルヴェストルが反応した。
俺が魔法の袋に入れて持ってきたボルグの死体に装備と持ち物、それに『傀儡』の死体と『冥界の口』の残骸は、全て宮廷魔術師団の管理のもと分析にかけられている。
「古文書をひっくり返す羽目にもなりましたが、色々と無視できない話が見つかりましたよ。どこから話したものか……」
「アレク殿の残した資料と照らし合わせて判明した件もあります」
ヘッケラーだけでなくシルヴェストルも居るのはこういう理由だ。
押収したボルグの所持品の調査においても、シルヴェストルの『黒閻』との戦いの経験に基づく知識は役に立つ。
「まず『冥界の口』に関してですが……皆さん、概要は理解しているということで、よろしいですか?」
俺とフィリップはシルヴェストルに向かって頷く。
レイアから聞いたからな。
ヘッケラーは言わずもがな、『冥界の口』に関する知識はあるだろう。
しかし、ニールセンは俺たちが帰国してからの報告は文書で受けているだろうが、詳しい部分に関しては不安が残りそうだ。
リカルド王も専門家ではない。
二人の様子を見たシルヴェストルは、最初から説明した。
「では、『冥界の口』に対する学術的な認識から。今までは、この錬金生物の存在は知識としては残っていたものの、実在した記録はありません。研究もされたことはありますが、内容は全て犠牲召喚の強化です。生贄を数人まとめて一つの術式にすることで、より強力な魔獣を召喚して解き放つという机上の空論です。軽々しく実験もできませんからね」
実験できない理由は、人道的な面よりも制御を外れた召喚獣による被害を考えてのことかもな。
その生贄の魔力――ボルグたち曰く瘴気――をまとめて蓄積するデバイスや、犠牲召喚の術式に関しては、仮定に仮定を重ねた理論が論文にもなっている。
それを実践の元に実用化した技術を『黒閻』が保有していることは、デ・ラ・セルナの記録にも残っていた。
当然、シルヴェストルは俺たちよりも詳しく把握している。
「それで、ここからが重要です」
シルヴェストルの前置きに、俺たちは緊張した面持ちで耳を傾ける。
「『黒閻』が『冥界の口』に関する技術を有することをアレク殿が突き止めたのは、皆さんもご存知の通り。ボルグの所持する資料とアレク殿の残した文献を整理した結果、浮かび上がったのは、勇者召喚の術式への応用です」
「勇者? 千年前の?」
フィリップは目を丸くしているが、俺はそれほど驚かなかった。
地球からの勇者召喚といえばラノベの定番だ。
生贄を捧げて勇者を召喚など、人の命の価値が低い時代背景ではありふれている。
「千年前に存在が確認されている勇者が、同じ術式によって呼び出されたかどうかは不明です。いえ、状況から考えて別口でしょう。確認されている勇者は一名のみ。当時は種族間差別や迫害が今よりも酷かったらしいですから、生贄の確保には困らなかったはずです。それなら、召喚された勇者がたったの一人というのも考えにくい」
確かに、成功例があり有力者や国家が技術を保有していたのなら、被差別種族の連中を犠牲にして次から次へ召喚するよな。
それができなかったってことは、先代の勇者の出現は偶然の産物ということだ。
もしくは、一人目の勇者が召喚直後に暴れて、召喚術のノウハウが消え去るくらい文明ごと壊滅させたか、他の勇者を全員殺したか。
歴史の記録が少ないだけに、否定できないのが怖いところだ。
「異界からフィリップに匹敵する存在を呼び寄せられる可能性があるというのは厄介ですね。『冥界の口』は破壊したとはいえ、今も敵にその技術があることは確かでしょう。ボルグは俺が殺りましたが、奴らの陣営には『魔帝』とかいう奴が健在です。また、同様の錬金生物を作られたら……」
異世界から召喚した勇者ということは、俺と同じ現代の知識とフィリップの能力を併せ持つような存在が来る可能性がある。
そんなのが敵に回った状況など考えたくもない。
「そのことに関してですが、もう一つ残念なお知らせが……」
ヘッケラーが口を開いた。
「君たちが破壊した『冥界の口』のカスを分析した結果ですが……どうやら生贄を変換して蓄積した魔力や瘴気は、既に回収済みのようです」
「……ボルグの持ち物には?」
「それらしきものは、発見できませんでした」
俺の一縷の望みもヘッケラーの言葉で無情に砕かれた。
確かに、二年前に目の当たりにした犠牲召喚を思い出せば納得だ。
警備隊に潜り込んでいたスパイを一人捧げただけで、ボルグの仕込んだ術はロイヤル・ワイバーンを召喚した。
平の警備隊員の命一つをAランクモンスターの亜種、実質Sランクの魔物と交換できる。
で、俺のエクスカリパーが吸収する魔力は、初級の治癒魔術を発動する程度。
あんなもので魔力を枯渇させて消滅するほど、『冥界の口』は小さい容器ではない。
攫った一般人だけでなく、瘴気を数倍の効率で溜められる『傀儡』を大量にぶち込んだのだ。
状況から見ても、既に中身が抜かれていたと考える方が自然だ。
「では、『冥界の口』に溜められた瘴気は、ロベリアかエルアザルの手でストックされていると?」
「そうなります」
畜生。
敵の計画が頓挫するどころか、リセットすらできなかったわけか。
ロベリアも始末できていれば……いや、あの時の状況から見て、瘴気タンクは既にエルアザルのところか。
ボルグが持っていなかった以上、同じく俺たちとの衝突を想定していたロベリアが持っていることも考えにくい。
「『黒閻』がどのような存在を召喚するつもりかはわかりませんが、一筋縄ではいかないことは確かです。クラウス君がボルグを倒してくれたことは大きい。しかし、怪物の片腕を潰したからといって油断はできませんよ」
「そうですね」
この必ず後手に回る状況、どうにかできないものかね……。
「そうそう、『傀儡』の件ですが……」
ヘッケラーの報告には続きがあった。
「クラウス君が持ち帰った『傀儡』の死体は、宮廷魔術師団の管理のもと、徹底的に解剖して調べています。『フェアリースケール』に隷属の術式に犠牲召喚の魔力に変換するメカニズムに……。調べなければならないことは沢山ありますが、『傀儡』という末期の中毒者の死体がそもそも初めての収穫でして。もちろん、『黒閻』の幹部の死体も。ただ、ボルグの所持していた資料と両者の死体の調査。その時点でも、新たに分かったことがあります」
前置きが長いが、調査が始まる前に入手できた新情報がそれだけデカい話ってことだな。
ヘッケラーはゆっくりと口を開いた。
「『フェアリースケール』はある物の副産物です」
そのある物の正体は、ヘッケラーの視線に応えたシルヴェストルの口から告げられた。
「『アルカナ石』というのをご存知ですか?」
俺とフィリップは顔を見合わせた。
うん、お前さんが知らないのはわかってる。
俺も聞いたことが無い。
レイアなら知っているかもしれないが、生憎ここには居ない。
「ボルグにロベリア。君たちが交戦したのはこの二名でしたね」
シルヴェストルの質問に俺とフィリップは頷く。
「この二人、何かおかしいと思いませんでしたか?」
おかしいところ?
全部だよ。
考えていることも、やることも、厄介さも。
しかし、シルヴェストルが言いたいのは別のことだった。
「……『黒閻』の連中は、強すぎる」
シルヴェストルは静かに呟いた。
「君たちとまともにやり合えるなど……異常です」
長年、デ・ラ・セルナと共にあの連中と戦ってきたシルヴェストルだからこその、実感の籠った言葉だ。
「理の外にある魔力の覚醒によって生まれる勇者に、人の身には収まるはずのない異常な魔力を持つ聖騎士。あの連中は、魔力量などを鑑みても、そういった類の存在ではありません。それなのに、身体能力が高すぎる」
シルヴェストルが『黒閻』の連中とガッツリやり合っていた時期も、まともに正面切って戦えるのは、今は亡きデ・ラ・セルナだけだったようだ。
彼もまた俺やヘッケラーと同じく聖騎士で、本職の軍隊が相手でも蹴散らすことができる理不尽の塊だった。
そんなデ・ラ・セルナと対立して生き延びただけでなく、最終的には彼を暗殺し、俺やフィリップとまともに切り結べる敵。
それが『黒閻』だ。
尋常でない魔力の持ち主というだけなら、王国の聖騎士のように役職として確立していないだけで、一つの国に数える程度は存在してもおかしくない。
しかし、『黒閻』の連中は俺たちのような突然変異的な存在とは何かが違う。
魔術の力量に関してはまだ説明がつく。
基礎は同じ論理に基づく魔術が広く普及しているので、経験と運用によって俺と互角に撃ち合える魔術師が居ても不思議ではない。
王国の宮廷魔術師団でも、総力を挙げて上手く運用すれば、俺の絨毯爆撃から自陣を守ることくらいできるだろう。
しかし、そんなエリートである彼らも、俺に一点集中で魔法障壁を突破されて魔力剣の薙ぎ払いを受ければ、数十人がまとめてお陀仏だ。
ところが『黒閻』の連中は、俺のフルパワーの魔力剣を防ぎやがる。
どう考えても異常だ。
「彼奴らの力の源。それがアルカナ石と推測されます」
シルヴェストルの告げた事実は、ニールセンとリカルド王が唸るほどに衝撃だった。
「巷では『賢者の石』の劣化版などと言われています」
『賢者の石』の概要は前世の伝承やラノベと同じだ。
不老不死の水が湧き出し、石を黄金に変え、あらゆる高度な錬金術の触媒となる……らしい。
当然、実在した形跡は残っておらず、眉唾な伝承に過ぎない。
で、その『賢者の石』もどきが『アルカナ石』。
こちらも現代の錬金術で作られるのはパチモンばかり、と。
そのアルカナ石の妙に完成度が高いバージョンが、ボルグの死体から検出されたというわけだ。
デ・ラ・セルナの資料でも、『黒閻』の連中が何か高度な錬金物質を取り込んで自身を強化している可能性について言及しており、アルカナ石の類である可能性も書かれていた。
まあ、アルカナ石という概念自体が曖昧なものなので、この仮定に正解も間違いもない。
向こうが独自に研鑽した技術の結晶ということなら、奴らの異常な強さにも説明がつく。
で、『黒閻』産のアルカナ石の副産物が『フェアリースケール』か。
「『黒閻』と『フェアリースケール』の関連。それ自体、見つかったのは初めてです。今回の『傀儡』という末期の中毒者とボルグの死体の確保で、ようやく明らかになった新事実なのですよ」
シルヴェストルは不甲斐なさそうにため息をつくが、これは仕方のないことだろう。
『フェアリースケール』自体が、少し前に一部地域で蔓延したというだけのマイナーなヤクだ。
似たようなものを例に挙げていけばキリがない。
「ようやく、全てが繋がったわけですか……」
状況を整理しよう。
『黒閻』の連中の異常な強さは、錬金術の極致である賢者の石のパチモンであるアルカナ石。
その副産物として生まれるのが最悪のヤク『フェアリースケール』。
『フェアリースケール』の末期患者に隷属の術やら何やらをかけたものが『傀儡』。
『黒閻』は犠牲召喚を強化する『冥界の口』の技術も有しており、『傀儡』はエネルギー効率のいい生贄になる。
フィリップたちが聞いたロベリアの言葉によると、既に必要量の『傀儡』の取り込みは終わっており、回収した瘴気も向こうの人間が握っている。
いつ強力な魔物が召喚されて攻撃を受けるかわからない。
召喚対象は勇者の可能性もあり、戦闘力はフィリップに匹敵することが考えられる、と。
「最悪だ。どうにかして、こちらから先制攻撃できませんかね……」
「それができたら苦労しません」
ヘッケラーはリカルド王の方に視線をやった。
各国への指名手配を改めて……もう済んでいると。
「協力して世界の敵を討伐する。そのようなこと、とうの昔に言っておるというのに。まったく……」
リカルド王は吐き捨てるように呟いた。
周辺諸国の反応がいかようなものだったか、聞かなくても想像がつく。
やはり、自分たちが本格的に痛い目に合わないと、『黒閻』の危険性はわからないか。
追撃の強化などに関しても、リカルド王とヘッケラーが事態の深刻さを認識していて、それでもどうしようもない以上、俺にできることは無いな。
そう都合よく妙案なんぞ出るものじゃない。
敵が何ぞ厄介な策を実行に移す前に叩くのは無理との結論だ。
まあ、そうだよな。
奴らはあのデ・ラ・セルナから巧妙に逃げ回り続け生き延びてきたのだ。
「『フェアリースケール』の方からは?」
「国内の貴族に対しては、これを機に取り締まりを大幅に強化しておる。軍務局のカーライルの娘も張り切っておるからな」
キャロラインは頑張るね。
「しかし、他国への干渉は難しい。いや、はっきり言って、全く進捗が無い」
そもそも『フェアリースケール』への取り締まりを今更強めたところで、『冥界の口』を用いた奴らの策には影響が無いか。
「諜報を強化するしかないでしょうな」
「陛下、運送ギルドからも細かく情報を上げるよう通達しておきます」
ニールセンとフィリップの言葉が全てを物語っている。
結局、劇的な対策案など出ないまま、俺たちの会合はお開きとなった。