149話 デブリーフィング 前編
ついに、ボルグを倒した。
ロベリアこそ逃がしてしまったが、『黒閻』の幹部の一人をようやく始末できたのだ。
デ・ラ・セルナの敵討ちは叶わなかったが、強大な敵を討ち取れたことは大きい。
誘拐されたメアリーも無事だ。
ファビオラは重傷を負ったが、命に別状は無いようなので、結果は上々だろう。
とりあえず仲間たちを合流しようと思い、俺は再び離れてしまったフィリップとマイスナーの所へ戻ってみたが……二人はまだ『冥界の口』と戦い続けていた。
後から聞いたところでは、生贄の魔力を生命や体や魂を構成する部分に至るまで余すところ無く吸収して、引き換えに発動する術式の魔力に変換するための装置?らしい。
犠牲召喚に近いシステムだ。
ボルグが制御の術式を破壊したことで、今の『冥界の口』は暴走状態にある。
魔力を喰らうという性質は厄介だった。
マイスナーの剣閃はもちろん、フィリップの聖剣の効きも悪い。
フィリップ自身も『冥界の口』と剣が触れていると、魔力が抜けていくような感触を覚えたらしい。
二人がかりで、しかも聖属性の塊のようなフィリップが居て、それでも仕留めきれない人造生物。
魔力剣を使う俺との相性は最悪のはずだが、それでも居ないよりはマシだと思い、二人を支援するため、武器を手に戦いに乱入した。
その結果……『冥界の口』は俺の攻撃で呆気なく消滅した。
マイスナーが得意のカウンターの型で触手を捌き、フィリップがチクチクと聖剣で削っていくという戦法を続けていたようだが、俺が後ろからクラウ・ソラスとエクスカリパーを突き立てると、触手の動きは急激に鈍り渦も萎みかけた。
エクスカリパーの効果は、斬った相手の魔力を吸収して、使い手への治癒魔術に変換すること。
要は、HPドレインとMPドレインがセットになったような武器だ。
これが効いたようで、一気にフィリップの聖剣と俺のクラウ・ソラスによるダメージ効率が跳ね上がった。
そのまま聖属性の刃で切り刻み続けると、ついには禍々しい闇属性の魔力の塊が消え、錬金素材のカスだけとなった。
「魔力を吸収する武器が弱点か……。俺がこっちに対応するべきだったな」
「いや、貴公はあのボルグを討ち取ったのだ。それは仮定の話ではなく、貴公の選択と行動が成し遂げたことだ。誇れ」
「そうだぜ。あの野郎に借りを返したんだ。これ以上は高望みってもんだ」
フィリップとマイスナーは成果を喜んでくれているので、俺もそれ以上は気にしないことにした。
そもそも、仮に俺が『冥界の口』の始末を引き受けていたとしても、その場合にすぐエクスカリパーを使うことを思いついたとは限らない。
先ほども、連戦のうえでの長期戦になることを予想して、回復効果のためにエクスカリパーを取り出したわけだからな。
レイアもメアリーたちの介抱で忙しいので、戦いの途中で助言を聞ける保証は無かった。
それに何より、長きに渡って苦しめられた怨敵を一人葬ることができたのだ。
十分な収穫だろう。
俺たちは倉庫周辺を軽く片付け、現場保存の処理をした。
投げっぱなしだった偽フラガラッハやファビオラの毒の短剣を回収し、証拠品を片っ端から搔き集める。
銃弾は特に念入りに回収した。
ロベリアを狙って外した22口径弾を地面から拾い、傀儡の頭から9mm弾を抉り出す。
ボルグと『傀儡』の死体も、俺の魔法の袋に保管することとなった。
愛用のカバンに気味の悪い連中の死骸をぶち込まれたようなものだ。
はっきり言って最悪の気分だが、腐乱防止のためには仕方ない。
ボルグの装備と魔法の袋に、ロベリアの残した折れた魔剣と短剣に毒爆弾の残骸。
さらに倉庫の残骸の下に残ったフェアリースケールの一部。
全て押収だ。
倉庫周辺にレイアの魔法陣で魔物除けの結界を張り、後に両国の捜査員が現場を調べやすいように準備しておく。
ボルグたちの持ち物など重要な品は全て俺たちの方で確保済みだが、現場に全く調査のための人員を送らずに済ませるわけにはいかない。
数日後には、宮廷魔術師や司法機関の連中が来るだろう。
「それにしても……派手にやったな」
辺りを見れば、森が半径数百メートルは消し飛んでいる。
俺の魔力剣の余波で木々が薙ぎ倒された辺りはまだマシだ。
俺が“火槍”の絨毯爆撃を撃ち込んだ方向など、抉られた地面の上に炭化した木片が散乱し、一部に火が延焼してさらに酷い有様だ。
悪意を持って解釈すれば、公国に対する破壊工作と取られても仕方ない状況だ。
今回の騒動にどのような解釈を添えて決着とするのかは気になるところだが、デヴォンシャー宰相は既に動いているのだろうな。
今回の件は両国でお互いに負い目がある。
個人の損害レベルの話を無視したとしても、相当な遺恨として残りかねない事情が多いのだ。
公国は、国際的な犯罪者に簡単に逃げ込まれ、国内の倉庫を違法薬物の貯蔵に利用されて気づきもしなかった。
王国は、危険な犯罪者の追跡の名のもとに、勇者と聖騎士を他国へ送り込んで、人気の無い寂れた地方とはいえ、大規模な戦闘を起こして土地を焼き払った。
両国間の関係を悪化させないためには、協力して巨悪を討伐したという美談に仕立て上げるしかない。
世界の敵である『黒閻』の幹部を、王国と公国が力を合わせて討伐した。
こういった結論に落ち着くことは俺でも予想できるが、その過程と後始末の理由付けの細かい部分は、お偉いさん同士で調整する必要があるだろう。
公国主体で戦ったことにして聖騎士と勇者が援軍に……ダメだな。
これは王国が恩を着せる形になってしまう。
公国の戦力そのものを侮辱しているのと同じだ。
やはり、いち早く世界共通の敵の存在に気づいて勇者が追跡し、後続で聖騎士が援護に向かい、公国も自国の領土や兵力を以って迎撃し、勇者と聖騎士を支援したと。
このシナリオが一番軋轢を生まずに済むかな。
そうなると、戦果を分け合うことが必要になる。
俺が頭を撃ち抜いてからレイアが聖魔術で止めを刺した『傀儡』とかいう連中。
これの一部を公国の軍人が倒したことにして、手柄を分けてやってもいい。
死体もうちの宮廷魔術師団へ分析に回す分以外はくれてやる。
銃弾は抜いてあるので問題ない。
公国の騎士たちが目を覚ましたら、その件も少し話しておかないとな。
ボルグの魔法の袋の中身なんかに関しては、公国側に少しゴネられるかもしれないが、そこは王国の官僚がどうにかしてくれることを祈るしかない。
翌日、俺たちは近くの廃村で公国の軍隊と接触することができた。
意識を取り戻した公国の騎士が信号弾っぽい魔道具を使い、後続の軍の部隊がこちらを見つけてくれたのだ。
俺たちはファビオラやメアリーの介抱をする必要があり、負傷者も同然のコンディションにある公国の騎士たちを連れている。
交易路付近の駐屯地まで飛んで行くことは不可能なので、援軍と合流できたことは僥倖だった。
奇しくも、最初に合流したのはあのゴゴンザレス指揮官の部隊だ。
「イェーガー将軍、オルグレン伯爵。ご無事で何よりです。ゴンサロです」
名乗ってくれた。俺の方を見ながら。
「ゴンサロ殿、早かったな」
「はい、爆発音と火柱で遠くからでも大体の位置が確認できましたので、一番近い廃村にまっすぐ来たのです。さ、早く馬車へ。すぐに駐屯地までお送りいたします」
ゴンサロはフィリップに答えながら、俺たちを早く早くと促した。
まあ、こいつは散々な失態を演じているからな。
俺たちには一刻も早く目の前から消えてほしいのだろう。
こうして真っ先に迎えに来たことは、立派な支援と言えなくもない。
そして、戦闘が終わった以上は、軍の指揮官であるゴンサロがこれ以上のポイントを稼げる状況も無い。
俺もこいつと長く一緒に居るのはご免被りたいわけで、彼の勧めに従ってさっさと馬車に乗り込んだ。
そして、数日後。
俺たちはようやく王国に帰還することができた。
「大義であった」
帰国してさらに二週間ほど後。
王城の一室で、俺とフィリップはリカルド王からお褒めの言葉を頂く。
もっと労ってくれてもいいのよ。
本当に大変だったんだから。
「デ・ラ・セルナですら成しえなかった『黒閻』の幹部の討伐、それに『冥界の口』を滅して暴走を阻止、『フェアリースケール』の大本も判明したか……。本当に、よくやってくれた」
「はっ」
「恐縮です」
フィリップに続いて俺も頭を下げる。
フィリップは横目で俺の方を見て不本意そうな表情を浮かべているが、素直に賛辞を受け取るのを躊躇しているのだろう。
確かに、ボルグを始末したのも、ロベリアをボロ雑巾にしたのも、『冥界の口』の攻略の糸口を掴んだのも俺だが……。
いいから貰っとけって。
君も十分働いたのだから。
成果は分かち合おうではないか。
マイスナーがボルグに一太刀入れた件もきちんと報告してある。
彼にも有給休暇と十分な報奨金が出ているはずだ。
フィリップは俺が顔を動かさないのを見ると僅かにため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
そのうち納得するだろう。
しかし、今度はリカルド王も苦しそうな表情を浮かべた。
「すまぬな。本来であれば、勲章ものの働きなのだが……」
「いえ、公国との関係を悪化させないためには当然のことです。我々貴族にとっては王国への貢献こそ誉れ。陛下からの褒賞だけでも、身に余る栄誉でございます」
「お館様に同じく。今回の件は一歩間違えば国家間の全面戦争に発展しかねない事態です。褒賞と今後の捜査の支援を約束していただいたことだけでも過分な配慮です。感謝しております」
俺たちが謁見の間で派手に表彰されない理由はこれだ。
『黒閻』の幹部を討ち取り、奴らの装備品や魔法の袋を鹵獲した功績は大きい。
ボルグが制御を外した『冥界の口』も、あのまま放置したら両国に甚大な被害をもたらす可能性があった怪物だ。
あれを始末しただけでも、爵位がもらえてもおかしくない。
表面上は、俺たちオルグレン一門と公国の騎士たちは、協力して巨悪を討ったことになっている。
ところが、今回の件は解釈次第で戦争の火種になりかねないのだ。
勇者と聖騎士を他国に送り込んで大暴れさせた王国と、世界的な犯罪組織が自国内に拠点を作るのを許した公国。
横紙破りに恥さらし。
このような捉え方を声高に叫んで煽る輩も一人二人の話ではない。
国家としては、お互いにやらかしているので、これ以上のトラブルを極力避け、落としどころを見つけて、両国間の関係を早急に安定させなければならない。
王国としては俺たちの行動を百パーセント肯定するポーズは取れないわけだ。
まあ、金はくれるって言うし、俺としては何の問題も無い。
「さて、略式の謁見はこれで終わりだ。ニールセン、ヘッケラー、シルヴェストル。発言を許す」
「はっ」
「ありがとうございます」
「恐縮です」
リカルド王の宣言で、公的な謁見は私的な会合に変化した。
「さて、現状をまとめますが……」
ヘッケラーから改めて公国との外交に関するタイムリーな情報が伝えられる。
王国政府が派遣した官僚の交渉により、こちらからは『傀儡』の死体をいくつか公国に引き渡すだけで済んだ。
俺が掃討した『傀儡』の一部は、フィリップに同行していた公国の騎士たちが倒したことにする。
当事者たちにも通達済みで理解を得られている。
あの『傀儡』たちは禁術によって強力なアンデッドに仕立て上げられた怪物。
いわば、未確認の高ランクの魔物だ。
勇者を支援する過程で自国の騎士が新種の魔物を討伐したというシナリオで、公国は対外的な面子を保つ。
引き換えに、ボルグの持ち物一式とロベリアの残した物品に『冥界の口』の残骸は、王国の方で引き取らせてもらう。
はっきり言って、公国にとっては損の多い分配のはずだが、王国の交渉担当は優秀だった。
『黒閻』の幹部の所持品の危険性と、王国には長年『黒閻』と渡り合った専門家――現魔法学校校長シルヴェストルのこと――の存在を主張し、さらには公国内で戦闘になったことに対して王国が見舞金を支払うことで、どうにか条件を呑ませた。
「何か……蟠りが残りそうですね」
「エルナンド伯爵はご立腹でしょうが、公国中央はそうでもありませんよ。良くも悪くも、公国は『黒閻』をただの賊と見なしています。盗賊討伐の戦利品よりも、見舞金で貿易赤字を少しでも埋められたことを喜んでいるみたいですね」
まあ、エルナンド伯爵にしてみれば、自分の領地でドンパチされた挙句、相手の主導で後始末の話が進み、最終的に札束で黙らされたようなものだ。
面子は丸潰れだろう。
しばらくポートシャーロックに旅行は無理だな。
それに、見舞金の件だ。
そもそも『黒閻』の連中が悪いとはいえ、今回の件では王国の財政にはかなりの負担を与えてしまったのではないか?
顔色が悪くなった俺だったが、ヘッケラーからはそんな心配は無用と一蹴された。
「元々、公国との貿易では我が国が大幅な黒字だったのです。国土と基本的な国力の差がありますから。デヴォンシャー公爵もそこまで嘆いていませんでしたから、十分に許容範囲ですよ」
それは……ヘッケラーから聞いても鵜呑みにできないな。
宰相にはいずれ何か差し入れを持っていこう。