147話 強敵、再び5
散開して二方向から襲い掛かるボルグとロベリアに対し、俺は魔力を込めた大剣のフルスイングで迎え撃つ。
「ッラァ!」
「くっ……」
「ちっ」
ボルグとロベリアは俺の剣との軽い接触の後、すぐに地面を蹴って横に跳んだ。
二人がかりとはいえ、完全に火力で上回っている俺に、正面から力押しで挑む気は無いようだ。
俺の放った雷の刃は、そのまま森に飛び込んで、数十本の大木を焼き切って薙ぎ倒した。
「死ねよ!」
横合いから襲ってきたロベリアは、再び細剣で斬り掛かると見せて、同時に毒針を飛ばしてきた。
含み針だ。
彼女の僅かな口元の動きに違和感を覚えたので、防御が間に合った。
俺は大剣を横にして、刀身の側面の幅を利用することで、飛んできた針を叩き落す。
「へっ! 甘いんだ……っ!」
ロベリアは毒針の牽制が成功したと思い込み、細剣で俺の頸動脈を狙ってきたが、俺は強化魔法の出力を保ちつつ、大剣の角度を少し調整するだけで彼女の一撃を防いだ。
パワーは完全にこちらが上なので、衝撃によるダメージはいかほどのものでもない。
そのままカウンターでロベリアに膝蹴りを叩きこんだ。
エンシェントドラゴンの骨を使ったドラゴンボーン鋼のニーパッドが、ロベリアの腹部に軽くないダメージを与える。
「ぐっ……」
そのまま捻り込むようにして側頭部へ放ったエルボーは躱されたが、彼女の腹部にはそれなりのダメージが蓄積されたはずだ。
「ふんっ!」
「なっ!?」
間髪入れず俺を後ろから襲ったボルグのロングソードは、体を捻りながら左腕で打ち払う。
向こうは完全に俺のバックを取ったと思っていたようで驚愕の声を漏らしたが、こっちも二年前より成長しているのだ。
この程度の連撃に対処できる反射神経はある。
エンシェントドラゴンの鱗を挟んだベヒーモスローブの袖の下には、これもドラゴンボーン鋼を使いガルヴォルンをコーティングしたガントレットを装備しているので、ボルグの剣は硬質な音を響かせて弾かれた。
当然ながら、俺が手加減なしの膂力で打ち払ったので、ボルグの剣は逆方向に大きく逸れる。
ボルグがバランスを崩したところで、俺は体を捻った勢いのまま振り返り、大剣を水平に薙ぎ払った。
「くっ!」
慌ててバックステップしたことでボルグは胴体を両断されることは免れたが、俺の魔力剣によって腹部から出血する程度の傷は負った。
「――“炎波”」
「“魔法障壁”」
後退しながらボルグが放った火魔術の範囲攻撃は、障壁で危なげなく完全に防いだ。
避けなかった理由は簡単だ。
苦し紛れで時間稼ぎに撃ってきた魔術だが、フィリップとマイスナーや戦線離脱中のレイアたちに危険が及ぶことは避けたい。
打ち合っている間にフィリップたちとの距離はそれなりに空いたが、万が一ということもあるのだ。
「しぃっ!」
ボディへのダメージがある程度回復したロベリアが、再び突進してきた。
今度は左手で短剣を数本まとめて投擲しながらの攻撃だ。
大剣の柄とベヒーモスローブの袖で短剣を打ち払いつつ、彼女の剣を迎え撃つ体勢を取った。
しかし、次に襲ってきたのは、ロベリアの細剣でもボルグの攻撃でもなかった。
目の前に飛んできたのは、書簡でも収められてそうな筒だ。
一瞬、去年ゴロツキに使われた“マナドレインミスト”を封じた魔道具を思い出した。
爆発物だったら嫌なので、切り裂くのではなく、大剣の刀身の横で叩いて落とす。
しかし、筒は僅かな衝撃で弾けた。
「っ!」
辺り一面に見たことも無い色の煙が立ち込める。
毒か!?
『黒閻』の幹部が使う兵器だ。
侮れる代物ではない。
「もらったぁ!」
ロベリアは好機と見たのか、体重を乗せた細剣の刺突を放ってきた。
タイミングは完璧だった。
二年前の俺ならかなりの深手を負っていただろう。
しかし……。
「なっ!?」
俺は片手だけで保持した大剣で軽くガードした。
ロベリアは不利を悟って引こうとするが、俺はそのまま左手に魔力を収束する。
「――“衝撃波”」
「ぐっ!」
俺は周辺の大気をまとめて弾けさせるように、ロベリアを風魔術に巻き込んで吹き飛ばした。
近くを漂っていた妙な色の煙も散らされている。
ロベリアは体勢を崩しているので、今が攻めるチャンスだ。
「ふっ!」
「ちぃ!」
紫電をスパークさせながら力任せに数度振り抜いた俺の大剣は、確かにロベリアに数か所の傷を負わせた。
しかし、ロベリアの体には“影枷”の魔術を構成するような闇属性の魔力が絡みついている。
さらに踏み込んで火力で押せば防御は抜けたかもしれないが、状況はそう簡単に俺の勝利を許さなかった。
「――“風刃”――“土槍”……ぬぅ!」
一拍遅れて、ボルグは魔術の手数と組み合わせで俺の動きを封じ、ロングソードを振るって斬り掛かってきた。
しかし、既に対応する相手を切り替えていた俺は、半身になって“風刃”が急所へ直撃するのを避ける位置を取る。
ベヒーモスローブを翻して裾でかまいたちを打ち払い、地面が隆起して俺を串刺しにしようと迫る土の槍は右足で強引に踏み潰した。
「っ!」
「せぃ!」
ボルグは俺に一太刀入れてからさらに魔術を発動しようとしていたようだが、俺はそのまま左脚から横蹴りを放った。
靴底がボルグの握ったロングソードの鍔にヒットし、向こうの斬撃は途中で勢いを失う。
もう少し下を狙えれば、柄を握る手の指を折ってやれたかもしれないが、攻撃を防げただけでもよしとしよう。
俺は追撃で三回ほど大剣を振るうが、さすがにボルグを仕留めることは叶わず、紫電と大剣の刀身の掠った数か所に浅い傷をつけるだけに留まった。
「くぅ……」
大剣の衝撃を受け流すようにボルグが後退した隙に、俺は再び左手に魔力を収束し、今度は自分の胸に手を当てた。
先ほどロベリアが使った魔道具の煙は、毒か何にせよロクでもない代物だ。
早めに処理できるに越したことは無い。
「――“解毒”」
念のため、自分に解毒魔術をかけておいた。
「くそっ……しぶとい奴だよ……」
「……ふぅぅぅ……」
ロベリアとボルグは苦い表情だが、俺にしてみても、今のはいい流れではなかった。
先ほど、俺がロベリアの攻撃を捌いて毒にまで対処できたのは、ボルグの追撃が遅れたからだ。
ロベリアが妙な毒煙の魔道具を使ったとき、視界の隅にボルグも突撃を躊躇う動きをしていたのが見えた。
恐らく、あの毒はボルグにとってもありがたくない代物だったのだろう。
俺としては満点には程遠い一連の攻防だったが、敵二人の連携には穴があることがわかった。
運に恵まれた結果だが、こちらは損害らしい損害を受けずに、より敵を消耗させることができた。
十分な収穫だ。
このまま攻撃の手を緩めず、止めを刺すべきだな。
「次はこっちから行くぞ」
「“プラズマランス”」
数万度の白く光り輝く槍をボルグに飛ばしながら、俺は大剣に魔力を最大出力まで溜めた。
「っラァ!」
横薙ぎに斬り払った刀身から、こちらも目が痛くなるほどの眩い閃光が放たれ、紫電を撒き散らしながら刃を形作ってロベリアを襲う。
大振りだったので二つとも躱されたが、俺は間髪入れず次の攻撃に繋げた。
大きく振り抜かない斬撃をボルグに放ちつつ距離を詰める。
一瞬だけ鍔迫り合いの状況が作られた。
「くっ!」
ボルグは嫌な予感がしたのか距離を取ろうとするが、俺はそのまま前蹴りをボルグの腹に打ち込んで、奴の望み通りさらに距離を取らせてやる。
ボルグが着地する位置を見計らって、俺は水魔術を発動した。
「――“冠水”」
「っ!」
以前、俺が使った水に濡らして感電作戦を思い出したのか、ボルグは慌てて地面を蹴って飛び退いた。
空中に“爆破”をぶち込まれる対策はできているようだが……残念だったな。
「“エアバースト”」
「ぐがっ!」
俺の雷魔術もそれなりに進化しているのだ。
爆発系の魔術をより素早く発動ために改良を重ねた新魔術だ。
俺の覚醒魔力の属性である雷属性を起点にして、そこに火属性の魔力をぶち込むことで、火属性のみの魔術よりも総合的な発動時間を短縮する。
炸薬入りミサイルこと“火槍”ほどの正確さと火力は無いが、一瞬で目視した空間で爆発を起こす。
差し詰め、雷属性の魔力で着火する燃料気化爆弾だ。
僅かな雷属性の魔力を到達させれば、空中だろうがその場所を起点に連鎖的に爆発を起こせるので、手軽な対空砲と化した。
ボルグも回避が難しい魔術を空中で連続して受けたため、全てを防御することは叶わず、数か所を鋭く抉られた体から血飛沫が舞う。
「“氷結”」
「っ! しゃらくせぇ!」
ロベリアの横槍には敵の動きを止める定番の魔術を使って牽制する。
これでも俺は、近接マン――脳筋とも言う――のフィリップと生粋の魔術師であるレイアとパーティを組んでいたのだ。
当時は中衛に近い動きをしていたので、デバフ系の魔術の扱いもある程度は心得ている。
しかし、こうした剣術に織り交ぜる小細工に関してはロベリアに一日の長があるようだ。
彼女は曲芸のように体をしならせると、氷の接触が少ない脚を強引に引き抜き、左手で取り出した短剣でもう一方の脚を捉える氷をぶっ叩いて粉砕した、
だが、そこで増長して仕掛けてくるあたり、こいつはボルグよりも戦いやすい。
「死ね!」
無駄に動きの多いフォームながら、きちんと闇属性の魔力で自身の輪郭をボカし、空中から先ほど氷を砕くのに使った短剣を投擲する。
見たところ妙な魔力は感じない普通の短剣のようだが、万が一これが呪いの武器だったら嫌なので、大剣の刀身の腹で打ち返す。
「ふんっ……っ!」
ついでとばかりに、俺は“ブースト”かけた投げナイフを投擲し、そのまま魔力を込めた大剣を振り抜いて一太刀飛ばす。
打ち返されて低速で戻ってきたナイフを嘲笑っていたロベリアは、慌てて先ほどと同じ影のような闇属性の魔力を操って俺の投げナイフを防御した。
ナイフだけならこのまま反撃を受けていただろうが、こちらもロベリアの影スキル?が多少はわかってきた。
便利で器用な技だが、俺のフルパワーの魔力剣を完全に防御することはできない。
俺の剣閃の一発ですら、後ろに下がりながら衝撃を逃がしつつ防御している。
「くっ……このガキ……っ!」
「“落雷”」
狙いすました一条の雷は、例のスキルでも防御しきれず、ロベリアに少なくないダメージを与えた。
しかし、顔や露出している肌の数か所を火傷しながらも、ロベリアの目は闘志を失っていなかった。