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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
143/232

143話 強敵、再び2


 散開して他のルートを捜索していた部隊と連絡が途絶えたのは、フィリップたちが数か所の盗賊のアジトと化していた廃村を制圧した後のことだった。

 潜伏していた盗賊を一掃し、進軍して占領した廃村に馬車や騎馬を乗り入れ、そこにフィリップ一行とエルナンド伯爵配下の騎士は集結して次の戦闘に備える。

 ところが、この日は完全に日が沈んでも、一部隊だけ集合地点に現れない。

 当然、狼煙や魔術を空に撃ち上げる合図にも返答が無い。

「では、貴公たちは今朝の出発を最後に、彼らの姿を見ていないと?」

「はっ! その通りであります!」

 エルナンド伯爵の私兵たちは、比較的フィリップたちに友好的だ。

 精鋭と言われるだけあって、今回フィリップに同行した騎士はそれなりの実力者で固められている。

 貴族至上主義の公国においても、ある程度の実力や功績による出世や昇格は存在するのだ。

 もちろん、伯爵直属の騎士になれるという時点で、どこかの貴族の傍流である場合がほとんどなのだが……。

 そんな公国では成功者の部類に入る騎士たちが、何故フィリップ一行に好意的なのか?

 フィリップたちの力量の一片を目の当たりにして、純粋にその戦力が味方であることを感謝しているというのもある。

 しかし、一番の理由は、オルグレン伯爵家が他国の貴族という点が、ある意味で騎士たちにとってありがたい話だからだ。

 フィリップやレイアの活躍は、公国北西部の盗賊団に大きな損害を与えた。

 この地域の盗賊団は、交易路を使う商人にとってもエルナンド伯爵や公国政府にとっても、常に目の上のタンコブのような存在だった。

 討伐が成功すれば、間違いなく大きな功績となる。

 そして、フィリップたちは王国の人間だ。

 フィリップやレイアを昇進させたり公国の要職に就けたりといった話には絶対にならない。

 ただ働きをさせては外聞がよくないので、最終的には落としどころとして何らかの謝礼は出されるだろうが、少なくとも公国内部の人間にしか出せない褒章は同行した騎士たちのものだ。

 役職やら領地やら、そういう類のやつだ。

 そんなわけで、騎士たちにとって王国人のオルグレン伯爵一門は、まさに福の神なのだ。

 しかし、上機嫌だった騎士たちの顔も、今や完全に蒼白になっている。

 同僚の一分隊が恐らく全滅した。

 自分たちは生き残れても、オルグレン伯爵の婚約者の救出に失敗して撤退するようなことがあれば、次に公国内で行われるのは聖騎士による焼き討ちだ。

 盗賊討伐の功績どころの話ではなくなる。

 今更ながらにそのことを思い出し、エルナンド伯爵の私兵は揃って真っ青になった。

 ついでに、フィリップが危険な敵だと言っていたことも脳裏に蘇る。

 生きて帰れないパターンが明確なイメージと危機感を伴って騎士たちの脳を襲った。

「とにかく、現場に行ってみないことには始まらぬな。明日になっても戻らないようなら、全部隊で捜索を開始するぞ。敵が強力な場合は我々が引き受ける」

「あ、ありがとうございます!」



 悪い方の想定通り、行方不明になった分隊は夜が明けても戻ってくることは無かった。

 彼らが最後に向かった方面へ全員で捜索に向かうことが決定した。

「気を付けろ。森の中の敵は盗賊だけとは限らん。軍人は魔物を侮る者から死んでゆく」

「はっ!」

 連絡が途絶えた部隊の足取りを追い、フィリップ一行と騎士団は道を逸れて森の中を進む。

 邪魔な背の高い草や蔓を切り払いながらの行軍だ。

 途中、人間の足跡を発見したことで、捜索は加速した。

 しかし、同時に嫌な情報もファビオラによって齎された。

「人の血の匂いがするのです」

 頷いたフィリップたちは、警戒を怠らずにファビオラの後を追った。

 同行する騎士たちは、同僚が殲滅された可能性が濃厚になったことで、さらに顔色を悪くしている。

 しばらく進むと、ついに獣道が繋がった少し開けた場所に出た。

 民家にしては大きな建造物がフィリップたちの目に入る。

「倉庫か?」

「ここは古い交易路から枝分かれした道の先なのです。恐らく、王国東部からの最短ルートの交易路が確立されてからは、ほとんど使われていないはずなのです」

 地図を確認しながらファビオラが説明した。

 現在の交易路を北上した道沿いの小規模な集落や廃村からも、さらに脇道に逸れた地域だ。

 実際、倉庫の周囲には伸び放題の草木や雑草が生い茂り、どう見ても手入れをされている様子は無い。

 騎士たちに聞いても、彼らはこのような場所に大型の倉庫があることすら知らなかった。

 しかし、ファビオラは目敏く異変を発見した。

「……人の()は入っていないですけど()は入っているのです」

 ファビオラは周辺の背の高い草を示す。

 フィリップたちは首をかしげるが、ファビオラによると明らかに人の足によって踏み荒らされた折れ方や根本だそうだ。

「獣とかの痕跡じゃねぇんだな?」

「間違いないのです。結構な大人数が、最近出入りしているのです。それに、他にも問題が……」

 マイスナーの疑問に答えるファビオラを尻目に、レイアは既に顔を顰めている。

「瘴気が濃いわ……あたしの“探査”にいい影響は無いわね」

 はっきり言って、いい影響が無いどころかジャミングされているも同然だ。

 フィリップもファビオラもマイスナーも、その粘っこく絡みつくような生暖かい腐臭を含んだ空気を感じていた。

 およそ二年前にも経験した、王都近くの小規模ダンジョンの三階層、アンデッドの巣窟と似たような感覚だ。

「ワタクシも鼻が利かないのです」

「最近、アンデッドが大量に発生したのかしら……?」

 とりあえず、“探査”や匂いによる周囲の捜索は一旦諦める。

 ファビオラは先ほどの地図の情報を思い出すと、フィリップに向き直り捜索の続行を進言した。

「近くにも似たような構造の倉庫があるらしいのです。順番に中を……っ!」

 突如、フィリップたちを凄まじい魔力の奔流が襲った。



 先ほどまでは辺りを覆う陰鬱な雰囲気に過ぎなかった瘴気が、一瞬で増幅されて唸りを上げた。

 生き物のように踊る闇属性の魔力が、触手のような靄を形作って倉庫周辺に漂う。

 その場にいる全員が、まるで瘴気の渦に呑み込まれたかのような悪寒と恐怖を覚えた。

「っ! 地面だわ! 魔法陣が仕掛けられて……くっ……」

 レイアがいち早くトラップの正体に気づくが、既に彼女の魔力は制御を狂わされていた。

 クラウスなら即座に強化咆哮で無理やり魔力を自身の近くに収束して、強化魔法で突破できるかもしれないが、生憎レイアにそんな芸当はできない。

「畜生! 前と一緒じゃねぇか!」

 マイスナーの脳裏に二年前の記憶が蘇る。

 ボルグに“マナドレインミスト”をかけられたときのことだ。

 あの時は体内の魔力を一気に枯渇させられて戦闘不能に陥った。

 この罠が“マナドレインミスト”とは違うものだということはマイスナーも理解したが、闇属性の魔力によって四肢だけでなく内蔵まで抑え込まれるような感覚は同じだ。

 強化魔法すら意識して使えないマイスナーには、対処する術は無い。

「くそったれ……」

「まだだ!!」

 マイスナーが手足に絡みつく瘴気の触手に抗うのを諦めかけたとき、フィリップは魔力を一気に開放して強化魔法を発動させた。

 眩い聖属性の覚醒魔力が、瘴気に勝る密度で展開されて、触手を押し除ける。

 次いで、小盾付きの腕甲に覆われた左腕をギリギリと動かして腰の鞘を掴み、右腕を強引に引き剥がすようにしてレイピアの柄を握った。

「諦めるでない……」

 体に纏う聖魔力の光が眩しさを増し、ついにフィリップはレイピアを抜くことに成功した。

 逆手に持ったレイピアの柄を両手で握り、切っ先を地面に向ける。

 本来、アダマンタイトは魔力を通しにくい素材だ。

 硬度や耐久力と引き換えに、重く魔力の伝導性が悪い。

 しかし、上級竜の牙と融合し聖剣となったフィリップのレイピアはその限りではない。

 聖剣はフィリップの魔力を一瞬で刀身の隅々まで行き渡らせ、クラウスの雷の魔力剣にも劣らない輝きを放った。

「ぬぅぅぅぅぅうううぅぅぅ!!」

 フィリップがレイピアを地面に突き立てるのと同時に、大量の聖属性の魔力がレイピアの切っ先に集中して炸裂する。

 近くに居たレイアたちの腸が揺すられるほどの衝撃が放たれた。



 一瞬、意識がホワイトアウトしかけたフィリップたちは、土埃に軽く咳き込みながら体を起こした。

 真っ先に復帰したのはフィリップだが、レイアとファビオラにマイスナーが身じろぎしながら起き上がるのを見て安堵の息を漏らす。

 エルナンド伯爵配下の騎士たちは、闇魔術のトラップ魔法陣によるダメージが大きかったのか涎を垂らして気絶したままだが、フィリップが見たところ息はしているようだった。

「聖剣の魔力の爆発で魔法陣ごと破壊したのね。無茶なことを……」

 呆れるレイアにフィリップは振り向いて笑顔を見せた。

 しかし、次の瞬間、フィリップは表情を引き攣らせて地面を蹴る。

「え? フィリ……っ!」

 この段になると、レイアも自身に向けられた強烈な殺気の存在に気づいて上を見上げた。

 レイアの反射神経はフィリップやクラウスには到底及ばないが、度重なる強敵との戦いでレイアも成長しているのだ。

 しかし、敵はそれよりも一枚上手だった。

「死にな!」

 レザーアーマーを装備した軽装の女戦士が、逆手に持った細剣をレイアに向かって振り下ろしながら急降下してくる。

 レイアの反撃や回避は間に合わない。

 そのまま、切っ先はレイアの喉元を貫く……ことは無かった。

 鋭く金属同士を打ち付ける耳障りな音が響き渡る。

 レイアを狙った凶刃は、横合いから放たれた一筋の剣先によって弾かれたのだ。

 強引に切っ先を逸らされた細剣による被害は、レイアが今も愛用している魔法学校のローブが切り裂かれたことだけだった。

「っ! 貴様!」

 当然ながら、レイアを救った剣はフィリップが放ったものだ。

 すんでのところで間に合ったのだ

 フィリップの刺突を剣の側面に受けた女は、宙返りして衝撃を受け流すとひらりと着地する。

「しくじったね……」

 着地した瞬間を狙って、既に復帰していたマイスナーが両手の魔剣を振るい剣閃を飛ばした。

 魔剣の魔力で形作られた刃は、連続して女の首元に向かって正確に飛ぶ。

 しかし、敵の素早さはマイスナーの二振りの魔剣による強襲を軽々と上回った。

 女は身を翻すと、虫のように地面を素早く移動して、全ての攻撃を躱す。

 一撃も掠ることなく、マイスナーは距離を取られた。

 復帰したレイアが短剣を振るって水の鞭を叩きつけても同様だ。

「そんなもので、あたいを……っ!」

 しかし、女はファビオラがレイアの攻撃に合わせて投擲した短剣は、慌てて剣で弾いて防御した。

 思いがけずバランスを崩したところに、マイスナーは隙を見逃さず追撃を打ち込んだ。

 討ち取ることさえ叶わなかったが、今度のマイスナーの剣閃は躱されることなく敵に防御を余儀なくした。

「ちっ! その小娘、危ないおもちゃを持ってるね……がっ!」

 一瞬だが、女はフィリップから目を離した。

 今までは一番の脅威であるフィリップに警戒の九割を向けていたが、僅かに他の事に気を取られた結果がこれだった。

 フィリップの剣先は襲撃者の女の肩口に吸い込まれた。

 レイアを攻撃されたときは怒りで我を忘れそうになっていたが、今は情報を引き出すために急所を外して無力化を狙うだけの冷静さを取り戻している。

 しかし、フィリップには手応えで自分のレイピアが不自然に阻まれたことを感じ取った。

 捕縛のための手加減した一撃とはいえ、あまりにもダメージが通っていない。

「む? 防御の魔道具……っ!」

 後ろに吹き飛んだ女は、傷んだ倉庫の壁に激突し、安普請の建材を叩き崩した。

 しかし、フィリップは追撃どころではなく、慌ててバックステップで身を引いた。

 そのまま仲間の位置まで後退する。

「ファビオラ!」

 先ほど、女がフィリップの攻撃を受けざまに、左腕の魔道具と思わしきガントレットから、ファビオラに向けて何かを放ったのだ。


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