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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
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136話 家族との会話 後編


「ほら! 湿っぽい話はこれで終いだ! それよりも、だ。こうして兄弟全員の仕事が一段落した以上、ババアの井戸端会議みたいに喋って時間だけ潰して解散、とはならねぇよな? ……飲もうぜ」

「バルト兄さん……」

「終わったことをグチグチ言っていてもしょうがねぇ。お前たちは本当によくやってくれたよ。結果的に、お前らが俺とフィーネをくっ付けてくれたんだ」

「それは……」

「だから……この話はもう終いなんだよ。今は、フィーネとの未来を祝福してくれや」

 ……参ったな。

 こうも毅然とした態度を取られては、逆に俺たちが暗くなっているのは申し訳ないように思えてくる。

 バルトロメウスは思った以上に大人だ。

 前世の分を足して、俺の方が兄たちよりも精神年齢は上だと思っていたが、薄っぺらい経験だけでは補えないものもある。

 駄目だな。

 逆に気を遣わせているようでは。

「クラウス、まだ酒があったら、一本出してくれねぇか?」

 俺はバルトロメウスの要望に応え、魔法の袋から一番出来のいいサングリアを取り出してテーブルに置いた。

 選んだのは、オレンジとレモンとリンゴとイチゴを浸け、砂糖とほんの少しのブランデーを加えたものだ。

 定番だが間違いの無い味だ。

 バルトロメウスは自分の紅茶を飲み干すと、空のカップにサングリアをなみなみと注いだ。

「ほら、二人ともこっち来い。乾杯だ」

「……わかったよ」

 ハインツも素直にバルトロメウスの言葉に頷いた。

 俺も暫しの逡巡の後、テーブルの近くまで身を乗り出す。

 バルトロメウスは全員のカップに酒を注ぎ、俺の方へ向き直ると口を開いた。

「クラウス、今更だが……よく帰ってきたな。王都では大活躍だったそうじゃないか。聖騎士になったって聞いたときは驚いたぞ」

 思い返せば、俺は魔法学校に行って以来、実家に顔を出していない。

 俺が聖騎士に任命されたのは二年以上も前の話だが、家族にとってはそれも含めて記憶に新しい驚愕の出来事か。

「いいか? お前は聖騎士で将軍で英雄で……俺たちとは住む世界が違うのかもしれん。より多くのものを守らなければならないのかもしれん。だが……」

 バルトロメウスは一呼吸おいて続けた。

「兄弟だ。大事な弟が、本気で俺たちのために頑張ってくれた。そこんところは、俺は微塵も疑っちゃいねぇ」

「バルトロメウス……」

 何だよ……。

 転生者相手に随分な信用じゃないか……。

「クラウス」

 俺はもう一人の兄の呼びかけに答えて向き直る。

 ハインツの目は真っ直ぐに俺を見据え、彼はゆっくりと口を開いた。

「お帰り」

 ハインツからも、今日一番の感情の篭った声が掛けられた。

 見ると、二人は既に酒の注がれたカップを手に持っている。

 俺もバルトロメウスが注いでくれたサングリアを手に取って、二人の方を交互に見やる。

「……ただいま」

 俺は噛み締めるように答えると、バルトロメウスがティーカップを掲げた。

 俺とハインツも同じ動作で乾杯に応える。

 そして、俺はカップの中身を喉に放り込……………………むことができなかった。



 サングリアで満たされた俺のカップは、後ろからヒョイと取り上げられた。

「母様! いつから居たのですか?」

 ハインツは驚いているが、エルザは結構前から立ち聞きしていた。

 俺に近づいてきたのも気付いていたし、カップを取り上げる手を躱すこともできたが、俺はエルザの動作に抗わなかった。

 エルザはそのまま俺のカップに口を付け、サングリアをクイっと飲み下す。

「あ、おいしい……」

 俺のなんだけどな……。

 大して貴重ではない自作の酒とはいえ、手持ちのサングリアの中では上質な品だ。

 フルーツも比較的いいものを使っているし、その中でも味見をして出来が良かったものを選んだのだ。

 呆れた目でエルザを見ていると、彼女は俺の方に向き直った。

「クラウスには、まだ早いんじゃない?」

 ……ああ、そうか。

 この国で明確な飲酒可能な年齢の制限など無いが、15歳の成人まで強い酒や大量の飲酒を控える慣習はある。

 転生して、今の俺は一応14歳だ。

 少なくとも、治癒術師で母親でもあるエルザの前では控えた方がよさそうだな。

 俺はおとなしく野イチゴを絞ったジュースを魔法の袋から取り出し、一人ソフトドリンクで宴に参加することにした。



「ねぇ、クラウス……」

「はい」

 もう一口サングリアを口に含んで唇を湿らせたエルザは、諭すように俺に話しかけた。

「どうして、あなたが私たちに遠慮していたのか……私たちとの関わりを拒絶していたのかはわからないわ。あ、貴族としての形式的な話だけではなくて……昔から、ね」

 どうやらエルザも俺が家族と対話するときに壁を作っていると感じていたようだ。

 まあ、長い時間を一緒に過ごしたは母親であれば、色々と気が付くこともあるだろう。

「でもね、クラウス……」

 エルザは一呼吸おいて言葉を続ける。

「アルベルトは……お父さんはクラウスに頼まれた仕事を喜んでやっていたのよ」

「え? それは、どういう……?」

 ヒルデブラント男爵の拘束を喜んでやっていた?

 本当かよ……。

「前に言ってたわ。クラウスは私よりも賢いし強い、親として頼れる存在ではないのかもしれない、って。だから、ヒルデブラント男爵の身柄の管理とか領民への説明とか、クラウスに頼られたのが嬉しかったみたい。あなたが本当にお父さんに頼ったのは、これが初めてじゃない?」

 硫酸や硝酸の調達では幼少期にもアルベルトを頼ったが、無理なら自分で調達することも最初から視野に入れていたからな。

 最悪、堆肥から硝石を取り出そうと思っていた。

 ある意味、アルベルトの力を本気で必要としたのは、今回のイェーガー領内へのフォローが初か……。

 エルザの言う通りかもしれない。

「確かにな。お前が親父に我が儘を言ったのなんて、自分も森へ狩りに行きたい、ってことだけだったもんな」

「4歳か5歳の頃だったね。あれには僕もびっくりしたけど……」

 兄たちもエルザの言葉に追従して笑いを漏らす。

 そして、エルザはしっかりと俺を見据えて、言葉を続けた。

「私たちは貴族の前に家族よ。今回は不幸な出来事が重なってしまったけど、あなたが私たちのために奔走してくれたことには感謝しているの。誰もあなたを責めようなんて思っていないわ」

 確かに、エルザたちの態度を見ていると、俺が不要な三男という認識は間違っていたと言わざるを得ない。

 彼らの思考回路が団結しなければ生き抜けない辺境ゆえに形成されたものなのかはわからないが、少なくとも俺への関心は予想以上に大きかったようだ。

 結局、俺が一方的に壁を作っていただけなのかな?

 転生者であることをどこかで意識しすぎて、いつまでも不要な三男という中世の小貴族に対する先入観に囚われすぎていたのかもしれない。

 俺が普通じゃないことを理解して長い家族たち。

 もしかしたら、俺の前世に関してもすんなりと受け入れてくれるかもしれない。

 しかし……それでも俺の素性を全て明かすことはできない。

 情報は誰かの前で口に出すか出さないかが重要だ。

 もし、両親や兄たちが酔っぱらって口を滑らしたら?

 拷問されたら?

「ありがとうございます。俺の方にも、少し誤解があったようです」

「そう」

 しかし、思った以上に心は軽くなった。

 少なくとも、俺が自分の秘密を口にしない理由に、家族の身を守るため、という項目を素直に挙げられる程度には。



「クラウス」

 居間での小宴会が終わり、解散しようとしたところで、ハインツが俺を呼び留めた。

「ん? 何です?」

「いつか、クラウスの事情も教えてくれるよね?」

「…………」

 さっきの二人きりのときの話、覚えていたのか。

 ハインツは間違いなく俺が普通じゃないことに気付いている。

 数少ない情報から推測し、他の誰よりも真実に近いところに居る。

 しかし、俺自身の口から明確に説明するのと類推では訳が違う。

 俺の正体を、情報を知っているのは危険だ。

「俺は……」

「いや、それで十分だ。少なくとも、一生口を割るつもりが無いわけではなさそうだから」

 ハインツは軽く微笑むと踵を返した。

「気が向いたら、話してくれよ」


「バルトロメウス、男爵の拘束に関しては、あなたからも軍務局への申し送りに一筆添える必要があるんじゃない?」

「ん? そんなの、親父のだけで十分だろ」

「ダメよ。この件は、あなたがアルベルトに次ぐ責任者なのだから」

「あ~? そんなのハインツが適当にやってくれんだろ」

「ああ、そうそう、バルトロメウス」

「ん? 何だい、お袋?」

「騎士団や若い衆への説明と釘刺し、きちんと全員に通達できたんでしょうね?」

「もちろんさ! 居ねぇ奴はエルマーが……あっ……」

「なるほど……一部、エルマーに押し付けたのね。どうにも戻ってくるのが早いと思っていたのよ」

「い、いや……」

「アルベルトが知ったら何て言うかしらね? 長男のあなたが仕事を適当に放り出して、自分を除け者にして美味しいお酒を飲んでいたなんて知ったら……」

「ぐぬぬ……」

「書きなさい」

「き、汚ねぇ……自分だって、クラウスの酒をしっかり飲んでいったくせに」

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