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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
134/232

134話 家族との会話 前編

133話にサブタイトルを付け忘れてました、反省(。-人-。)

序盤、少しフィリップたちの話です。

来週はログインできそうにありませんので、まとめて投稿いたします。


「これは……メアリーさんのリンスの匂いなのです! 僅かですが、座席の近くに残っているのです」

 襲撃された馬車の内部に顔を突っ込むなりファビオラは叫んだ。

 マイスナーの案内で現場に到着したフィリップ一行だが、こうも早くメアリーの手掛かりが見つかったのは嬉しい誤算だ。

「リンスってのは何だい? どっかで聞いたことがあるような……」

 必死に記憶を辿るマイスナーにフィリップが答えた。

「特殊な整髪料だ。元々はクラウスが作ったもので、ランドルフ商会でも富裕層の女性向けに売られている。うちの女性陣では、レイアが香りなどを各々の好みに合わせて調合しているのだが……メアリーが使っているのは薔薇の香りのものだったな」

 フィリップは魔法学校の1年生のときのことを思い出した。

 この世界で洗髪といえば、櫛などで埃を落としてから石鹸で洗い、油を付けるのが精々だ。

 当然ながら、石鹸のアルカリでキューティクルは開き、髪はどんどん傷んでゆく。

 クラウスはレモンなど柑橘類の皮を絞った汁を水に落としてリンスを自作し、日頃から入浴の際に使っていた。

 これに目を付けない女性陣ではない。

 メアリーたち三人は入浴中のクラウスに詰め寄り、魔法の袋に保管されていた自作リンスを分捕ったのだ。

 クラウスは呆れていたが、同時にリンスの商売の可能性にも気づいた。

 メアリーたちに新しいリンスの存在を仄めかし、レイアの逃げ場を失くして協力させ、他の柑橘類や花から高圧蒸気で精油を抽出し、高級志向のリンスを開発したのだ。

 ある程度の生産性が確保できるオレンジフレーバーのリンスは、ランドルフ商会でも既に販売されており、その利益の一部はクラウスとレイアの懐に入ることとなった。

「なるほど。で、その整髪料の匂いってのは確かかい? 俺は血の匂いしか感じねぇが……」

「間違いないのです。このローズの香りはレイアさんお手製の非売品なのです」

 ファビオラはマイスナーの問いに胸を張って返答する。

「隈なく調べたと言っていたが、どうやら見落としがあったようだな。面目ねぇ」

「警備隊の捜査員も優秀なのです。ワタクシとの差は、メアリーさんの愛用品を知っていたかどうかなのです」

 ファビオラのフォローにマイスナーは幾分か表情が和らいだ。

 マイスナーの視線は次いでレイアに向いたが、彼女は首を振る。

「確かに、メアリーのリンスを作ったのはあたしよ。でも、リンス自体は何の変哲も無い化粧品だわ。魔術や魔法陣で捉えられる代物じゃないの。当然、あたしの鼻なんかこの鉄錆の匂いが充満した場所では役に立たない。フィリップも……」

「……私も無理だな。人族では限界があろう」

 フィリップが唇を噛みながら同意した。

 この時点で、メアリーの足取りを追う手掛かりを活用できる者が、ファビオラだけだということが明らかになった。

 しかし、オルグレン伯爵家の面子でファビオラに疑いを持つ者など存在しない。

 一昨年の活躍でファビオラが優秀な斥候であることは実証済みであり、種族的な要素もあるが、彼女が鋭い嗅覚を持っていることも皆が知っている。

 しかし、薔薇のリンスの匂いを手掛かりに足取りを追うなどという、ひどく原始的な方法に頼らざるを得ない状況になったことは痛い。

「ファビオラ、メアリーの足取りを追うには、あなたの力が必要よ」

「頼むぞ。お前だけが頼りだ」

「が、頑張るのです」





 オルグレン伯爵邸を経由した連絡で、フィリップたちがメアリーの乗っていたはずの馬車を特定したとの情報が入った。

 どうやら、フィリップたちも順調に捜査を進めているようだな。

 ファビオラがメアリーのリンスの残り香を嗅ぎ分けて足取りを追うなどという話を聞いたときは、さすがの俺も目が点になったものだが、考えようによっては一番確実な方法だ。

 方法だけを見れば、錬金術や魔術のある世界において何とも原始的なものだが、手掛かりになるアイテムに着目すれば、一昨年レイアが裏切り者に拉致されたときと同じだろう。

 あの時は、レイアの持つハンディングナイフの有する波長から、シルヴェストルが“探査”で追跡したのだ。

 当時、ハンティングナイフは発売したばかりで、全く同じ波長のアイテムを持っていたのは俺やフィリップ以外にほとんど居なかった。

 物質の有する魔力の波長を正確に読み取れるのは、老練なシルヴェストルならではの特殊な職人芸だが、そのおかげで俺たちは時間を無駄にすること無くレイアを奪還できた。

 今回のメアリーの件も、薔薇のリンスというレイア謹製の品が手がかりになっている。

 オレンジのリンスはランドルフ商会からも販売されているが、特別に調合された薔薇のリンスを愛用するのはメアリーだけだ。

 ファビオラは惨殺死体が転がる血と死臭だらけの現場でも、問題なくリンスの匂いを嗅ぎ分けられたとのことだった。

 単純な臭い消しや偽造程度では、彼女の鼻は誤魔化せないだろう。

 足取りを追った先でファビオラがメアリーの痕跡を発見できれば、そこが誘拐犯の中継地点だと断定できる。

 いずれはメアリーの居場所に辿り着くだろう。

 この様子なら、追跡はフィリップ一行に任せてもよさそうだ。

 俺の故郷の件でも進捗があったことが、エドガーを介しての通信で伝えられた。

 軍務局からはすぐにイェーガー士爵領に職員を回すとのことだ。

 俺の仕事はヴァレリアの首の管理とヒルデブラント男爵の拘束、それに襲撃への警戒。

 ヒルデブラント男爵を救出しようとする連中が現れなくとも、もし男爵本人が逃げ出したら、奴の始末は俺の役目だ。

 入念にボディチェックを済ませて、監視にもそれなりの人数を裂いているが、万が一ということもある。



 領内の混乱は数日で収まった。

 アルベルト自ら招待客の面々だけでなく領民たちに対しても説明に出向き、ヒルデブラント男爵が国賊であったことや既に拘束済みであることを語った。

 うちの領民は辺境の住民として魔物の襲撃もそれなりに経験していることもあり、アルベルトからきちんと事件が収束したことを伝えられれば、すぐに落ち着きを取り戻した。

 普通なら右往左往で大騒ぎしているところだろうが、大した混乱が無かったのは僥倖だ。

 バルトロメウスの結婚が滅茶苦茶になってしまったことにも配慮してくれているのだろう。

 遠方から来た招待客にしてみれば、今回の件は災難としか言いようがない。

 義理で結婚式に出席したら、式場の目の前で銃弾の雨が飛び交ったようなものだ。

 正直、堪ったものではないはずだが、こちらも予想以上にすんなりと納得してくれた。

 アルベルトが事情の説明に出向く際には俺も同行していたので、面と向かって文句を言える奴が居なかったのかもしれない。

 もしくは、アルベルトが「皆さんのご理解とご協力あっての戦果」として感謝を述べたことで、プライドで生きている下級貴族たちの不満がきれいさっぱり消えたのだろう。

 イェーガー士爵領における一連の騒動は、俺とイェーガー士爵家の面々が国賊を捕えるのに成功した、という形に持って行く予定なので、後で異を唱えられても面倒だ。

 とりあえず、今は余計な騒ぎを起こさないでくれるのなら何も問題は無い。

 まあ、軍務局が来たら招待客の中に『フェアリースケール』の件と関わっている奴が居ないか、徹底的に調べられるだろうけどな。

 ヒルデブラント男爵の他に『フェアリースケール』に関与している貴族家があったら、その時はまた俺の出番だろう。

 どう考えても、軍務局が本格的な調査に乗り出すより、周辺諸侯にこの騒動が伝わる方が早い。

 ケツに火が付いた連中は既に証拠隠滅や逃亡を図っているはずだ。

 明らかな有罪の証拠が無ければ、公式に王国軍や騎士団は動かせず、軍務局も表立って糾弾はできない

 そうなれば敵の始末は非正規戦になる。

 逃亡者を追跡して殺す。

 それだけの仕事だが、この騒動の渦中に居る人物の中で、一番の適任者は俺だ。

 すぐにお鉢が回ってきてもおかしくない。

 キャロラインはいくら報酬をくれるかな?



 領主館の居間に入ると、そこには疲れた表情のアルベルトが座っていた。

 とりあえず、領内の混乱は収まったことで一息ついているようだ。

 何も言わずに踵を返して出て行くわけにもいかず、俺は遠慮がちに声を掛けた。

「父上」

「……クラウスか」

 気まずい……。

 何だかんだ言って、今回のトラブルの元凶は俺だ。

 ヒルデブラント男爵みたいな奴を見逃すことはできないが、イェーガー士爵家が下らない陰謀に巻き込まれたのは、男爵が俺とのコネを狙ってのことだ。

 俺の血縁でなければ、バルトロメウスの結婚がこんな滅茶苦茶になることは無かっただろう。

 そもそも男爵が関わってこなければ、バルトロメウスは今頃フィーネと普通に幸せな家庭を築いていたはずなのだから。

 事態の収拾を図っていたときは、こんなことを考える暇も無かったが、いざ一段落してみると、何て言っていいのかわからないな。

「すみません、本当に。こんな面倒事に巻き込んでしまって。色々とご迷惑を……」

 何を言うべきか迷ったが、とりあえず感謝と謝罪ができないのは人間として終わっている。

 嫌われる奴の特徴ランキング堂々の一位は「ごめん」と「ありがとう」が言えない奴だ。

 今までアルベルトは事情の説明に奔走していたので、俺としっかり話す暇が無かったが、ここで改めて謝罪しておこう。



「迷惑か……」

 アルベルトはポツリと呟いた。

「正直、俺の詰めが甘かった。本当なら、俺が聖騎士に任命された直後と同様、イェーガー士爵家とは可能な限り距離を置く姿勢でいるべきだったのでしょう。今となってはどうしようもないことですが、軽々しくここを訪れるべきではなかったようです」

 俺が聖騎士になったときには、ヘッケラーやフィリップが根回しをして、俺の実家経由で面倒な手出しをされないように対策してくれた。

 徹底的に、俺をヘッケラーの門下として、オルグレン伯爵家の身内として扱ってきた。

 今回は油断があったのだ。

 俺はオルグレン伯爵家の筆頭家臣として、勇者の側近という立場を手に入れた。

 独立して身を立てた以上、実家への干渉をされるリスクは低いと勝手に決めつけてしまった。

 フィリップの後押しがあったとはいえ、俺は軽い気持ちで実家に顔を出した。

 その結果、兄の結婚がぶち壊しになり、家族は散々振り回されたわけだ。

 もし、俺がはっきりと実家と関わることを拒絶していれば、ヒルデブラント男爵も手を引いていたのではないか?

 『フェアリースケール』に手を出した男爵とはどちらにせよ衝突する運命だったのかもしれないが、実家を巻き込んでここまで拗れることは無かったはずだ。

 正直、合わせる顔が無い。

 しかし、アルベルトは静かにため息を吐いた。

「お前は変わらんな。昔から、私たちにどこか遠慮があった」

 遠慮ですか……。

 そうでもないと思うけどね。

 こんな田舎から王都の魔法学校に行かせてもらったり、ニトロセルロースを作るために硫酸と硝酸をねだったり……。

 貴族としては控え目かもしれないが、農民の生まれでは到底叶わない要求を通させてもらった。

「ただ、子どもながらに家の貧しさや事情を理解しての気遣いとも違う。何と言うか……私を親として見ていないような……」

「っ!」

 一瞬だが、アルベルトが俺の素性に気付いてしまった可能性が脳裏を過り、俺の表情は強張った。

「いや、すまん……。今のは忘れてくれ」

「…………」

 アルベルトはすぐに口を噤んだが、俺の心拍数は上がったままだ。

 今更ながら、自分がこの世界において異質な存在である最たる所以を再認識してしまった。

 他の転生者や転移者は今のところ見つけられていない。

 もちろん、地名や技術革新の軌跡から、過去に地球から来たと思わしき人物が与えた影響の名残は垣間見ることができる。

 しかし、そのいずれにおいても、千年前の勇者以外に関与した者の形跡は無かった。

 俺が転生者であることを勘付かれるのは、やはりリスクが大きい。

 人間とは異質なものを排除するのが性であり、過去に存在した転生者が消されていないとも限らない。

 俺がどこぞの宗教に異端認定でもされようものなら、確実に多くの犠牲者が出る。

 自分自身が宗教戦争の発端になるのはご免だ。

 いや、そもそも世間一般におけるリスク以前に、アルベルトとエルザに拒絶されるのが怖いのかもしれないな。

 自分の子どもにおっさんの魂が宿っているなんて、どう考えても簡単に受け入れられることではないだろう。

 俺は転生の当事者だが、仮に超科学的な現象である転生を信じていない前世で、自分の子どもが他人の人生の記憶を持っていたとしたら……果たして俺はその子どもを受け入れられるのだろうか?

 そんな自分の感覚をアルベルトたちに置き換えて想像すると、どうしても家族との付き合いで一本の線を引いてしまうのだ。


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