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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
133/232

133話 戦端


「それで、店を出てから一度も見ていないと?」

『そう。義兄さんのところに行くって言っていたけど……』

 フィリップの通信水晶の正面に来たアンが説明してくれた。

 どうやら、メアリーはアンとお茶をした後、オルグレン伯爵邸へ向かったようだ。

 聞けばメアリーは魔法学校で色々な軋轢に晒されて参っていたようだ。

 俺から見てもメアリーの勉強への姿勢は少々自分を追い込み過ぎな気もしたが、それ以上に彼女のSAN値を削っていたのは人間関係の方だったみたいだな。

 アンと一緒に街に出かけて頭を冷やしたメアリーは、休日中に一度フィリップのところへ顔を出すことに決めたらしい。

 今までは手紙で済ませていた近況報告も兼ねての一時帰宅だが、アンとは店の前で別れてから一度も顔を会わせていない。

 アンは既にメアリーがオルグレン邸に到着していると思っていた。

 ところが、フィリップはメアリーから連絡が来ないと言ってアンのもとを訪れた。

 アンにしてみれば、メアリーが荷物を取りに魔法学校へ戻ってこなかったことを不審に思いはしたものの、一刻も早くフィリップに会うためにそのままオルグレン邸へ向かったと思っており、まさか途中で行方不明になっているなどとは想像すらしなかっただろう。

『ごめんなさい……私が、お姉ちゃんを勝手に連れ出したから……』

『アン、あなたのせいじゃないわ。これは明らかにあたしたちを、少なくともオルグレン伯爵家の人間を狙った奴の仕業だわ』

『そうなのです。敵は最初からワタクシたちの中で最も戦闘力に乏しいメアリーさんを狙うつもりだったのです』

『アンさん、自分を責めてはいけませんよ』

 アンを慰めるのはレイアとファビオラに任せよう。

 カーラも通信水晶越しに声を掛けているので大丈夫だろう。

『お館様、メアリー様の動向の調査の方は、進捗はいかがですか?』

『先ほど、警備隊と馬車の停留所に居る運送ギルドの者に連絡を取った。ギルド員によると、二十三台の馬車がメアリーを乗せた可能性があるとのことだ。今、警備隊が王都周辺のオルグレン伯爵邸方面の街道付近を捜索している』

 フィリップはエドガーの問いに唇を噛みながら答えた。

 運送屋の馬車は、人一人を近くに運ぶ程度であれば、第三者を交えて契約書を交わしたりなどせず、いちいち記録に残したりもしない。

 さすがに荷物の運搬や長期・長距離の契約であれば厳密な契約を交わすが、王都の中心からオルグレン伯爵邸くらいの距離の移動であれば、その場で現金で運賃を払って終わりだ。

 現代で言えば、都内でタクシーに乗るのと変わらない。

 メアリーが乗った可能性がある馬車は、同時刻帯に記録を残さず王都を出発した馬車全てが候補に挙がるわけだ。

 運送ギルドの所属に限定しても、全てを補足するのは一苦労だ。

 こりゃ、気が遠くなる話だな。

「今は人海戦術で王都の近くで消えた馬車の捜索か」

『そういうことだ』



 今のフィリップたちは、警備隊の詰所で情報待ちだ。

 歯がゆい状況だが仕方ない。

 警備隊には行方不明者の捜索や捜査のプロが居る。

 少なくとも、素人のフィリップたちが闇雲に歩き回るよりは、警備隊の指令所で情報が入るのを待った方が、いざ現場に急行するというときに都合がいいはずだ。

『ところで、クラウス。先ほど、貴公も何か言いかけていたな』

 メアリーの件がこんな状態なので、ヒルデブラント男爵の件をフィリップに報告することは一瞬だけ躊躇した。

 しかし、既に口に出しかけてしまった以上、ここで敢えて黙る必要は無いか。

 何より、情報共有が不十分なままでいる方が遥かに危険だ。

「ああ、実は……」

 俺は実家の領地で起こったことを簡潔に説明した。

 ヒルデブラント男爵とヴァレリアの政略結婚の押し売りに関しては、フィリップもうんざりした表情を見せたが、さすがに内容が『フェアリースケール』のことに及ぶと顔色が変わった。

 あの最低なヤクに関しては、俺とキャロラインの間だけの話ではなく、フィリップにも捜査の情報は回ってきている。

 フィリップ自身も『フェアリースケール』は見つけた先から潰そうという意気込みなのだ。

『何と……貴公の方でもそんなトラブルが……。メアリーの件と何か関連が……?』

「さあな、まだそいつはわからん。情報が少なすぎる。とりあえずは、警備隊の捜査状況の進捗を待つしかないんじゃないか? まずはメアリーの足取りを辿るのが最優先だ」

『うむ、そうだな……』

 ここで、フィリップたちの通信水晶に見覚えのある顔が映った。

 後ろの扉を開けて、一人の騎士が入室してくる。

『おう、伯爵様。こいつはヤベェぞ。現場に……っと、すまねぇ。通信中だったか』

 現れたのは警備隊副隊長のマイスナー大尉だ。

 よくもまあ、面倒事に縁がある奴だ。

『構わぬ。うちの家宰のエドガーとクラウスだ。ここで話すがよい』

 マイスナーは通信水晶の中のオルグレン邸の、さらに奥の通信水晶に映る俺を見て一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに報告を始めた。

『王都を出てすぐの街道沿いの茂みで、大破した運送ギルドの馬車と死体が四つ見つかった』

 マイスナーの報告を聞く全員に緊張が走る。

『三つは近くを巡回していて駆けつけた警備隊員のものだ。一つは身体的特徴から言ってドワーフの男性と思われる』

 馬車を襲撃して、御者の運送ギルド構成員と駆けつけた警備隊員を皆殺しにしたのか。

 計画的な犯行で躊躇も無い。

 チンピラや行きずりの強盗ではないな。

『女性の形跡は無かった。残念ながらな』



「俺も一旦王都に向かおう。二人の捕虜は父に任せる。『フェアリースケール』の件があるから、真っ直ぐフィリップたちのとこに行って合流することはできないが……ヴァレリア・ヒルデブラントの首を宮廷魔術師団に渡したら、すぐに追いかける」

 どうにもフィリップたちと話している間に、俺の方も胸騒ぎが大きくなってきた。

 俺の感覚的な危険察知能力はそれほど優れているわけではないと思うが、どうにも手を拱いている間に状況が悪化しているように思える。

 この感覚は去年と一昨年に続けて酷い目に遭わされた『黒閻』が関与していたときと同じ類のものだ。

 ヒルデブラント男爵の件も『フェアリースケール』が関わっている以上、軍務局ときっちり情報を共有して引き継がなければならない。

 しかし、メアリーの件が本当に大事になりそうなのだ。

 自分の体が一つしかないのが実にもどかしい。

 ところが、フィリップは俺の申し出に対して首を横に振った。

『いや、メアリーの捜索は我々の方でやる。貴公はまず違法薬物の件をきっちりと片付けるのだ。軍務局の者が来るのであろう? 引継ぎが終わるまで、無責任に現場を離れることは許さん』

「しかし……」

『これは私に売られた戦争だ。この勇者たるフィリップ・ノエル・オルグレン伯爵にな』

 そんな下らないプライドで突っ張るなと言いそうになったが、フィリップは何も俺に手出しをするなと言っているわけではない。

 初めて会った頃のフィリップなら言ったかもしれないが、今ではあの猪突猛進な少年剣士も名より実を取れる程度には落ち着いてきた。ニ、三年しか経ってないけど。

 初動で対処すべき事柄が、俺とフィリップで違うというだけだ。

『メアリーは私の婚約者だ。彼女の件は私が早急に対処する。しかし、私やレイアとファビオラだけでは力不足になることもあり得る。クラウス、貴公は『フェアリースケール』の件が一段落したら、すぐに我々と合流するのだ』

 自分の力が及ばないパターンを想定できるようになっただけでも大きな成長だ。

「わかった。連絡は絶やさないようにしろよ。エドガーさん、俺も定期的にそちらに通信水晶を繋げるので、双方への伝達をお願いします」

『畏まりました、クラウス殿』

『フィリップ様、オルグレン邸はいつでも連絡を受け付けられるようにしておきますので、くれぐれも逐一通信を入れるのをお忘れなきよう』

『うむ、わかっている。世話を掛けるな、カーラ』

 フィリップはきちんと正妻を労わった。

 気遣いのできる男だ。

『エドガー、アンを一度オルグレン邸で保護する。被害者の身内だ。厳重な警戒を』

『はっ』

『カーラは魔法学校のシルヴェストル校長に文を出せ。今わかっている事件の概要とアンの保護の件を伝えるのだ』

『はい。大至急、伝書鳩を飛ばします』

『よし、マイスナー大尉。現場に案内せよ。警備隊員やうちの職員を手に掛けた輩とメアリーの足取りを追うぞ』

『はいよ』





 某国、国境近くの倉庫にて。

「さっさと運びな! 奴隷ども!」

「…………」

 禍々しい細剣とレザーアーマーを身に着けた女が、緩慢な動きの男たちに罵声を飛ばす。

 男たちは一瞬だけ動きを止めると、すぐに女の言葉に従って動き出した。

 軽戦士風の女は『黒閻』の幹部で『影帝』の異名を持つロベリアだ。

 全盛期ではないとはいえ、聖騎士のデ・ラ・セルナを暗殺した一流のアサシンである。

 しかし、男たちがロベリアの言葉に従う理由は、恐怖でも忠誠でもない。

 襤褸切れを着た男たちは、仕草や表情はゾンビのようだが、アンデッドにしては血色がいい。

 しかし、その目の焦点はどこにも合っていなかった。

 催眠術などの洗脳にかかって目が死んでいるようにも見えるが、手足を縛られ猿轡を噛まされた人々を軽々と持ち上げるパワーが不釣り合いだ。

「ったく……本当に気味が悪いね、こいつら。あのおっさんども、本当にいい趣味してるよ」

 ロベリアは口汚く吐き捨てると、倉庫の奥に向かって歩いてゆく。

 乱雑に樽や麻袋が積み上げられた倉庫を横切り、やがて一人の拘束された少女の前で足を止める。

 猿轡に目隠しをされた少女は、前が見えてはいないはずだが、近づく人の気配を感じて顔を上げた。

 顔のほとんどが猿轡と目隠しの布で覆われているが、光沢のある茶髪の美しさは隠されていない。

 誘拐されたメアリーだった。

 メアリーは目隠し越しにロベリアをキツく睨みつける。

「……こんな小娘が勇者の仲間かい。大したことないねぇ」

 ロベリアは剣を抜き、切っ先をメアリーに近づけた。

 抜剣の音はメアリーの耳にも届いたようで、彼女の身体は硬直する。

「あんたには……調子に乗ったガキどもを誘い出すのに役に立ってもらうよ」

 ロベリアの言葉を聞いたメアリーは体を震わせる。

「ふんっ……」

 ロベリアはそんなメアリーを嘲笑うと、細剣の切っ先をメアリーの顔に近づけた。

「っ! ……!」

 視界が塞がれていても、魔剣の不穏な気配ははっきりとメアリーに届き、滑らかな皮膚に鳥肌が立った。

 ロベリアの剣の刃先とメアリーの顔の距離は一センチも無い。

 しかし、剣先がメアリーの鼻に触れる寸前、倉庫に怒声が響いた。

「ロベリア! 貴様、何を考えている!?」



 現れたのはロングソードを腰に履いた男だ。

 彼もまた『黒閻』の幹部にして『冥帝』の異名を持つボルグだ。

「何だい、ボルグか。そんな大声を出してどうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもあるか! 貴様、勇者の婚約者を攫ってきたそうだな。一体、何を考えている!?」

 ボルグは真っ向から怒気を叩きつけた。

 しかり、ロベリアには悪びれる様子が無い。

「ふん、あんたも耄碌したね。見なよ。この小娘が勇者と聖騎士の仲間だってんだよ。あんたたちが大好きな、あの気味の悪い奴隷どもに命じただけで簡単に攫ってきた。こんな連中に何度もいいようにやられて……恥さらしだよ!」

 ロベリアが目に光の無い男たちを示し、ボルグの視線もロベリアの指先を追う。

 ボルグはロベリアの罵詈雑言のほとんどを無視して疑問を投げかけた。

「『傀儡』を使ったのか?」

「そうさ。あんたらの百倍は有効に使ってやったんだ。感謝しな」

「それに関しては、エルアザルが後でたっぷりと文句を言うだろう。オレから言うことは何も無い」

 ロベリアはさらに不機嫌な表情になって何かを言おうとするが、先に口を開いたのはボルグだった。

「ここに奴らをおびき寄せたのは何故だ?」

「あん? 何故だって? そうさねぇ……誰かさんが聖騎士と派手にやり合っちまったから、あの王国で活動しにくくなってねぇ。仮にもあんたを退けた敵だ。迎え撃つにはそれなりの準備が要る。近場の国で一番使いやすいのが、ここだったってわけさ」

 白々しく皮肉を言うロベリアにボルグは鋭い視線を向けていたが、しばらくするとため息を吐いて踵を返した。

「お、おい……」

「勝手にしろ。お前も一度痛い目に……痛みを感じる暇があればいいがな」

 ボルグはロベリアの呼びかけに足を止めることは無かった。

 ボルグはそのまま倉庫を出て行き、重量感のある音とともに扉が閉まる。

 ロベリアはしばらく呆然としていたが、しばらくすると苛立ちが復活したかのように近くの木箱を蹴り倒した。

「ふんっ……あたしは、あんたと同じ轍は踏まないよ」

 ロベリアは倉庫の中を見回し、作業が終わって手持ち無沙汰に突っ立っている傀儡の男たち、次いで近くの麻袋を見ながら呟く。

「フェアリースケール、ね。どれだけ役に立つことやら……」

 ロベリアは自分の呟きに再び体を震わせたメアリーを一瞥すると、そのまま倉庫を出て行った。

 メアリーは『傀儡』の男たちと捕虜になった人々と一緒に倉庫に放置された。

 今すぐに斬殺される危険が無くなったことで、メアリーの体から力が抜けて床に転がった。

「(フィリップ……助けて……)」


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