131話 小さな魔剣鍛冶師
少し時間を遡って、美少女姉妹の魔法学校でのお話になります。
魔法学校の教員棟の地下。
ここに並ぶ部屋のほとんどは資料室や資材の収納庫として使われているが、一つだけ例外がある。
ラファイエットの研究室だ。
王国屈指の錬金術師であり、王城にもほぼ専用と化している研究室を提供されているラファイエットだが、ここでは魔法学校の授業のための業務と直属の弟子に手伝わせる秘匿性の低い作業を処理している。
ラファイエットの研究や製作は、その内容によって扱いが大きく異なるのだ。
例えば、クラウスがラファイエットから受け取った装備品や魔道具等においては、ドラゴンボーン鋼の防具は宮廷魔術師団の管轄下にある研究室で開発された。
特殊な魔導技術による仕込みや効果は無いものの、素材が素材だけに製法の隅々まで軍事機密とされているからだ。
一方、クラウスがミアズマ・エンシェントドラゴン戦で使用した呪いや瘴気に対する浄化効果もある聖属性ポーション、先日クラウスに渡されたレッドドラゴンの内臓膜を用いた隠形のローブは、特殊な用途に使う複雑な機構を有するアイテムではあるが、最新の研究や国家機密レベルの素材を用いたものではないため、この研究室でも製作と保管できる。
ラファイエットは国からの要請による開発研究と個人的な研究をする傍ら、魔法学校の教師の仕事をこなしているが、どう考えても一人では不可能な仕事量である。
それを可能にしているのが、この平時の研究室――ラファイエット本人曰く雑用部屋――と、彼の技術を少しでも盗んで学ぼうとする弟子たちである。
元はといえば、ラファイエットが魔法学校の教職に就くようになったのは、王国上層部の策略の結果だ。
ラファイエットの知識や技術は個人で完結させたくないものばかりであり、彼の頭脳や研究成果は上流階級が独占したいものであった。
おっさん一人を巡って貴族同士が水面下の争いを繰り広げる誰得な状況である。
そこで先代の校長であったデ・ラ・セルナが事態の収拾を図り、ラファイエットの教えを多くの人間が受けられるという体裁を整えた、というわけだ。
教職という面倒な仕事を押し付ける代わりに、ラファイエットには貴族並みの待遇と研究費や研究資材の融通が約束されている。
そして弟子たちはラファイエットの雑用を手伝うという名目で、彼の技術を間近で見てその場で実践できる。
ラファイエットは弟子に対して知識の出し惜しみなどしない。
今のラファイエットと弟子や国の関係は、とりあえずは全員が納得できるだけの利益を得られる形になったわけだ。
欲を出したマヌケな小貴族だけは蚊帳の外である。
もっとも、今ではクラウス個人がラファイエットに任せる素材の方が価値は大きいのだが……。
クラウスと出会う前にラファイエットを囲い込めたことに、一部の閣僚が安堵したのはまた別の話。
ラファイエットの研究室にノックの音が響いた。
「失礼します」
「やあ、アン君。よく来たアルね」
研究室に足を踏み入れたのはアンだ。
最近では、彼女はラファイエットから個別の教えを受けており、この研究室で魔法武器や魔道具に関する研究をしている。
アンのような1年生が定期的に研究室に通うのは珍しい。
最初の頃は、頻繁に研究室に姿を現し研究や試作に没頭するアンは、ほかの研究員たちから奇異の目で見られていた。
しかし、最近では彼らも慣れたもので、軽く手を挙げて自分の研究に戻っていく。
中には顔を赤くしてアンの会釈に応じる者も居る。
一見、不愛想で無表情な近寄りがたい印象を与えるアンだが、よく見れば顔立ちは整っており、姉のメアリーの柔和な表情とはまた違った魅力がある。
クラウスが見たら研究者の男をロリコン扱いしそうだが、何度か接するうちに彼女の魅力にやられてしまったラファイエットの弟子はそれなりの数に上る。
「今日も剣の研究アルか」
「はい。お兄さ……イェーガー先輩は魔剣をご所望ですから。レッドドラゴンの素材を使った、もっと強い魔剣を……」
クラウスは半年ほど前に強力な魔剣を多数手に入れた。
その中には、旧勇者時代に作られた正真正銘の魔剣がいくつも含まれる。
それも呪いの魔剣だけでなく、聖剣の劣化版ではあるが現代の錬金術では足元にも及ばない技術の粋が結集された聖属性の剣クラウ・ソラスや、長い年月を経てあらゆる鉱物が凝集された不滅の刃を持つ巨大な両手剣デュランダルがある。
当然、現代の魔剣のラインナップも凄まじいものだった。
投げても手放しても戻ってくる刃のブーメランこと偽フラガラッハ、斬った相手から魔力を吸い取り回復効果を齎すエクスカリパーに、炎の魔力剣を振るだけで発動させるレーヴァテインもどき、エビルドラゴンの素材から作られた驚異的な貫通力を持つスティレット。
どれも強力な武器だ。
これ以上の魔剣を作るのは、本格的に無謀で不可能の壁への挑戦となる。
「……大丈夫です。何もクラウ・ソラス以上の聖剣もどきを作ろうってわけじゃありません。イェーガー先輩が必要とする武器を、私なりに設計して作り上げる。それだけです」
ラファイエットの視線に気付いたアンはそう返した。
「わかったアルね。それじゃあ、有望な教え子には、その作業が一段落したらもう少し錬金術のことを詳しく教えてあげるアルね」
「ありがとうございます」
「さて、それじゃあ今日も個別指導を始めるアルね」
ラファイエットの研究室の面々が各自の研究と実験に一区切りつけ、上から任された製品の量産などの作業を終えたところで、いつものアンへの個別指導が始まった。
個別指導とはいっても、結局のところ他の弟子たちも自発的に聴きにくるわけだが。
それに字面だけ見ればいかがわしいが、内容は色気の欠片すら無い硬派な研究一色である。
「いつも通り、私が教えられるのは魔道具や錬金術による産物のメカニズムと術式の改善方法だけアルよ。まあ、知識を羅列して説明するだけで皆のレベルを上げられる内容なんて、これしか無いアルね」
ラファイエットは続けた。
「どんな道具を作るか、どんなアプローチをすればいいかは個人で考えるアルね。今我々がやっていることは、学校の勉強とは違うアルよ。学校の勉強は試験ありきだから、学生が最短時間かつ最低限の労力でクリアできるように指導できないなんて、単に教師が無能なだけアルね。でも、我々のような錬金術師の研究に終わりは無いアルよ。自分自身で研鑽を積むしかない分野において指導するだなんて大言壮語を吐ける奴は、私は見たことが無いアルよ。気違いと詐欺師以外はね」
ラファイエットの言葉に数名の弟子が笑いを漏らす。
「さて、雑談はこれくらいにして、早速だけどアン君の魔法武器に関する術式の評価と、役に立ちそうな概論をまとめようアルか」
「魔剣や魔槍などの魔法武器の効果や術式に関しては、最早私が論じる必要も無いアルね? アン君の方がよほど詳しいだろうアルよ」
「いえ、そんなことは……」
「私も錬金術の一環として魔法陣や魔石を使った魔剣の機構はわかるアルが、それはあくまで回路の完成度として見た場合の話アルね。他のものに例えるなら、料理に使う鍋の材質や金属の配合を分析できるのと同じアルよ。だから、その鍋でどんな食材を料理するのか、どんな調理法に使われるものなのか、それはアン君自身が考えることアルね」
魔剣の用途がわからないとまで言うのは謙遜に過ぎるとアンは思ったが、最近の錬金術師としてのラファイエットの顧客がクラウスであることを思い出し、微妙に納得してしまった。
クラウスはアンの実家の武器屋でも、どこから思いついたのかわからない不思議な品を特注でオーダーする。
銃器は当然のことながら、鈎鎖も普通の鍛冶屋にはあまり縁の無い注文だ。
小振りの狩猟時の作業ナイフ――ハンティングナイフ――も、ありそうで無かった品である。
クラウスの求める魔道具や装備を提供していれば、ラファイエットといえど頭を捻らなければならない状況に陥ることもあるだろう。
アンはそう考えて納得した。
「で、今日の試作品はその二つアルね」
「はい……」
ラファイエットはアンの目の前に置かれた小剣と長槍を見比べた。
アンが試作した二つの武器は、どちらもレッドドラゴンの素材を意識した火属性のものだった。
「うん、よく出来ているアルね。火属性の魔力を収束することで切れ味を上げているアルか。イェーガー君の雷の魔力剣に近い性質でアルね。これをレッドドラゴンの素材で作ったら、それこそ白金貨10枚は下らない魔剣になるアルよ」
クラウスが居たら「いちおくえん!?」と叫んでいたところだろう。
「この槍も先端に火属性の魔力を集中させて貫通力を上げているみたいアルね。ところで、剣の柄にも槍にもかなりのスペースの余裕があるのに、手を付けないアルか?」
「はい。実戦用の武器である以上、耐久力は欠かせません。確かに、まだまだ機能を盛り込むことはできますが、奇抜な機能を多く揃えるよりも結合を弱めないことが重要だと考えました」
早速、アンは実戦用の武器を作ってきた経験を活かして、錬金術師に反論できる点を見つけた。
先ほどは謙遜してみたものの、実際に自分の知識がラファイエットに異議を申し立てられるレベルだったことが嬉しい。
「ふむふむ、なるほど。要は柄とブレードの接合面積をこれ以上減らしたくないアルね。なら……刀身内部の回路をこんな設計にすれば、柄とブレードの結合面積をさらに増やして、もう一つの機能も付けられるんじゃないアルか?」
「っ!」
しかし、アンの懸念はあっさりとラファイエットが描き直した設計図に解決されてしまった。
錬金術そのものに関しては、やはり年季が違ったようだ。
「……確かに、この方がいいです。先生、お見事です」
「いやいや、落ち込むことは無いアルね。この武器自体はアン君の発想から生まれたものアルね。それに、複雑な機構にすればするほど、コストとメンテナンスの必要度が上がってしまうアルよ」
アンも結果的には新しく効率のいい術式を覚えられたと認識することで、今回の研究で至らなかった部分には折り合いをつけた。
「うむ、大筋ではこんなものアルね。後は、実際にレッドドラゴンの素材を前にして考えるアルね」
「……そうします」
ラファイエットがいくつかの改良点を指摘したところで、アンの今日の研究は終了した。
アンの職人としての技術は着々と進歩している。
アン自身にも、新たな知識を吸収することで、クラウスの魔剣の完成に一歩ずつ近づいている実感がある。
「…………」
アンの口元には僅かな緩みが生じたが、それは親族でなければわからない程度の変化だった。
帰り支度を始めたアンだが、ここでラファイエットの弟子の一人が彼女に声を掛ける。
「あの、アンちゃん。一つ聞いてもいいかい?」
「……何でしょう?」
「イェーガー……さんってのは魔力剣の達人なんだろ? それこそ、下手な魔剣よりも自分で魔力剣を発動した方が強いくらいのさ。何で魔剣を欲しがるんだい? たとえ、本当に魔剣が必要でも、何もアンちゃんがそこまでしなくても……」
アンに質問した男は、もしかしたらアンがクラウスのための魔剣の研究に没頭するのが気に食わないだけかもしれない。
何人かのラファイエットの弟子の研究者はそれに気づいたが、下手に首を突っ込む気にはなれず、何も言うことは無かった。
遠巻きにアンを見守る『紳士』の中でも、男がとりわけ厄介な性格だったことも一因である。
当然、鈍感なアンは男の本心に気付く由もない。
「……武器と戦術の引き出しは多い方がいいって言ってた。多分、お兄さんは魔力剣の火力でもクラウ・ソラスの聖属性の刃でも解決できない、何か他の部分を補うものを欲している」
「だ、だからさ! 何も、アンちゃんが若い内からそんな苦労を……」
「別に苦労じゃない」
「え……?」
「……頼まれたから。注文を引き受けた以上、依頼は果たすのが当然」
アンは一息置いて続けた。
「お兄さんは私に、存分に勉強して研究して好きなことを突き詰めて、最高の魔剣を作れるようになったら、自分にもレッドドラゴンの素材で一振り打ってくれ、って言ってた。研究はただの手段」
「要は、アンちゃんが頑張っているのは恩に縛られてのことじゃないってわけ。最高の魔剣職人になるとか、イェーガー将軍の魔剣を打つとか、それがアンちゃん自身の夢ってことよね?」
「うん、そう」
言葉足らずなアンの言いたいことを女性の研究者が引き継いだ。
同僚の女性に冷たく見下ろされても『紳士』な男は挫けない。
「いや、でも……」
「イェーガー将軍に渡せる最高の剣を打つのは、アンちゃんの研究者として職人としての目標の一つよ。あんたも応援してあげたらどうなのさ?」
「そ、それは……」
いい加減イラついてきた女性研究者の言葉は徐々に辛辣になってきた。
先ほどからゴミを見る目で同僚を見ていた彼女の目がさらに冷たくなる。
「はぁ……あんたじゃイェーガー将軍からアンちゃんを奪うのは無理ね。とっとと諦めなさい」
「なっ!? 俺は、そんなこと……!」
「それじゃ、アンちゃん。気を付けて帰ってね」
「うん、お姉さん。また……」
アンは研究室を後にした。
「俺は……そんな……」
アンに気があった研究者の男がブツブツと言っているのを無視して、女性研究者は考え込んだ。
「変ね……。イェーガー将軍は巨乳にしか興味がないド変態って聞いたんだけど……」
クラウスの居ないところで、またしても火の無い煙が無責任に立ち昇ろうとしていた。