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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
129/232

129話 逃亡阻止


「ん……?」

 サーベルで男の服を裂いて所持品を確認したところ、俺はとんでもないものを見つけた。

 出てきたのは白い粉を包んだ薬包だ。

 念のために“分析”をかけてみると……。

「っ! 『フェアリースケール』か!?」

 毒性のパターンがキャロラインのオフィスで見たヤクとほとんど同じだった。

 『フェアリースケール』はフィクションのエンジェルダストのように、強い幻覚作用と依存性を持ちながら痛みを麻痺させて狂暴性を発揮するとんでもない薬だ。

 『フェアリースケール』のジャンキー自体は見たことが無いが、この薬を服用していたのであれば、先ほどの男の異様な打たれ強さにも納得がいく。

 襲撃者の男は俺が迎撃態勢を整えていることを確認すると、すぐに戦うことを諦めて逃げ出したにもかかわらず、両膝を砕かれるという大ダメージを受けた途端、まるで痛みを感じないかのような狂暴性を発揮した。

 最初は訳がわからず気持ち悪いだけだったが、あれが『フェアリースケール』の効果なのだとすれば……ある程度のピースは繋がった。

「こいつは冗談抜きでキャロライン嬢が必要だぞ」

 まさか貴族の従者からつい最近話題に上がったヤクをキメた奴が出るとは……。

 当初は俺の実家に手を出すポンコツの始末のはずだったが、事件は思いもよらぬ形で大きくなっていたようだ。



「(おい! 今の音は!?)」

「(何が起こっているのかね!?)」

「(クラウス様のお部屋の方だ!)」

 どうやら宿の連中が気づいたようだ。

 まあ、派手に銃声を轟かせたのだから当然か。

 このまま襲撃者を宿の連中に見張らせて、俺はアルベルトたちを呼びに行くという手もあるが……。

 そんな危険は冒せないな。

 従業員はうちの領民だが、宿泊客の中にはヒルデブラント男爵に近しい者も居るだろう。

 そういう連中をこの男に近づかせるのは不安だ。

 男爵の知り合いなら、この襲撃者とも面識があるかもしれない。

 そんな奴に襲撃者を逃がされでもしたらコトだ。

 しかし、イェーガー士爵領の騎士団に任せても『フェアリースケール』を飲んだ男が相手では不意を突かれる可能性がある。

 その場合は確実に犠牲者が出るだろう。

「仕方ない……」

 俺は男を拘束した鎖の一部を掴んで、そのまま持ち上げた。

 斬り落とした男の腕の傷は初級の治癒魔術で一応塞いだので、出血多量で死ぬことは無いはずだ。

 俺は男を小脇に持ったまま、ドアを開けて部屋を出ると宿の出入口に向かう。

「うわっ」

「きゃあ!」

「ひ、人殺し……」

 野次馬に集まって来ていた宿泊客は、俺の姿と血塗れの男を見ると、一目散に外へ駆け出して行った。

 人聞きの悪い。

 まだ生きてるよ、こいつは。

「く、クラウス様! これは一体……?」

 イェーガー士爵領の騎士団に所属する若者が周りを代表して声を掛けてきた。

 彼とは幼い頃に面識があった気がする。

「曲者だ。父とバルトロメウス兄さんを呼んできてくれ」

「わ、わかりました」

 騎士団の若者が走って行ったのを見送り、俺は襲撃者の男にサーベルを突き付けた。

 二人が来るまでは、俺がこの男を監視しておかなくてはならない。



「クラウス! 何があったのだ!?」

「大丈夫か、クラウス!?」

 領主館の方からアルベルトとバルトロメウスが走ってきた。

 緊急時だ。簡潔に話そう。

「こいつが俺を毒のナイフで暗殺しに来ました。ヒルデブラント男爵の部下です」

 アルベルトとバルトロメウスは目を見開いて驚愕の表情を浮かべたが、すぐに男の顔を確認し頷いた。

「確かに、男爵の従者だ」

「俺も挨拶したから覚えてるぜ」

「二人とも、こいつにあまり近づかないように」

 こちらを訝しげに見る二人に、俺は要点だけ説明した。

「この男は軍務局でも出所を追っている強力な違法薬物をキメています。俺の魔術を受けても気を失わず、足を完全に破壊しても反撃してくるほどのヤバい薬です。くれぐれも、拘束は慎重にやってください」

「……わかった」

「ああ……そんな危険な野郎だったのか……」

 この二人なら後れを取ることは無いだろう。

 父は近衛騎士レベルの剣士で、バルトロメウスも王都警備隊の指揮官クラスの腕はある。

 勇者や聖騎士のような理不尽な力を持つ者とは比較にならないが、この男を見張っておくだけなら十分な強さを持っている。

「で、バルトロメウス兄さん。ヒルデブラント父娘はどこに?」

「あの二人なら、クラウスと同じく宿に泊まっていたはずだが……」

 そこまで聞いたところで、宿の裏手から口論らしき怒声が聞こえてきた。

「(お、お待ちください! 勝手に行動されては危険……)」

「(ええい、うるさい! おい、早く出すのだ!)」

「(お父様! 急がないと! あの使えない従者は失敗したに違いありませんわ)」

 俺は地面を蹴って飛行魔法を発動し、そのまま宿の屋根を飛び越えた。

 宿の裏は馬車の駐車スペースになっていたはずだ。



「ひっ……」

 突如、目の前に降り立った俺を見たヒルデブラント男爵とヴァレリアは、酸欠の金魚のようにパクパクと口を動かして恐怖に顔を引き攣らせた。

 彼らは今まさに馬車で逃げ出すところだったようだが、駐車場の入り口を塞ぐ形で俺が立っているので、御者も馬車を進めることができない。

 護衛と思わしき連中も十人ほど居るが、勝ち目が無いことは彼らも分かっているだろう。

「どうする? 大人しく投降すれば、ここで惨殺されるのは免れるぞ」

 俺は強化魔法を発動させてサーベルに手を掛けた。

 魔力の奔流が周辺に散り乱れ、息が止まりそうな重圧が彼らを襲う。

 普通ならこの時点で抵抗を諦める。

 しかし、護衛部隊のリーダーと思わしき一番立派な鎧を着けた男は予想外の行動を取った。

 彼は懐に手をやると、小さな紙の包みを取り出し、一気に飲み込んだのだ。

 他の衛士たちも同じように薬を飲み下す。

 まさか、あれも『フェアリースケール』なのか?

 男爵の護衛全員が所持しているとは、また随分な普及率だな。

 これは何としても男爵を生け捕りにして情報を吐いてもらわねば。

「やるぞ。雷光の聖騎士は鎧を身に着けていない。愛用の大剣も持っていない。それに対して、我々には『強化薬』がある」

「ああ、やれるぞ……」

「へへっ……聖騎士さんよ。討ち取らせてもらうぜ」

 どうやら降伏する気は無いようだ。

 ならばこちらも容赦はしない。



「おらぁ! 死ねぇ!」

「でぇりゃぁぁぁ!!」

 雄叫びを上げながら真っ先に飛び掛かってきた二人に、俺も正面から真っ直ぐに突っ込んだ。

 地面を蹴りながら鎌首のように閃いた俺の右手は、腰のサーベルを居合い抜きで走らせる。

 当然、立ち位置は相手の剣筋を完全に躱した場所を取っている。

 二回振るわれたオリハルコンの刃は、寸分違わず死角から男たちの首筋に吸い込まれ、何の抵抗も無く振り抜かれた。

 直後に、弾け飛んだように二人の頭が宙を舞った。

「おおぉぉぉ!」

 三人目が両手剣を頭上に構えて踏み込んでくるが、俺が大きく踏み込んで袈裟懸けにサーベルを振るう方が速い。

 両手剣の男は肩から斜めに切り裂かれ、プレートメイルごと真っ二つになった。

「しっ」

「えぇりゃぁぁっ」

 両側からさらに二人が襲い掛かってきたが、俺は左の男が突き出した槍を躱して掴み、そのまま横蹴りをカウンターでお見舞いする。

 槍使いの男は内臓を破裂させたことだろう。

「ぐぇぇ……」

 血を吐きながら倒れた男を尻目に、奪い取った槍を右の男の腹部に突き出して牽制する。

 それなりの深さで腹に刺さった槍だけでも致命傷だろうが、相手は『フェアリースケール』をキメた戦士だ。

 耐久力は侮れない。

 確実に止めを刺すために、動きが止まったところで心臓をサーベルで貫いた。

「ごぶっ」

 サーベルを引き抜くのと同時に軽く左の回し蹴りを叩き込むと、相手は弾け飛んだように地面を転がった。

 俺が鎧を着ていないことで敵は調子づいたようだが、そもそもこんな奴らの攻撃など防具で防ぐまでもない。

 全て躱せる程度の速度と技術だ。

 万が一のことがあったら嫌なので、ベヒーモスのローブは羽織ってきたけどな。

 もし仮に俺に攻撃を届かせることができたとしても、下手な鎧よりも防御力があるベヒーモスローブは貫けないだろう。

「今だ! 早く突破しろ!」

 何を思ったか、馬車の中に逃げ込んでいたヒルデブラント男爵は、今も俺が立ちはだかる駐車場の入り口を強引に馬車で突破しようとしてきた。

 護衛の半数が一瞬でくたばったのが見えていないのか?

 しかし、御者も雇い主である男爵には逆らえず、ヤケクソ気味に手綱で馬の背を叩いた。

 馬車は俺の横をすり抜けるルートで加速する。

「行かせねぇよ」

 俺は奪った槍を捨てると“倉庫(ストレージ)”からデュランダルを取り出した。

 俺が所有する魔剣の一つで、不滅の刃を持つ二メートル級の大剣だ。

 左手で肩越しに担ぎ上げたデュランダルは、月明りを反射して鈍く光る。

 俺は強化魔法の出力を上げて両足を肩幅に開き重心を落とすと、加速する馬車が接近するタイミングを計り、デュランダルを水平に振り抜いた。

「「ぐごぁ!」」

「ぎゃあぁぁ!」

 デュランダルは大質量を持つ打撃武器でありながら、ありふれた鉄の剣に比べれば遥かに鋭い切れ味を持つ。

 正面からデュランダルの刀身が食い込んだ馬は首を断ち切られ、そのまま振り抜かれた刀身は馬車を正面から砕いて半壊させた。

 衝撃波を車体全体に受けた馬車は、ひっくり返って辺り一面に瓦礫を撒き散らす。

 中に乗っていたヒルデブラント父娘は、横転した馬車の天井や壁に激しく体を打ち付けたようだ。

 情報を引き出す前にくたばらないでほしいものだが……。

「ぐはっ……化け物……」

 足元に転がってきた御者が俺を罵倒するが、男爵の部下は全員『フェアリースケール』を服用して狂化している可能性があるので、俺は容赦なく逆手に持ったデュランダルを突き立てて止めを刺した。

 巨大な刀身が御者の胴体を上下に叩き割る。

「くそぉ!」

「囲め! 潰せ!」

「大剣を手放したぞ! 今だ!」

 最初の五人より離れた位置に居た残りの護衛はまだやる気のようだ。

 『フェアリースケール』はこういった場面でまともな判断ができないほど人の精神を蝕むのか?

「“放電(ディスチャージ)”」

 俺はデュランダルを御者の身体ごと地面に突き立てたことで空いた左手に魔力を制御し、敵の残党に手加減無しの電撃を浴びせた。

 今度は生け捕りのことなど考えていない。

 奴らが受けるのはスタンガンではなく電気イスの電流だ。

 全員が黒焦げになるだけのアンペアを体に流し込まれ、炭化した死体が一斉に倒れた。



 襲撃者の男を引っ立てたアルベルトとバルトロメウスが合流し、エルマーが率いる騎士団の連中が来たので、俺は馬車の残骸からヒルデブラント男爵とヴァレリアを引き摺り出した。

 数分足らずで量産された死体に騎士団の面々が顔を蒼くしていたところで、続けてハインツやエルザも到着する。

 イレーネやフィーネまで現場に出張ってきたので、イェーガー士爵家のほぼ全員がここに揃ったことになる。

 妹のロッテを連れてこなかったのは良い判断だ。

 さすがにこの血生臭い現場を見るのは早すぎる。

 いくら治癒師の訓練をしているとはいえ、8歳の少女には刺激が強すぎるだろう。

 まあ、イレーネとフィーネも来なくてよかったんだけどな。

 バルトロメウスの件の関係者ということで来たのだろう。

 因みに、俺をここまで運んで来たパウルはといえば……。

「ふぁ~……旦那、相変わらず刃傷沙汰なしでは三日も持たないんですね」

 寝ぼけ眼を擦ってこの調子である。

 まったく、呑気なものだ。

 ってか、さっきの襲撃者の男もパウルが見張っていてくれれば……無理か。

 パウルも一般人より腕は立つが、運送ギルドの仕事をするうえで自衛のために槍術を身に着けた程度なので、戦闘能力はアルベルトより劣る。

 『フェアリースケール』のせいで何があるかわからない以上、最低でもアルベルトのレベルの戦士が居ないと不安だ。



「ヒルデブラント男爵、どういうことか説明してもらおう」

「…………」

 アルベルトの問いかけに、手足を縛られた捕縛されたヒルデブラント男爵は、無視を決め込んだ。

 時間を無駄にするんじゃねぇよ。

「あ、あなた……こんなことをして、ただで済むと思っているの?」

 割り込んできた耳障りな声の主はヴァレリアだ。

「あたしは貴族なのよ! 男爵の娘よ! 聖騎士だか何だか知らないけど、家臣如きがこんなことをして……」

 こいつは何も知らないんだな。

 俺が公的な場では子爵相当の身分を持ち、中央では辺境伯と同等の軍の重鎮として扱われているのは周知の事実だ。

 まあ、そういう暗黙の了解はサル山の大将である地方の小貴族の方が無視しがちだ。

 ヴァレリアは少なくとも口を開く気があるようなので、俺はこちらから片付けることにした。

「おい、クソアマ。お前の部下が『強化薬』とか言っていた『フェアリースケール』について吐け。どこの誰から手に入れた? お前の領地ではどれだけ普及している?」

「は? 知らないわよ! ちょっと、イェーガー士爵。あなた、この男の父親でしょ? さっさと処断しなさい。それで、その男の財産を渡すの。そうすれば、処刑は勘弁してあげるわ」

 相変わらずヒステリーを起こし続けるヴァレリアに、アルベルトも苛立ってきている。

 長男の婚姻で散々振り回された挙句、ヒルデブラント男爵父娘は俺に暗殺者を仕向けるという暴挙に出て、さらには国家反逆罪クラスの重罪が明らかになったのだ。

 そのうえ、まともな情報が出てこないときた。

 バルトロメウスも政略結婚で娶るはずだった相手がこんな奴だとわかって、能面のように表情を失くしている。

 恐らく、彼女は本気で自分が何をしていたかわかっていないのだろう。

「バルトロメウス! あなたは私の夫でしょ!? 妻を助けるのは夫の義務「おい」」

 俺はヴァレリアの足をデュランダルの刀身で叩き潰した。

 刀身を横にして叩きつけたが、不滅の刃は曲がるどころか傷一つ付かない。

「ぐぎぇぁぁぁおおぉぉぉ!」

 顔を脂汗や涙でぐちゃぐちゃにして泣き叫ぶヴァレリアを見ても、バルトロメウスの顔には何の表情も浮かんでいなかった。

「本当に何も知らないのか?」

「ああぁぁぁ! ヴおぉぉぉ!!」

 ヴァレリアはパニックを起こすだけで何も答えようとしなかった。

 一応、初級治癒魔術で傷を塞いで痛みを取ってからもう一度聞いてみたが、ヴァレリアはこちらの問いかけに反応することは無かった。

 こうなったら、もう普通の尋問は無駄だな。

 俺はサーベルを一閃させてヴァレリアの首を落とすと、すぐに頭部を魔法の袋に仕舞った。

「こいつには“記憶(メモリー)復元(リストア)”をかけます。俺が軍務局か宮廷魔術師団に直接渡しますので」

 有益な情報を持っているかどうか疑わしいヴァレリアには、魔法陣のコストが勿体ない気もするが……このまま尋問を続けても、この女の頭の構造を鑑みるに情報の信頼性が心配だ。

 悪いが、宮廷魔術師団には残業をしてもらおう。


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