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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
124/232

124話 おつかい


 キャロラインの説教から解放されて王城を辞した俺は、その足で魔法学校の教員棟に向かった。

 顔見知りの教師に軽く会釈をして、建物の奥の階段を上ってゆく。

 目的地は最上階の校長室だ。

 以前はデ・ラ・セルナが使っており、彼が亡くなってからはしばらく封鎖されていた場所だ。

 当然ながら、今は新しい部屋の主がここで仕事をこなしている。

 俺が扉をノックすると、聞き覚えのある声が返ってきた。

「どうぞ……よく来ましたね、イェーガー君」

「失礼します。シルヴェストル校長(・・)

 俺を出迎えたのは、以前は魔法学校の教頭だったハゲことシルヴェストルだ。

 先代校長のデ・ラ・セルナの昔からの知り合いで、『黒閻』との戦いでも世話になった人物である。

 聖騎士でもあったデ・ラ・セルナの死は、彼自身の個人的な遺言や資産に関連するトラブルもさることながら、魔法学校にも少なくない影響を与えた。

 歴戦の老兵の死は、職員や学生の士気にも関わる。

 それだけでなく、デ・ラ・セルナはリカルド王の信頼も厚い人物で、実際に魔法学校における校務は長年彼の決済で方針が決定されてきた。

 混乱は必至のはずだったが、そこを上手く治めたのはシルヴェストルだ。

 デ・ラ・セルナの昔からの戦友であり、魔法学校の教職員としての経験も豊富な彼が後始末に駆り出されるのは当然だな。

 すぐに業務を引き継いできちんと学校を機能させている辺り、シルヴェストルの手腕に疑う余地は無いだろう。

「今日はどうされました?」

「論文を持ってきました。フィリップとレイアとファビオラのものもあります」

「ああ、そうですか。ご苦労様です。……進級論文はわざわざ私のところまで持ってこなくても、教員室でほかの教師に渡せば大丈夫ですよ」

「いや、俺もそうしようと思ったんですけど……すぐに校長室に通されまして……」

 雑用をするくらいなら研究に時間を割きたいラファイエットには最初から期待していないが、魔術理論のベルリオーズなんかは職務に忠実な教師だ。

 彼なら普通にチェックして受け取ってくれると思い、俺たち全員の論文を渡したのだが、すぐに校長室へ行くように言われた。

 一体、何故こんな面倒なことを……。

「……なるほど。これは危険ですね」

 シルヴェストルは論文に軽く目を通して呟いた。

 危険?

 レイアかフィリップが何かやらかしたか?

「オルグレン君とファビオラ君の論文には問題ありませんよ。聖剣や勇者の魔力に関しては、王国が公開した情報に基づく範囲だけでも論文にはなります。それ以上のことは書いていません。見極めができている。ファビオラ君は……君たちの中では珍しくありきたりな内容ですね。普通に進級判定をパスする程度の」

 フィリップは問題なかったようだ。

 腐っても上級貴族か。

「レイア君は最近ラファイエット教授の影響か、少々コストやリスクを度外視した研究をするようになっているみたいですが……。レッドドラゴンの内臓を消耗品扱いしたり、大量の魔力を必要とする魔法陣を作って暴発を恐れず起動してみたり……。まあ、魔法学校や宮廷魔術師団の内部で出回る分には問題ない情報でしょう」

 レッドドラゴンの内臓の件は、ポンと渡した俺の責任でもあるのかな。

 しかし、シルヴェストルの口ぶりだと……一番危険なのは俺か!?

 参ったな……。



 俺の論文の内容は亜空間収納に関する話だ。

 以前、ヘッケラーから魔法の袋と違って普通に内部で時間が経過する魔法の袋や“倉庫(ストレージ)”に関する話を聞いた。

 彼は持ち運びのできるワインセラーやチーズの熟成に発想を飛ばしていたが、宮廷魔術師団でも最先端の研究だと言っていた。

 自分の覚醒魔力に関する研究はフィリップの方でお腹いっぱいだろうと思い、こちらのテーマを選んだのだが……。

「イェーガー君。率直に聞きますが、時間が経過する亜空間の話、どこで聞きました?」

「え~と、師匠……筆頭宮廷魔術師のヘッケラー侯爵からです」

「なるほど……」

 シルヴェストルは深刻な表情だが、そこまで問題があるとは思えないんだけどな。

 俺からすれば、時間が経過しないアイテムボックスの方がより高度な技術を必要とするものに思える。

 となると、時間が経過しない魔法の袋が先に普及している原因は、そもそもの『収納』という行為を行うための過程が『亜空間に仕舞う』という発想によるものではないということだ。

 技術的な裏付けが取れていないものが普及することなど、この世界では前世以上に珍しくない。

 魔法の袋も含めて、生活に根差している技術にも、古代錬金術の遺産であるロストテクノロジーが含まれるからだ。

 前世でもスマホの仕組みを完全に理解している一般人は少ないだろう。

 スマホのメカニズムを例にとってこの世界に当てはめれば、端末の製造技術だけある程度確立され、基盤の細かい仕組みは技術者すら知らず、パーツの役割の解析が最先端の研究、という状態だ。

 歪な話だが、崩壊した文明の遺産の恩恵を享受する世界では、こんな話はありふてているのかもしれない。

 俺は現行の魔法の袋や“倉庫(ストレージ)”における収納のメカニズムを、自分なりに根本から予想して仮定してみた。

 内容は、亜空間に仕舞う動作自体が、『保存・保管』という術式をアイテムにかける、アイテムを次に取り出す『時間』に送る、などの概念で構成されているという説だ。

 これなら小さな袋に収納する工程を除いた経年劣化を防ぐだけの倉庫なんて術式が無いのも頷ける。

 以上の持論から、時間の経過する亜空間収納は、鞄の中の空間を広げることや倉庫もしくは別の空間を利用して繋げること、収納物のデータ化など根本的なメカニズムの改善が必要と考えられる、といった具合に論文の結論はエビデンスもクソも無い有様だ。

 それでもヘッケラーなどからしてみれば想像もつかない発想だったらしく、進級に対する安全牌として多少の高得点を狙うために、以前彼と雑談した際に軽く話したこれを論文の内容とした。

 しかし、当然ながら兵員輸送やらトロイの木馬やら無限弾薬の高高度爆撃やら、軍事や兵器への転用に関しては書いていない。

 そこら辺の危険な利用法さえ書かなければ、俺の論文がヤバい事態に直結することは無いと思うんだけどな……。

 それこそ、いずれは誰かが思いつく話だろう。

「き、君は! ただでさえ国家の威信をかけて注力する最先端の研究というだけでも危険なのに、それを即座に軍事利用する方法を知っているのですか!?」

「あっ……」

 そうか。

 シルヴェストルは単に国家レベルの研究だから危険だと言っていたのか。

 確かに、国を挙げての研究なら、その内容は産業スパイどころではない連中が命がけで奪い合う情報だ。

 前世ならケチな経済スパイは新聞や雑誌の記事に毛が生えた程度のレポートを本国に送るだけだったりするらしいが、こちらの世界では情報の価値も人の命の値段も違う。

 少々、軽率だったようだな。

「どうしましょう? これ、破棄した方がいいですか?」

「……いえ、私からヘッケラー侯爵に回します。表題はワインセラーとチーズ倉庫を強調したものに変えておきますが、よろしいですか?」

「ええ、もちろん」

 色々と表に出せなくなった論文だが、どうやらシルヴェストルが上手く処理してくれるようだ。

 当たり障りのない内容でもう一枚書くべきかと思ったが、どうやら進級論文はパスさせてくれるらしい。

 二枚目も危険な内容になる可能性を恐れたというのが一番大きい要因のようだが……。

 シルヴェストルは何やら書き連ねた紙を俺の論文に重ねて、慎重な手つきで自分の魔法の袋に仕舞った。

 あのままヘッケラーに渡すのなら俺が持っていけばいいが、修正や注意事項の補足が入るようならシルヴェストルから話してもらった方がいいだろう。

 彼に任せてしまおう。



「ふぅ……何だか疲れましたね」

 さーせん。

 世間話やら近況報告をする気分ではなくなってしまったな。

 校長の任を引き継いで忙しいところに、さらに面倒事を持ち込んでしまったことは申し訳なかった。

 俺も原因の一端ではあるのだが、シルヴェストルの目の下の隈や血色の悪い頬を見ると、少しくらい気遣うセリフを言った方がいい気がする。

「あ~、校長先生。最近どうっすか? そろそろエンシェントドラゴンやデ・ラ・セルナ先生の件も落ち着いたのでは?」

「そうですねぇ……アレク殿の件はそろそろ下火になってきましたし、最近は平和なものでしたよ。君が来るまでは……」

 そんなに恨めしそうに見られてもな。

「そ、それにしても……デ・ラ・セルナ先生の時代から校長室はほとんど変わらないんですね~。ほら、あの壁にかけてある龍刀もそのままですし……」

「アレク殿は天涯孤独ですから。友人や弟子に譲る物は遺書にある程度書いていたのですが、それでも忘れていたものや新しく手に入れたものなどの漏れはあります。この部屋に残っているのは、私や魔法学校に譲っていただいた物ですよ。正直、何の役に立つのか分からない、遺産を受け取ったという事実だけが付きまとう、迷惑な代物も数多くありますが……」

 おいおい、俺は深イイ話でも出てくるかと思ったのに……。

 まあ、仕方ない。

 少しくらいなら愚痴を聞いてやるか。

 その分、シルヴェストルには厄介事の後始末を押し付けたからな。

「何より厄介なのは自称親族の連中ですがね。私のところにまで大勢押し掛けましたよ」

 デ・ラ・セルナは二百歳を超えていたそうだが、それすらも知らない連中が弟だの隠し子だの名乗ってきたそうだ。

 ぞっとしない話だ。

 シルヴェストルは集ってきた連中の話をしばらく続けたが、つくづく自分の周りにそういう連中が現れなくてよかったと思う。

 俺ならとっくに何人も殺しているな。

 国の指示だのなんだの難癖をつけて巻き上げようとする木端役人など可愛い方だ。

 デ・ラ・セルナの親を騙り、犬死にして可哀想だから認知してやる、などと言い出した下級貴族が居たそうだ。

 どう考えても嘘八百で遺産目当てだが、この言い分が通る可能性があったというのだから凄い。

 さすがにその男は秘密裏に処理されたそうだが、シルヴェストルが居なかったらどうなっていたことやら……。

「っと、少々愚痴が過ぎましたね。イェーガー君、この後は……」

「イェーガー君! ここに居るアルね!?」

 校長室の扉をノックもせずに開けたのはラファイエットだった。

「ラファイエット先生、どうされまし……」

「さあ! 私の研究室に行くアルね。ちょっと作業を手伝ってほしいアルね」

 相変わらずマイペースな研究者だ。

 まあ、教師の傍ら研究をしているので、時間はいくらあっても足りないのだろう。

 俺は愚痴から解放された喜びを顔に出さないように注意しながら、シルヴェストルの許を辞した。



「じゃ、俺はこれで」

「はいはい、ご苦労様アルね~」

 珍しいことにラファイエットの研究室を日があるうちに出ることができた。

 ラファイエットには、俺が手に入れた魔物の素材を、これまたどんぶり勘定に先払いで渡し、役に立つ魔道具や薬品が出来たら試作品を回してくれるように頼んである。

 最近ではレッドドラゴンの内臓を一通り提供した。

 彼ほどの錬金術師を魔物の素材の余りで雇えるのはお買い得だ。

 しかし、最近では素材だけでは飽き足らず、俺の魔力まで提供する羽目になっている。

 魔力タンクや実験台扱いには慣れたが、長時間拘束されるのはできるだけ勘弁してもらいたい。

 とはいえ、彼はきちんと労働分は還元してくれるので、理不尽かと言われるとそうでもないのが難しいところだ。

 俺の装備のベヒーモスのローブや防具類は、ラファイエットと宮廷魔術師が製作したものだ。

 これだけでも金を出して買うとしたら目ん玉が飛び出るような金額になってしまう。

 今日も試供品としてレッドドラゴンの血から作った解毒剤に治癒ポーション、それにドラゴンの内臓膜で作ったカムフラージュ色の外套を貰った。

 この外套は魔力を遮断する効果がある隠密用のアイテムだ。

 銘は無かったので、そのまま『隠形の外套』と呼ぶことにした。

 できれば盗賊退治を始める前に欲しかったが、軍務局から要請があればまたやることもあるだろうし、その時に使うとしよう。

「ふむ……まあ、収穫はあったからよしとするか……」



「クラウス!」

 ラファイエットの研究室のある棟を出たところで声を掛けられた。

 声の主は今も魔法学校で経営や経済の講義を受けているメアリーだった。

 そういえばフィリップに様子を見てくるように頼まれていたな。

 探す手間が省けた。

「珍しいですわね、魔法学校に来ているなんて。あ、もしかして進級論文ですの?」

「ああ、メアリー。今さっきシルヴェストル校長に提出してところだ。その後はラファイエット先生に捕まっていた」

「あら、うふふっ。災難でしたわね」

「まぁね。それにしても、ちょうどよかった。フィリップに君の様子を見てくるように言われていたんだ」

「まあ! そうでしたの。わたくしは特に問題ありませんわ。デ・ラ・セルナ校長が亡くなり、王都があんなことになって、魔法学校ももう少し混乱するかと思ったのですけど……わたくしが取っている授業も問題なく開講されていますわ。恐らく、あなたがハイゼンベルグ伯爵の息が掛かった者たちを一掃したことも効いているのではなくて。シルヴェストル校長の動きやすさが段違いのようですわ」

「それは何より」

 フィリップの用事は済んだな。

 まあ、去年や一昨年のような大事件が毎年起きていたら困るか。

 既に俺たちの巻き込まれたトラブルは祟りのレベルだ。

 とりあえず、メアリーに差し迫った危険が無いようで安心した。



 メアリーの表情に特に翳りが無いことを確認した俺は、続いて彼女の隣に立つ少女に向き直った

「アンも変わりないか?」

「うん……」

 メアリーの実家は俺が愛用の大剣をはじめ数多くの武器を購入した商店街の武器屋だ。

 メアリーの妹のアンは魔力持ちで魔剣の製造技術を持つ。

 彼女には俺の大剣を打つ際にも世話になっている。

 アンは俺たちより二つ下の11歳。

 今年から魔法学校の一年として入学した。

「……お兄さん、ありがとう。私、お兄さんのおかげで、魔法学校で勉強できる」

「クラウス、改めて、わたくしからもお礼を言わせてくださいまし。本当にありがとう」

「おいおい、そのことは気にしないでいいって」

 二人の実家の武器屋は、俺の大剣を作ったときのような例外を除き、新人冒険者にもそこそこの品質の武器を安く売ることにも注力しており、はっきり言って薄利多売の店だった。

 高ランクの冒険者は既に魔剣などの特殊な武器を所持しているか、行きつけの鍛冶屋を確保しており、親父さんの店に新規の客として来ることは少ない。

 警備隊や軍からもそう頻繁に発注があるわけもなく、親父さんの腕の割にそれほど裕福な家庭ではなかったのだ。

 魔法学校の学費も本来ならメアリーの分を出すだけで限界だった。

 彼女が異常に熱心に経営や経済を勉強しているのは、実家の事情を改善したいという思いもあってのことのようだ。

 強かそうに見えるメアリーもそこは譲れないらしく、フィリップに頼ることもしなかった。

 しかし、最近では彼女たちの経済事情は大分良くなっている。

 俺が権利を譲渡したハンティングナイフの販売益と、何より俺が大剣だけでなく特殊な武器や銃を注文しているので、ここ数年でかなりの額が入っているはずだ。

 少なくともアンの分の学費も捻出できる程度には。

「……私、お兄さんには貰ってばかりで、何一つ返せていない」

 当初は俺が払った金からアンの学費を払うことは、アン本人だけでなくメアリーも親父さんも渋っていた。

 金を渡すときに研究費だと言ってしまったことが原因だったらしい。

 俺はどうにか代金を受け取ってもらう口実として、適当に言い包めただけだったのだが、まさか自分の言動でこんな面倒なことになるとは思ってもみなかった。

 それは俺が直接落としどころを提案することで決着はついたはずなのだが……。

「アン、その話は前にしただろう? 俺はそもそも代金として払ったつもりだから、君たちがどう使うかは自由だ。まあ、投資だと思っているのなら、いずれアンが魔剣を打ってくれればいい。例えば、レッドドラゴンの素材を使った、魔法学校でより知識と腕を磨いたアンの魔剣をな」

「わかった。寝る間も惜しんで研鑽を積む」

 ……どうやらアンの辞書に過ぎたるは猶及ばざるが如しの慣用句は載っていないようだ。

「いや、睡眠は取ろうぜ……。メアリー、アンが根を詰め過ぎないように、ちゃんと見張っててくれよ」

「ふふっ、わかりましたわ」

 どうやら納得してもらえたようだ。

 アンもメアリーもまだ若い。

 今から恩に縛られて卑屈になる必要もあるまいよ。

 せっかくなので明日は武器屋にも顔を出すか。

 軍務局でキャロラインに会った後に行こう。


没シナリオ

 寝室にアンが現れた。

「……お兄さん。私、あなたに恩を返さなければいけない。私のこと、好きにして、いい……」

「いや、要らないっす」

 クラウスは戦闘の回避を試みた。

「……何故?」

「貧乳だから」

「……死ね」

 アンは魔剣を振りかざした。

「ギャース!!」

 クラウスは力尽きた。

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