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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
123/232

123話 密談と説教


「くっくっく……ニールセン団長、お主も悪よのぉ」

「ふっふっふ……雷光の、貴公ほどでは……」

 俺と共に気色の悪い悪役じみた笑みを浮かべるのは、近衛騎士団長のニールセン侯爵。

 王城にある近衛騎士団長専用の部屋は、当然ながらニールセンの執務室兼プライベートルームだ。

 彼の趣味である高そうな調度品と絵画がいくつも飾ってある。

 こんな密室でニヤつきながら密談をする俺たちの怪しさと来たら……。

 軍務局で所用を済ませた俺は、すぐにニールセンの個室へ直行し、先ほどからこの有様だった。

 理由はもちろん……。

「で、俺の取り分は?」

「うむ、これだ」

 ニールセンは自分の汎用の魔法の袋から高級感のある布の袋を取り出し、俺の方に押しやった。

 中身は硬貨が百枚以上。

 全て金貨だと仮定して一千万以上か。

 前世なら大金だが、最近はこのくらいの額は珍しくもないと思ってしまう。

 俺も毒されたものだ。

「まあ、こんなものか……」

「雷光の、中を見てみるがよい」

「っ!」

 布袋から溢れ出るのは山吹色の……否、銀色の眩い光を放つ硬貨だった。

 銀貨とは明らかに輝きが違う。

 全て金貨百枚の価値がある白金貨だ。

 ざっと見て百枚以上ということは……十億円以上だ。

 俺は今ニールセンから缶ビールのような気安さで十億円以上が詰まった袋を受け取った。

 こんな現場を見られたら確実に週刊誌に載ってしまうな。

「ほう、ニールセン団長。奮発してくれたようで」

「いやいや、これは本当に貴公の正式な取り分である。まあ、強いて理由のこじ付けをするなら、某の知り合いが今後ともよしなに、と」

「なるほど、ね」

 王城の一室とはいえ、侍女どころか他の騎士や貴族も用があれば入れるニールセンの執務室で、俺たちは一体何の密談をしているのやら……。



「いや、驚きましたよ。数回の盗賊退治の収穫が、こんな金額に化けるなんて……」

「芸術品の値段というのは天井知らずだからな。貴公によろしくなどと言付ける以上、某が絵を売った美術商もこの値段で買って十分に儲けが出ると踏んでいるのだろう」

 先ほど俺が受け取った金は、ここ半年の盗賊退治の収穫の中で、ニールセンに処理を頼んだ美術品の売却益だ。

 以前、絵画のロンダリングを頼んでからというもの、高そうな壺からゴテゴテの金細工のアクセサリーまで、美術品関連の獲物はほとんどニールセンの許に持ち込んでいる。

 ニールセン個人が欲しい物は手数料として取って構わない、売り払うものは儲けを山分け、という取り決めだ。

 完全にニールセンを信用した取引だ。

 ニールセンがその気なら、現物も金もいくらでも懐に入れられる。

 それでも彼が誘惑に屈しないのは、俺の不信を買って消し炭になりたくないのと、ヘッケラーなど俺がニールセンに美術品の換金を任せていることを知っている人間が居るからだ。

 立場のある人間は評判を気にする。

 地位のある人間は信用にこだわる。

 近衛騎士団長にして法衣侯爵であるニールセンの柵を利用した形になるが、利益は十分に分かち合っているので文句は無いだろう。

「収穫の一部の利益の半分でこの額か。冒険者ギルドを通していたら、まず手にできないですね。余程の有名な芸術家の作品ならともかく」

「そうであろうな。銘の無い一級品を見極めることができる目もそうだが、一流の美術商とのコネなど貴族でも一部の者にしか無い。冒険者ギルドに委託したところで、こういう専門的な鑑定を必要とする品の価値はわからぬ。それらしいオークションに出して終わりであろうよ」

 ニールセンは誇らしげだ。

 まあ、俺もニールセンを介してそのコネを利用させてもらっているので何も言わない。

 俺が美術品を見つけてきて、ニールセンに処理を任せる。

 これで全員が幸せになれるのだ。盗賊以外。

 素晴らしいウィンウィンの関係ではないか。

「ところで……これだけの収穫を集めるとは、相当な数の盗賊を潰して回ったのであろう? よくもまあ、オルグレン伯爵の家臣として働きながら、その合間にこなせたものだ」

「普通なら一番時間を食うはずの情報収集が省けたんですよ。盗賊団の根城の情報なんかを代わりに集めてくれる連中が居まして」

「情報?」

「軍務局のキャロライン・デヴォンシャー殿ですよ」

「ああ……」

 眉を引き攣らせた表情から察するに、どうやらニールセンはドSのキャロライン嬢が苦手のようだ。



 この半年、俺はランドルフ商会関連で自ら仕事を増やしながらも、オルグレン伯爵家の家臣としての職務をコツコツと遂行してきた。

 幸い、ここ最近で王国から聖騎士の出撃命令は下っていない。

 代わりに俺の許に持ち込まれるようになったのが、軍務局の手の者が尻尾を掴んだ盗賊の殲滅だ。

 違法奴隷の件があって以来、官吏のキャロラインに俺からも調査を頼んでいることもあって、軍務局は王国内で活動する盗賊団への捜査を強化している。

 違法奴隷という一攫千金の獲物にダボハゼのように食いついていることもあって、盗賊団の動向は次々と丸裸にされているわけだ。

 しかし、それなりの戦力を持つ賊をいざ殲滅するとなると、高ランクの冒険者や軍を動かす必要がある。

 今は少しでも情報が欲しい状況なので、敵の一部を生け捕りにするためには尚更高い戦闘能力を持つ者が必要になるのだ。

 当然ながら、騎士団や軍を動かしても、冒険者ギルドに政府から依頼を出しても、人手はまだ足りない。

 せめてもの慰めに、俺も大所帯の盗賊団や魔術師を擁する厄介な連中の殲滅には手を貸すことになったわけだ。

 因みに、これは宰相のデヴォンシャー公爵からの遠回しな要請などもあってのことだったりする。

 今日、王都に来た目的も、定期的に軍務局で盗賊の情報を共有するためだ。

 ニールセンと会う前、先ほど顔を出してきた。

 生憎、キャロラインは留守だったので、別の職員と話してきた。

 新しい情報はまだ入ってきていないことと、俺が生け捕りにした連中の尋問の進捗などを聞いた。

 つくづく血生臭い話と縁があるものだ。

「結局、平穏な日々とは無縁だったわけか……。さすがに同情する」

「エンシェントドラゴンに正面から斬りかかることに比べたらマシですけどね」

「いや、基準が……」

 何も悪いことばかりではない

 俺が盗賊討伐に向かう場合、大抵は単独で行動する。

 同行者が居ても、王国軍に所属する斥候職の軍人などだ。

 よって、収穫はかなりの割合で俺の懐に入るのだ。

 さらに、先ほどニールセンに渡されたように、美術品は莫大な臨時収入を生む。

 手元に残すものとして、現金や宝石の他にも銀製のあまり派手ではないアクセサリーなどが手に入った。

 魔道具もコピー機などの事務仕事に役立つもの、火の要らないランプなどの探索アイテム、それにトラップの魔法陣などが手に入った。

 武器は魔剣の類こそ見つからなかったが、ミスリルやオリハルコンの剣や短剣の収穫はかなりの数に上る。

 盗賊たちが武器として活用していれば、もっと厄介だったかもしれないアイテムが山積みになっているのは驚いたが、やはり彼らは自分たちの装備の強化より商品価値の方を優先するようだ。

 結局、皆殺しにされて俺にまるっと分捕られているのだから世話ねぇな。

「とはいえ、労力の割に収入がいいかと言われれば、そんなこともなかったわけでして。この前みたいに魔剣が大量に手に入ることなんてまずありません。金も盗賊団によっては大した貯蓄が無い場合もあり、商会の事業の方がよっぽど安定して儲かります。ただ、例外が美術品です」

 ニールセンの言った通り、芸術品の値段にはクレイジーなものがある。

 俺にはガラクタにしか見えないものでも、年棒を超える価値の品が転がっているのだ。

「なるほど。確かに、運のいい巡り会わせであったな。某は珍しい品が信用に足る相手から手に入り、貴公も金を逃すことが無い。これからも価値のわからぬ調度品などを手に入れたら持ってくるがよい。くっくっくっ……」

「ええ、もちろんです。ぬふふっ……」

 俺たちは再び気持ち悪い笑みを浮かべた。

 これからの儲けを想像すると笑いが止まらない。

 汚い壺や古びた絵が白金貨に化けるのだ。

 楽しくて仕方ない。

 これだから略奪はやめられないね。

 しかし、次の瞬間、俺は過冷却水を浴びせられたように背筋が凍った。

「景気がいいようで何よりです。イェーガー将軍、ニールセン侯爵」



「「き、キャロライン殿(嬢)」」

 氷のような微笑を浮かべたキャロラインが室内に足を踏み入れた。

 部屋の温度が数十度くらい下がった気がする。

 参ったな。

 殺意や害意の無い相手とはいえ、こうも簡単に接近されるとは……。

「イェーガー将軍、先ほどはご挨拶ができずに申し訳ありません。所用で出ておりまして。いつも軍務局の捜査に協力していただき、ありがとうございます」

「い、いえ……」

 よくない場面を見つかった気がする。

 これって横領とかにならないよな?

 ニールセンは持ち主が居る場合は奪還として処理しているはずだし、そもそも盗賊の物資は討伐した人間に権利がある。

 被害者に返すのは慣習なだけで、それもタダではない。

 持ち主からは相応の謝礼が出る。

 ニールセンを介して持ち主に買い取らせるなり売り払うなりは問題無いはずだ。

 いや、俺の場合は冒険者としてではなく騎士としての軍事行動扱いされているのか?

 だとしたらマズい……いや、そもそも聖騎士は国の正式な騎士ではないという建前があるから……。

「白金貨で百枚単位の儲けですか……。確かに大金ですが、高ランクの魔物をいとも簡単に討伐し、大商会の顧問までしているイェーガー将軍にとっては、さほどの額でもないのでは?」

「いやぁ、そんなことは……。安月給とは言わないですけど、雇われなもんで……」

 咎めるような雰囲気を遠回しな嫌味で覆ったキャロラインは、長いまつ毛を伏せるようにして悲しそうに呟いた。

「私の仕切る案件から盗賊団の情報は提供しているのです。少しくらい分け前があっても、いいのではないかしら?」

「もちろんだとも! それで某たちが糾弾されないのなら……」

「そうですね、それがいい! これで彼女も共犯者だ! いかほどお渡しすれば……」

「冗談です」

「「…………」」

 即座に口止め料を払おうとした俺たちを、キャロラインは冷たい目で見下した。

 少しでも希望を見出した我々が馬鹿でした。

 だからそのゴキブリを見るような目は止めてくだされ……。

「軍務局に所属する者は全ての騎士軍人の模範となり、常に己を律し、清廉潔白でなければなりません。裏取引や転売、ましてや賄賂など以ての外です」

「「ぐっ……」」

 ぐぅの音も出ないとはこのことか。

「い、いやほら! リーマンだって仕事しながら小説家やユーチュー〇ーを副業にしたりするわけでして……」

「……何を言っているのかよくわかりませんが、あなたたちのなさっていることは決して外聞がいい行為ではありません。確かに、イェーガー将軍は騎士としての制約が完全には適応されない立場ですし、盗賊の討伐は国家間の正規戦ではありませんから、収穫を個人間で取引するのも僅かに白に近いグレーゾーンです。しかし、あなたが王国の顔になる人物であることは間違いありません。気まぐれに王国の名を貶める行為は慎んでください」

「さーせん……」

 続いてキャロラインはニールセンに向き直った。

「ニールセン侯爵、あなたは父と同じく陛下の忠臣であり腹心のはずです。近衛騎士団長という立場を鑑みれば、美術品の収集という趣味すら不逞の輩が付け入る隙になり得ます。ましてや個人と癒着しての取引など……黒い噂が立って困るのはあなただけではないのですよ」

「ぐぬ……妻と同じ小言を……」

「お分かりですね。侯爵サマ」

「う、うむ。肝に銘じよう……」

 ほら、下手に逆らうからキャロラインがさらにキツイ表情になったじゃないか。

 それよりニールセンが奥さんにも文句を言われているとは初耳だな。

 今度、これをネタにからかってやろう。

「よろしいですね! お二人とも」

「「はい……」」

 キャロラインは言うだけ言ってすっきりしたのか踵を返した。

 どうやらお説教は終わりのようだ。

「「(ほっ……)」」

「ああ、イェーガー将軍」

「っ! 何でしょう?」

 キャロラインは突如振り返った。

 まだ何か文句を言われるのかと身構えたが、彼女が口にした言葉は予想とは違う内容だった。

「改めて、お話ししたいことがあります。できれば二人っきりで……」

「っ! それは……」

「明日は、空いているかしら?」

「……はい、大丈夫です」

 本当はのんびり休日を満喫するつもりだったけど……。

「そう。では、明日改めて軍務局の方にいらして」

 キャロラインは今度こそ間違いなく部屋を退出した。

 形のいい尻を眺める余裕も無く、俺たちは彼女が退出するまで口を噤んだ。

 やがて彼女の靴音が聞こえなくなる。

 そろそろこの部屋から十分遠ざかったか。

 いや、まだ安心はできない。

 俺は“探査”を発動し、近くにキャロラインの気配が無いか綿密に確認した。

 反応は……無いな。

 どうやら解放してもらえたようだ。

「はぁ~、疲れた……」

 スタミナがごっそり持っていかれた。

 元よりキャロラインと話すのは疲れるものだが、自分が叱られる側となると別物だな。

「雷光の……」

「ん? 何です?」

 遠慮がちに掛けられたニールセンの声に向き直る。

「貴公は……あのような女子が好みなのか?」

 一瞬、思考が停止した。

 ニールセンは盛大な勘違いをしているようだ。

「んなわけねぇだろ!」

 何故、どいつもこいつもあの女を俺に押し付けようとするんだ。

 ドSは無理だって!

「無理、お断り、ノーセンキュー! 俺の好みは、偏見や腹に一物が無くて、虚栄心や自己顕示欲が強くない、聡明で自立心のある、ムッチリ巨乳で清楚な顔立ちの人です」

「な、なかなか理想が高いな……。しかし、胸以外はキャロライン嬢がぴったり……」

「ドSは無理です」

「どえす……? よくわからんが、性癖は合わないということか」

 色々と恥ずかしい自爆をした気がするが、ニールセンの誤解はきちんと解いておかなければ。

「わかった。貴公はキャロライン嬢に思うところは無いと」

ご理解いただけたようで何より。

「覚えておこう。ああ、それと……」

「?」

「次はバレないよう公務の合間に取引を済ませよう。どうだ?」

 ニールセンは懲りてなかった。

 まあ、俺も他に美術品を捌くルートなど無い。

 今後もニールセンの許に持ち込むしかないか。

 くれぐれも違法なブツは混じらないように気を付けよう。

 次にキャロラインに見咎められたら、説教だけでは済まないだろうからな。


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