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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
122/232

122話 近況と雑用

 オルグレン伯爵家が総括する運送ギルドの一角で、新しい製造業が起ち上げられた。

 目玉商品はジャガイモや廃糖蜜から製造する蒸留酒――スピリッツ。

 昨今、王国で徐々に知名度を獲得しているカシスリキュールとウメ酒の原料である。

 オルグレン伯爵家でのカシスリキュールの試飲会から既に半年が経った。

 あれからカシスリキュールと梅酒は凄まじい速度で流行り始めている。

 この酒の価格は庶民にとっての贅沢品の域なので、上級貴族による買い占めや労働者階級からの膨大な需要などの影響はまだそれほど受けていないようだ。

 しかし、女性からの人気が高いカクテルのレシピや、梅酒に関して実しやかに噂されている美容効果の評判――実際に健康に良い――の影響は並みではない。

 とっくに供給が滞っていてもおかしくはないのだ。

 そのような事態になっていないのも、ランドルフ商会のマネジメント能力もさることながら、運送ギルドの醸造設備で生産するスピリッツの供給によるところが大きい。

 ベヒーモスの大魔石という莫大な投資のもとに、運送ギルドのアーティファクトの醸造設備が復旧したことが、スピリッツの大量生産に思った以上に貢献している。

 そして、この新しい酒文化が広まりを見せた背景は、この俺様――オルグレン伯爵家筆頭家臣にしてランドルフ商会顧問である雷光の聖騎士ことクラウス・イェーガー将軍の偉業無しに語ることはできない。

 慣れない筆頭家臣としての仕事と、しばしば王国や軍から持ち込まれる案件を処理しながら、スピリッツの製造の監督とランドルフ商会との調整に奔走した俺の激務と来たら……聞くも涙、語るも涙の苦労話だ。



 そもそも運送ギルドの設備が現代の工場並みの生産量を誇るからといって、王国中のリキュールや梅酒の分のスピリッツを賄えるわけではない。

 梅酒の完成品が毒性試験をパスして俺の元にも送られてきたとき、ランドルフからは蒸留所の買収や建設の話を聞いていたが、まさかここまで広がるとは……。

 年末の建国祭で色々とランドルフ商会がイベントを仕掛けていたのは知っている。

 しかし、一体どんな宣伝をしたんだか……。

 まあ、需要が無くて在庫を抱えて悩むよりは遥かにマシだ。

 俺が直接面倒を見るのは運送ギルド内の醸造所だけだが、そもそもカシスリキュールや梅酒製品は俺の考案によるものだ。

 当然、その利益は開発者の権利として俺にも莫大な額の儲けを齎してくれる。

 将軍としての年棒や筆頭家臣としての給料が霞むくらいには……。

 しかし、ここに来るまでが長かった。

 カシスリキュールと梅酒の原型だけ作って後は人任せ、というわけにはいかなかったのだ。

 梅酒はまず毒が心配なので、仕込みから数か月後までお預け。

 廃糖蜜のスピリッツが安全性の面でも味の面でも使えるかを確かめるためには、これもまた南部に送って、試作をして、結果を待たなければならない。

 一か月強で出来るカシスリキュールで試作をしたが、それでも前世よりも時間が掛かったことには変わりない。

 材料も提案だけでなく送る必要があり、そもそも輸送速度が遅い。

 とにかく、今回の事業には手間が掛かったのだ。

 マヨネーズのときは卵も酢も既に入手するルートが出来ていたものなので、南部でアブラナ油の量産、各所でマヨネーズの加工と腐らないうちに運送するルートをランドルフが調整してくれた。

 それに比べて、今回の二度手間、三度手間は酷い。

 これで金が儲からなかったら、やってられないところだ。



 因みに、現在運送ギルドの醸造所ではポートワインの研究が進められている。

 以前、ヘッケラーがアーティファクトの酒造設備でワインとブランデーを作らせた。

 これを見て思い出したのだ。

 ワインの発酵の途中でブランデーを加えて酵母を殺すことで甘味を残しアルコール度数を上げた、あの贅沢な香り高いワインを。

 現在、軍務局の要請で引き取った奴隷たちが試作を繰り返している。

 これが完成したらまたランドルフ商会が潤うだろう。

 そして当然、俺にも一部の権利が発生し、こちらの懐がさらに温かくなるわけだ。

 ところで、奴隷たちの働きには目を見張るものがある。

 最初は俺を見ると委縮して使い物になるか心配なレベルだったが、最近では運送ギルドの連中と遜色ない士気を見せている。

 その理由は労働環境と食事のようだ。

 オルグレン伯爵家と運送ギルドは俺が来てからランドルフ商会との縁がより強固になり、最近では商会が製造する食品や調味料の購入に際してかなり優遇されている。

 オルグレン伯爵家の食卓と同じく、運送ギルド本部の食堂でも、最近は豊富な味付けのドレッシングを使ったサラダやマヨネーズやタルタルソース、それに揚げ物が供されているのだ。

 うちには奴隷たちのほとんどを占める獣人を差別するような者は居ない。

 オルグレン伯爵家は当主のフィリップはじめ家宰のエドガーも武官、運送ギルドの主な構成員は先祖が国を追われたのやら放浪の旅に出たのやら出自のわからないドワーフだ。

 まあ、一番の異星人は転生者である俺なわけだが……。

 とにかく、うちの方針では奴隷たちもそれぞれ一人の労働者として扱われる。

 ギルドの宿舎をまた増設して、完全個室とまではいかないものの全ての奴隷にベッドが与えられた。

 服も安物だが新品を配り、飯や酒を楽しむのに十分な給料が払われる。

 これだけの待遇は借金奴隷でもまずあり得ない、違法奴隷であれば夢のまた夢といった環境だ。

 いや、既に下手な労働者よりも遥かにいい生活をしていると言えるだろう。

 そう考えれば感謝されるのもおかしなことではないのか。

 これを特に俺が頭を絞る必要も無く、スピリッツの卸価格での利益で賄えるのだから幸運だった。

 庶民の酒の製造元という産業は、クレイジーな利益率にこそならないものの、継続的に利益を生み出せるありがたい業種だ。

 目下の悩みであった奴隷たちの仕事は、予想以上に上手く軌道に乗ったわけだな。



「クラウス、居るか?」

「おう」

 オルグレン邸の事務室でいつも通りデスクワークをこなす俺に、この屋敷の主であるフィリップが声を掛けてきた。

「どした?」

「貴公、明日は王城へ行く予定だったな。魔法学校に寄れるか?」

「ああ、急ぎの仕事は無いから大丈夫だ。……課題の論文か?」

「うむ」

 俺たちは魔法学校の3年生に進級したわけだが、基礎教育の過程は2年次までだ。

 あとは好きな講義を受けて、研究をして、中退するなり研究成果の論文を提出して卒業するなりすればいい。

 卒業はしておいた方が何かと評判が良さそうなので中退するつもりは無いのだが、それこそ論文さえ出せば通う必要は無い。

 未だに定期的に講義を受けているのは、経営などの科目を学んでいるメアリーくらいだ。

 レイアは講義の内容など既に勉強し終わっているので、たまにラファイエットの手伝いに行くくらいだ。

 俺も教科書を読んで一通りの魔術理論や錬金術は理解したので――使いこなせるとは言っていない――レイアに選んでもらった図書館の蔵書に目を通すだけ。

 しばしばラファイエットに使われるのはレイアと同様だが……。

 ファビオラは魔法学校で授業を受けるより、カーラに文官の仕事を教わる方を選んだようだ。

 フィリップの勇者就任パーティー以来、彼の婚約者で正妻になる予定のカーラはオルグレン伯爵家で過ごしている。

 仮にも公爵令嬢がそれでいいのか……?

 まあ、俺は何も言うまい。

 できるのはグレイ公爵の心労を察することくらいか。

「私の論文の他にレイアとファビオラの分もある。ついでに届けてくれ」

「はいよ。……俺のも一緒に出すか」

 メアリーは頻繁に魔法学校に行っているので、既に自分で提出したそうだ。

 彼女は今も魔法学校に居るはずなので、向こうで顔を合わすかな?

 まあ、フィリップも心配だろうから、顔を見てきてやろう。

「あと……できればメアリーの様子も見てきてもらいたいのだが……」

「はいはい。元からそのつもりだ。心配すんな」

「すまぬな。それと、どうせラファイエット先生に捕まるであろう? 明後日は休みで構わんぞ。醸造所のことはロドス爺に言っておく。久しぶりに羽を伸ばしてくるがよい」

「助かるよ」



 翌日、俺は単身王都へ向かった。

 オルグレン伯爵家の筆頭家臣として働き始めて早や半年。

 未だ春の兆しは見えず、王都の人々は木枯らしに身を竦めながら足早に歩いている。

 俺はベヒーモスのローブを着ているので、この程度の寒さなら顔以外には大して冷たさを感じないが、庶民で温度調節機能の付いた服を着ている者はそうそう居ないようだ。

 しかし、よくよく思い出せば大したトラブルも無く年を越せたのは久しぶりだな。

 通りでこの時期の平和な街並みに違和感があるわけだ。

 去年なんてエンシェントドラゴンのせいで王都が大打撃を受け、今くらいの季節は復興作業で皆大忙しだったからな。

 平和なのはいいことだ。

「お、そこに居るのはイェーガー将軍! いらっしゃい!」

 気が付けば商店街のワイバーン亭の近くまで来ていた。

 威勢よく俺に声を掛けるのは、最近ではほとんどランドルフ商会の傘下のような扱いの屋台の店主コルボーだった。

 これだけ聞くと、出世なのか買収されたのかわからんな。

「やあ、久しぶりですね、コルボーさん。どうです、景気は?」

「ぼちぼちだな。将軍とランドルフ商会のおかげで、うちは商店街の屋台の中では儲けている方だよ。俺が所有する移動店舗も増えたしな」

 うん、出世と言っていいだろう。

 屋台とはいえ、今やコルボーは暖簾分けというか支店を持ったも同然の身分だ。

「しかし……こう寒いと労働者の仕事が減るからな。今日の客足は見ての通りさ」

 コルボーの背の羽がシュンと萎むように下を向いた。

 感情豊かなパーツだ。

 獣人でいうところの、尻尾や耳のようなものなのかな。

「ん? 俺の羽がどうかしたかい?」

「いや、そういえばコルボーさん以外の鳥人を見たことが無いなと……」

「今更だな、おい。まあ、そいつは不思議なことじゃないさ。俺みたいな有翼人の種族は、獣人の括りで考える奴が多いが、どちらかというと魔族に近い血筋らしいぜ」

「魔族、ですか?」

「ああ、北の方でたまに見かける龍族なんかも、大雑把に言えば魔族になるな。ほとんどは魔大陸から出てこないっていうから、他にどんな連中が居るのかは俺も知らん」

 魔大陸の情報は本当に入ってこない。

 王国北部の港街ガルラウンジから船は出ているが、この船は魔大陸南端の港町と往復するだけだ。

 港は観光地ではなく交易都市なので、ビジネスに必要な情報以外は入らない。

 ただ、港より北はあまりにも過酷な土地らしい。

 生きて情報を持って帰ってきた人間が居ないとは恐れ入る。

「かくいう俺も、中央大陸生まれの王国育ちだ。死んじまった親父の先祖のことなんか、これっぽっちも知らねぇのさ」

「……何か、すみません」

「いやいや、気にしなさんな。両親と同族にどんな確執があったかは知らないが、今の俺はこうして商売も繁盛している。生まれてきてすみませんなんて思ってねぇよ」

 俺は昼飯にコルボーの屋台の串揚げをいくつか買ってそそくさと歩き出した。

 何だかシリアスな雰囲気になってしまった。

 とりあえず、調達した飯を腹に納めて、用事を済ませよう。

 魔法学校に寄って論文を提出してメアリーの様子を見て……ついでのお使いは盛り沢山だが、本来の目的は王城だ。

 さっさと軍務局に行こう。


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