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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
120/232

120話 アーティファクト復活


「イェーガー君! ちゃんと押さえておくアルね」

「へ~い」

「レイア君! 塗料の調合は終わったアルか?」

「は、はい!」

 運送ギルドの醸造設備が納められている部屋で、俺たちはラファイエットのパシリとして忙しい日々を送っていた。

 運送ギルド本部は砦の址地だった場所を改修して使えるようにしたのが始まりだ。

 中には初代オルグレン伯爵が手を入れる前から鎮座している物もあり、このアーティファクトの醸造設備はその典型的な例である。

 稼働にはSランククラスの魔物の魔石が必要であり、酒造の設備一つにそこまで投資する者は、運送ギルドに多く所属しているドワーフにも居なかった。

 何故、俺が今になってこんな前世紀の遺物を掘り出して修理しようとしているのか?

 そして魔法学校の教授でもあるラファイエットが、何故仕事を放り出してここに居るのか?

 その理由は数日前に遡る。



 キャロラインから違法奴隷の保護の要請を受けた俺は、すぐにオルグレン伯爵邸に戻ってフィリップの判断を仰いだ。

 即答だった。

 フィリップはすぐに奴隷全員を受け入れることを決めた。

 これで奴隷たちの所有権はフィリップに移ることになる。

「いやぁ、助かったよ。フィリップがどうにかしてくれなかったらランドルフ商会かトラヴィス辺境伯に泣きつくしかなかった」

「うむ、こういうときくらい私の勇者の肩書きを利用しなければな」

「へへー、ホンマにありがたいこって。南無南無」

 これでキャロライン嬢にも申し訳が立つ。

 俺の責任は今をもって無くなったわけだ。めでたしめでたし。

「それで、彼らが従事する仕事はどうなっているのだ?」

「……さぁ?」

 フィリップがおかしなことを聞いてきた。

 それはご主人様たるフィリップが考えることではないのかね。

 屋敷の使用人なりギルドの事務なり御者なり……。

「何を言っている? 私は奴隷たちを受け入れることの許可は出したが、細かい調整は家臣である貴公の役目であろう」

「え? そうなの?」

「当たり前だ。言っておくが、オルグレン邸では百人の使用人を増やす予定は無いぞ」

 となると、奴隷たちの仕事は運送ギルド関連か。

 俺は同席していたロドスに助けを求めた。

「いきなり性別も年齢もバラバラの素人を百人も雇用しろなどと言われても困るのである」

 確かに、前触れもなく人だけ連れてこられてもどうしようもないか。

 馬車があっても動かす人が居なければ運送ギルドの業務は回らないし、その逆もまた然りだ。

 ギルドの宿舎にはまだ空き部屋があり、砦の基礎があるので居住スペ―スの増設にも困らないのが救いだな。

 少なくとも奴隷たちを野晒しにするような真似はしないで済んだ。

「適性のある人間はロドスさんたちに見出された奴から徐々にギルドに回すとして、数十人規模の雇用となるとやはり新たに仕事を起ち上げるしか……って、何故俺は普通に頭を絞っているんだ!? フィリップ! 受け入れを決めたんだからだから、最後まで面倒見てやれよ!」

「……ふぅ、仕方ない」

 お、やる気になったかね。

「クラウス、オルグレン伯爵家当主として筆頭家臣である貴公に命じる。あの奴隷たちに仕事を割り振れ」

「ぐぬ……やっぱりランドルフ商会に連れて行こうかな……」

「うちで受け入れることはもう決めた。当主の意向は無視できまい」

「くそぉ! 覚えとけよ!」

 斯くして、俺は百人の奴隷に仕事を用意する羽目になった。



「ってなことがありましてね」

「なるほどなるほど。イェーガー君、そっちのデカい筒も持ち上げてくれアルね」

「あ、はい……」

 今の運送ギルドは俺がブラッサムやアラバモで開拓した需要に一枚噛んで、景気はかつて無いほどのうなぎ上りで嬉しい悲鳴を上げている。

 食品の輸送に関してはランドルフ商会を経由しての依頼が多いが、新しい食材と調理法に新たな市場が連続して出現したことで、うちは馬車も人も足りない状況である。

しかし、それはあくまでも適性のある人材と運送ギルドの提供するサービスとして相応しい馬車の話だ。

 運送ギルドが擁する馬車は中世の技術レベルに似つかわしくない工学技術の結晶であり、普通の木造の馬車を数合わせで使うわけにはいかない。

 人材に関しても、素人に御者を、ましてや整備など任せられるはずもないだろう。

 奴隷たちをロドスに押し付けて全て解決、という具合には片付かなかったわけだ。

 中には適性のある連中も居たようで、運送ギルドの新人として引き取られたが、未だに数十人の仕事は決まっていない状態だった。

「そんなわけで、俺たちの手の届く範囲に彼らの仕事を用意しなければならないわけです」

「ふぅーん」

「難儀してますね~」

 まったくだ。

 このポンコツの修理に何日も掛かるとは思ってもみなかった。

「この醸造設備はいずれ何かに利用できないかと思っていたんですがね。ランドルフ商会のブラッサム支部でアーティファクトの油の圧搾機を見てから、同じアーティファクトのこいつを利用すれば、純度の高い甲類焼酎を俺の“醸造”の魔術無しで作れるのではないかと考えていましたし」

「ほぉーん」

「なるほど、奴隷たちを醸造所の職員として雇うわけですか。幸いこの設備は、ラファイエット教授の調査によると、人手は要りますが魔力操作の技術などが無くても稼働させられるものですしね」

 パイプ系統の組み立てが終わったので、次は強化魔法を使って大型部品を持ち上げ設置する。

「ホワイトリカーもどきの大量生産はいつかやらなければならないことですから、予定が早まっただけと言われればその通りなんですけど……俺は極力仕事を減らそうとしているのに、他人のために自ら新たな仕事をこさえる羽目になるなんて……何だか泣けてきますよ」

「へぇ~」

「クラウス君の思惑通りにはいきませんね~」

 筆頭家臣である以上、オルグレン伯爵家の新しい事業となるスピリッツの製造は、どう間違っても俺が全くタッチしなくていいことにはならない。

 最悪、俺が監督責任を負う部門になる可能性がある。

 俺はラファイエットのパシリという名の肉体労働を続けながらも憂鬱な気分になった。

「ラファイエット先生は魔法学校の仕事もあるのに、突然依頼を持ち込むようなことになって申し訳ありませんが……」

「私はアーティファクトとベヒーモスの魔石を弄れるだけで大満足アルね。こういうブツに手を出す際は必ず私に連絡するよう言いつけておいたアルが、君がきちんと約束を守ってくれたようで何よりアルよ」

「はっはっは、ラファイエット教授は相変わらずですね」

 魔法学校の授業は大丈夫なのだろうか?

 まあ、錬金術や魔法薬の教師は彼だけではないので、シルヴェストル教頭が管理する限りどうにかなるだろう。



「そもそも何故、今までクラウス君の手作りだったスピリッツを、大量生産に切り替えることになったのですか?」

「実はですね……先日、ランドルフ商会からカシスリキュールの試作品が……って、師匠!?」

「やあ、クラウス君」

 いつの間にかラファイエットの隣には筆頭宮廷魔術師のヘッケラー侯爵が現れていた。

 殺気や害意の類が無かったので、自然に話に入られても気付かなかった。

 レイアは黙々と薬品を混ぜて作業をしているが、ヘッケラーには既に気付いていたようだ。

 何か、納得がいかない。

「何してるんすか、師匠?」

「いえいえ、君がアーティファクトを修理して稼働させることと、ベヒーモスの大魔石を使うことを小耳に挟んだので来てみたのですが……どうやら他にも面白そうな話がありますね」

 早速、酒の匂いを嗅ぎつけてきたわけか。

「……とりあえず、こっちの醸造機の修理が先でいいですか? 今日で終わるはずなので。ですよね、ラファイエット先生?」

「計算通りアルね。今日中に試運転も終わらせて見せるアルよ」

「さすがはラファイエット教授。では、テスト稼働で出来た酒は毒見も兼ねて夕食で飲みましょう。カシスリキュールと一緒に、ね」

 ヘッケラーは厚かましくも夕食までオルグレン伯爵邸に居座るつもりのようだ。

 いつもの三倍は料理を出さなきゃならんな。



「で、クラウス君。一応、このアーティファクトとスピリッツについて説明してもらってもよろしいですか?」

 何故、錬金術や魔導の知識においてこの中で最下位の俺に聞くのかと思ったが、まあ俺の役割は口を動かしながらでも可能な作業だからか。

 ラファイエットは装置の修理の指揮、レイアは先ほどからパーツやら素材やらを黙々と調合している。

 俺はひたすらラファイエットの指示通りに大型のパーツを持ち上げたり支えたりするだけだ。

「俺も装置については大筋しか知りませんよ」

「構いません」

 些細なことでも気になるのか。

 学者の鑑だね。

「まず、このアーティファクトは初代オルグレン伯爵が人を集めてこの運送ギルドを立ち上げる前からあった物らしいです。醸造も蒸留もできる優秀な複合機器ですが、昔も自家製のワインやブランデーを作るくらいしか使い道が思いつかなかったらしく、使われずに放置されていたようですね。修理には動力源や資材、それに腕利きの錬金術師による調整が必要です。コストが掛かりすぎます」

「確かに、錬金術師はアーティファクトを触れるとなれば集まるかもしれませんが、この巨大な装置を動かすのに必要な魔石が問題ですか……」

「ええ、細かい資材はどうにかなっても、Sランクの魔物の魔石などそうそう手に入りません。俺の場合は運よくベヒーモスの大魔石が手元にありましたが」

 去年、ヘッケラーと一緒にサヴァラン砂漠まで出向いて倒したベヒーモスは、腹の中に数百個の小魔石――普通の魔物のものに比べれば十分大きい――と胸に自身のコアとなる大魔石を持っていた。

 腹の魔石は魔力補充用の魔晶石などに加工したが、大魔石の方は用途が思いつかず俺の魔法の袋に死蔵していたのだ。

 いずれラファイエットにこれを使って潜水母艦か重爆撃機でも作ってもらおうかなどと考えていたが、身近な平和利用の使い道があったようだ。

 今回の奴隷たちのための仕事がホワイトリカーもどきの生産に結び付いたときには、既にこのアーティファクトに魔石を組み込もうと考えていた。

「経緯はどうあれ、君は遺棄されたアーティファクトの復活に投資したわけですね。宮廷魔術師としては古代文明の技術の復興に貢献してくれたことを感謝しますよ」

「あの……それって面倒事は付いてこないですよね?」

「ああ、国や学者からの介入ですか? 商会規模だとそういうことも多いですね。自称錬金術師の有象無象や学者崩れの詐欺師が」

「マジっすか? ランドルフ商会の圧搾機は大丈夫かな? あれもアーティファクトだし……」

「ランドルフ商会の使用するアーティファクトや魔道具は、全て宮廷魔術師団に監査の届け出が出ていますよ」

 さすがはランドルフ。

 抜かりないな。

「この醸造設備の件はオルグレン伯爵家の存在だけでも大丈夫だとは思いますが、私が宮廷魔術師団の代表として専属になります。これなら安心でしょう?」

 安心、なのか……?

 ヘッケラーは完成品の酒の中間搾取がしたいだけではないのかね……。


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