12話 王都探索 後編
今回で王都探索編は終了となります。
次回から舞台はついに魔法学校へ。
ランドルフたちと別れた俺は魔道具店に来ていた。
今日はこの魔道具店と雑貨屋を見て休むことにしたのだ。
初日は夕方だけでブティックに冒険者ギルドに騎士団詰所にと忙しかったし、昨日は一日中厨房に立っていた気がする。
働き過ぎは体に良くない。
店に入るといかにも魔女といった風情の老婆が出迎えた。
「いらっしゃい。誰を呪いたいのかね?」
いきなり物騒なことを口走りやがる。
「呪いは結構ですので冒険者活動に役立ちそうなものを紹介してください」
「……そうさね、このお札は背中に貼っておくと、お仲間を呼び寄せることができるよ」
孤立した時のための発信機ってことか?
「アンデッドのお仲間をね。憎たらしい奴に貼りな」
ブラックジョーク乙。
だから呪いはいらねぇって。
「もうちょっと魔物との戦闘なんかで使えそうな一般的なものは?」
「……このペンダントは致命傷を受けたとき身代わりになるよ」
「ほう、それは素晴らしい」
「仲間が一人ランダムでね」
「…………」
「もういい、自分で見る」
「ごゆっくりご覧ください」
自分の付けた足跡に自動でパンくずを落とす弁当箱とか、魔物に捕捉されると猫の鳴き声を出すアイテムとか誰が買うんだよ。
この店はハズレかと思ったところで、ある商品コーナーに目を引かれる。
「これは……?」
「それは魔晶石だね。魔力をためておけば予備として誰でも引き出せるものさ。容量は標準的なもので中級魔術師の総魔力量程度だね」
モバイルバッテリーということですね、わかります。
しかし一つ金貨10枚とは高い。
俺の魔力量は上級魔術師の平均をはるかに超えていることが、魔術教本と魔術を撃てる回数のすり合わせで実証済みだ。
いや、正確に言えば普通の上級攻撃魔術を連発したところで底が見えないため、計測はできていないと言っていい。
とはいえ、いくつか用意しておけば保険になるだろう。
「魔晶石の原料は魔石だからね。魔術師が使えるものを作るとなると結構強い魔物から取らなきゃならない。だから高いのさ。もっとも魔石さえ準備してくれれば格安で作ってあげられるけどね」
Ktkr、魔石売らないでよかった。
標準品と同じくらいの大きさの魔石を10個ほど取り出す。
「ほうほう。これはなかなかのものだね。あんたの魔力量がどれくらいで全快になるかはわからんが、これなら標準品以上のものを作ってやれるよ。加工代は10個全部で……金貨5枚でどうかね?」
完成品を買った場合の20分の1だ。
「お願いします。どのくらいで出来ますか?」
「3時間ほどで出来ると思うね」
「ではよろしく」
次の店に向かうため魔道具店を出る。
まだ串揚げを発売していない屋台で軽い昼食を取り、雑貨屋へ足を向けた。
「いらっしゃいませ~」
店員は挨拶以外の声をかけてこない。
前世のコンビニと同じく適当に商品を見て自分でレジに持って行けということなのだろう。
品揃えは……まあ、可もなく不可もなくといったところか。
魔道具に近いものも、火種を出すものや簡単な洗浄をしたりするものはあったが、どれも故郷で商隊から入手できたものと変わらない。
まだ、それほど消耗していないので補充する必要はないだろう。
包帯やタオル以外に特に目ぼしいものはなく、ほとんど時間をつぶせなかった。
仕方がない。
武器屋を見に行くことにするか。
「らっしゃい!」
いかにもRPGに出てくる武器屋といった風情で、筋肉の塊のような親父が奥でハンマーを振るっていた。
剣は今のところ買い替えなくてもいいだろう。
俺は槍と弓のコーナーに向かった。
投げ槍は木製の柄に石を削って括り付けたものを複数所持しているが、ここの製品は金属の刃を持っている。
刃の光沢が鈍く値段は賤貨2枚と安価であることから、安上がりな原料の使い捨てとも取れるが、穂先の造りは手間を惜しんでいるようには見えない。
「賤貨2枚の品にここまで手をかけるとは……良心的な店のようだな」
10本ほど手に取り店主のもとに向かおうとしたところで、ふと弓のコーナーに珍しいものを見つける。
「クロスボウか」
弓は幼いころから狩猟で使っていたが、前世日本では機械弓やボウガンと呼ばれる複雑な構造の兵器までお目にかかれるとは思ってなかった。
このクロスボウは銃床を折り曲げて、てこの原理で弦を引くタイプらしい。
木製部分は現代の銃と同じくクルミ材で、金属部分は実用重視の武骨なつくりで鋼製だ。
少々重いが片手で構えられなくもない。
「(買うか)」
即決した。
ワイヤーロープのような予備の弦と50本ほどの金属製の矢と一緒に抱える。
「すみません、これください」
「はいよ! 金貨1枚、銀貨5枚、白銅貨2枚、銅貨5枚だ」
「どうも」
支払いを終えた武具を魔法の袋にしまったところで武器屋の親父が話しかけてくる。
「兄ちゃん、魔法学校の学生だろ」
「まだ学生になれると決まったわけじゃありません。試験は明日ですから」
「がっはっは! 心配すんな。そうそう落ちる奴はいねぇよ」
「はあ」
「……父さん」
声のしたほうに視線を向けるとそこにいたのは小柄な少女だった。
「アン、もしかして……」
「うん、使える」
少女はじっとこちらを見ている。
実は先ほどから魔力を探るような気配がしていたが、その相手が少女だったのは意外だ。
「?」
訳が分からず首をかしげると武器屋の親父が説明する。
「なあ、兄ちゃん。ちょっとばかし頼まれてくれねえか? 報酬は出すからよ」
「何です?」
「実は今、魔剣を打ってるんだが、娘が魔力を使い果たしちまってよ。今日中に終わらせたいんだが回復するまでには時間がかかる。代わりに魔力を注いでほしいんだ」
魔力付加武器のことは本で読んだことがある。
魔石を埋め込んだ武器で、魔術の力量に関係なく属性魔術を纏った攻撃ができる代物だ。
衝撃波やら剣閃やらを飛ばせるものもあったな。
自分が使うかはわからないが見ておいて損はないだろう。
「いいですよ。魔力付加武器の製造なんてやったことないから、どこまでできるかわかりませんが」
「おお、ありがてえ。心配ねえ、娘が手順は教えるから」
「…………案内する」
アンという武器屋の親父の娘は無愛想だったが、教え方は悪くなかった。
「そう、そのくらい凝縮した魔力で刃を覆う準備を。…………今よ。今度は冷却と同時に魔石部分に注ぎ込んで。……そう、ゆっくりと」
5本ほど打ちあがったところで作業を終えた。
「いや、助かったぜ。急に魔剣の注文がどっさり来ちまってな」
「穏やかじゃないですね。何か事件でもあったんですか」
「何だ、知らねえのか? やばいアンデッドが出て冒険者が大勢ボコボコだって話だぜ」
今朝ワイバーン亭の大将が言ってたあれか。
アンデッドということは、死体はすべて燃やした自分には関係ないだろう。
「ああそういえば、今朝聞きましたね。それにしてもアンデッドですか……」
「ま、それはそうと兄ちゃんには礼をしないとな。とはいえ、さっきの買い物の代金を返すのもなんだしな……こいつを受け取ってくれ」
そういって親父が渡してきたのは、1.5mほどの両手剣だった。
刃渡りはぎりぎりバスタードソードといえるくらいだが、刃幅は若干広い。
柄は柄頭も含めてより大柄に作られており、2mを超える物も珍しくないツーハンデッドソードと比べても遜色ない。
「このくらいの大剣が兄ちゃんには一番合ってるだろう。兄ちゃんの見込みと魔力ならそのうち片手でも振えるようになるのは確実だ」
「なぜ俺に最適だといえるんですか?」
「そりゃ長年武器を扱ってりゃ身のこなしである程度分かるようになるさ。兄ちゃんは刀を使うくらいだから狙いすまして精密且つ強力な一撃を放つのが得意だ。だがスピードよりパワー、先制よりわずかにカウンター寄りの戦法。それなら大剣が一番だ」
言われてみるとその通りかもしれない。
この大剣も初めて持ったにしては不思議なほど手になじむ。
故郷ではもう少し小型のクレイモアも訓練したが、バランスが悪かったのかあまり手に馴染まなかった。
だが、これなら片手剣や日本刀と同じくらいのレベルまで、より早く熟練できそうだ。
「ちなみにその刀身の材料は魔導鋼って言ってな。魔力を纏わせて技を繰り出す――いわゆる魔力剣だな――こともできるし、魔導鋼の刀身を芯にしてほかの金属を重ねて打っても物理的な使い勝手が変わりにくいんだ。強化の幅も広く、使い手によって全く違う武器になる」
魔力剣か……。
商隊から買った本に書いてあったので俺も扱える技術だが、鉄の剣では大した効果はないうえにすぐに壊れてしまう。
ミスリルの剣なんかが手に入ればいいのだが、さすがに辺境で全く出回らないだけあって値段も相当なものだ。
手作りの使い捨ての剣ではなく、魔導鋼の武器で魔力剣の訓練ができるのならば、こんなに幸運なことはない。
しかし、俺には一つ懸念があった。
「これ、相当高いんじゃ……」
「そんなこともねえさ。さっき打った魔剣のほうが値は張る。この大剣は使い手がボンクラだと役立たずだからな」
そうはいうものの、賤貨2枚の投げ槍にまで、あれほど技術を詰め込む親父さんのことだ。
この大剣クラスのものをほかで買ったら目玉の飛び出るような金額のはず。
「ああ、ただひとつ条件があってな。こいつの打ち直しは俺のところだけでやってくれ」
「ん。うち以外では手に負えない」
これだけ見込んでくれているのなら、受け取らないのはかえって失礼だな。
いい店を潰させないためにもちょくちょく買い物に来よう。
「ありがとうございます。また来ますね」
「おう! どうぞご贔屓に」
「……ご贔屓に」
大剣という価値の高すぎるおまけを“倉庫”に仕舞い、出来上がった魔晶石を受け取り宿に戻ったころには日が落ちかけていた。
「ん?」
ロビーでは女将さんが舟を漕いでいた。
珍しい。
そういえば今日は忙しかったのか。
「…………はっ、い、いらっひゃい」
噛みよった。ワロス。
「だいぶお疲れのようですね」
「何だ、あんたかい。びっくりさせないでおくれよ」
「……今朝の冒険者たちの件ですか? 確か原因はアンデッドだとか」
「まあね……まったく、冒険者ったって命はひとつだ。危ないと思ったら逃げる! 鉄則じゃないか。騎士団との大規模合同作戦だか何だか知らないけど、死霊に殺されてんじゃ割に合わないよ!」
女将さんは思ったより情に厚いようだ。
誰だ、守銭奴なんていったやつは?
私です、サーセン。
「そうですね」
「…………あんたも予定がなきゃ参加してたかい?」
「俺はEランクですよ」
「……そうだったね」
だいぶ気が滅入っているようだ。
何か甘いものでも持っていたら渡したいところだが、生憎リキュールすら大して作れないほど砂糖の在庫は少ない。
まあ、市場を見た限り故郷よりは格段に入手しやすい環境なのは間違いない。
差し入れは、それまで待ってもらうか。
王都へ来てはや三日。
色んなことがあった、いやありすぎた。
まさか上京して二日日で飲食業のビジネスに着手するとは思っていなかったが、人脈も思いのほか広がったし結果オーライだろう。
明日はいよいよ王都魔法学校の入学試験だ。
前世の大学受験と違い大した準備はしていないが、あの時以上に気分は高揚している。
魔法学校。
冒険の始まりとして不足はない。
俺は今度こそ全力で生き抜くと決めた。
俺の物語の段階はまだプロローグに過ぎない。
武器屋で使った金額の内訳はクロスボウが金貨1枚と銀貨5枚、投げ槍が賤貨2枚×10で銅貨5枚、予備の弦が白銅貨1枚、矢が10本セット銅貨2枚×5セット白銅貨1枚です。
このクロスボウはそこそこ高級品の設定で(拳銃でいえばデザートイーグルあたり?)大体1,500ドル=金貨1枚と銀貨5枚くらいです。