117話 近衛騎士団
投稿間隔が空いてしまい申し訳ありません。
胃腸炎とハードスケジュールのダブルパンチから、ようやく復帰しました。
更新を再開いたします。
「「「「「…………」」」」」
「あの、ニールセン団長。これは……?」
ヘッケラーに戦利品の絵画の件でアドバイスを受けた俺は、早速王城に居る近衛騎士団長のニールセンを訪ねたわけだが、何故か通されたのは騎士団の訓練場だった。
王城の離れの中庭のような場所を広く使った、集団戦の演習もできる無駄に広い施設だ。
射撃場にしたい……。
団長のニールセンが練兵場に居るのは全くおかしなことではない。
しかし、今日の俺は世間話をしに来たわけではないのだ。
こんな人目の多い場所で出す話題でもない。
とりあえずアポイントだけでも確保しようと思いニールセンに話しかけたのだが、上手いこと言いくるめられて訓練場の中に連れ込まれてしまった。
そして、目の前に並ぶのは近衛騎士団の中でも新入りと思わしき連中だ。
さすがに新兵ということはないが、玉座の間や国王が外出する際の付き添いで見た連中に比べると些か見劣りする。
不遜でこちらを見下した表情が散見するのもいただけないな。
近衛は騎士の中でもエリートで、下らないプライドや先入観を持つ者は少ないという印象だったのだが……まあ、鼻っ柱の強い新人はどこにでも居るものか。
「雷光の、折角ここまで足を運んでくれたのだ。ちょうど部下たちも訓練の準備は整っている。貴公も少しばかり参加していかぬか?」
「いや、遠慮しま……」
「集団であろうと巨大な魔物であろうと単独で薙ぎ払う貴公の剣、是非とも我が近衛騎士団にも教授いただきたい」
「いや、俺の剣術自体は父に習った王国騎士の型ですから、基礎は皆さんと同じ……」
「警備隊の訓練にはよく参加していたのであろう? 我々も良いではないか」
「それは魔法学校の1年のときの話です」
どうにも帰してくれそうにない。
っていうか、何故このタイミングなんだよ……。
用があるって言ったろ。
「某も新調した槍を試してみたいのだが……」
「いや、訓練で本物の魔槍なんか使うなよ……って、ちょっと待て! それ、呪いの武器じゃねぇか!」
ニールセンがくるくると回している槍は、俺が所有する呪いの魔剣ダーインスレイブ並みにヤバい気配を放っている。
「うむ、貴公とオルグレン伯爵が討伐したエンシェントドラゴンの牙をそのまま補強して誂えた魔槍だ」
腕利きの鍛冶師が鍛えたオリハルコンに匹敵するエンシェントドラゴンの大牙。
直撃すれば俺のガルヴォルンの鎧も貫くだろう。
尋常じゃない貫通力を持った、これまた現代では最高水準の魔槍だ。
おまけに瘴気も完全に除去せずに加工し、制御する術式を柄や接合部に施すことで呪いを付与する効果もあるそうだ。
まかり間違っても訓練で使うものではない。
「付き合いませんよ。そんな危険な武器の実験」
「ううむ、残念だ。貴公になら試しても大丈夫だと思ったのだが……」
ふざけやがって。
俺を頑丈な的扱いしようってか。
「せめて部下だけでも頼む。この者たちも高名な雷光の聖騎士の指南を期待している」
結局、断り切れなかった。
こういうところ日本人だな。
しかし、何かが妙だ。
ニールセンはここまで強引に俺を巻き込んで何がしたいんだ?
近衛騎士団の面々は後ろに金ピカ鎧を着せた案山子を庇い、俺を囲むように横並びになった。
今回の訓練は彼らが最も力を入れている玉座や要人を襲撃から守るシナリオでいくらしい。
近衛騎士団の任務は刺客を足止めもしくは排除すること。
俺は騎士の壁を突破するなり殲滅するなりしてから要人を攻撃すれば勝ちだ。
「襲撃者は毒矢などの飛び道具、魔道具、潜入や買収などの工作と、あらゆる手段を用いて敬語対象の命を狙ってくるが、この襲撃者に対して壁となり防御態勢を崩さずに連携して攻撃する訓練は近衛騎士の基本だ。他の兵士や騎士における素振りや模擬戦と同じと言っても過言ではない」
ニールセンが説明してくれる。
要は、他のシチュエーションを想定するのもいいが、そもそもこの襲撃者を待ち構えて展開した状態から戦えることが最低限必要というわけか。
「さて、雷光の。貴公ならどう攻める?」
ニールセンは自信満々だ。
確かに、この布陣でしっかりと囲まれては突破しにくい。
いきなり訓練のガイドラインの根幹を問うような真似をするなんて、あのおっさんもなかなかに大人げないな。
こっちは警護に関しては素人だぞ。
「まあ、いいです。試してみましょう」
俺は右から回り込み、最前列の騎士に接近した。
木剣で一撃だけ打ち合い、そのまま押し込んで相手の腕を掴む。
「ぐっ……」
膝蹴りを腹に打ち込み、肩関節を極めて拘束しながら、前方の別の騎士を盾の上から蹴り飛ばす。
「ごっ!」
数人を巻き込みつつ後退した盾持ちの騎士を尻目に、肩を極めていた騎士をそのまま投げ飛ばした。
自分の腰を捻り込みつつ柔道の要領で相手を浮かせ、そこからは柔術の関節を極めた状態での投げを打つ。
これだけなら最短距離で転がしつつ関節にダメージを与える古流の柔術にありがちな技だが、俺は投げモーションの半分ほどで一気に挙動を大きくし、振り回すように騎士を投げつけた。
言葉にすると長いが、一人の人間を投げ飛ばすのは一瞬である。
前世なら、反射神経の面でも腕力の面でもまず不可能だった動きだ。
「げぁっ!」
「ぬぐ……」
二連続の破城槌で騎士の波は割れた。
弱い。
やはり、近衛とはいえ新人は俺に対する唯一の強みである数を活かしきれていない。
このまま突破すれば俺の勝ちだが、それでは彼らが何も学べない気がする。
そんな方法で終わらせてしまっていいのか悩んだ。
俺が逡巡している間に新人騎士たちは隊列を組み直し、ようやくリタイアした連中の穴を塞いだ。
「ふっふっふ、どうした? 雷光の。さすがの聖騎士も我々の連携の前には手も足も出ぬか?」
この野郎。
俺が仕切り直しにしたのは分かっているだろうに。
本当に俺が襲撃者なら全員焼き払っている。
「ほう、雷光の。どうやら貴公が襲撃者だった場合、まだ奥の手がありそうだな」
どうやらニールセンは俺がもう少し本気を出すことをお望みのようだ。
妙な煽り方をするものだ。
ここは素直に乗ってやるべきなのだろうか?
「いいんですか?(新人相手に……)」
彼らの心が折れても俺に損害は無いが、ニールセンの部下である以上は雑に扱うのも気が引ける。
「やってみるがいい」
もうどうなっても知らん。
いや、さすがに騎士たちを後遺症が残るレベルでボコるのはマズい。
火魔術で焼き払うのは駄目だ。
とはいえ、“放電”でまとめて気絶させても、俺にしか使えない特殊な魔術ではあまり訓練にならないだろう。
俺への対策に特化したところで意味は無い。
って、俺が教育効果に頭を悩ませるのも変な話だ。
俺は近衛騎士の壁に向き直った。
「手前ぇら、覚悟はいいか?」
俺は先ほどまでは微弱だった強化魔法を改めて発動しつつ、腹の底と喉元の魔力に意識を集中した。
「ぶっ殺すぞ、オラァ!!」
強化咆哮は一時的に強化魔法を超えるほどの身体強化を誘導する――俺の場合は仲間も強化できる――獣人の戦士の一部が使う技術だ。
自分の身体魔力の消耗も激しく効率は良くないが、周囲の浮遊魔力ごと引き寄せ制御下において、たとえ『マナディスターブ薬』などで魔力の制御を乱されても強引に魔術を発動できる。
一昨年の事件で初めて使ってから俺も図書館でいろいろと調べていたのだが、使い方次第では浮遊魔力の影響が普段と違う場所での切り札になる。
王国内には浮遊魔力の濃度が広範囲にわたって著しく違う場所はほとんど確認されていないが、これからどのような場所に赴くことになるかはわからない。
その時に備えて練習していたわけだが、単純に強化魔法の重ねがけとしても強化咆哮は十分強力なスキルだ。
あまり多用すると筋肉痛になりそうだが……。
「え、消え……べっ!」
「ひゅお……」
結局、強化咆哮で底上げされた俺の身体能力に付いてくることができる者は居らず、模擬戦の結果は一方的な蹂躙となった。
殺気をまともに浴びても戦意を喪失しなかった彼らを褒めてやりたいくらいだ。
必死に槍を突き出す抵抗も空しく、騎士たちは俺の木剣や蹴りに鎧を破壊されて地面に叩きつけられることになった。
「ふーむ、これは一方的にやられたな」
「警護の素人の俺をいきなり近衛騎士団特有の訓練になんて……。大人げない真似をするからですよ」
「大人げないのはどっちだか……いや、貴公はまだ13だったな」
まったく……。
呆れる俺を尻目に、ニールセンは意識を取り戻した騎士たちに向かって口を開いた。
「さて、皆もよく分かったな。『雷光の聖騎士』は騎士団の精鋭を鎧袖一触にする実力の持ち主だ。ドラゴンの皮を被った魔王のようなものである。我々の職務に完璧は無い。しかも、イェーガー将軍は特殊な魔術を決め手にすることなく白兵戦で我らを下した。常に理不尽な脅威を想定し警護対象を守る術を……」
ニールセンが何やら説教を垂れている。
これがやりたかったのか……。
それとも俺を魔王扱いしてディスりたかったのかね。
いや、よく見れば訓練が始まる前は俺を舐めていた連中も顔を引き締めている。
新人の鼻っ柱は折れたようだ。
「だが! お前たちも見たであろう。聖騎士が相手とはいえ、連携して防御を固めれば本気を出さないうちはある程度の足止めが可能だ。お前たちの練度が上がりこれが二倍の時間になったら? 三倍なら? それが警護対象の命を救える確率にどれだけ寄与できるか、よく考えてみることだ」
ニールセンは一通り演説を終えると俺のところに戻ってきた。
「雷光の、今日は世話になったな」
「いや、まあ正直面倒でしたけど……わざわざ本来の訓練の時間を削ってまで俺を強引に連れてきて、こんな派手にやる必要があったので?」
「うむ、強いて言うなら貴公が持ち込んだ『軍務局関連の仕事』に対する不安要素を取り去ったまでのこと」
ニールセンは俺の用件に気づいていたようだ。
この件で俺たちが連携すれば、俺が捕まえた盗賊と戦利品から辿れる貴族や有力者は、当然ながら俺やニールセンの周囲にちょっかいを掛けてくる。
「(近衛に内通者が居ると?)」
俺は声を潜めて質問した。
正直、団長のニールセンに直接聞くのも憚られるような内容だ。
「(貴公も見たであろう。新人があのように腑抜けたままでは、気付かぬうちに……などということになる可能性が無きにしも非ず。それに……)」
「(それに?)」
「(貴公に逆らうのは得策ではないことを理解させたかった。部下の不始末の責任を取るのも某の仕事の内だが、貴公と事を構えることになったら胃が持たん)」
俺を王城の人間の目の付く場所で暴れさせたのも、近衛騎士団の新人に気を引き締めさせたのも、例の盗賊関連の対策の一部だったというわけか。
まあ、俺が力を示すもの新人騎士が気を引き締めるのも、敵の活動を間接的に阻害することにはなる。
こういうのは俺が直接手を下すのではなく処理してほしい問題だがな……。
「何でわざわざ慌ただしい時期にと思っていましたが……あんた、食えない人っすね。いいように使われましたよ」
「少ない労力で最大の成果を上げたと言ってくれ。某の部下の士気を上げるための工作はほんのおまけだが、軍にとっては何物にも代えがたい財産なのだよ」
確かに、騎士たちは休憩に入るはずだが先ほどよりも表情が引き締まった気がする。
抜け目のない人だ。
「うむ、相分かった。軍務局には某から話を通しておこう」
「お願いします。俺ではチンプンカンプンなので」
近衛騎士団との訓練という名の調教が終わり、俺が盗賊から入手した絵画は無事にニールセンの手に渡り片付いた。
例の絵画はやはり全てが歴史のある有名画家の作品で、貴族や有力者から盗まれたものだった。
ニールセンは全ての画家の名前を挙げてプチ美術史教室を開催してくれたのだが、残念ながら俺にはさっぱりだ。
俺に説明しつつ書き上げた報告書には、全ての絵画の事細かな情報が記載されている。
今まさに王宮の侍女に手渡された報告書が軍務局に届けば、内偵や何やらは全て上の方で処理してくれるだろう。
「では、俺はこれで失礼します」
「まあ、待て。雷光の」
俺は近衛騎士団長として忙しいニールセンの前を辞そうとしたのだが呼び止められた。
「どうしました?」
「この絵画だが……軍務局の検分が終わったら、某に売ってくれぬか?」
ヘッケラーに聞いた通り、やはりニールセンは絵画やら芸術品に目が無いようだな。
俺は快諾しようとしたが、ふと気になったことを尋ねた。
「それって公僕的には大丈夫なんですか? 盗賊を倒して手に入れたとはいえ、金貨などとは違って出所や所有者がはっきりしているのでしょう?」
「ああ、基本的には持ち主に返す。取り返した者が騎士や軍人だった場合、冒険者よりも謝礼の額は少なくなるのが通例だ。しかし……この絵の持ち主は、ほとんどが亡くなっているのだ」
なるほどね。
歴史のある絵画がようやく盗品として見つかったということは、被害者はとっくにお陀仏か。
「遺族は?」
「この絵の所有者だった家で残っているものは……二箇所だけだ。あとは貴公が自宅に飾るも売り払うも自由なのだ。本当はこのような横紙破りで売ってくれと頼むのは、よろしくないことなのだが……」
まあ、後々問題が出てこないのならばいいか。
「いいですよ。でも、ニールセン団長が自分で使うものなら金は結構です。売っ払うものなら利益は山分けで」
「いや、それはさすがに申し訳ない……」
「今後も美術品を手に入れたらロンダリングを頼むかもしれないので」
「ろん……? まあ、いい。わかった。今後ともよろしく頼む」
言質は取った。
俺はニヤリと口元を歪めると、早速とばかりに魔法の袋をひっくり返し、机の上にドサドサと中身をぶちまけた。
「お、おい。これは……」
「去年のベヒーモス討伐の途中と件の盗賊などなど。ゴミ掃除の収穫の中で、美術品としての価値がありそうなもの全てです」
どれもただの金や銀として売るには勿体ない装飾を施された財宝だ。
小さい店なら開けそうな膨大な量に、ニールセンは一瞬たじろいだ。
「……金細工に銀細工、宝飾品か。まあ、貴公や白魔のよりは詳しいだろうが……」
「じゃ、お願いしますね~」
「ちょ……」
あの金銀財宝の中には冒険者ギルドで処分しても変わらないものもあるだろうが、見分けのつかない俺が選り分けるよりニールセンに頼んだ方が確実だ。
このおっさんは横領なんて考えるタイプじゃない。
気に入った絵の分は働いてもらおう。
訓練に巻き込んでくれた礼も兼ねて、いい意趣返しができた。