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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
114/232

114話 勇者就任パーティー 後編


「む、こっちは揚げ物か」

「ほう、最近流行りの……」

「いい香りだ」

「ちょっと小さくないか?」

 招待客たちが丸茹でのリッパークラブを一通り味わい、カニクリームコロッケの皿に興味を移し始めるタイミングを見計らって、再びフィリップが口を開いた。

「ご覧の通り、もう一つの料理はリッパークラブを使った揚げ物、カニクリームコロッケです。リッパークラブの旨味を抽出したとろみのあるソースに、衣を付けて油で揚げたものです。どうぞご賞味ください」

 フィリップもカニクリームコロッケは初めて食卓に出したときからお気に入りだったな。

 招待客への説明を終えると、自らもテーブルに大股で近づき、コロッケを自分の皿に大盛りにして頬張っている。

 早く食いたいのはわかるが、料理の説明のときカンペを堂々と読むのは止めような。

「これは美味しい! カリッとした衣と、中のぽってりとしたソースが舌に絡みつく感触は官能的だ。リッパークラブの旨味が凝縮されているのに生臭さを感じさせない。濃厚なホワイトソースが絶妙に香りを包み込んでいるんだ」

 ヘッケラーのグルメレポートに安堵の息を漏らしつつ、俺もカニクリームコロッケを頬張った。

「はふ……美味っ」

 カニ缶で作ったものより蟹の風味が濃厚な気がするな。

「相変わらず伯父様、よく食べますね」

「うむ、あれでも義兄上は若い頃に比べて食が細くなったのだが……」

「本当ですか!?」

 グレイ公爵は若い頃のヘッケラーを知っているんだな。

 二十代の頃にどれだけ食べたのか聞いてみたい気もする。



 フィリップはリッパークラブの販路に関して、ランドルフ商会のことを軽く説明した。

 貴族たちはかなり浮足立っているようだ。

 落ち着いているのは、既にある程度の話が通っていたトラヴィス辺境伯一門くらいだな。

 しばらくは形が綺麗なまま倒した蟹が高く売れそうだ。

 招待客が一通りカニ料理を味わったところで、再び使用人たちが大皿を次々と運び入れてきた。

 皿には焼肉が山盛りだった。

 一切れが小さなステーキくらいある。

 これはレッドドラゴンの肉か。

 大量に肉を焼くために小さく切り分けたようだが、それでも口に入れてみればちょうどいい焼き加減になっているはずだ。

 うちの厨房スタッフなら、それくらいのことはやってのけるだろう。

「(クラウス)」

 フィリップがまた口上を垂れるのだろうと思っていると、彼は俺を引き寄せて耳打ちをしてきた。

「(どうした?)」

「(会場の真ん中の台が空いているだろう?)」

 フィリップに言われた場所を見ると、ドラゴンの焼肉の皿を並べたテーブルで囲むようにして、一つの大きな台座が未使用の状態になっている。

「(あれにレッドドラゴンの首を載せるのだ)」

「(……なるほど)」

 確かに、派手な深紅のレッドドラゴンの首を飾れば、あの料理の材料がドラゴンの肉である信憑性が増すとともに、演出としてもこの上ないほど盛り上がるだろう。

 俺はフィリップに頷き返し、台座に近づいた。

「(ん? あれは聖騎士の……)」

「(イェーガー将軍か?)」

 俺に注目が集まるのは何となく居心地が悪いな。

 早く役目を終えてしまおう。

「ほれ」

 俺は魔法の袋からレッドドラゴンの首を取り出し、台座にドスンと載せた。

「うぉっ」

「あ、あれは……」

「レッドドラゴンの、首……」

 招待客が唖然とする中、フィリップが進み出た。

「皆様、改めまして。本日は私の勇者就任パーティーのお越しいただき、ありがとうございます。既にお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、今宵の宴の食材は、私の家臣であり戦友の聖騎士クラウス・イェーガーが調達したものでございます。リッパークラブのみならず、彼はこの栄誉ある宴に花を添えるため、レッドドラゴンを討伐してきたのです」

 一瞬の間をおいて、会場は歓声に包まれた。

「「「おおぉー!」」」

「凄い! 本物の竜の首だ!」

「あの聖騎士がドラゴンを倒せるって、本当だったんだな」

 フィリップは過熱するゲストたちを手で制し続けた。

「私の勇者就任パーティーは、友人の助力と皆様の温かい声援のおかげで輝かしい門出とすることができました。思えば、クラウスはいつも私を助けてくれました。去年のエンシェントドラゴンの討伐も彼の協力が無ければ、私一人では決して成しえなかったことでしょう」

 会場の全員がフィリップの言葉に耳を傾けている。

「クラウスの功績には報いなければならない。しかし、この男は常に私のために剣を振るってくれると言う。叙爵の話を蹴ってまで、勇者たる私の茨の道を共に歩き、背を守ると誓ってくれたのです。身勝手ながら、その厚意を無下にはできない」

 フィリップは一呼吸おいて、胸を張って宣言した。

「私フィリップ・ノエル・オルグレン伯爵は、聖騎士クラウス・イェーガー将軍を、オルグレン伯爵家の筆頭家臣に迎えたいと思います」

 …………………………………………ほぇ?

「「「「「うおおぉぉぉ!」」」」」

「素晴らしい! 爵位よりも遥かに価値のある地位だ」

「すげぇぞ! 勇者の側近ってことじゃないか!」

「千年ぶりに誕生した勇者に、歴代最強の聖騎士。王国の未来は安泰だ」

「王国に栄光あれ!」



 何やら熱狂しているが……え、俺の役職が筆頭家臣?

 それって、トラヴィス辺境伯家でいうとクロケット準男爵のポスト……んん? ちょっと待てよ。

「なあ、フィリップ。筆頭家臣ってことは、エドガーさんやロドスさんより……」

「うむ、貴公の方が立場は上だ」

 もしかして……嵌められた?

 見回せば、レイアたちオルグレン伯爵家の一族も、エドガーはじめ家臣や使用人たちも、笑いを必死に堪えている。

「よかったわね、クラウス。大出世じゃない」

「これで辺境の領主にならなくて済みますわよ」

「ぶはっ、策士策に溺れているのです」

「クラウス殿も仕官手続きまではよく頑張ったと思うのですが……」

「まあ、妥当であるな」

 待て待て。

 それって責任とか責任とかヤバい立場じゃないか。

 あと、ファビオラは後で絞める。

「ち、ちょっと待て。俺の仕事はランドルフ商会との橋渡しと馬車の整備、たまに護衛って話じゃ……」

「うむ、それは変わらんぞ。ただ……筆頭家臣として任命したからには私の名代としての権限を持つ。今までは私が決裁していたものも、多くは貴公の裁量で決められるようになるというわけだ」

 フィリップは満足気な表情で続けた。

「家臣団の再編は必要だったからな。とはいえ、エドガーやロドスには長年任せてきた仕事がある。能力があって個人として信頼できる人材はそう簡単に見つからん。貴公の存在はまさに渡りに船だったわけだ」

 い、今更持ち上げたところで……。

「だみゃしたな……」

 ショックで呂律が回らない。

 よろよろと後退りするが、後ろからポンと肩を叩かれた。

「クラウス君、諦めなさい」

 ヘッケラーが口元をヒクつかせて噴き出すのを我慢している。

 後ろのグレイ、デヴォンシャー両公爵父娘もトラヴィス辺境伯一門も、他にも招待客で来ていた近衛騎士団長のニールセンや魔法学校のシルヴェストルとラファイエットに至るまで、事情を完全に理解している顔だった。

 こいつら全員グルか。

「イェーガー殿、君ほどの人物が末席などあり得ぬよ」

「クラウスさん、これからよろしくお願いしますね」

「文官の先輩として、君にいいことを教えよう。宰相として昼夜問わず働き続け、編み出した方法なのだが、片目を交互に瞑って休ませれば、書類は永遠に処理し続けられるぞ」

「その絶望した表情……いいですわぁ」

「知らぬは本人ばかり、で御座るな」

「今後のご活躍を期待しております」

「ドラゴンの討伐、死ぬ気でお手伝いした甲斐があったっす」

「雷光の、貴公がただの料理人は無理があるぞ」

「イェーガー君、おめでとうございます。仕官先が決まりましたね」

「泣き終わったら、さっさと魔剣を持ってくるアルね~」

 救いは無かった。

 俺は転生しても気楽な身分は手に入れられなかったらしい。

 勇者の側近で名代。

 柵、責任、タカり、妬み、残業がてんこ盛りだ。

「のおおぉぉぉぉぉ~!」





 後日、オルグレン伯爵邸にて。

「なあ、フィリップ」

「ん? 何だ」

「あの演説、大分盛ってないか?」

「ああ、エンシェントドラゴンのことか。まあ、私が主導という話になっているのは申し訳ないが……」

「そりゃ別にいいんだよ。どう考えたって勇者の君を主役に据えた方がいいだろう」

「では、何だ?」

「……このパーティーのためにレッドドラゴンを倒しに行ったことにしたのはともかく、俺が君のために剣を振るうとか、叙爵を蹴ってまで共に歩むとか……あのこっ恥ずかしいやつだよ!」

「ああ、あれか。カーラが書いた」

「カーラさんが?」

「うむ、彼女は10歳に満たない頃から、文官教育のための過程をマスターしてしまうくらいの才媛だ。留学先も文学や法においては他の追随を許さぬ優秀な学院らしい。そんな大陸中の優秀な頭脳を集めた機関も、彼女は二年で全ての過程を修了してしまった」

「へぇ、頭いいんだな。(現代なら国際弁護士レベルか)」

「そうとも。あの程度の演説の台本を作るくらい、彼女にとっては朝飯前ということだ。……彼女が急いで帰国したのは、一昨年去年と引き続き私が危険な目に遭い続けたからだ。戻ってきて早々縋ることになるとは、何とも申し訳が立たないが……」

「なるほどね~。そんな天才が、よくフィリップみたいな筋肉バカに惚れたな」

「……カーラ!」

「はーい」

「そういえば最近、自然科学の分野にも興味があると言っていたな?」

「ええ」

「そこのクラウスは、宮廷魔術師団の研究者たちが足元にも及ばないほど、自然科学に精通している」

「っ!」

「自然科学の知識を応用した魔術も開発しているし、未知の毒薬を数えきれないほど作り出していたな」

「まあ、そうなのですか。クラウスさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「いくらでも答えてくれるそうだ」

「ちょ、ま、フィリップ!」

「お時間は取らせませんよ」

「うむ、すぐに済むだろう。(カーラは一度気になったことを調べ終えるまで、睡眠もとらずに図書館に篭り切ったこともあるそうだ。長くなるぞ)」

「てめ、このヤロ……」

「では、クラウス。カーラのことを頼んだぞ」

「のぉー! 研究バカの学者に付き合うのは嫌じゃ~!」

 こんな会話があったそうな。


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[気になる点] いくら友人相手とはいえ、さんざん嫌ってた地位やらに大人しく従うの? 聖騎士の暴れられたらやべーから敵にならないようにしとこって趣旨からも外れるような いやまあ士官って言い出したとこから…
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