110話 久々の王都
ランドルフのキャラバンは一気に人数が膨れ上がったが、どうにか人が欠けること無く王都まで戻って来た。
盗賊に襲われた奴隷商人の商隊から救出できた奴隷は約三十人。
さらに盗賊団の捕虜が四人だ。
馬車をそのまま回収して使えたので、護衛の冒険者たちに御者の仕事が増えたが、盗賊退治の収穫から分け前を渡しているので不満の声は上がらなかった。
最初は俺が単独で盗賊を全員始末したことを理由に受け取らなかったが、今回の盗賊は決して強敵というわけでもなく、冒険者たちだけで始末できない相手ではなかった。
ランドルフや奴隷たちの護衛に、捕虜の盗賊の見張りまでしてもらったのだから、せめて金貨は分配するのが筋というものだろう。
冒険者たちも俺の虐殺の結果を見てビビっているのか、妙に遠慮がちになっていたが、こういうところにはしっかりと気を配っておかないと後で祟る。
俺は聖騎士でSランク冒険者だ。
日本人の上司は気を遣うものなのですよ。
結局、割り切れない分の金貨は俺が貰い、一人当たり金貨二百枚を配った。
俺の取り分は金貨三百枚以上と金銀の装飾品と宝石、それに宝物庫からの収穫だ。
魔道具や魔剣も欲しい者が居たら渡しても構わなかったのだが、誰も受け取ろうと、もとい近づこうとしなかった。
どうやら正体のわからない魔剣の類は相当な危険物のようだ。
俺も直接は触らずにボロ布越しに掴んですぐに魔法の袋に仕舞ったのだが……大丈夫かな?
一応、後でレイアにでも診てもらおう。
「さて、まずは真っ直ぐ警備隊の詰所か」
「そうですね。俺から話しますよ。一昨年の件で、警備隊員に知り合いは多いですから」
捕虜の盗賊たちを引き渡すためもあるが、残念ながら今回はそれで終わりじゃない。
道中、ランドルフたちが奴隷たちに聞き込みをしたところ――俺はビビられて話が聞けなかった――彼らは違法奴隷である可能性が高いそうだ。
犯罪奴隷も借金奴隷も、王国では厳重な管理体制が敷かれており、正式な手続きと登録を要するガチガチの制度に基づいて運用されている。
しかし、彼らが奴隷にされた経緯は穴だらけだ。
手続きに干渉できる地位の者がグルの可能性もあるが、国の上層部が存在を認識すらしていない、違法に売買される奴隷の可能性もある。
そうなると冒険者ギルドが所有者の商会に返して報酬をもらってハイサヨナラ、というわけにはいかない。
「盗賊の頭が話していた闇商人って奴に渡る前から、そもそも違法に誘拐された奴隷だったわけですか」
「ああ、そうだ。拘束されたときの口上は借金の詳細もまともに説明されない言い掛かりレベル、一部の地域から何人もまとめて奴隷落ち。きな臭いなんてものじゃない」
まるで帝国の亜人狩りのようだとランドルフは話す。
「帝国ってのは、西の海の向こうのバスティール帝国か。向こうはエルフやドワーフ、特に獣人への差別が根強く残っているとは聞いていますが、そんなにひどいんですか?」
「亜人狩り――人族以外の種族を問答無用で拘束して奴隷にすること――は法的には禁止されている。法的には」
ああ、黙認しているのか。
嫌な国だな。
そして、俺はあることに気が付いて顔を顰めた。
「彼らも獣人が多いですね。帝国が関わってたりしますか?」
「さあな。どちらにせよ、これだけ周到な奴隷狩りだ。違法奴隷の彼らを解放して捜査は警備隊にお任せ、って具合には終わらないかもしれんぞ」
「まあ、そうなったら上に押し付けますよ」
国家間の問題になるようなら俺の出る幕は無い。
出る幕があったら本格的にヤバい。
雷光の聖騎士は最年少にして最凶というのが通説だ。
ヘッケラーか宰相のデヴォンシャー公爵に丸投げした方がいいだろう。
「まずは警備隊から情報を得ましょう……あ、マイスナー大尉!」
俺は詰所に都合のいい知り合いの顔を見つけて声を掛けた。
「はぁ……一応、将軍のあんたは上司になるからよ、こんなことは言ったらマズいんだろうが……」
警備隊副隊長のマイスナーは、前に見たときよりもやつれた顔に滲み出る疲労の表情から一転、カッと目を見開いた。
「何でこう俺が板挟みになる案件ばかり持ち込みやがる!」
「どうどう。ジーク号、ステイ」
「うるせぇよ! あの盗賊がどんな奴か知ってっか!?」
「いや、知らないっすね」
俺は首を横に振った。
「奴は王都南部の街道沿いで一番狡猾な盗賊だった。被害額や活動範囲こそ大所帯の賊ほどじゃねぇが、とにかく慎重で捕まらねぇ厄介な男だ。そんな奴が、なりふり構わず奴隷を集中的に狙う? しかも違法奴隷だと!? ぜってぇ貴族や有力者が関わってやがる」
でしょうね。
最悪の場合、隣の帝国が関わっていますよ。
「バスティール帝国が最悪だ? もっと嫌なパターンがあるぞ」
「『黒閻』でしょ?」
盗賊はガッツリ拷問したので直接『黒閻』と繋がっている可能性は低いが、奴の言う闇商人がボルグやロベリアと繋がっていないとも限らない。
ここ数年、立て続けに奴らからひどい目に遭わされていたんだ。
さすがに気が付くさ。
「そうか、そりゃあんたなら勘付いているよな。まあ、『黒閻』のことはもう仕方ねぇ。俺も一昨年の件からがっつりと関わっちまったからな。だが、イェーガー将軍から報告を受けた時点で、俺は盗賊団と繋がりのある派閥から敵に回ったと見られちまった。開き直って堂々と奴の背後を洗ってやるって手もあるが……警備隊の副隊長っつう立場を考えると、俺や隊員たちへの脅迫や圧力がどうなることやら……」
「全方位プレッシャー……圧力鍋ん中のロールキャベツですね~。クタクタだ~」
「……意味わかんねぇが、すっげぇ腹立つぜ」
「そうネガティブになりなさるな。コトが片付けば勲章ものですぜ」
マイスナーはため息を一つ吐いて、詰所の奥に視線をやった。
「奴隷たちはどうするよ?」
「証人でしょ? 警備隊で保護してくださいよ」
「くそっ、覚えてやがれ……」
「悔しかったら将軍になってね~」
マイスナーをおちょくるのにも飽きたので、俺は姿勢を正して表情を引き締めた。
「大尉、君に指示を与える。オルグレン伯爵……には俺から言わないとダメか……。よし、私の名前を出していいから、早急にヘッケラー侯爵とデヴォンシャー公爵か軍務局のキャロライン・デヴォンシャー殿に報告するように。盗賊と救出した奴隷たちの対応も考えてくれるだろう、多分。いいか、君が報告するんだ。これは聖騎士命令である」
「そんなもんに従う規則は無ぇよ」
嫌そうな表情をしながらもマイスナーは報告書の準備を始めた。
「あのよ、サディ……キャロライン殿に任せるのか?」
「ええ、それが何か?」
今こいつサディストって言おうとしたよな。
確かに、あのお姉さんはドSだが、聞かれたら大変だぞ。
「随分、信頼してるんだな?」
「ん~、まあ、去年色々と世話になったので、人となりが分かっていますからね」
「ほぉ~ん?」
マイスナーが人の悪い笑みを浮かべる。
「……何を考えているのかは敢えて聞きませんが、想像しているような関係ではないですから」
「へぇ~、そう?」
「ふむ、イェーガー将軍の好みとは違うタイプのようだが……」
ランドルフ、居たのか。
今まで一言も話さなかったから忘れていたぞ。
そういえば、他の冒険者たちも同じ部屋に居たな。
何故かといえば、盗賊の懸賞金を受け取るためだ。
「また弄んで捨てるのかねぇ~」
「この野郎! 何て人聞きの悪いことを!」
俺はまだ誰ともヤってない。
メリットとデメリットを天秤に掛けた場合、手を出せる女は周りに居ないんだ。
これ以上ふざけたことを抜かすと、土産の酒をやらんぞ。
「はぁ……マイスナー大尉。くだらねぇ詮索も結構ですが、そろそろ懸賞金を払っちゃくれませんかね。冒険者の皆も待っているのですよ」
「はいはい、賞金ね。これで愛しのキャロライン嬢に指輪でも買ってやるんだな」
憎まれ口を叩くマイスナーに舌打ちをしたい気分だが、冒険者たちの手前、ぐっと堪えて書類にサインをした。
賞金は金貨百枚。
アジトからの収穫に比べれば微々たるものに感じてしまうが、俺の金銭感覚もイカれてきたのだろうか。
「こいつも山分けで、一人十枚ですね」
「いいんですか?」
「それこそ倒したのはイェーガー将軍なのに……」
「私たち、役に立ってない……」
またしても冒険者たちは遠慮するが、護送のときに操車と見張りをしたのは彼らだ。
「次はあなたたちの番です。後輩の冒険者をしっかりサポートして、一緒に稼げるように頑張ってください。年で言えば俺の方が若造なんで、こういう説教もあれですけど……」
聖騎士の任命で一気にSランクに成り上がってしまった俺だが、討伐の経験では十分内実も伴っている。
たまには格好つけてもいいだろう。
「奴らは尋問を受けた後、犯罪奴隷として売り払われる。その代金もお前さん達で山分けってぇことでいいのかい?」
「ええ、お願いします。冒険者ギルドを通して……あっ!」
今更ながら、忘れていたことがある。
「そういえばランドルフさんにも渡さないと」
護衛対象ではあるが、馬車を出してその他諸々の手配をしたのは彼だ。
食料は俺の魔法の袋から出したが、生け捕りにした盗賊を運ぶことなどで、ランドルフの貢献が無かったかと言われればそんなことは無い。
懸賞金はともかく、犯罪奴隷の売却益は受け取る権利がある。
「いや、結構だ。盗賊の排除含め、君たちは期待以上の成果を以て依頼を完遂してくれた」
ランドルフは辞退してしまった。
冒険者ギルドとの兼ね合いで手続きが面倒くさいのかと思ったが、後日聞いたところによると、生け捕りにした盗賊の売却益を護衛対象の商人が受け取るのは良くないそうだ。
そもそも、盗賊は大規模な騎士団や警備隊による討伐を除いて、基本的には冒険者の獲物だ。
盗賊の首すら商品、という所謂『戦う商人』も居るらしいのだが、ランドルフはそれに当てはまらない。
商人にも色々と面倒なしきたりがあるんだな。
「では、そろそろお暇しようか。イェーガー将軍、蟹の件はくれぐれも頼んだぞ」
ランドルフとは詰所の出口で別れた。
商会本部の人間が迎えに来ているので問題ないだろう。
「サディスト女によろしくな~」
マイスナーがまだほざいているが、押し付けてやった仕事のことを考えれば腹も立たない。
精々、ヘッケラーたち相手に委縮して報告に行くがいい。
それにしても……俺とキャロラインの仲が邪推されるとは思ってもみなかった。
彼女は恐らく二十歳過ぎ。
転生後の俺より十個近く年上だ。
異種族ならともかく、同じ人族としては、この世界の基準からすると年が離れすぎだ。
まあ、年の差はもう何年かすれば気にならないかもしれないが、さすがに真正のドSを嫁にするのはな……。
それに、二十過ぎということは、胸があれ以上に成長する見込みは無いだろう。
アジア人の基準ならば、ギリ標準サイズではあるかもしれないが、果たして……。
「っ!」
俺は突如王城の方から殺気を感じ、冷や汗を流しながらサーベルの柄を掴んだ。
「うぉっ! どうした?」
俺の魔力が膨れ上がる気配を感じたのか、マイスナーが跳び上がった。
「今、何かヤバい気配を感じませんでしたか?」
「はて? ……いや、そういえばちょいと寒気が……」
しかし、俺の勘が鳴らす警鐘はとっくに治まっていた。
敵を見失った場合でも、本当に危険ならば未だに警戒は解けないはずだが、これ以上探ってはいけないような妙な空気を感じる。
「変なこともあるもんだな。まだ夏だってのによ」
「そうですね。ローブの温度調節機能に何かあったのかな……」
「むっ」
「キャロラインお嬢様。どうかなさいましたか?」
「……どこかで、失礼な陰口をたたかれている気がするわ」
「はあ……(また、始まったわ。今度の犠牲者は誰かしら?……ん?)」
「じぃ……」
「な、何か……?」
「あなた。結構、胸あるわね」
「え? そうですか? 普通だと思いますけど……」
「それで、普通……」
「ひぃ! お、お嬢様、何か怖いんですけど」