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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
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107話 レッドドラゴン討伐 後編


 轟音とともに隕石が落下したような土埃を巻き上げ、大剣を振り抜いた俺は地面に着地した。

 足元では広い範囲にわたって魔法陣が起動しているが、俺には拘束や魔力制御の妨害効果は無いようだ。

 仕組みは気になるが後回しにしよう。

 今度レイアにでも聞けばいい。

「ガァ……」

「(イェーガー将軍!)」

 ドラゴンの間の抜けた声に、崖の上のボウイが慌てて注意を促した。

 俺も念のため油断せずにドラゴンへ気は配っているが慌てることは無い。

「大丈夫ですよ」

「っ!」

 俺がボウイに声を掛けるのと同時に、狂暴な表情を貼り付けたドラゴンの顔が、重量感のある落下音とともに俺のすぐ横に現れた。

 俺が刎ねた首がようやく地面に落ちてきたのだ。

 続いて、首から上を失った赤い胴体が横倒しになる。

「(す、凄ぇ……一撃っすか……)」

 さすがの中級竜とはいえ、頭部を失っては生きていけないようだ。

 先ほど剣を振り下ろしたときの手応えで、ドラゴンの首を切断できたことはわかっていた。

 しかし、前世の常識が通用しない魔物が居ないとも限らない。

 俺は遭遇したことは無いが、首無し騎士のデュラハンは居るらしいからな。

 まあ、デュラハンはアンデッドだから普通の魔物とも違う生態や概念の元の存在だが……。

 万が一、レッドドラゴンが首を切り落としても生き返る魔物だった場合を想定し、警戒を解いていなかったのだ。

 杞憂だったようで何よりだ。



 ドラゴンの死骸は素材の宝庫だ。

 上級竜には及ばないとはいえ、中級竜のレッドドラゴンでも国を挙げて素材を確保しに来るほどには貴重な品である。

 俺は去年と続けざまに、しかも前回は上級竜のエンシェントドラゴンが相手だったためにいまいち実感が湧かないが、素材を台無しにするのは貧乏性が許してはくれない。

 急いで首の断面付近を確認し、血が流れていないか確認する。

 どうやら俺の雷属性の魔力を纏った剣は、切断面を焼き切ったために出血はそれほどないようだ。

 もし、ドラゴンの血が零れて地面に吸い込まれようものなら、急いで水魔術で回収しなければならないところだった。

「イェーガー将軍」

 俺を呼ぶ声に振り向くと、そこに居たのは予想通りボウイだった。

 周囲に展開していた冒険者たちも彼の後ろに集まっている。

「ボウイ士爵。先ほどの援護、ありがとうございます」

「あ、ああ。お役に立てたようで……」

 俺が剣を振り下ろす直前、ドラゴンに目晦ましの閃光弾を撃ったのはボウイだった。

 あれが無ければ返す刀でもう一撃、運が悪ければ未だに戦闘中だったかもしれない。

「おかげさまで、最小限の労力で倒せました」

「労力……中級竜相手に労力の問題っすか……」

 ボウイは呆れたように鎮座するドラゴンの死体を見上げた。

「正直、俺も驚いていますよ。周到に準備をして、完全に死角からの攻撃が決まれば、こんなに安全且つ周辺に被害を齎すことが無く狩れるんですね。去年のエンシェントドラゴンとの戦闘は、本当に最悪の状況下の戦いだったわけだ」

「いや……普通は万全の迎撃態勢が整っていても、こんな簡単に討伐できませんから」



 その後は周辺に散開した冒険者たちが戻ってきたところでブラッサムに帰還することになった。

 全員がドラゴンの死骸を確認してお疲れ様を言い合い、中では時間が経過しない俺の魔法の袋に素材を回収した。

 後は各自ブラッサムの街まで移動だ。

 街には既にハヤブサ便で討伐完了の旨を送っているが、ボウイは通信水晶で何やらトラヴィス本家の方と話していた。

 どのような道具なのか気になって覗いていたら、何故か俺も通信水晶越しにトラヴィスとクロケットと話すことになってしまった。

 まあ、討伐は完了した後なので、気楽に挨拶できるだけマシか。

 これが戦いの前だったら、巻き込んだトラヴィス側も正式な要請も無く首を突っ込むことになった俺も気兼ねして、お互いにギクシャクするところだった。

『イェーガー将軍、事後承諾になってしまったが、去年に引き続き手を貸していただいたこと、忝いで御座る』

『私からもお礼を。そして、王都も大変な時期に色々と面倒をお掛けして申し訳ありませんでした』

 水晶にはトラヴィスとクロケットが揃って頭を下げる様子が映し出されている。

 通信水晶はスカ〇プのビデオ通話と同じようなものだな。

 クロケットの言う面倒とは、聖騎士の出動要請が握り潰されたり、他の貴族家とゴタゴタがあったりしたことも含むのだろうな。

 まあ、俺が関わることもなくトラヴィスたちの方で処理できるのならば問題ない。

 そもそもトラヴィス家にとっても、寄子の領地ではあるが完全に自分たちの管轄というわけではないのだ。

 貴族社会では自分たちを棚に上げて突かれることかもしれないが、俺には彼らを非難するメリットなど無いのだから、その話は終わりでいいだろう。

「いえいえ、どちらにせよ素通りはできない状況でしたから。それにボウイ士爵にはランドルフ商会の業務でも手を貸してもらいましたので」

『拙者の家臣が役に立ったようで何よりで御座る』

『よろしければ、もう少しお貸ししましょうか?』

 クロケットさんよ……。

 そんなことを言っていいのだろうか?

 一応、トラヴィスの重臣である以上、ボウイにも戦後処理の仕事は山のようにあるはずだぞ。

「お、さすが兄貴っす! 俺の分まで決裁を引き受けてくれるなんて」

『何を言っている? お前自ら判を押さなければならぬ書類は、私が勝手に処理するわけにはいかないし、人の仕事を抱え込む余裕など無い。お前はイェーガー将軍の手伝いを終えたら、すぐに領地に戻り、溜まった業務を急いで処理するのだ』

「そ、そんな~……」

 そう都合のいいことは無かったみたいだ。

 まあ、ボウイは今までも食材探しを手伝ってくれたし、レッドドラゴン戦でも十分働いた。

 トラヴィス家に必要以上に負担を強いるのはよろしくないな。

「ありがとうございます。ですが、こちらはドラゴンの素材の処理と分配が終わったら、ちょっと休もうと思うので。仕事でもないスケジュールにボウイ士爵を付き合わせるわけにはいきません。お気持ちだけ、いただきます」

 もしかしたら、トラヴィスたちにとっては少々ボウイが外したところで業務に支障は無いのかもしれない。

 しかし、俺は空気の読める日本人なのだ。

 大口の取引相手であるトラヴィス一門とは、愛想よく付き合っていこう。



 数日後、レッドドラゴンの解体と素材の分配が冒険者ギルドで話し合われた。

 今回の件は緊急討伐依頼として冒険者が招集されたが、戦闘に参加しなかった冒険者も多い。

 主に、移動速度が斥候部隊や騎兵より遅い戦士や魔術師たちだ。

 とはいえ、彼らの失態があったわけではない。

 向こうも口には出さないが、手柄を独占されたって気持ちはあるかもしれない。

 結局、迅速かつ被害も少ない状態で討伐が完了したために浮いた費用で、参加者全員への報酬が増額された。

 冒険者ギルドもボウイもいい感じの落としどころを見つけたようだ。

 そして、肝心のレッドドラゴンの素材の分配だが、権利は俺が五割のボウイが一割、斥候と騎兵たちに残りの四割となった。

 討伐への貢献度から算出された割り当てだ。

 精強な冒険者を擁するトラヴィス辺境伯家の影響が強い地域だけあって、こういった分配も冒険者の仕来りで行われる。

「いいんすか? レッドドラゴンを倒したのは、ほぼイェーガー将軍の手柄でしょうに」

「あれだけ有利な状況で討伐できたのは、皆さんの尽力あってのことですから」

「しかし……」

 本当は俺への割り当てがもっと多かったのだが、人数の多い冒険者たちに配慮した。

 ボウイも立場的に何かと入用だろう。

 世知辛い世の中の割に随分と誠実だと思ったが、よくよく考えれば聖騎士を呼んで戦闘面でも大きく依存しておいて、中間搾取をしたとなれば外聞が悪いのか。

「じゃあ、部位は指定させてください」

「もちろんっす」



 まず最重要なのはレッドドラゴンの肉だ。

 今回の南部への遠征の目的が食料確保であることを忘れてはならない。

 どの部位も満遍なく半分ずつ貰っておいた。

 五十メートル級の魔物なので、これだけでも相当な量だ。

 ミアズマ・エンシェントドラゴンと違い瘴気に侵されてなどいないので、全く問題なく口にすることができる。

 ドラゴンの肉は初めてなので楽しみだ。

「頭部は牙もありますし錬金術の素材の宝庫なので、こちらで引き取りたいですね」

「わかりました。どちらにせよ、中級竜の素材は王都でないと扱えないでしょう。こちらで欲しがる人間は、ごく一部の錬金術の心得がある魔術師だけなので問題ないっす」

 錬金術といえば、ラファイエットとレイアへのお土産に内臓も確保しないとな。

 血液や心臓や肝臓の他にも人体には無いような臓器を切り分け、それぞれ二つの大瓶いっぱい詰めてもらう。

 巨体なので、研究用としては二人に十分行き渡る量を確保しても、内蔵全ての半分には満たなかった。

 ヘッケラーは……どうせ宮廷魔術師団にも素材は回されるだろうから、土産は肉だけでいいだろう。

「鱗とか皮とか骨はエンシェントドラゴンのものが浄化できてるから要らないな……。一応、爪はニ、三個貰っていきます。親父さんとアンへの土産に」

 全身を覆う皮と鱗には、ドラゴンの価値全体のかなり多くの割合を占める。

 骨も全身に分布し武器素材として有用なので総額は馬鹿にならない。

 これを五割が現物では必要ないとなると売却益は相当な額になる。

 こんなものでいいかと思ったが、魔石は強制的に押し付けられた。

「頭部と魔石は討伐の証と言ってもいいくらいのブツっすから。これはうちらが取るわけにはいかないっす」

 ベヒーモスの大魔石に匹敵する巨大な魔石だ。

 ラファイエットに預けるか、すぐに渡さなくても手元にあることを話しておけば何か利用法を考えてもらえるかもしれない。

 とにかく、それ以上欲しいものは無かったので、残りはブラッサムのギルドで売却して金で受け取ることにした。

 ドラゴン全体の半分の、さらに素材で貰わなかった分なので、丸々一匹の総額からするとかなり小さい額になっているはずだが、それでも白金貨で七十枚ほどにはなった。

 日本円にすれば七億なので、前世で稼ぐはずだった生涯年収を軽く超えている。

 一昨年のボルグ戦や去年のエンシェントドラゴン戦闘に比べれば、遥かに安全な狩りだった。

 これで一生分の金が手に入るとはボロい商売だな。ぬふふっ。

 …………………………………………いや、フィリップの後ろに隠れられる役職を手に入れたとはいえ、前世と比べれば遥かに高い地位に居ることは確かだ。

 今後、どれだけ出費が嵩むかわからない以上、貯金は少しでも多い方がいい。


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