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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
106/232

106話 レッドドラゴン討伐 前編

「のおおおぉぉぉぉぉ!!」

「舌噛みますよ」

「ぶべっ!」

 会議で決まった防衛線の手前で、俺は飛行魔法を切って着陸し、ボウイを地面に下ろした。

 蛙の断末魔のような声を出してはいるが、別に嫌がらせというわけではない。

 討伐作戦の直前に指揮官の気力を削ぐほど阿呆ではないさ。

寧ろ少しでも負担が少なくなるように、一分一秒でも早く到着しようと全速力で飛んだ。

 ボウイ自身も覚悟はしていたようだが、相変わらず飛行魔法への便乗は最悪な乗り心地のようだな。

「うぇ……」

「水をどうぞ」

 大サービスでウルズの水差しから出した水だ。

 この魔道具は発掘品のアーティファクトで、キンキンに冷えた甘露のような水を出すことができる。

 去年、ヘッケラーと共にアラバモへ行った際に、俺がワイバーンの魔石を提供し、ヘッケラーが金を出して買った品だが、結局は俺が保管している。

 このアーティファクトは魔石のプログラムを起点とする魔道具を使用できれば誰でも使える。

 要は、魔術の心得がある人間ならば使用可能というわけだが、どうやら俺が使った場合とヘッケラーが使った場合で出てくる水の味に差があるようだ。

 ヘッケラーもこちらの世界では指折りの美食家で、水ごときと馬鹿にせず名水の味は理解しているはずだが、それでも俺が使った方がいい水が出るらしい。

 俺がウルズの水差しを使うときに思い浮かべるのは京都の鞍馬の水だ。

 美味い飲み水である以上、例によって軟水のはずだが、茹でたり煮たりといった料理にも適している水が生まれる原理は謎だ。

 何はともあれ、知識の差か単に俺の記憶にある水の方が上だったのかはわからないが、ヘッケラーは即座に自分で水差しを使うことをやめた。

 今ではウルズの水差しの水を樽や瓶に詰め、ヘッケラーの魔法の袋に補充するのは俺の役目になっている。

 面倒なことには変わらないが、白金貨1枚出してもらったことを考えればお得か。

 ヘッケラーも魔法の袋に大量の物資を保管できるので、まとめて補充しておけばそう頻繁に頼まれることでもない。

「んぐ、んぐ……ぷはっ、美味ぇ! これ、例の魔道具の水っすか?」

「ええ、そうですね」

 そういえば、アラバモの魔道具店に行ったときにボウイは留守番だったな。

 まあ、原因は俺がビビらせたからだったりするのだが……。



 ボウイが一息ついたところで、俺たちに近づく飛行物体があった。

 周辺の警戒は俺が“探査”を張り巡らしているので抜かりは無いはずだ。

 レッドドラゴンクラスの魔物と比べれば遥かに小さい反応から、俺は正体に見当がついた。

「ボウイ士爵、あれはそちらのハヤブサでは?」

「おや、確かにそうっすね」

 トラヴィス辺境伯領で普及している通信手段のハヤブサ便だ。

 鳩よりも強く速く、どう調教しているのかはわからないが往復もできる賢い奴らだ。

 ベヒーモスを討伐の際にも先行した監視チームが使っていたな。

「クェ」

「はいはい、ご苦労さんっす」

 ハヤブサの脚に括りつけられた筒から紙を出して広げ、ボウイは深刻な表情になった。

「イェーガー将軍、レッドドラゴンの情報が来ました」

 どうやら先行した偵察隊の残った者からの情報らしい。

「撤退した連中の痕跡は未だ発見されておらず。レッドドラゴンは依然周囲を嗅ぎまわりつつブラッサム方面に移動を続けている。明日の正午には谷を超えると。マズいっすね。予想より早い」

 ドラゴンを刺激した馬鹿と偵察隊は、逃げる際に痕跡を消したりダミーの痕跡を仕込んだりしたそうだ。

 追い付かれる前に戻ってくることができたので攪乱は成功したと見ていい。

それでも完全にドラゴンをだまくらかすことは叶わず、時間稼ぎにしかなっていないようだ。

「斥候と騎兵隊の工作は間に合いますか?」

「どうでしょう……彼らの行程が予定通りなら……」

 どうやらボウイは先に出発した工作部隊の位置が分からないようだ。

 俺は飛びながら追い越したのを確認していたのだが、ボウイは空から見なかったのかな?

「あの状態で地面を確認する余裕なんか無いっす!」

 俺は先ほど工作部隊を見た位置を大まかにボウイに伝えた。

「それならギリ間に合いそうっすね」

 何はともあれ、魔法陣の設置と偵察は冒険者たちが来ないことにはどうしようもない。

 とりあえずは寝床を確保して、交代で見張りに立ち、体を休めることにした。




「将軍、イェーガー将軍。起きてくださいっす」

 夜、ボウイと見張りを交代して仮眠を取っていたところで、俺は揺さぶられて目を覚ました。

 殺気を感じて飛び起きたわけではないので、覚醒までには時間が掛かる。

「ふぁ……まだ暗いじゃないですか……」

「後続の斥候部隊が到着したっす」

 ボウイの言葉で俺は一気に目が覚めた。

 言われてみれば、近くに人間と馬の反応が俺の薄めの“探査”に出ている。

 どうやら伝令の騎兵のようだ。

「予想より早いですね」

「俺たちが飛んでいるのを見て、少々無理をして急いで来たそうっす。後で声を掛けてやってください」

 面倒だが、多少は気の利いた労わりの言葉を考えておかなくては。

 本来なら、ギリギリ間に合うかどうかのところを無理して来てくれたのだ。

「トラップの設置と周辺の偵察状況は?」

「明日の朝までには魔法陣の設置は終わりそうっす。偵察は随時展開していく予定ですが、後続の歩兵と魔術師の部隊が到着しない限り、戦力としては最低限っすね」

 それは仕方ないな。

 斥候部隊の仕事は、拘束と魔力の制御を妨害する魔法陣に、レッドドラゴンを誘い込むことになる。

 現状として、前衛と魔術師が足りず波状攻撃で攻められない以上、俺の攻撃は確実に決めたいところだ。

 最悪、攻撃は俺とボウイ士爵だけで担当するにしても、工作と誘導に斥候職の冒険者たちの力は必要になるだろう。

 優先順位を間違えてはいけない。

「時間に少し余裕が出来たのはツいてますね。ですが、相変わらず後方に街を庇って、包囲網が敷けないのは変わらないと。結構ギリギリですか?」

「いやぁ、そうでもないっすよ。イェーガー将軍が居なかったら、街の城壁が防衛線になっていた可能性があるっすから」

 それは最早起きた時点で不祥事扱いされるレベルの危機だろうに……。



 俺とボウイは夜が明ける前に行動を開始した。

 寝床を片づけ岩の影に身を隠す。

 場所はレッドドラゴンを誘い込む地点の真上に位置する崖の上だ。

 ドラゴンが罠にかかるまで、こちらの存在を気取られるわけにはいかないので、ボウイの指示に従い視界の確保より頭を下げることを優先している。

 俺は本職の斥候ほど隠密に優れているわけではないからな。

 精々、臆病ですぐ逃げる鹿を狩るときの感覚で、音を立てずに殺気を出さないことを意識して潜むくらいだ。

「(グオオォォォ)」

 そろそろ俺の耳にもレッドドラゴンの咆哮がはっきりと聞こえるようになってきた。

 かなり近くに強力な敵が存在しているのに、こちらからは位置や状態を確認できないのはいい気分ではないな。

 しかし、そんな俺の憂鬱も日が昇る頃には消えることになる。

「(入った)」

 俺のごく薄く広げた“探査”の魔術に、レッドドラゴンと思わしき強力な魔力を持つ個体が引っ掛かった。

 俺の“探査”が精密且つ継続して稼働する限界は千メートルほどだ。

 見晴らしのいい場所なので、ボウイは既にレッドドラゴンを目視しているだろう。

滞空している最中は言わずもがな、森に降下して木々に隠れていても見失うことは無いに違いない。

 しかし、俺が自分で敵の位置を確実に詳細に感知できるのとできないのでは安心感が違う。

 少なくとも、これで奇襲を受ける確率は減ったわけだが……。

「(速くないか?)」

「(そうっすね)」

 レッドドラゴンの移動速度は明らかに速い。

 時々、地上に降りて逃がした獲物――この場合は偵察隊と攻撃を仕掛けたルーキー――の痕跡を漁ってはいるものの、あまり移動の時間をロスはしていないような動きだ。

「(撤退した連中の攪乱工作も、この辺りまで来ると限界だったんでしょう)」

 なるほど、匂いの付いた布切れを遠くに散布することもままならない状況だったわけか。

 まあ、こちらの罠の設置と伏兵の配置は済んでいる。

 討伐作戦に支障は無いだろう。



「グルァ……」

 ついにレッドドラゴンは俺たちが崖の上に待機する谷の辺りに到達した。

 俺も僅かに頭を出して敵の全容を確認する。

 デカい。

 さすがはドラゴンだけあって全長は五十メートル近くありそうだ。

 それでも去年戦ったミアズマ・エンシェントドラゴンほどの威圧感は無い。

 全身を覆う深紅の鱗の値段が気になる程度には、冷静に観察することができる。

 しかし、ボウイはいつもの人懐っこい笑みを消して、緊張した表情を貼り付けている。

 視線はレッドドラゴンに釘付けで、頬には一筋の冷や汗が流れていた。

 既にドラゴンが接近している以上、声を出して激励できないのが辛い。

「(…………)」

 俺は殺気や魔力をドラゴンに気取られないように、この距離なら耳にも入らない程度のごく小さな音を出しながら大剣を握りなおした。

「(っ!)」

「(コクッ……)」

 俺は僅かに肩を震えさせて反応するボウイに頷き返した。

 魔法陣の起動も含めた戦闘の指揮はボウイが執ることになっている。

 ここはシャキっとしてもらわなければ。

 慌てて近くに置いてあった手鏡を拾ったボウイは、震える手で仲間に合図を送る準備をした。

「グルルル……」

「(今っす!)」

 ドラゴンが谷の出口の地面に着地寸前まで近づいたところで、ボウイは手鏡を振りかざした。

 崖の下で待機している連中には、反射した太陽光が合図となって認識されるのだろう。

 次の瞬間、ドラゴンの真下の地面から眩い光が漏れだし、周辺の魔力が激しく蠢いた。

「グルオオオオォォォォォ!!!!」

 魔力の奔流がドラゴンの身体に巻き付くのと同時に、ドラゴンの近くの空間の魔力が一気に霧散する。

 魔法陣の効果をじっくり観察する間も無く、ボウイが俺に向き直り手を後ろから前に振った。

 陸軍の前進の合図だ。

「(強化魔法――フルパワー)」

 俺は砂埃を巻き上げながら飛び立った。

 全身に魔力を激しく循環させながら崖の斜面を蹴る。

 周りの岩が粉砕された気がするが、そんなことに構ってはいられない。

 俺はさらに飛行魔法で方向を微調整しつつ、未だ俺に首を晒しているレッドドラゴンに向かって急降下を始めた。

「グ、オオォ……」

 ドラゴンもこちらの接近に気付いた。

 距離はかなり詰めているが、奴が振り向く前に俺の剣が到達するかは微妙なところだ。

 いけるか?

 しかし、俺の脳裏を一抹の不安が過ったところで、ドラゴンの眼前に一本の矢が飛来しそのまま砕けた。

「っ!」

 次の瞬間、矢が空中分解した場所で一瞬だけ眩い閃光が煌めいた。

 俺の位置からはドラゴンの頭部で影になっているので目視しないで済んだ。

 しかし、ドラゴンは閃光をまともに食らったようで、こちらへの警戒は完全に疎かになっている。

 好機だ。

 俺は魔力を最大密度で通した大剣をそのまま振り下ろした。


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