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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
105/232

105話 フライング


「ボウイ士爵、そろそろ到着します」

「ぐごっ……おっと、こりゃ失礼を」

 リッパークラブを討伐し、再び近くの村に一泊して、俺たちはブラッサムの街に戻って来た。

 ボウイは疲れが出たのか、移動中はずっと鼾をかいていた。

 そういえば、森を連日引き摺り回した挙句、村人の対応なども任せきりだったな。

 これでいつもと変わらず元気だったら、ヤバい薬でもキメているのではないかと疑うところだ。

 俺の前で寝顔を晒す程度には信用してくれているようなので、移動中の警戒は俺の“探査”で行っていたのだが、どうやら馬車は無事にブラッサムに到着したようだ。

「申し訳ないっす。帰りは役立たずだったみたいで」

「いえいえ、遠征中は色々と世話になりましたから。今日はゆっくり休んでください」

 帰ってきたばかりなので、リッパークラブの試食は明日だ。

 それが終われば、レッドドラゴンの討伐に向けて本格的に動かなければならない。

 偵察隊の帰還は三日後。

 前日から待機するにしても、今日は休んで明日はランドルフ商会に行ってというスケジュールで十分間に合うだろう。

 この時までは、俺もそう信じていた。

「お言葉に甘えて今日は……ん? 何かギルドの方が……」

 ボウイが街の雰囲気から何かを感じ取り、外に注意を向けたところで俺の身体をガクンと衝撃が襲った。

「っ!」

 どうやら御者が急ブレーキを掛けたようだ。

 咄嗟に踏ん張りながら、俺はサーベルの柄に手を掛け、襲撃に対応できるように身構える。

「うぉ! 何すんでい……」

 御者の罵倒の声は何者かの大声に追ってかき消された。

「ボウイ様! すぐに冒険者ギルドへお願いします! 緊急事態です」

 俺はすぐに馬車を飛び出すことは控えた。

 万が一、声の主が襲撃者だった場合、俺よりも戦闘能力が低い要人のボウイを放置するのは危険だ。

 彼を庇いつつ敵を始末する必要がある。

 しかし、相手を確認するのはボウイの役目だ。

 俺はこの町に顔見知りはほとんど居ないからな。

「(ボウイ士爵)」

「(はいっす)」

 ボウイは馬車の内部から慎重に顔を出して声の主を確認した。

 俺は彼の後ろで襲撃に備えて、サーベルに手を掛け魔力を練っている。

 矢でも魔術でも防いで、カウンターで攻撃できる体勢だ

「問題ないっす。ブラッサムのCランク冒険者っす」

 襲撃の可能性がほとんど無くなったので、俺はサーベルから手を放し席に座りなおした。

「とりあえずは冒険者ギルド行きましょう」

「ええ……」



 冒険者ギルドに入った俺たちは、すぐに奥の会議室に通された。

 外からでも慌ただしい気配は感じ取ってはいたが、ギルド職員も冒険者たちも完全に戦時下の雰囲気を纏っている。

 ベヒーモスを討伐しに行ったときのアラバモの冒険者ギルドよりも、緊張感が漂うピリピリとした空気だ。

 厄介なことになっているようだな。

 今にも怒号が飛び交いそうだ。

「それで、偵察隊はどうっすか?」

「今は治療を受けています。報告は先にまとめてくれたので、こちらに……」

 ボウイとギルド職員の話によると、レッドドラゴンの偵察に行った部隊は既に帰還しているらしい。

 本来なら、彼らの到着は三日後のはずだ。

 予定を繰り上げて、さらには即入院になるほどボロボロの満身創痍で帰ってくるということは、レッドドラゴンの件でありがたくないことが起こっているに違いない。

 帰りてぇ……。

「イェーガー将軍」

「ボウイ士爵、何かわかりました?」

「レッドドラゴンに不用意に手を出して、撒く前に近くの村に逃げ込んだ奴が居たらしいっす」

 俺は眩暈で倒れそうになった。

「新人ですか?」

「ええ、有望な軽戦士で、すばしっこい奴だったらしいんすけど、そのポテンシャルは監視チームの目を潜り抜けるときだけ発揮されたみたいっすね」

 死んだ奴をディスるのはよろしくないが、嫌味の一つも言ってやりたくなるのは仕方ない。

 要はその男はゲームでいうところのトレイン行為をやらかしたわけだ。

 突き動かしたのが名誉欲なのか使命感なのかはわからないが、とりあえず自信過剰なルーキーが無謀な挑戦をした挙句に下手な逃げ方をしたせいで、近隣の一般市民が消し炭になるという被害を出した。

 偵察隊も被害に遭った村の住民を救助するために、かなりの損害を受けたとのことだ。

「補償の方は冒険者ギルドで片付けられますか?」

「ええ……イェーガー将軍がそれでよろしかったら……」

「ん? 別に俺に聞く必要は無いのでは?」

「いや、将軍は今回の討伐作戦の主力なので……」

 ああ、俺が最重要な戦力だから気を遣っているわけか。

 ボウイは苦労人だな。

 まあ、あくまでもブラッサムの冒険者の一人が犯したミスとして、ギルドが対応するのならば問題無いだろう。

 尻拭いに巻き込まれる方が迷惑だ。

「そいつを殴れば憂さ晴らしにはなるかもしれませんが、いつまでも終わったことを言っていても仕方ないでしょう。後で文句が来ないように対応してもらえれば十分です。それより、こちらのオペレーションへの影響と今後についてお願いしますよ」



 結論から言うと、レッドドラゴンの討伐には今日中に出発することになった。

 かき集められるだけの戦力に招集をかけ、ある程度まとまった部隊を編成出来たら随時出撃だ。

「グダグダだな。結局、今回もまともに対策が出来ていない状態で戦闘に突入するわけか……」

 件の冒険者の男は、どうやら“マナドレインミスト”のような効果の魔法陣と毒矢でレッドドラゴンを仕留めようとしたそうだ。

 当然ながら、Sランクの魔物の反射神経と魔力の前には傷一つ付けられずに終わることとなる。

 しかも、目を狙った矢は攻撃力以上にドラゴンの怒りを買い、奴はブレスを吐きまくって炎の旋風を巻き起こしたそうだ。

 男が付近の村へ逃げ込み、監視チームも近隣住民の救助と撤退で消耗し、ブラッサム方面に這う這うの体で戻ってきたため、ドラゴンの進路は完全に俺たちの居る方面に固定された。

 森を通って痕跡は消したらしいが、どれほど時間稼ぎになることやら……。

 三日後にドラゴンの位置を確認して軍を展開、なんて悠長なことはできるはずも無く今に至るわけだ。

「申し訳ないっす……」

「いや、俺に謝ることはありませんよ。この件に関してはあなたの味方ですから」

 レッドドラゴン討伐に関しては武官で爵位持ちのボウイが責任者となるわけだが、俺が責任を問うのは意味が無い。

 近隣の住民に対しては、彼が自ら頭を下げて謝ったり補償をしたりしなければならないだろうが、俺は今回の討伐作戦においてはボウイの側に立っている。

 内部で責任を追及など無駄なことをしても仕方ないだろう。

 俺に責任を押し付けようっていうなら話は別だが、そのような言いがかりをつける連中はここには居ない。



「さて、それじゃあ具体的な部隊の展開に関して説明をお願いします」

「はいっす」

 その後は、動員できる軍の指揮官クラスと集まった冒険者パーティのリーダーたちを交えて簡単に作戦会議が行われた。

 人材は深刻に不足している。

 魔術師の数は、去年のエンシェントドラゴン戦でヘッケラーがやっていたような、一斉射撃や魔法陣の段階起動などの役割分担をするには到底足りない。

 戦士もアラバモからの援軍や周辺諸侯が到着していないことを考えれば、本来の想定の数十分の一の戦力しか集まっていないことになる。

「唯一の救いは、物資はそこそこ集まっていることか。魔法陣が揃っているのは意外でしたね」

「そうっすね。食料や武器より軽いんで、先行した輸送部隊で運び込めました」

 今回は獲物がレッドドラゴンであるということが事前にわかっていたこともあり、魔法陣は魔力の制御を乱すものや拘束するタイプが主だ。

 どれも大型の高ランクモンスターを討伐する際には頻繁に使用されるので、冒険者にとっても馴染みがある。

 要は、専門的な知識を有する魔術師でなくても使えるということだ。

 斥候職の冒険者に設置してもらえば、レッドドラゴンを罠に掛けて足止めすることができる。

「防衛線はここっす」

 ボウイが地図を示しながら説明した。

「んで、地形的にその正面に誘導することは可能なので、罠はこの谷の出口の辺りに……」

 中級竜とはいえ、常に人間の手の届かない高度を飛んでいるわけではない。

 今回のレッドドラゴンは逃した獲物の痕跡を探していることもあって、こちらに向かう途中でちょくちょく地上に降り立つことになるそうだ。

 切り立った崖に囲まれた狭い道は必ず通る。

 谷の出口付近に着陸する可能性が高いので、そこで待ち構えるというわけだ。

「レッドドラゴンへの攻撃は基本的には俺とイェーガー将軍で行うっす。後退しやすい地形の右の崖上で待ち構えましょう」



 今よろしくない話が聞こえたな。

「突撃するのは俺たちだけですか?」

「残念ですが、この頭数ですと周辺の警戒と伏兵として足止めに割くだけで精一杯っす。魔術師を擁するチームってだけで十分贅沢な感じっすね」

 戦力が揃っていない以上、全軍を突っ込ませるわけにはいかない。

 聖騎士である俺が居るとはいえ、仕留め切れないことも想定しなければならないか。

 その場合の最優先事項は、街や住民に被害を出さないことと、戦力を損耗しないことだ。

 万が一、俺が負傷して戦線を離脱し軍も壊滅していたら、追撃やその後の防衛が困難になってしまう。

 援軍が到着したときには周辺一帯が蹂躙された後でした、なんてことになったら最悪だ。

 ハイリスクな策は取れない。

「手負いのドラゴンが真っ直ぐ街に向かって来ているってのは、一般人からすると……いや、アラバモの感覚でも相当に危機なんすよ。本来なら、討伐は二の次にして防衛を固めなければならない状態っす。イェーガー将軍を先鋒でぶち当てるだけでも、かなりのギャンブルをしています」

「わかりました。確かに、ドラゴンに方向転換されて攻撃目標を変えられたら、俺だけでブラッサムや住民を守ることはできません」

「ご理解いただけて何よりっす。皆さんも、それでいいっすね?」

 ボウイの確認に会議室の全員が頷いた。

「では、魔法陣を設置する斥候と騎兵はすぐに出撃を。歩兵部隊は指揮官の裁量で所要の措置を取ってくださいっす。イェーガー将軍、俺たちも防衛線まで向かいますよ」

「飛びますか?」

 俺の提案にボウイは一瞬顔を蒼くするものの、仕方ないといった具合に頷いた。

「贅沢は言えないっすね」


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