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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
104/232

104話 蟹漁(猟?)


「捕捉しました。約千メートル先です」

「千……相変わらず出鱈目な索敵範囲っすね」

 魔物の襲撃を退け村に一泊した俺たちは、リッパークラブが目撃された川沿いに来ていた。

 俺が“探査”を張りながらボウイが見つけた痕跡を追跡したところ、ようやくリッパークラブの集団をレーダー範囲に捉えることができた。

 ボウイはといえば、俺が身支度を終えて早速リッパークラブを探しに行こうと提案したときは、肩の荷が一気に下りたような安堵の表情をしていた。

 一体、何におびえていたのやら……。

 まあ、斥候の仕事は十二分にこなしてくれているので、わざわざ藪を突くこともないか。

 何はともあれ、獲物はすぐそこだ。

「敵は一匹。俺が仕留めます。気取られないように接近したいので、先導してください」

「わかりました。ところで……クロスボウでやるんで?」

 ボウイは俺が“倉庫(ストレージ)”から取り出したクロスボウを見て不思議そうな顔をしていた。

「参考までに聞きますが、他の冒険者はどうやって倒すんですか?」

「一般的にはメイスなんかの鈍器で頭を潰しますね」

 何てこった。

 そんなことをしたら甲羅が割れてミソが零れてしまうではないか。

「わかりました。その方法だけは絶対に取らないようにしましょう」

「は、はいっす……」

 ボウイは訳がわからないといった表情だが、これだけは譲れない。

 たとえ、切り分けてから調理することになるにしても、最初からズタボロになっているのとでは事情が違う。

 それに、蟹と言ったら最初は丸ごと茹でるべきだろう。

 そのためには、何としても傷の少ない状態で確保しなければならない。



「(見えたっす)」

 背の高い植物の茂みをボウイについて進むと、ハンドサインで目視できたことが伝えられた。

 物音を立てないように慎重にボウイの傍まで移動する。

 あれか……。

 確かに、抱えられないほどの巨大ガニだ。

 切り裂き魔の名に相応しく、切れ味の鋭そうな鋏を持っている。

 鋼鉄を切り裂けるかどうかは疑問だが、革の防具や人間など簡単に断ち切ってしまいそうだ。

「(こっちを向いたら撃ちます。次の手もあるので、心配なさらず)」

「(了解)」

 俺はクロスボウを背の高い草の茂みから突き出し、じっとチャンスを待った。

 蟹の急所は目と目の間、口の奥である。

 前世でも、蟹が暴れて甲羅が傷つき旨味が漏れないように、茹でる前に錐のような鋭い棒で突き刺して締めていた。

 こちらの世界では、少なくとも俺の周りに蟹を食べる者が居ない時点で、蟹の締め方など知られていないだろう。

 しかし、俺には急所がわかっている。

 クロスボウの狙撃が失敗しても“氷結(フリーズ)”で足を止めてサーベルで突きを放てば仕留められるはずだ。

「(――“ブースト”)」

 蟹がこちらに顔を向けた瞬間、俺はクロスボウの矢に“ブースト”の魔術をかけ引き金を引いた。

 低ランクの魔物は初級の風魔術程度の魔力反応は捉えられない。

「ギッ!」

 俺が放った矢は避けられることもなく、リッパークラブの口に吸い込まれ、裏側まで貫通しかけた。

 水飛沫を上げながらリッパークラブは倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

「よし」

 俺は茂みから出て、慎重にリッパークラブに近く。

 死んだふりをしている可能性を警戒したがそんなことはなかった。

 どうやら俺の予想通り、こちらの世界でも蟹の急所は変わらないらしい。

 これならリッパークラブをいい状態で仕留められるな。

 幸先がいい。

「す、凄ぇっす……リッパークラブを矢の一発で仕留めるなんて……」

 ボウイはかなり興奮した表情だ。

 そういえば、彼の得物は弓矢だ。

 結果的に、ボウイの武器の新たな可能性を示してやったことになるのか。

「どうやら急所も俺の調べた通りみたいですね」

「なるほど、口の奥っすか。ちょいと見えにくいっすけど、腕のいいアーチャーなら苦も無く当てられる場所っすね」

「次は撃ってみますか?」

「是非!」

 俺とボウイは次の得物を求めて、川沿いを上り始めた。



「――“ブースト”、――“水刃(ウォーターカッター)”」

「「「「「ギィ!」」」」」

 ボウイが矢を放つのと同時に、俺も矢に“ブースト”をかけたクロスボウの引き金を引き、残りのリッパークラブの口を水魔術で撃ち抜いた。

 五匹のリッパークラブが糸の切れた人形のように、一斉に倒れ伏した。

 俺が仕留めたのは三匹だ。

 クロスボウで一匹に“水刃(ウォーターカッター)”で二匹だ。

 “熱線(サーマルレイ)”や、“聖光(ホーリーライト)”を習得しようとした過程で編み出した“レーザー”を試してもよかったのだが、失敗して焦がしたら勿体ない。

 既にニ十匹ほどの蟹を確保していることを思えば、今の俺にとってそれほど貴重な品というわけではないのだが、やはり前世の感覚を引き摺っているのか、高級品の蟹を無駄にしてしまう可能性がある行動は取れない。

 それよりも驚いたのがボウイの腕だ。

 何と、同時に二本の矢を番えて、寸分の狂いも無くリッパークラブの口を撃ち抜いてみせたのだ。

 ボウイの弓は魔道具で、貫通力を上げる機構があるようだが、オートエイム機能は付いていない。

 従って、先ほど二本同時に命中させたのは、完全にボウイ自身の腕によるものだ。

 俺もクロスボウを手に入れる前は弓矢を使っていたので、人並みには扱いがわかっているつもりだが、ボウイのような芸当は到底できないな。

「お見事」

「恐縮っす」

 倒したリッパークラブを回収したところで、俺は声を掛けた。

「で、どうです? この方法は普及しますかね?」

「そうっすね~……魔術師にとっては、叩き潰すより方法より魔力が節約できるので有用でしょう。ただ、やはりリッパークラブ自体の価値からして、そこまで損傷に気を遣う必要があるのか、ってのが戦士系の冒険者たちの本音でしょうね。それに、俺は魔道具の弓を持っていますが、普通の斥候や弓兵の装備では威力が足りない可能性があります」

「なるほど。必要な労力はかえって増えてしまうと……。やはり蟹の味を知ってもらわないことには始まらないですね」

 リッパークラブの価値が今のままでは、間違いなくこのまま身やミソを台無しにして狩り続けられるはずだ。

 どちらにせよ、ランドルフ商会の系列の店で供されれば、蟹の美味しさは瞬く間に広まる。

 魔物の繁殖力は強いのですぐに絶滅などという事態になる可能性は低いが、無駄に捨てられる悪しき慣習は出来るだけ早く終わらせた方がいい。

 付近の村からもリッパークラブが完全に邪魔者扱いされているあたり、下手をすれば焼き払われてしまいかねない。

 とはいえ、あまりにも蟹の美味さを知らしめすぎて乱獲されても困る。

 リッパークラブが有用な資源として認識されることは俺にとっても喜ばしいことだが、俺の分が無くなったら最悪だ。

 今の内に魔法の袋に貯め込めるだけ貯め込んでおこう。



「さて、蟹漁はこんなもんでいいでしょう」

「お、終わったんすか……?」

 あれから俺たちは日が暮れるまで蟹を探しては仕留め、魔法の袋に回収し続けた。

 魔法の袋には百匹以上のリッパークラブが入っている。

 途中からへばったボウイは戦闘には参加させずに、十匹以上の群れだろうと俺のクロスボウと魔術で虐殺した。

 ボウイは俺が攻撃を仕掛けている間は草叢で休んでいたが、それでも探索と警戒では十分な仕事をしてくれた。

 後ろから急かしたからな。

 俺一人が飛行魔法で飛び回りながら探すのと、ボウイに探索を任せるのとどちらが早いかは微妙だが、少なくとも魔力の節約にはなったので良しとしよう。

 少々酷使しすぎたかもしれないが、レッドドラゴンの討伐みたいな大仕事に巻き込んでくれた張本人である以上、これくらいの意趣返しはいいだろう。

「い、イェーガー将軍は何で平気なんすか……? 行軍や山歩きには俺だって慣れているはずなのに、この差は……」

「ん~、強化魔法と治癒魔術がありますから」

 強化魔法はうまく使えば体への負担を軽減できるし、治癒魔術には軽度の疲労回復効果もある。

「ずるいっす!」

「はははっ、まあ治癒魔術ならボウイ士爵にもかけますよ。――“ヒーリング”」

「おおっ、身体が軽く……」

 何故、途中でボウイを回復してやらなかったのかって?

 わざと……忘れてただけさ。

「さあ、今日はこの辺で帰りましょう。帰りの案内はよろしくお願いしますよ」

「何か納得いかないっす……」

「方角がわからないようなら、また俺が襟をつかんで上空に……」

「この道っす! 必要ないっす!」

 俺たちが村にたどり着くころには、既に日が沈んでいた。



 リッパークラブの討伐を終え、俺たちは昨日も泊まった村に戻って来た。

 一応、宿に行く前に村長の家に寄って討伐の証拠を見せるつもりだったのだが、俺たちが村に近づくと、歩哨に立っていた若者が走り出し、奥から村長を連れて戻って来た。

 この場に村長が居るのならばわざわざ家まで押し掛けることもないと思い、その場でリッパークラブの死骸を五十匹ほど積み上げてやったのだが、今度は悲鳴を上げて腰を抜かしやがった。

 ボウイが騒ぎ出した村の連中を落ち着かせ、説明と討伐の報告もその場で済ませてくれたので助かったな。

「し、将軍様。この度は本当にお手間をお掛けしまして……先日はまともな歓迎もせずに申し訳なく……あ、あの、ささやかですが、宴を……」

 面倒だな。

 未成年の俺が堂々と酒を飲むも憚られるし、これだけビビってる奴らと一緒ではお互いに楽しめないだろう。

 この村には特に目ぼしい食材や伝統料理は無かった。

 わざわざ宴に参加するメリットは皆無だ。

「いや、俺……私は結構。先に休ませてもらう」

「で、では! 見た目麗しい者を、後ほどお部屋に……」

 ああ、これはラノベの貴族ものにありがちな、村娘を差し出して夜伽をさせるパターンか。

 ぶっちゃけ興味はあるが、面倒事の匂いしかしないな。

 村人たちの視線などから察するに、第一候補は村長の後ろで蒼白になっている娘だろう。

 幼馴染で恋人の若者が蛮勇を振るって襲ってくるパターンかな。

 殺さずに制圧しても、逆恨みが続いたり、処刑は免れなかったり。

 それだけのデメリットを呑んでまで手に入れたい女性かといえば……微妙だ。

 確かに、彼女の顔は悪くない。

 しかし……痩せすぎだ。

 貧乳に用は無いのですよ。

「結構だ」

「あ、あぁ……どうか、お気を悪くなさらずに。私の姪がご不満ならば、こちらの孫娘を……」

 なるほど、あの顔面ブルーレイの女性は村長の姪か。

 そして青筋を浮かべた俺にビビる村長が次に薦めてきた孫娘とは……例によってロリじゃねぇか!

 この幼女、まだ5歳にも満たないだろ。

「俺はロリコンじゃねぇ!!」

「ひぃ!」

「「「きゃあ!」」」

「将軍様、お許しを!」

「イェーガー将軍! 落ち着いてくださいっす!」

 俺の怒声で村人たちが平伏し始めてしまった。

 さっさと部屋に戻りたいのだが、このまま立ち去っても侘びの名目で確実に村長の血縁の女が押し掛けてくるな。

 まったく……。

「私は部屋に戻る。消し炭になりたくなかったら部屋には誰も近づけないように。あとはボウイ士爵と楽しんでくれ」

 俺は村人たちをボウイに任せて早々に宿へ戻った。

 またしても厄介事は彼に押し付けたが、酒や夜遊びが好きそうなボウイにとって苦になるようなものではないだろう。

 俺は宿の部屋に戻るとすぐさまレイア謹製の結界魔法陣を起動した。

 さすがに侵入者を消し炭にする代物ではないが、かなり本格的な野営にも使えるタイプである。

 後から考えれば無駄遣いだったな。


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