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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
102/232

102話 蟹が俺を呼んでいる


「お、ありましたね、討伐依頼」

「そうっすね……」

 ランドルフ商会支部でココナッツの試食と酒の仕込みを終えた次の日、俺とボウイは冒険者ギルドに顔を出した。

 レッドドラゴンを偵察しに行った冒険者たちが帰ってくるのは五日後だ。

 一度オペレーションが始動したら、他のことに手を出している余裕は無くなるだろう。

 それまでに周辺一帯の資源は調べ終えておきたい俺は、休養もそこそこに魔物の素材の獲得に乗り出した。

 冒険者ギルドに近郊で確認された魔物の資料があったのは幸いだ。

 既に肉や素材が利用されている魔物に関してはボウイが詳しかったので、ありきたりなものをターゲットから除外するのに時間はかからなかった。

 そして、俺はついに発見した。

 今まで食用として狩られてはいなかったが、今日からは人間たちに血眼になって追い回されることになる哀れな獲物を。

「あの~、イェーガー将軍。本当にリッパークラブを食べるんで?」

「毒は無いんでしょう?」

「それはそうですが……」

 今回のターゲットは有名な切り裂き魔と同じ物騒な名前が付いた魔物だ。

 決して裁縫道具のあれではない。

 何故、実物を見てもいないのに、資料と話だけで狙いを定めたかというと……。

「巨大な蟹と聞いてスルーできるほど、大人じゃねぇんですよ」

「そういや、イェーガー将軍はまだ13歳でしたね」

 ボウイが妙なところに反応しているが、何はともあれ蟹ですよ蟹。

 個人的には海老の方が好きだったりするのだが、元日本人としては蟹もテンションが上がる程度には好むわけである。

 冒険者ギルドの資料によるとリッパークラブはCランクの魔物で、胴体部分が直径一メートルを超えるほどの巨大ガニだ。

 脚も入れれば横幅は三メートルを超すだろう。

 こんな大きな蟹が、俺にとってはそれほど危険度が高くない魔物として存在しているなど、神様からのご褒美に違いない。

「運がいいですね。ブラッサムからは少し離れた所みたいですが、森に近い川沿いの農家から、十数匹のリッパークラブの目撃情報と討伐依頼が来ていますよ」

 Cランクとはいえ、一般人にとっては十分な脅威だ。

「ああ、これだとちょっと残りそうな依頼っすね。十匹以上が群れているとなると、実質的にはBランクに近い。んで、リッパークラブはそれほど高く売れる魔物じゃないっすから」

 どうやら、この巨大ガニは甲羅の外側がその頑丈さから防具や補強材に使われるらしい。

 とはいえ、防具の素材としてそれほど珍重されているわけではない。

 魔物素材であるが故に、ただの蟹の甲羅よりは頑丈だが金属鎧ほどの防御力は無く、革鎧よりも重く加工にも手間がかかる。

 魔力的な要素もほとんど無い中途半端な素材であり、大した金額にはならないそうだ。

 つまり討伐対象としては後回しにされがちなのである。

 ということは、俺が独り占めしても問題無いわけだ。

「やったね。肉もミソもたっぷり確保できるぜ」

「本当に美味いんすかね……」

 ボウイは蟹の味に懐疑的だが、実際に食ってみたら腰を抜かすに違いない。



 リッパークラブの討伐依頼を出した集落までは、またしてもランドルフ商会がチャーターしてくれた馬車で向かった。

 王都から乗ってきたものとは別の車両だが、これも運送ギルド所属の高性能な馬車だ。

 相変わらず中世の馬車とは思えないほど振動が少ない。

 俺の気まぐれな外出に経費でハイヤーを出してくれるなんて、前世では全く縁の無かったVIP待遇だな。

 まあ、それだけ俺の収穫に期待してくれているということか。

 梅とカシスはともかく、ココナッツは商会にとっても非常に大きい利権になるに違いない。

 果たして蟹はどうなるか?

「リッパークラブもアブラヤシ……じゃなかった、ココヤシと同じように色々な用途に使えるんっすか?」

「いや、甲羅の用途は特に思いつきませんね。ただ、ミソも肉の部分も美味いらしいですよ」

 俺も食べた経験は無い体で話すので、あくまでも本や人の話の知識として振る舞う。

 まあ、俺はあまり演技が得意ではないので、何かしら不自然なものがあることには勘付いているかもしれないが。

「へぇ、初耳っすね」

 この国には蟹を食べる習慣は全く無いのだろうか。

「漁村や海岸沿いの街なら、蟹を食べる習慣もあるんじゃないですか?」

「そうなんすかね~。少なくとも西部とガルラウンジじゃあ聞かなかったっすけど……」

 ガルラウンジというと王国最北部の港町か。

 確か、西のバスティール帝国との貿易を担い、北の魔大陸と往復する船も出ていたはずだ。

 北海の海の幸が豊富なことは間違いないが、そこでも蟹は食べないのか。

「蟹は獲れないのかな? 生息していれば、とっくに美味しさに気付かれて調理法も根付いているはずなのですが……」

「そこまで美味いと聞くと、ちょっと気になってきましたよ」



「イェーガー将軍、このペースですと今日の夕方には現地の村に着きそうっすよ」

 ボウイが地図を広げながら言った。

「思ったより早いですね」

「馬車がいいっすから」

 確かに、普通の木の車輪の馬車では、もっと時間が掛かっていただろう。

「運が良ければ今日中にリッパークラブの目撃地点まで行けますか」

「え? 村の宿に泊まらないんすか?」

 普通の冒険者なら現場近くの村に一度泊まり、休養と消耗品の補充を済ませてから行くものだが、俺たちには必要ない。

 物資は魔法の袋に――ボウイも汎用の魔法の袋を持っている――いくらでも詰まっているし、何より運送ギルドの快適な馬車に乗っている以上、移動による消耗もほとんど無い。

 わざわざ一日潰す必要は無いだろう。

 どうせ帰りは村に一泊することになるのだ。

「いやいや、事前の情報収集は徹底的にやらなければマズいっすよ。俺も実際に現地へ行ったことが無い以上、どんな危険が潜んでいるかわかりませんし、村の雰囲気や実状も知っておいて損は無いし……そうだ! 宿で意外と美味いものにありつけるかもしれません」

 次から次へとよく出てくるものだ。

「本音は?」

「そりゃあ、出張の醍醐味といえばひと夏の……あ、何でもないっす」

「はぁ……要は娼館ですか……」

「とんでもない! 田舎であちらのほう専門の店なんか入っても碌なことにならないっすよ。都市部なら貴族や大商人向けの教育が行き届いている店がありますけどね。地方では逆に素人を口説く方が……」

 知らんがな!

 まったく、トラヴィスの重臣であるこいつは俺より柵が多いはず。

 それが何故チャラ男でいられるのか不思議でならない。

 軽々しく女に手を出したら確実に面倒事の火種になりそうなものだが……器用なものだ。

「いい娘が居たら将軍にも紹介しますから。確か、化粧っ気のない巨乳な娘がお好きとか……」

「何で知ってるのかな……?」

「そこは企業秘密っす」

 まあ、大体予想はつく。

 王宮で近づいてきた勘違い女の中でも、貧乳と厚化粧には特にそっけない態度を取ってしまった自覚はある。

 外見は悪くなくても、話すと皆似たようなタイプの鼻持ちならないドラ娘で、結局はそれ以上のお付き合いはご免被ることになるわけだが……。

「仕方ないですね。まあ、Cランクの魔物の討伐なら何日も掛かることは無いでしょう」

「あざっす!」

レッドドラゴンの討伐の前にボウイ士爵をへばらせるわけにはいかない。

 しかし、息を抜き過ぎて本当に情報収集の方を忘れてもらったら困る。

「……ちゃんと仕事してくれよ」



「ん? あれは……」

「どうしました?」

 ボウイが急に表情を強張らせて草原の丘の向こうを凝視した。

「御者さん! ちょっと止めてくださいっす!」

「へい!」

 御者は馬に合図を送りつつ急ブレーキを掛けたが、思ったほどの揺れは無かった。

 さすがは運送ギルドの馬車だ。

「将軍! あれ、見えるっすか?」

 ボウイに言われて、彼と同じ方向に目を凝らした。

 あの方向は俺たちの目的地であるリッパークラブが目撃された村だ。

 集落があるのは見えるが、特に変わった様子は見られない。

「何か、おかしなことでも……あ、あの煙ですか?」

「そうっす。あれは恐らく火矢っすね」

 言われてみれば、煙突からの煙とは違う煤を含んだ黒煙が所々から上がっている気がする。

 とはいえ、村の中心で大きな火の手が上がっているわけではないようで、焼き芋と言われれば納得してしまいそうな規模だ。

 戦場は家や倉庫を挟んで向こう側だろう。

 こちらが高台ならば戦闘の様子も見て取れたのだろうが、残念ながら丘と建造物に阻まれ視認できない。

 しかし、火矢を使うということは、相手はゴブリンやオークなどの魔物で間違いないはずだ。

 猪や熊に火矢を集中砲火して毛皮を燃やしてしまうような者は、こんなアウトドアな村には居ないだろう。

 イェーガー士爵領然り、森が近い村ならば魔物が溢れて襲撃を食らうことは往々にしてあるわけだが、運悪く居合わせてしまったようだ。

「よく見つけましたね」

「空にちょいと違和感があったもんで。確信が持てたのは、外に出て匂いを嗅いでからっすよ」

 それでも大したものだ。

 俺は索敵が“探査”に頼りきりな面もあって、そのレーダー範囲に捉えなければまともに状況を感知できない。

 それでも、前世の狙撃銃の弾くらいならば、避けるなり叩き落すなりは容易い。

 こちらの世界では攻城兵器でもなければ届かない距離なので、交戦距離としてはかなり遠くまでカバーしていることになるが、索敵や偵察をするにはさらに遠距離の状態を把握する必要がある。

 そこまで“探査”の範囲を常に広げておくことは、俺の脳みその処理能力から言っても現実的ではないわけだ。

 空の様子やら空気の流れを読むやら、俺にはできない芸当だ。

 狩人としての力量はボウイの方が圧倒的に上だな。



「で、どうするっすか?」

 俺はボウイの質問に暫し逡巡したが、すぐに決断を下した。

「急速接近して奇襲を掛けましょう」

「即答っすか……いや、それ以前に撤退とかは考えないわけっすね」

「自分で言うのもなんですけど、俺が居る以上はすぐに介入するのが最善でしょう。あれがレッドドラゴンなら、深追いはせずに時間稼ぎと消耗を抑えた戦い方をします。低ランクの魔物ならばサクっと倒して恩を売れます」

 さすがに反対方向にレッドドラゴンがもう一匹いるとは思わないが、そのレベルの危険な高ランクモンスターが居ても、俺一人なら安全に生き延びることはできる。

 最悪、奇襲を掛けるだけ掛けて逃げればいいのだ。

 ここで手を拱いているよりはマシだ。

 それに、こう言っては申し訳ないが、ブラッサムの冒険者全てを集めても俺一人に遥かに及ばない。

 前もって準備できる戦闘ならば、猫の手すら借りて少しでも戦力の増強を図りたいものだが、時間が無い状況で増援を呼びに行くほどの価値は無い。

「ボウイ士爵は村の人間の誘導と、万が一の場合は通信水晶でブラッサムかトラヴィス辺境伯に連絡を」

「わかったっす。じゃあ、馬車で村の北側の森まで行って……」

「ああ、必要ありませんよ」

 俺はボウイの腕を掴み飛行魔法を発動した。

「え? ええ? ぬわあああぁぁぁぁ!!」

「御者さん! 急がなくていいから、安全な道を通って来てくれ」

「へ、へい!」

 前にフィリップにやって吐かれたことがあったが、ボウイは大丈夫だろうか?

 俺はベヒーモスローブにしがみ付くボウイがそのままの体勢でリバースしないことを祈りつつ、目的地の村までフルスピードで飛行を始めた。


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