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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
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101話 会議(試食会) 後編


 青梅に含まれる青酸配糖体のアミグダリンは、胃酸や腸内細菌の酵素であるβ-グルコシダーゼの作用でシアンを生成し毒性を呈する。

 とはいえ、果肉のアミグダリンと体内の酵素だけで生成する毒性物質は微々たるものだ。

 重症例の多くは種子を大量に摂取したパターンだったと記憶している。

 そもそも、この場合はアミグダリンの大量摂取というよりも、種子中の酵素エムルシンによりシアンが生成した形だ。

 種子を大量に噛み砕くという状況自体が稀だが、青酸配糖体とエムルシンを含有する桃や杏子の種子を生薬のトウニンやキョウニンとして使用する際も、ラボでの処理としては炒ることで酵素を熱で失活させてから用いている。

 要は、食物に由来する有害なシアン化物は、外部からの処理で生成を抑えられるということである。

 青梅も塩分やアルコールや熱で毒性を減らすことは可能なわけだ。

 この世界の梅が前世のものと同じならばの話だが……。

「“分析(アナライズ)”」

 俺の“分析”の魔術とレイアの魔法陣、ランドルフ商会の職員たちの操る魔道具によって、青梅の毒の成分が丸裸にされてゆく。

「どうだい?」

「ええ、大体俺の予想と同じ組成の毒性ですね。呼吸困難や麻痺を起こし、最悪死に至る猛毒です。それに……俺の予想よりも含有量が多い」

 さすがに一口齧っただけでお陀仏にはならないが、前世と違い実を数個食べただけでも中毒症状が出そうな反応だ。

 俺の“分析”は人体への危険度と照らし合わせて解析することに関しては得意中の得意だ。

 動物や人体実験をしてみても、そう違いは無いだろう。

「やっぱり毒の実を食うのはムリなんじゃないか?」

「いや、この毒は熱やアルコールで壊せるのです。まずは加熱してみましょう」



 結論から言うと、こんがり焼いた青梅からは毒の反応が消失した。

 第一段階は成功である。

「ふぅむ、不思議なこともあるものだな」

「一応、家畜で実験してみてください。あくまで毒の反応が消えただけですから」

「ああ、わかっている。それで問題なければ、人間だな?」

「そうですね」

 犯罪奴隷か死刑囚でも使うのだろうか?

 まあ、ランドルフなら焦って結果を出そうとして、評判を落とすような真似はしないだろう。

「アルコールによる失活はすぐに試せるものではないので、製品と同じものをいくつか試作してしまいましょう。少し長めに……三か月後に毒の検査をしましょう。問題ないようだったら試飲を。そこで駄目でも、半年から一年くらい熟成させることはよくありますから、まだ可能性があります」

「わかった。熟成期間はそれほど長くないのだな」

「ええ、庶民の酒ですから」

 梅酒のロックは飲み放題コースでも定番だからな。

「さて、俺も甲類焼酎を用意しましたが、ブランデーやウォッカの類でも作れるので、そちらも同じ数を仕込んでしまいましょう。後者の方が一般的でしょう?」

「確かに、前にも飲ませてもらったが、この……ホワイトリカーだったか? これほどの純度の透明な酒はほとんど見たことが無いな」

 前回は梅が手元に無かったので、リンゴや桃などの市場で手に入る果実を絞って混ぜた。

 下手なワインよりはいい出来だったが、やはりホワイトリカーを使った果実酒といえば梅酒だ。

 当然、梅は他の酒に漬けても相性はいいので、こちらでも手に入りやすいブランデーやウォッカでも試しておいて損は無い。

「では、ポイントも解説しながら作るので、皆さんも手伝ってください」



 職員たちの協力の元、俺は大量の梅酒の仕込みを終えた。

 瓶詰め用の口の広い大瓶が数十個も並んでいる。

 瓶は洗った後にアルコールで除菌する。

 梅は傷の無いものを選別し、水で洗い丁寧に拭く。

 ヘタを取ったら氷砂糖と交互に敷き詰め、酒を注いで密封する。

 氷砂糖があるのは驚きだが、南部の砂糖の生産地ではそこそこ名産らしい。

 前世の感覚を持つ俺からするとかなりの高額だが、一昔前までは王族くらいしか口にできなかったことを思えば大した進歩だろう。

 残念ながらランドルフ商会は関わっていないが、生産体制を改良し庶民にも行き渡るようにする志のある人々が他にも居るということだ。

 俺のようなチートでないのなら、とんでもない天才だな。

 まあ、向こうも酒に溶かされるとは夢にも思っていないだろうが……。

 手順を細かく説明しながら職員たちと同時に作業をしていたら、空瓶の半数以上を埋めるまで続けてしまった。

「これはまた大量に作ったっすね」

「経費的にちょいと博打が過ぎたかな……?」

「うちの持ち出しは瓶とホワイトリカー以外の酒だけだから、研究費としては大したことは無いさ。まあ、全て駄目だった場合には落ち込むだろうがな」

 ランドルフはそう言っているが、今日仕込んだ酒が全滅だったら悲惨だ。

 最悪、解毒魔術をかけて飲む手もあるが、さすがの俺でもアルコールだけを残すような器用な真似はできない。

 ただの梅ジュースになってしまう。

 この梅酒の試作は、投資としては俺にとってもそれほど大きなものではない。

 森を見た限り梅はまだいくらでも取れそうだった。

 消費したホワイトリカーの量も、魔法の袋の備蓄にはまだ余裕がある。

 しかし、今回の果実酒に関しては、数か月単位の時間を要する初めての試みだ。

 今までは作ってきたのは、ワインなどの比較的単純な製法の酒と、精々が蒸留してブランデーにするくらいだった。

 そのワインやブランデーも、貯蔵場所の問題でまともに寝かせてもいない。

 一、二年の熟成期間でも、失敗したら甚大なダメージに思えてしまう。

「ふむ、まあそこは運を天に任せるしかないさ。失敗したら、その時はその時だ。それに、お前さんが見つけてきたのはウメだけじゃないんだろう?」

「そうでした! 今回の目玉は何と言ってもこれです」

 俺は気を取り直し、昨日の最後の収穫を魔法の袋から取り出した。



「それは……ブルーベリーではないな」

「俺は山ブドウの一種かと思っていましたけど……何か違うっすね」

 ランドルフもボウイも心当たりが無いといった様子だ。

 商会の職員たちもほとんどが首をかしげているが、数人はその植物に見覚えがあるようだ。

「それは、カラントの実では?」

「ん? こっちではそんな名前……ああ! 英語だとブラックカラントか」

 俺が取り出したのは、日本で最も知名度が高いカクテルの原材料と言っても過言ではない植物カシスだ。

 カシスというのはフランス語で、日本語ではクロスグリ、英語だとブラックカラントだ。

 森の探索で得た資源の中でも最大の発見だ。

 日本では青森県が生産のほとんどを占めている。

 何故、南部で見つかったのか謎である。

「(いや……それ、変な臭いがする植物だろ)」

「(あれ、食うのか……)」

「(私の故郷でも食べるなんて話は聞きませんでしたね)」

「うーむ、もしかしたら……子供の頃、隣の村の婆さんが作っていたジャムの原料って、これかも……」

 どうやら、カシスを食用の植物だと思っていない連中の方が多いようだ。

 ブルーベリーよりアントシアニンも多く栄養がたっぷりのはずだが、この世界でわかるはずもないか。

 確かに、葉や茎の匂いは、あまりいいものではないからな。

「酸味や独特の風味がありますが、きちんと調理すれば美味いはずです」

 いずれカシスのシャーベットも作りたいな。

 甘さが控え目で酸味が強いパターンが多いから、甘党のレイアには不評かもしれない。

 他のオルグレン伯爵家の面々はどうかな?

 ヘッケラーは……出せば何でも食うだろう。

「イェーガー将軍、これは……凍っているように見えるが」

「ええ、“氷結(フリーズ)”をかけてあります」

 カシスの実は収穫してすぐに“氷結(フリーズ)”の魔術で凍らせて魔法の袋に収納した。

 魔法の袋の中は時間が止まっているので、保存して持ち帰るためなら生でもいいのだが、俺の目的のものを作るためには、どちらにせよ凍らせなければならない。

「凍らせてどうするんで?」

「カシスリキュールを作ります」



「リキュール? 薬草酒っすか?」

 そうか、俺が適当に作ったサングリアが最高のカクテルや名酒と言われる世界だ。

 リキュールといったら薬のようなものしか無いのだろう。

 ボウイが特別に無知というわけではないはずだ。

「薬草ではなく、このカシスの成分を酒に移すんです」

「なるほど。さっきのウメ酒と同じか。純度の高い酒に果物の味と香りを付けるのだな」

「さすがランドルフさん。冴えてますね」

 カシスリキュールの製法はそれほど複雑なものではない。

 製造段階の手順自体は、マイナス五度の環境で酒に冷凍カシスを浸し粉砕するというものだ。

 五週間ほど浸けてカシスのエキスを抽出し、砂糖を加えたら濾過して完成だ。

「ほう、一か月ほどで出来るのか」

「ええ、酒自体はカシスを浸すスピリッツの方なので。かなり甘味が強い酒ですから、オレンジジュースなどで割るのが一般的ですね」

 カシオレが出来たら絶対に売れる。

 俺の嗜好の為にも、利益の為にも、ぜひ生産体制を確立したい。



「ランドルフさん、冷凍の魔法陣の進捗はどうです?」

「芳しくないな。作成できることはできるが、コストが問題だ。冷凍保存庫の魔法陣を入れた箱は完成しているので、試作するには十分とは思うが……」

 俺は前にアイスクリームの販売を思いついてからランドルフに打診していた研究の内容を質問した。

 “氷結(フリーズ)”や“氷壁(アイスウォール)”の魔術がある以上、氷や氷点下といった概念がこの世界に無いわけではない。

 冷凍庫の実用化もそれほど遠い未来の話ではないと思っていたのだが、やはり魔法陣や魔道具となるとコストの問題がある。

 どちらも初期投資と維持費がそれなりに必要なパターンがほとんどだ。

 魔法陣は繰り返し使っていれば消耗するので交換しなければならず、魔道具もメンテナンスが必要になる。

 俺は魔術でどうにでもできてしまうので、キューブアイスだろうが冷凍ミカンだろうが簡単に作れてしまうが、商会で生産するためには魔術師の手が無くても稼働できる冷凍設備が必要だ。

 アイスクリームやシャーベットのために研究していた設備が、今回の大雑把な探索の収穫で必要になるとは思ってもみなかった。

「仕方ない。カシスの凍結は俺が全部やってありますから、今回はエキスの抽出を最後まで試作品でやる方向で仕込んでしまいましょう」

「ああ、そうだな。いずれはうちの設備で賄えるようにしたいものだ」



「さて、これで今できる作業は終わりですね」

「ああ、お疲れさん」

 残りの大瓶を使って、ホワイトリカー中でカシスを粉砕し密封した。

 数十個の瓶詰用の大型のガラス瓶が、丁寧に魔導冷凍庫に保管されていく様は何となくシュールだ。

「ウメ酒は最低でも三か月だったな。そうなるとカシスリキュールの方が完成は先か」

「そうですね。上手くいっているといいんですけど……」

 ネットで見たことがある現代的で確実な方法に極力近づけた環境を作ったので、成功していると信じたいものだ。

「あの……さっきも思ったんすけど、イェーガー将軍の“醸造”の魔術ですぐに完成させたりできないんすか?」

 ボウイは今日すぐに飲める酒が無いのが残念そうだ。

「無理ですね。製法的に魔術ではどうしようもないのですよ」

 俺がホワイトリカーやブランデーをぽんぽん“醸造”の魔術で大量生産しているからか、色々と誤解があるようだ。

「そもそも“醸造”の魔術は、ワインのような醸造酒をとりあえず作ることに関しては問題ありません。本物の熟成のようにはいきませんが、魔術師の腕次第で、そこそこ深みのある味には仕上げられます。蒸留酒も、俺は科学的なアプローチと魔力操作の勘で解決しましたけど、それほど難易度の高いことではないでしょう」

 実際に自家製のブランデーやウイスキーを作る魔術師も居るらしい。

「ですが、アルコール発酵を起こしたり蒸留したりといった手順とは別のところにある酒造りは、魔術や俺の拙い科学の知識では代替できないわけです」

「いや、イェーガー将軍の自然科学の知識が拙いなんて、この国の誰も言えませんから……」

 まあ、中世レベルの平均と比べれば当然だろう。

 ネットのある時代を生きて、大学に入れる程度の勉強はしたのだ。

 とはいえ、俺の酒造の知識など高が知れている。

 あくまでも雑学や趣味の範疇だ。

 前世で製造に関わる仕事ができるレベルの知識など、到底持ち合わせていない。

「それでも完璧には程遠いのです。梅酒はともかく、カシスリキュールに関しては改善の余地が残されているどころか、根底から覆すような製造法の方が美味い可能性すらあります」

 今回のカシスリキュールの製法は、工業的な生産法として聞いた話を再現しただけだ。

 冷凍設備など無い時代は間違いなく常温の樽に詰めていたはずだし、現在もカシスリキュール製造の最大手ル〇ェの製品はオーク樽を使っていると聞いたこともある。

 温度変化や酸化には弱いはずのカシス酒を、どうやって伝統的な手法を維持しつつ現代においても高く評価される品質を保っているのか謎だ。

「俺はワインやブランデーの製造に携わった経験はありません。新しい見たこともない酒のアイデアを出したのは事実ですが、改良には皆さんの知識が必要となることも多いでしょう。良質な酒を市民に届けるためです。職員の皆さんも、ぜひ貪欲に高みを目指して研究改良に励んでください」


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