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雷光の聖騎士  作者: ハリボテノシシ
学園編3年(家臣編)
100/232

100話 会議(試食会) 前編


 ランドルフ商会支部の一室では、会頭のグレッグ・ランドルフはじめ食品製造部門の職員が一堂に会していた。

 急な招集だが、思いがけず昨日一日で俺がいくつもの食材を発見してしまったのだから仕方ない。

 本来なら、話は全ての地域の探索が済んでからでもよかったのだが、レッドドラゴンの討伐に巻き込まれたことで予定を大幅に狂わされてしまった。

 偵察部隊が帰ってくるまで一週間も無い。

 植物系の資源だけでも早めに片付けておかないと、商品開発の話をする時間が無くなってしまう。

「皆さん、お疲れ様です。急な会議をぶち込んで申し訳ありませんが、今日はよろしくお願いします」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 職員に声を掛けた俺は、魔法の袋から昨日の収穫を取り出し始めた。

 最初に出したのは、昨日の探索で一番初めに見つけたココナッツだ。

 この世界の石鹸はほとんどがパーム油で作られているので、アブラヤシの実には職員たちも馴染みがあるはずだ。

 何故、ココヤシが見向きもされなかったのかは謎だが、どうやらアブラヤシと違って石鹸の材料として売れないハズレ植物という扱いのようだ。

 石鹸用の油を取る植物の仲間を他の用途で利用、ましてや食用にするなど考えもしなかったということなのかな。

 そもそも、アブラヤシから採れるパーム油も食用にできる油なのだが、植物油を料理に利用すること自体、俺が揚げ物を作ってようやく広まってきた。

 動物の脂肪や乳製品以外の油を見ても、利用法が思い浮かばないのは、仕方のないことだろう。

 ここが熱帯ならばココナッツジュースから水分を取る習慣がとっくに確立されていそうなものだが、水が全く飲めない環境ではなくワインも生産される地域ならばそのような盲点が生じることもあるのか。

「イェーガー将軍、それって石鹸の材料として採ったんじゃないんすか?」

「いやいや、種類が違いますから。まあ、石鹸に使えなくもないでしょうけど、毒の有無を徹底的に調べて問題なければ食べますよ」

「ふぅむ、あまり美味そうには見えないんだがな……」

 俺を手伝った報酬に招待したボウイも、ランドルフと一緒に首をかしげている。

 確かに、未熟果はともかく、ココナッツの成熟果は茶色くてあまり美味しそうなフルーツには見えないよな。



 ココナッツの可食部は、全て毒性試験をパスした。

 思った通り、中身の質は前世の物と大して変わらないようだ。

 そしてサイズは前世の物より倍はある。

 果実一つから採れるココナッツジュースの量は、大きめのコップ一杯程度だったはずだが、この大型のココナッツからは二リットル以上出てきた。

 俺はナイフで上部を切り取ったココナッツを傾け、順にコップに注いでいく。

「まずはココナッツジュースから試してください」

「イェーガー将軍、一応この液体の詳細を聞いておこうか」

「これは液状胚乳です。若いココヤシの果実には、種子の中に固形胚乳があって、そのさらに中心には液状の胚乳があるんです」

「……よくわからないっす」

「まあ、種から発芽して育つための力を蓄えている部分だと思っていただければ。米なんかも同じ胚乳を食べているんですよ」

 米と同じと言われて、ランドルフも渋々ながら納得したようだ。

 残念ながら、これ以上わかりやすい説明が思い浮かばなかった。

「さ、どうぞ」

 コップが全員に行き渡ったところで、俺も口を付けた。

 冷えていないうえに、現代のスポーツドリンクの味を知っている身からすると、少々物足りない味だった。

 医療用の経口補水液を薄めたような、甘味の少ないスポーツドリンクのような味だ。

 これでも野生のココナッツとしては甘い方なのかもしれない。

「へぇ、思ったより美味いっすね」

「ほう、少し塩気があって変わった味だが、この甘さは疲れが取れそうだな」

 どうやら現地人には好評のようだ。

 ココナッツジュースはミネラルも豊富な天然の経口補水液だ。

 砂漠で活動する冒険者の多いアラバモに売りたいが、その場合の品質保存と輸送コストはどんな具合だろうか?

「う~む。腐らせずにアラバモまで運ぶには、魔法の袋が不可欠だろうな。そうなると現地での売値が……」

「そうっすね~。買い出しに来るにしても、並の冒険者にとってブラッサムは遠すぎっすよ」

 確かに、新鮮な果物を運ぶのと同じことだと考えれば、普及させるのは難しいに決まっている。

 俺には魔法の袋があるから、砂漠でココナッツジュースが飲めればなどと考えるが、前世を思い出せば土台無理な話である。

「わかりました。一応、帰ったら運送ギルドにも話は通しますが、基本的にココナッツジュースはブラッサム近辺の特産として売り出す方針にしましょう。輸送経路が確保されても、アラバモには嗜好品として少量を卸すことを前提にしてください」

「わかった」

「お願いします。新しいものが入るだけでも、ありがたいことっすよ」



「生水が危険な熱帯ではココナッツジュースで水分を取る習慣がありそうなものですけどね。ランドルフさんでも聞いたこと無かったのですか?」

「ああ、残念ながらな。果実を割るだけで飲めるのに、何故今まで気付かれなかったのか……」

 確かに、現地の狩人や冒険者なら知っていそうなものだ。

「それは、この地域が新しい開拓地だからでしょうね」

 ボウイが補足してくれた。

「この辺りは農業用地として切り開くために、北部から人を送って開発してきたんすよ。そんなに昔のことじゃありません。その証拠に、付近の諸侯も領地の広さの割には位の低い新興貴族が多いんす」

「なるほど、現地の人間も何代にもわたって住み続けてきたわけではないから、それほど地理に精通していないと」

「そういうことっす」

 ボウイは細切りにしたココナッツの固形胚乳を摘まみながら続けた。

「それに石鹸の流通も影響しているでしょう。我が国では建国して間もないころから中流階級にも普及していたそうっすから。これは周辺各国と比べても例を見ないほどの早さらしいっす。その経緯もあって、アブラヤシは石鹸に加工するもの、ココヤシ……でしたか? これは役立たずと。そんな先入観が生まれてしまったんでしょうね」

 この男はチャラ男に見えて意外と博識なんだな。

「勿体ないことっすよね。渇きが癒せて、腹も膨れる。こんな素晴らしい植物資源が今まで放置されていたなんて」

「確かに、こいつは果汁だけでなく果肉も十分商品になりますな。主食にするのはともかく、酒のつまみや軽食として、他の料理と一緒に出すなどの工夫をすれば十分な魅力がある。何せ物珍しさがある品だからな」

 ランドルフもボウイの話を聞いて、役に立たない植物という先入観を覆すのには十分な食材だと判断したようだ。

 しかし、これだけでココナッツの話を完結してもらっては困る。

「ランドルフさん、ボウイ士爵。そろそろココナッツの本題に入りましょう」

「何だって!?」

「本題? 今まで無視してきた植物の利用法を編み出しただけでも凄いのに、まだあるんすか?」

「ええ、こいつにはミゲールさんも巻き込もうと思っているのですが……」

「ミゲール? ということは、このヤシを菓子類に使えるのか?」

「もちろん。まずは試作品を作ってみましょう」



 商会の職員の手を借りて、俺はココナッツの成熟果の処理を始めた。

 白い固形胚乳を削り落とし、粉々になるまで磨り下ろす。

 下ろし金のような道具はあったのが幸いだ。

「この熟した果実は汁が少ないのだな。しかし、青い果実よりも香りが強い」

「本当っすね。青臭さが無くなって実の香りが前面に出てきた感じっす」

 ランドルフとボウイがココナッツジュースを飲み比べている間に、こちらの準備も着々と進んでいる。

 磨り下ろしたココナッツの固形胚乳を水で煮出したら、ザルで濾しながら布で搾った液を採取する。

 ここまでくれば何を作っているかお分かりだろう。

 ココナッツミルクだ。

 未熟果の固形胚乳からでも作れるようだが、俺が採取したココナッツにおいては成熟果の方がココナッツ特有の香りが強そうだったので、こちらを使うことにした。

 ナイフだけで処理するよりは楽だが、それでも自動でミルクと搾りかすを分離してくれる機械は無いので、かなりアナログな作業をしなければならない。

 本当に伝統的な製法で作るのなら、水を加えて撹拌して手で搾るらしいが、さすがにそこまで製法にこだわったところで意味は無いだろう。

 俺は職人ではないので、妙に古い手法を用いたところで良質なものが作れるとも限らない。

「これはまた香りが凄いな」

「何か、牛乳みたいっすけど……」

「ええ、牛乳の代わりに使えるパターンもありますよ。何はともあれ、まずはそのまま飲んでみてください」



「おう! これは……」

「美味いっす! これ、砂糖を足したら凄ぇ美味くなったっす!」

 ココナッツミルクは予想以上に好評だった。

 手作業の割に濃厚なミルクが取れて俺も驚いている。

 初めて試作した状態でこれなら今後も期待できそうだ。

 中華料理のデザートの定番、タピオカ入りココナッツミルクが食べられる日も近いかもしれないな。

「ミルクだけでも甘い香りと濃厚な舌触りで十分美味いが、実際に甘味を足したものはさらに美味いな。これだけ鮮烈な香りがミルクに閉じ込められているとなると、菓子に使えば相当なレベルのものが出来るぞ。こいつは最優先で研究させよう。ミゲールの店でも使えないか、早めに話をしてみるよ」

「ええ、よろしくお願いします。今回、俺が試したミルクの採取方法は、あくまでも一つの例です。他にも水と撹拌してじっくり搾る方法や、固形胚乳を乾燥させてから使う方法などもあります。そっちはミルクからもっと純粋な油を分離するのを試した後に話しましょう」



 ココナッツオイルは商会の製油機の一部でも試す話がまとまり、ココナッツミルクに関しても会議室にいた職員の大半が製法を理解したところまで進んだ。

 肝心のココナッツオイルも、一瓶は手元にあるのだが、これは俺が魔術で強引に抽出したものだ。

 一応、商会の毒性試験もパスしたので、口に入れても問題ないことはわかっているのだが、製造ラインが確立されるまでにはかなり時間が掛かりそうだ。

 ココナッツオイルをコーヒーやバナナジュースに入れて楽しめるのは、当分先になるだろう。

 利用法が多岐にわたる植物だけに、ココナッツ一つでかなりの時間を食ってしまった。

 予定ではもう既に酒の仕込みに入っているはずだったが、未だに青梅の毒の分析すら済んでいない。

 ココナッツの話を食用の部分だけ話して終わってもよかったのだが、ココナッツファインやココナッツファイバーのことにまで話が及んでしまった以上、概要だけは話しておいた方がいいと判断したのだ。

 若造の俺の講釈に嫌な顔一つせず必死にメモを取る職員を見ていると、中途半端なことはできないと思ってしまう。

 結果、ココヤシの有用性を俺の知る限り伝えたところで、日はかなり傾いてきている。

 これは梅酒の準備を急がなければ。

「では、青梅の毒の分析から始めましょう」

「あ~……イェーガー将軍。それ、本当に食うのか? 何も危険なものを無理に口にしなくても……」

 どうやら職員もランドルフと同じ意見らしく、俺が魔法の袋から取り出した梅を恐ろしそうに眺めている。

 一口齧ったくらいでは死なないはずなのだが……。

「美味いはずなんですよ。そのためにも毒の仕組みを詳しく知らなければなりません。ほら、皆さんも手伝ってください」


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