10話 王都探索 前編
まだ夕食までは時間があるので女将さんに言われた通り服を買いに行くことにする。
毒々しい色の毛皮のベストを脱ぎ、鹿の皮などで作った一番地味なジャケットを着て部屋を出る。
「おや、お出かけかね。…………さっきのよりはましだが、いかにも獣の皮ってのがね……」
「ええ、ですから今から服を買いに行こうかと。ところで、おすすめの服飾店と魔物の素材を買い取ってくれる店を教えてください」
「商店街の東側には大手の雑貨屋、武器屋、魔道具展、服飾店なんかが揃ってるよ。魔物素材はやっぱし冒険者ギルドじゃないかね。冒険者登録さえしておけばどの町のギルドでも適正な待遇が受けられる。下手に闇商人なんかと取引するより安全さ」
礼を言ってワイバーン亭を後にした。
「いらっしゃいませ。礼服のご注文でしょうか?」
礼服でもなきゃまともな服を着なさそうってことか? ええ? ゴラァ!
「いえ、ビジネススーツあたりのものを」
「……びじねすーつ?」
どうやら前世の青○などの感覚では通じないらしい。
「王都の学生や事務職の人たちが着る、一般的な服を」
「さようでございますか。こちらのテーラードジャケットやシャツ、スラックスなどが定番の商品でございます」
意外と現代と変わらないようなジャケットがある。
ボタンが動物の骨を削ったような武骨なものであるほかは、特に現代のブレザーとシルエットは変わらない。
シャツも申し訳程度の袖の広がりや胸のヒダが少々中世風なだけだ。
結局前世の学生時代とあまり変わらないコーディネートで見繕った。
コーデュロイのような生地のジャケットをグレーとブラウン1着ずつ、ホワイト、ブルー、グリーンの綿のシャツを2着ずつ、スラックスは黒とチャコールグレーを2本ずつだ。
ネクタイは見当たらない。
「ありがとうございました! またお越しください!」
店員は急に愛想良くなりやがった。
買ってもジャケットの1着くらいだと思っていたのだろうか。
おあいにく様。
アルベルトからもらった小遣いは、今までの獲物のこともあってなかなかの額だったのだよ。
さっそく新調した服に着替え、先ほどまで着ていた服を魔法の袋に仕舞ったところで、重要なことを思い出した。
「(盗賊たちのことを騎士団に報告しないとな)」
街の入り口まで戻る。
さすがに日が沈みかけた時間では、門を出入りする者は少ない。
「あの、すみません」
「はい、何かお困りですか?」
装備を除けば前世の警官とそっくりの雰囲気をまとった若い兵士が対応してくれた。
「先ほど街に着いた者ですが、数日前に馬車が盗賊に襲われまして……。こちらが奴らの装備です」
俺は魔法の袋から取り出した盗賊の剣と弓矢と服を机に置く。
「……なるほど、確かに王都周辺を根城にしていた奴らのものですね」
「そんなことがわかるんですか?」
「ええ、ほらここ。短剣を模ったエンブレムが付いているでしょう。これは数か月前に壊滅した大所帯の盗賊団の幹部の証なんです」
一番豪華そうな服を剥ぎ取った判断は間違ってなかったらしい。
しかもその盗賊団も元は大規模な『黒閻』とかいう犯罪組織の手先だったとか。
有益な情報を提供できたことで騎士団の好感度は上がっただろう。
こういう積み重ねがトゥルーエンドへの近道なのである。
「ところで、盗賊たちは何人ほどでしたか?」
「えっと、確か6人でしたね」
「そうですか……。今年の魔法学校は荒れそうだ」
あれ? 俺が魔法学校の受験生だなんて話したっけ?
「そのくらいわかりますよ。この時期に王都に来る人で、あなたくらいの年の人となれば魔法学校の受験生以外あり得ません」
「なるほど」
疑問が顔に出てたらしい。
名前などのほかに当時の詳しい状況なども聞かれる。
念のためほかの装備品のネコババについて尋ねてみたが何も問題ないらしい。
一人二人の追い剥ぎなどいちいち通報しないそうだ。
「今後も街から出るときは気を付けてくださいね。今年はほかにも『カタストロフィ』とかいう危険な輩が王都に来てるという話です」
「どんなやつらです?」
「ええっと……確か槍を持ったドワーフと旦那と呼ばれる筋骨隆々の大男です。ドワーフは魔術の達人で旦那は長剣でドラゴンを一撃で両断するそうですよ。戦闘の際は地を裂き樹木をぶっ倒し地図ごと消し去るような荒くれ者たちらしいですね。近づかないほうが賢明でしょう」
話を聞いてみると…………明らかに俺とパウルのことじゃん。
魔術を放ったのはパウルだと思ってるようだし、大男に見えたのも長剣と勘違いしたのも恐怖からだろう。
誰か近くを通りかかった冒険者か住民でもいたのかもしれない。
「……どうかしましたか?」
「いえ、何でも。ご忠告感謝します。それではこの辺で失礼を……」
重い足取りでワイバーン亭に戻ってきた。
「うぃーす」
「おかえり。……見違えたね。ずいぶん着こなしているというか、着慣れているというか……」
当然だ。
大学デビューに就活を経験した俺のジャケットの着こなしに隙などない。
女将さんはなかなか鋭いようだ。
「食事はもうできますか?」
ボロを出す前に話題を変える。
「ああ、食堂で部屋の鍵を見せれば亭主が用意するよ」
食堂は混雑していた。
ほとんどは酒をあおり談笑する冒険者たち、平静を装いながらも落ち着き無く視線をときどき彷徨わせるのは魔法学校の受験生たちだろう。
カウンターに座りウェイトレスに鍵を示す。
飲み物はジンジャーエールに似たものを頼んだ。
追加料金が取られるのは酒だけらしい。
今日のメニューはワイルドボアのステーキとほうれん草のような野菜のサラダだ。
「パンはお代わり自由だから、たんと食いな」
厨房を仕切る大将も女将さんと同じく獣人だ。
彼も耳に女将さんと同じく派手なイヤリングを付けている。
獣人の結婚指輪なのかもしれない。
料理はなかなかうまかった。
「完璧なミディアムレアだな。ハーブも肉の旨味を引き立てる絶妙な使い方だ。しかしこのサラダは……」
「坊主、お前……」
顔を上げると中指を立てて挑発されたオーガよりも、険しい表情を顔に張り付けた大将が正面に立っていた。
「あ~失礼。別に不満があるわけじゃないですよ。このステーキは素晴らしいと思います」
「違う。坊主には相談に乗ってほしい。後で時間取れるか?」
よかった、セーフ。
今日は食事が終わったら冒険者ギルドに行こうと思っていた。
入学前に登録するのは躊躇したが3日くらいなら問題ないはずだ。
この時間なら冒険者たちの帰還ラッシュは過ぎているだろう。
「用事があるのでそのあとでもよければ」
「……待っている」
冒険者ギルドの見た目は普通の役所と変わらないが、かすかに魔力に反応する違和感があった。
どうやら魔法耐性があるレンガで建てられているらしい。
扉を開けると視線が一斉に注がれた。
冒険者は一人も来ていないようで、視線を投げてきたのは受付のお姉さんと事務員の人たちだった。
依頼で遅くなる者はいるかもしれないが、夕食時を過ぎているのでこの時間だと冒険者はほとんど来ないのであろう。
一番近い受付に座るエルフのお姉さんに話しかける。
「あの、冒険者登録と素材の買い取りをお願いしたいのですが……」
「はい、それではまずこちらの冒険者登録用紙にご記入ください」
名前、年齢、魔力の有無などを書いていくが途中でペンを止める。
「すみません、このジョブというのは?」
「ジョブというのは冒険者活動における役割のことです。基本的には戦いでのポジションですが、どのように名乗るかは自由です。一般的な例ですと剣士や魔術師。臨時パーティを組むことが多い方は攻撃魔術師や治癒魔術師など詳細に記載する傾向にあります。」
臨時?
ああ、売り込むために、よりわかりやすいように表現するってことか。
「なるほど。なら俺は魔法剣士……いや、魔法戦士ですかね。ランクについての説明もお願いできますか?」
「はい、ランクはS、A、B、C、D、Eの6段階でみなさん一律Eランクからのスタートです。自分より上のランクの依頼は受けられず、依頼をこなしてポイントを貯めることで昇格いたします」
登録用紙に記入し、注意事項を読みながら冒険者カードが刷り上がるのを待つ。
この世界の冒険者ギルドはあまり厳格な規則はないようだ。
あくまでも仲介と魔物の素材の買取所としての機関であり、依頼の失敗などは違約金などで補償する。
ただ、契約事項に関わることでもないのになぜかCランクの依頼での死亡者が著しく高いことが詳細に書かれている。
CランクとDランクの壁が腕利きとの境目なのであろう。
英検の2級と準1級のようなものか。
ふと掲示板に目を向けると
『Eランク 山ブドウの採取 依頼主:スイーツパーラー店主ミゲール 報酬:銅貨4枚 明日のデザートのトッピング用の山ブドウを切らしちまった。持っているやつがいたら譲ってくれ』
という依頼が目に入った。
山ブドウならワインの材料としてどっさり魔法の袋に入っている。
イェーガー領にいたころ製造した酒は圧倒的にワインが多かった。
砂糖が商隊からしか手に入らず、リキュールなどはあまり数を作れなかったためだ。
しかし、新作を作らないとは限らないので、量は十分に確保してある。
「これ今受けられますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
宿代にも満たない額の依頼ということは、冒険者が余剰に採取した素材に焦点を当てたものなのだろう。
宿泊費には届かずとも、400円あればそこそこの酒が飲めるからな。
俺には関係ないが。
「ではこれで」
魔法の袋から山ブドウを取り出しお姉さんに差し出す。
「はい確かに。こちら報酬の銅貨4枚と冒険者カードになります」
渡されたカードは米軍のドッグタグほどの大きさであった。
名前、年齢、ジョブ、そしてランクEの文字の横に途中まで赤く塗られた線が一本刻まれている。
「この線が依頼達成度になります。すべて溜まると自動でランクアップとなります。魔物の素材等の買い取りカウンターはあちらです。あと20分ほどで営業時間が終わりますのでお急ぎください」
お姉さんに礼を言って受付を後にする。
買い取りカウンターには派手な老婦人が座っていた。
魔物の素材と野生動物の毛皮や爪、牙などをそれぞれ使いそうな分だけ残してほとんど売却した。
魔石はあらゆる装備品に利用できると本で読んだことがあるので取っておく。
あまりの量にドワーフの老婦人は目を丸くするが「故郷では家族全員狩りに没頭していましてね」と言っておいた。
売り上げは金貨200枚以上、日本円にして2000万以上だ。
さすがにBランク相当以上の強力な魔物の素材などは、騒ぎを起こしたくないのでまだ売らないでおく。
効率的な狩りより知識の吸収と経験を積むことを優先していたとはいえ、5年ほどの成果としては一兵卒や駆け出し冒険者よりもはるかに高い収入だ。
やはり人の多い時間帯を避けたのは正しかった。
11歳の新米冒険者がいきなり大金を手にしたという情報は、略奪を生業とする者たちにとってはこの上ない朗報である。
ここに冒険者がいなくても情報というのは、どこからか漏れるものだ。
だが、ここで調子に乗って豪遊したりしなければ、そうそう雑魚は寄ってこないであろう。
敵は少ないに越したことはない。
「買い取りは金貨でいいのかね? それとも白金貨?」
白金貨は見たことないが、大貴族や豪商の決済用のやつか。
「金貨でお願いします」
宿に戻ると大将と女将さんがロビーで待っていた。
「坊主、戻ってきたか。早速だがお前に頼みたいことってのは新作料理の発案だ」
「新作?」
「そうよ。うちの人、料理の腕は悪くないどころか一級品だと思うんだけど、目玉商品になるものがないのよ。最近王都では串焼きの屋台とかが流行っていてね。うちみたいな宿屋の飯はなかなか宿泊客以外を取り込めないのさ」
「なぜそんな話を俺に?」
「坊主の舌は確かだ。俺のステーキの醍醐味を一口食っただけで完璧に捉えたんだからな。それにあのサラダ……俺も気づいてはいたんだ。香辛料だけのサラダは旨くない」
そう、あのほうれん草のような野菜のサラダにはドレッシングがかかっていなかったのだ。
ビネガーは探せば見つかる可能性が高いが問題は油だ。
オリーブオイルがなければ話にならない。
「大将、明日市場と屋台を見に行きましょう」
「……何故だ?」
「屋台の商品の魅力は気軽に買えて歩きながらでも食べられることです。営業形態の違う店の客を取り込みたいのならサービス内容で差別化を図るべきです。ここの食堂のように腰を据えて食べる場所にふさわしい料理のアイディアのため市場に、敵情視察のために屋台に行きましょう」
自室に戻ると膝から崩れそうになった。
「濃い一日だったな……」
部屋には女将さんが用意してくれた、いっぱいに湯が満たされた桶と空の桶が置かれていた。
売店で買った石鹸を泡立て髪を洗い、体を拭いた。
排水溝に中身を捨てた桶を部屋の前に置く。
王都とは言えこの世界観で下水道があるのが驚きだ。
明日は大将と一緒に市場を見に行き、屋台を偵察に行くのだ。
ベッドに横たわりデリンジャーを枕の下に、38口径リボルバーをマットレスの間に隠し目を閉じる。
足の先から膝にかけてじんわりと弛緩していくような感覚が心地いい。
こんな感覚を味わうのはサークルの遠征以来であろう。
「生きてるって実感するな~」
そして意識は深い闇へと落ちていった。
次回はグルメ編(笑)でございます。