1話 プロローグ
俺は…………助かったのか?
最後に見た光景は、大型トラックが横転しながら、俺に向かって吹っ飛んでくるところだった。
あれだけ派手に事故ったのだ。
明日の新聞の第一面は、あの事故に決まりだろう。
テレビでもさぞや大騒ぎ…………あれ?
この部屋にはテレビが無い。
ここは病院か?
今の病院ならテレビくらい置いてあるはずなのに……。
しかも、妙に古めかしい造りだ。
ベッドも木枠だし調度品もまるで田舎の民家だ。
地方の診療所ならばこういった病室もあるのかもしれないが、俺が事故にあったのは都会だった、はず…………アカン、思い出せない。
事故の後遺症で一部記憶が曖昧になることはあると聞くが、今の俺がそうなのであろうか?
そんなことを考えていると扉が開き、ブロンドの美女と茶髪の精悍な男が入ってきた。
「……うぅ……あ~……」
どうやら俺はずいぶんと重傷のようだ。
喋ることもままならないうえ四肢切断とは。
余程長い時間昏睡していたわけでなければ内定は有効のはずだが、この状態では働けるかどうかわからん。
ようやく就職先が決まったと思ったら事故にあうとはツイてない。
苦労してようやく終えた就活が無駄になるとは。
ところで、さっきから俺の顔を覗き込んでいるブロンドの美女は何者だろう。
看護師か?
こんな美人が担当とはラッキーだな。
しかし、この中世のコスプレみたいな服は……。
と思ったのもつかの間、いきなり抱き上げられる。
「(ちょ、えぇ……俺そんなに軽くn)」
ふと手足の先に目をやると先ほどは見えなかった先端が視界に入る。
そこには確かに指先があった。
しかし、小さい……。
「#%&~、¥#$~?&#%$」
女性が隣の剣士風の男に話しかけるが何故かまったく聞き取れなかった。
「(な、何だと!? 文法は苦手だったがリスニングには自信があるはずなのに)」
男のコスプレに突っ込む暇もなく愕然とした。
だがすぐに英語じゃないことに気付く。
フランス語っぽくもスペイン語っぽくもない。
「(結論、異世界への転生ですね、わかります)」
よく今の記憶を持ったまま小学生に戻りたいといった話を聞くが、俺は一度もそう思ったことはない。
後悔がないわけではないが、過去のサボりを必ずしも次回で清算できるとは限らない。
努力に伴う苦しみを、のど元過ぎればなんとやらで忘れてしまっているからだと思う。
いかにもな小市民の俺ではタイムリープしたところで楽な方向に流れるのはやめないであろう。
思えば俺はいろいろと投げ出してきた。
部活に打ち込むでもなく人並みに人生のイベントに関わり、研究に没頭するでもなく無難な仕事に就き人生を過ごすことを選んだ。
前世をあくまでも反省材料として世界を救うことにすべてを賭けるなど、俺には到底できそうにない。
これがどこぞ神の意思なら俺に何を求めているのやら……。
テンプレ通りなら、いずれ神の啓示とやらで俺がこの世界に送り込まれた理由は告げられるはずだ。
出来る範囲でミッションをこなして、その合間にサブイベントと金儲けをしていくのが定石だろう。
「切り替えていくしかない、か」
こうして平凡な男のイェーガー騎士爵三男クラウス・イェーガーとしての第二の人生が幕を開けた、拍手!
「遅い」
何を待っているかって?
神の啓示だよ!
食っちゃ寝するだけで数か月が経った。
結局、事故直前のことは思い出せずじまいだ。
そろそろ情報が欲しい。
上半身を起き上がらせて座ることができた以上、そろそろ這い這いができるようになるはずだ。
となれば、もうすでに夢で神を名乗る爺さんか美女の接触があって然るべきだろう。
これもう勝手にしなさいってやつじゃね?
さて、どうやって生きていくかね……。
俺は常に戦いの中に身を置かないと生きていけない……わけがない!
ラブ&ピース、平和が一番だぜ。
しかし、ファンタジー世界に転生して、魔物との戦いが皆無で済むなんてことは無いんだろうな。
教えてくれる存在がいない以上、今できる準備は最大限しておかないと。
そういえば前世の子ども時代はよくコケる間抜けだった。
母親からもほかの赤ん坊より早く立ちあがったと聞いた。
確か、這い這いが長い子どもは身体能力が高い傾向にあるんだったな。
ならばまずは、家の中を積極的に動き回ってみよう。
前世の知識によるアドバンテージが、身を守るすべになり得るのなら試さない理由はない。
それに有益なものを見つけたければ、まずは脚で情報を集めなければ。
前世はともかくこの世界のことを知らないと。
とりあえずは本を探すか。