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ある慈悲深き恋の結末  作者: 凛野冥
千代原真一の章 弐
7/31

1「日常に影が差す」

    1


 おかしい。愛穂が学校に来ないばかりか、連絡が一切ないのだ。

 学校を欠席するというむねの連絡だけではない。世間話のようなメッセージを携帯に送ってくることの多い彼女なのに、昨日からそれも絶えている。

 朝のホームルーム終了後に、僕から様子を窺うメッセージを送ったが、昼休みになった今も返事は来ていない。弁当づくりに熱中するあまり遅刻したとも考えにくい状況だ。クラスで風邪が流行っているということもない。愛穂のほかは、僕の隣の柏崎くんが体調不良で欠席しているだけである。

 もしや何かあったのだろうか……、と心配になる。僕が昼食抜きになるくらい大した問題ではないけれど、彼女の身に異変があったなら呑気にしている場合ではない。

 愛穂の友人が何か聞いているかも知れないので、とりあえず彼女らを訪ねるべきか。そう思って席を立ったとき、教室に這入ってくる人がいた。その人に、教室にいる全生徒の視線が集まる。

 学園のマドンナ、なんて時代錯誤さくごな表現を地でいける希少な女子高生、麗子さんだった。

 彼女は僕に用があるらしく、こちらに近づいてくる。その表情は、普段は凛としている彼女と比べると、いささか不安の色を帯びている。

「どうしたんですか、麗子さん」

 彼女は僕の耳元に口を寄せると控え目な声で、

「相談があるの。ちょっと来てくれるかしら」

 どうやら人目をはばかる話があるらしい。ただでさえ注目を浴びやすい麗子さんだ。

「いいですよ」

 僕の返答を聞いた彼女は、回れ右して歩き出す。僕もそれについて行く。愛穂の件は一旦、後回しにしよう。本当に一大事だった場合は学校にも連絡がいくので、もっと大騒ぎになっているはずである。

 麗子さんは理科室や家庭科室等の移動教室が並ぶ四階まで僕を連れてきた。昼休みには人がいなくなるため、落ち着いて話をするには打ってつけな場所だ。加えて用心深いことに、階段の上ではなく、廊下の一番端だった。生徒達の喧騒は遠く、何処か別世界のようにすら感じられる。

 麗子さんはやはり不安げな表情で、本題に入った。

「彩音がいなくなっちゃったの」

 彩音ちゃんは麗子さんの妹で、たしかいまは僕の母校でもある寄辺よるべ中学の三年生だ。麗子さんほど図抜けた才能があるわけではないが、それでも聡明な子である。性格は若干じゃっかん内気だったと思う。僕が最後に会ったのはいつだっただろうか……。

「いなくなった、と云いますと」

「行方が分からないの。昨日、学校から帰って来なくて……それきりよ」

「警察には?」

「云ってないわ」

「え、どうしてですか。通り魔とか、物騒なんですから、まず警察に……」

 通り魔、という言葉に麗子さんは肩を震わせた。不安を煽る迂闊な発言だった。

「すみません……」

「……いえ、いいの。それに、通り魔にやられた心配はないわ」

 なぜか、その点には確信がある様子だ。

「事情があって、警察には相談できないの。だって彩音がいなくなったことは、お母さんにだって秘密にしているんだもの」

 僕は混乱する。玖貝家は麗子さんが生まれて間もなく両親が離婚しており、母子家庭だ。いまも母親がどうにか家計を切り盛りしているのだが、しかし夜には帰ってくるはず……それなのに母親に知らせていない、いや、秘密にしているというのは……。

「僕なんかより先に、お母さんに話すべきですよ。行方不明なんて只事ただごとじゃないんですから」

 だが麗子さんは首を横に振る。

「駄目、駄目なの。これを知っているのは、私と、真一くんだけ。真一くん以外には相談できない内容だから」

「それは……おかしくないですか?」

「理由は説明できないけれど、そうなの。私が云うんだから、信じて頂戴」

 麗子さんは僕の手を取り、強く握った。

 そうされては、僕は何も云い返せなくなってしまうが……。

「真一くんには、彩音を探すのを手伝って欲しいの」

「それはいいですけれど、僕ら素人でどうにかできる問題でしょうか?」

「ゆめちゃんの力も借りたいの」

 その一言で、やっと麗子さんの考えが理解できた。たしかにゆめならば、場合によっては警察よりも頼りになる。

「彩音の中学校には、風邪で欠席するって私が連絡をしたわ。だけど、お母さんの目をいつまでも誤魔化しておくのは難しいと思う。時間的余裕はあまりない。今日の放課後、真一くんからゆめちゃんにお願いして欲しいんだけれど、いいかしら」

 態度を見ていれば、麗子さんが真剣なことも、かなり奇妙なその依頼が熟考の末であることも、充分に分かった。ならば、僕がこれ以上とやかく云っても仕方がないか。

 僕は麗子さんの頼みを引き受けた。

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