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ある慈悲深き恋の結末  作者: 凛野冥
柏崎恭平の章 壱
5/31

2、3「女神と少女」

    2


 だが、私はどうしようもない愚か者であった。

 人間が怖くて堪らないのに、それでも時折、求めてしまうのだ。人間関係を拒み続けて枯れた心がヒリヒリ痛んで、それを潤したい衝動に駆られてしまうのだ。

 私は両親のことも怖くて、高校は華蓋町から二つ離れた百条市にある進学校――天則高校に通うと決め、それに伴い百条市のアパートで一人暮らしを始めた。両親は私に暴力を振るうだとか、そういう問題は見当たらない普通の人達だったけれど、それでも私は彼らが怖かった。そんな私を彼らもいつからか不気味がっていた――それも辛くて我慢ならなかった――ので、私のそんな要求はやけに簡単に通った。

 一人暮らしによって、私はさらに自分の世界を確立していった。だがそれと比例するように、誰かに接したいという欲求も膨れ上がっていくのを、あるとき、自覚してしまったのである。

 しかし私が誰かとまともな付き合いをできるはずがないし、そんな怖いことをそもそも始めようとも思えない。欲求だけが肥え太り、私は狭い部屋の中、気が狂いそうだった。

 私が求めているのは異性だと思う。自分を満たしてくれる異性を、本能的に渇望しているのだ。如何いかに人間が怖くとも、私が女性を求めてしまうのは仕方がないことなのかも知れない。

 もちろん、人間との関わりを断ってきた私にとって、異性との付き合いなんて以てのほかだ。私を傷付けない、私を満たしてくれる、そんな完璧な女性がいる可能性は極めて低いばかりか、いたとしてもその人に行き着くまでに一体どれほどの人達に傷付けられてしまうか知れない……想像しただけで肝が冷える。私は間違いなく死んでしまう……。

 そんななか、高校二年生になった今年の春先、私は天則高校にて、生まれてはじめて女性に心を奪われた。

 その人を視界に捉えたとき、私はこの身に落雷を受けたのかと錯覚した。

 私は視界の中に誰が入っても気に留めない技術を身に着けているにもかかわらず、その女性だけは無視できなかった。一体どのくらいの時間、廊下に立ちすくみ、彼女を見詰めていただろうか。

 それからは、その人を見るたびに、その人だけには視線を注いでしまうようになった。意識してしまうようになった。

 これは恋心と云うより、信仰心と云うのが正しいかも知れない。

 彼女はまさに女神だった。その姿の美しさと云ったら、言葉で形容できる領域を遥かに逸脱してしまっている。その一挙手一投足に私は目を奪われ、その間は彼女以外の一切を忘却してしまう有様だった。

 彼女は名前を、玖貝麗子という。

 天則高校の三年生。その美しい姿から察せられるとおり、彼女に想いを寄せている男子は多いらしい。だが彼女は、幾度となく告白を受けた経験がありながらも、決して誰かとそういった意味合いでの交際をしないのだと云う。それを聞いたとき、その高潔さを知ったとき、私はさらに、彼女が崇めるに相応ふさわしい女神であると確信した。

 これらは私が教室で机を並べている、千代原ちよはら真一という男子生徒から聞いた。彼はなぜか私に毎朝挨拶をしてくるので、私としては極めて珍しいことに、彼の名前は憶えているし、数回だけ会話を交わしたこともある。

 私がはじめて玖貝麗子を見たのも、彼女が千代原真一を訪ねてきたときであった。玖貝麗子と千代原真一は幼稚園が一緒で、親同士も仲が良いらしい。私は千代原真一に嫉妬心を覚えた。彼は最近恋人をつくったらしく、よく私の隣で仲良さげに話しているのを、嫌でも目にしてしまう。玖貝麗子と繋がりがあるというのにそんな恋人をつくっているのを見ると、玖貝麗子の品格が俗世的なところに落とされる気がして、私は深く傷付くのだった。だから近頃は、千代原真一とは朝の挨拶を交わすだけで、他では絶対に関わらないように決めている。

 とにかく私には、玖貝麗子という女神がいる。

 ただし、彼女と付き合いたいだとか、そういったやましい気持ちは決してないのだ。話すだけでも、畏れ多くて出来はしない。私は玖貝麗子を見ているだけでいいのだ。崇めているだけでいいのだ。どうにか学校に通い続けていられるのも、今となっては彼女を一瞬でも見られるかも知れないと期待してのことだった。だが、それ以上はいけない。私には出すぎた真似だ。彼女にはこのまま、誰の手も届かない至高の存在でいて欲しい。

 しかしそれでは、私をさいなむ異性への欲求が満たされることは、この渇きが潤されることはない。

 私を満たし、潤してくれる女性……。しかしそれに玖貝麗子を求めてはいけない。私の汚い欲望が彼女へ向くようなことがあってはならない。

 人間は怖い。誰とも関わりたくない。しかしこのまま孤独であり続けることにも、段々と耐えられなくなってきている。

 ジレンマに苦しめられる私は、ある日、ふと思い付いた。解決策を。一筋の光明を。

 少女を部屋に連れてきて、生活を共にし、私好みの女性に育て上げればいいのである。


    3


 少女と云っても、幼稚園児や小学生では目的にそぐわない。望ましいのは中学生くらいだ。そうなると人格はだいぶ形成されているから〈育て上げる〉のは難しいかも知れない。

 しかし、私の異性に焦がれる気持ちは酷い焦燥しょうそうを伴っている。気がくのだ。

 中学生くらいの年頃ならば女性らしさが出てくる。重要なのはそこだ。ある程度の異性としての成熟はしていて欲しい。私が求めるのは第一に異性なのだ。

 しかし同い年かそれ以上は怖い。年下ならば、もう少しどうにかなる気がする。なるべく年齢が低い方が、こちらが優位に立て、傷付けられるリスクも軽減するだろうと思われるからだ。

 そうした相反する二つの条件の折り合いを探ると、中学生という結論に達した。

 ビジョンが固まってくると、願望は一層膨れ上がる。

 この狭い部屋に少女を連れ込み、二人で生活する。はじめは私もたくさん傷付けられるかも知れない。それでも、この手段が私にとって唯一、辛うじて実現可能なものなのだ。

 外を歩いている女子中学生――あるいは何処どこかの店の中でも、何でもいいが――に声を掛ける方法では駄目だ。こちらからのアプローチを拒絶されてしまったら、と考えると全身が粟立あわだつ。私が女子中学生と交流するのなら、相手に逃げられないよう、逃げられて風聞を広められないよう、そういった失敗をしないよう、私の部屋に連れ込んで、半ば脅迫的な状況をつくり上げないといけない。

 この案が浮かんだのは、夏休みの最中であった。私がやろうとしていることが世間から見て〈拉致監禁〉に相当することは、いくら外界の知識を極力得ないように努めている私でも分かったので、未だ実行に移せないでいた。

 だが、もう私は、拉致監禁する少女を求めるあまり、自我を保てない段階にきている。

 暗く、狭い部屋で、膝を抱え、少女と共同生活する願望に焦がれ、震える日々。限界だ。此処ここに少女が来てくれたら、どんなにいいだろう。人間は怖い。けれど、けれど私は……。

 とうとう私は、相手を探しに、外へ出た。

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