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ある慈悲深き恋の結末  作者: 凛野冥
千代原真一の章 壱
3/31

4、5「幼馴染は高嶺の花」

    4


 午後の最初の授業が移動教室だったため、僕と愛穂は二人で四階に向かって階段を上がっていた。その途中、二階と三階の間の踊り場で、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、麗子れいこさんが立っていた。

「なんだか久し振りね、真一くん」

「久し振りです。そう云えば、最近は全然会っていませんでしたね。前は学校内でもよくすれ違ったのに」

「私が図書室に行くことが減ったせいかしらね」

 麗子さんが足を止めたので、僕も同じようにした。隣の愛穂は、人見知りする性格ではないものの、麗子さんを前に戸惑いと緊張が混ざったような表情を浮かべている。麗子さんに「はじめまして。真一くんのお友達?」とたずねられると「あ、いえ」と両手を顔の前で振り、

「真一、先に行って待ってるね」

 そそくさと階段を上がって行ってしまった。

 僕は再び、麗子さんに目を向ける。

 玖貝くがい麗子。天則高校の三年生で、僕の先輩。かなりの美貌の持ち主で、背も高く、成績も優秀という、嘘みたいな優等生だ。誰にでも分け隔てなく接する性格の良さも折り紙つきで、ひがみから彼女を嫌う者もいるかも知れないが、大多数の者達からは好かれ、羨望の眼差しを受けている。

 また、彼女の人気の高さは、色恋沙汰をはじめとしたゴシップがないことも理由だろう。彼女は男性経験が皆無だ。数多くの男子から想いを告白されてきたが、すべて断っており、本人から誰かにアプローチしたこともないという。

 そんな麗子さんがどうして僕みたいな奴と親しげなのかといえば、幼馴染だからである。学年はひとつ違えども幼稚園のころから一緒で、家族ぐるみの付き合いをしている。僕の母親が一時期やっていたパート先に麗子さんの母親もいて、母親同士が最初に仲良くなり、それからまだ幼稚園児だった麗子さんと僕が繋がりを持ったという順序だ。超人と表現して差し支えないような麗子さんだけれど、家庭はあまり裕福ではなく、世話焼きな僕の母親が色々と麗子さんの母親を助けていたらしい。

「真一くん、あの女の子は?」

 麗子さんはニヤニヤしながら訊ねてきた。彼女は可憐な振る舞いを常としているが、僕と二人のときには子供っぽい一面を見せたりする。

「姫路愛穂といって、クラスメイトですよ。……先月からいちおう、交際関係でもあります」

 隠すのもおかしいかと思って、僕は正直に告げた。すべての告白を跳ね除ける麗子さんだが、別段そういった話を敵視しているわけではない。そういうのはむしろ――

「へえ、なんて云うか、おめでとう。だけどゆめちゃんは?」

 むしろ、仲野宮ゆめという僕の友人である。

「その云い方だと、変な誤解をしているみたいですよ。僕に恋人ができようができまいが、ゆめには関係がありません」

「関係がないって云うのもどうなのかしら」

「麗子さんは僕とゆめがいつも一緒にいるイメージを持っているようですけれど、実際はそんなことありませんよ。特に最近は互いに音沙汰なしですね……彼女、また登校拒否になりましたから」

「それって真一くんに恋人ができたからじゃない?」

「え。いやいや、有り得ないですよ。変な邪推はよしてください」

「邪推じゃないけれど」

 麗子さんは楽しげだ。僕をからかっているとき特有の愉快そうな表情をしている。

 僕は強引に話題を変えようと、

「それよりも麗子さん、元気そうで安心しましたよ。大学受験が迫って、いくら麗子さんでも多少は疲れているんじゃないかと思っていましたから」

「うーん、生活にあまり変化はないわよ」

 そうか、麗子さんくらいの優等生になると、一年生のときから着実に勉強を進めているから、受験間近だからと云って慌てることもないのかも知れない。

「それよりと云うならそれより、真一くん、敬語はやめたらどうかしら。昔みたいに、フレンドリーに接してくれていいのに」

「会うたびに云いますね。でも今更変えるのも落ち着かないと云いますか……」

 僕が中学生になったとき、先に中学に上がっていた麗子さんとはご無沙汰で、しかも彼女が優等生として完成されてきていたために、砕けた喋り方をしなくなったのだ。

 こうして本人に指摘されて何度か戻そうとも試みたが、どうも変な感じがして駄目だった。幼馴染でなかったら絶対に会話の機会すらないはずの二人なので、気が引けてしまったのだろう。

 しかしそれは口調の話で、態度は充分にフレンドリーなつもりだ。

「で、話を戻すけれど、ゆめちゃんは真一くんに恋人ができたことに対してどんな反応だったの?」

 僕のつたない誤魔化しに効果はなく、話題を戻されてしまった……が、そのとき予鈴が鳴り、会話は打ち切りとなった。


    5


 放課後、僕と愛穂は校門の前で互いに手を振った。僕は百条市内の自宅から徒歩で通っているが、隣町から電車通学の愛穂が利用する駅は方向が逆なので、登下校を共にすることはない。

「お弁当ね。五時起きでつくるんだから!」

 別れ際も、愛穂はその件でやけに張り切っていた。この半年あまり見てきたところ、彼女は熱を籠めすぎると空回りする傾向があるため、少し心配になる。だからと云って「頑張りすぎないでね」なんて言葉は彼女を傷付けそうなので、代わりに激励の言葉を送った。ますます気合いが入ってしまいそうだが……。

 僕は帰路につく。

 通り魔のことが頭に浮かんだけれど、高校生に限らず、百条市の学生は放課後すぐ帰るようになったし、そのために下校の時間帯は人の目も多くなったので、迂闊うかつには手を出せないだろう。もう被害者が出ることはなさそうだ。

 あるいは、そうなると標的が学生でないところに向けられるのだろうか……。

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