2、3「日常と通り魔殺人」
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僕らの住む百条市は北に山を臨める。その山が茶や黄色に変わり始める時期なだけあって、登校時間は肌寒い。
田舎とも都会とも判別しかねる冴えないこの町は、しかし最近になって賑わいを見せている。もっとも、住人からすれば歓迎できない賑わい方だ。
通り魔殺人――それが賑わいの理由である。
先週、二人の犠牲者が出た。どちらもこの町に住む女子高生だったが、学校も別々で接点がなく、そのために通り魔殺人と断じられた。二人とも下校中に襲われたらしく、それぞれ翌日に死体が発見された。それがバラバラ死体で、しかも各部が離れた場所から見つかるというおかしな犯行のせいで、すぐに全国区のニュースとなってしまった。
この上なく物騒だが、二人の犠牲者はどちらも僕が通う天則高校の生徒ではなかったので、僕はこうして何も変わらず登校している。放課後の部活動が一時的に停止させられているらしいが、帰宅部の僕にはあまり関係がない。
いつも通り、朝のホームルームにはまだゆとりのある時刻に二年A組の教室に這入った僕は、窓際に位置している自分の席に腰掛けた。するとすぐに愛穂がやって来た。
「おはようっ」
朝から元気の良い彼女に、僕も「おはよう」と挨拶を返す。彼女は八重歯を見せて笑いながら、隣の席に座った。そこは柏崎恭平という生徒の席だが、本人はいつも予鈴が鳴るころにやって来るので、今は空いている。
「映画を見に行きたい気分だなー」
なんの前置きもなく、愛穂は云う。
情報量が不足しているけれど、僕への誘いだろう。
「僕はいつでも空いているよ」
「じゃあ次の土曜日は?」
「いいよ」
「やった。これで今週も乗り切れそう」
ガッツポーズを決める愛穂。いちいち大袈裟なのはご愛嬌だ。
「まあ詳しくはまた決めるとして、それより聞いてよ聞いてよ」
彼女はそれから世間話に移行した。朝はこれが通例である。
僕と姫路愛穂は一ヶ月前から交際している。彼女が告白し、僕がそれを受け入れて成立した関係だ。彼女とは今年クラスが同じになってはじめて接点を持ち、彼女の方から積極的に話し掛けてきてくれたこともあり、仲良くさせてもらっていた。本人曰く、初期の段階から僕に想いを寄せてくれていたらしい。僕も彼女に好意で以て接してきたので、恋人となるのに抵抗はなかった。まだ一ヶ月とはいえ、交際は順調に続いている。
予鈴が鳴って、愛穂は自分の席へと戻って行った。僕の隣には入れ替わりで、本来の主である柏崎くんが座る。「おはよう」と挨拶する僕に、彼は軽い会釈で応えた。
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昼休み、僕は教室で愛穂と昼食を取る。
これは交際するにあたって始まった習慣ではなく、夏ごろにはそうなっていた。それまでは愛穂は別のクラスにいる友人のもとへ、僕もC組のゆめのもとへ行くか、あるいはひとりで食べていた――これはゆめがよく登校拒否になるためだ。しかし別の教室に行くのは手間だし、夏ごろには僕と愛穂もかなり打ち解けていたので、今のかたちに落ち着いたわけである。
「通り魔の被害者、まだ出ると思う?」
愛穂は怯えた様子ではなく、単なる興味からそんな質問をしたようだった。別に珍しい心理ではない。近場で起きているからと云って、自分が殺されるかも知れないと本気で思う人は少数だろう。僕だってさして危機感を抱いてはいない。今のところ標的にされているのは女子高生のようだから、男子である僕はなおさらだ。
「どうだろう。次が出たら三人目だけれど、そんなに殺したらさすがに尻尾を掴まれるんじゃないかな」
「警察に?」
「うん。でもこれ以上犯行を重ねなくても、じき逮捕されるのに変わりはないだろうね」
「そうだよねー、良かった良かった。でも犯人ってどんな奴なんだろう。やっぱり中年のおっさんなのかな。なんて云うか、見るからに不健康そうなさ」
そのイメージは、女子高生が被害者という点から漠然と浮かんだものだろう。
「僕は案外、普通そうな人だろうと思うよ。死体をバラバラにして別々の場所に置くなんていかにも異常者っぽいけれど、見た目からして怪しそうな人なら、とっくに捕まっているはずだし」
「あ、そうか。じゃあ普段は一般人の中に紛れて、社会に溶け込んで、正体を隠しているってわけね」
その云い回しではアニメや特撮のヒーローか怪人みたいだが、後者なら比喩として悪くない。
「被害者が二人とも女子高生だから、その点は選り好みしているのかも知れないけれど、分類としては無差別殺人だからね。容疑者を見つけるのに手こずっているんだろうな」
「んー、それって被害者に対する怨恨とかが絡まないから、そういう動機の面で捜査できないってこと?」
「そうそう。……と云うか、こういう話は不謹慎だね」
「それに食事時にする話じゃないかも」
「振ったのは愛穂じゃないか」
「あはは」
彼女は誤魔化すように自分の頭をさすった。
「ところで」
僕の弁当箱を指差す愛穂。
「今度、真一のお弁当つくって来ていい? なんか恋人っぽくない?」
僕の弁当は毎朝、母親につくってもらっている。
「愛穂って料理できるの? その弁当も母親製だよね」
「む、失礼な奴。花嫁修業は済んでいるんだぞ」
さすがに冗談だろうその台詞はともかくとして、彼女は不器用なので家事全般もあまり得意そうには見えない。彼女は僕の反応を受けて意地になったのか、
「明日。明日つくって来るから、覚悟していてよね」
「弁当をつくってもらうのに覚悟がいるの……?」
「違う、期待」
「分かった」
それなら僕は弁当を持って来ないから忘れないように、と云いかけて、心象を悪くするような気がしたので思い止まった。