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ある慈悲深き恋の結末  作者: 凛野冥
千代原真一の章 壱
1/31

1「自殺志願者にも慈悲を」

じ‐ひ【慈悲】

①仏・菩薩が衆生(しゅじょう)をあわれみ、いつくしむ心。一説に、衆生に楽を与えること(与楽)を慈、苦を除くこと(抜苦)を悲という。特に大乗仏教において、智慧と並べて重視される。

②いつくしみあわれむ心。なさけ。慈悲心。「―を垂れる」

――『広辞苑 第六版』

    1


 僕の交友関係は決して広くはないのだが、しかし一般的なそれと比べていささか奇矯ききょうな感がある。

 その特殊性はひとえに仲野宮なかのみやゆめに依っている。あまり良い仮定ではないけれど、仮に彼女がいなかったとすれば、僕は普通より少し友人が少ないくらいの平凡な人間と云っていいだろう。

 仲野宮ゆめと知り合ったのは中学校に入学したときであった。別々の小学校からやって来た僕と彼女は同じクラスとなり、偶然にも席を並べることになったのだ。これも何かの縁と思った僕は早速彼女に話し掛け、親睦を深めていった。だがクラスの他のみなは、五月に入ったころには仲野宮ゆめに話し掛けようとはしなくなり、僕だけが彼女と会話を交わす間柄となっていた。と云うのも、彼女は人格が少しばかり変わっていたのである。

 仲野宮ゆめは自殺志願者だった。常に自分が死ぬという夢想に焦がれ、それ以外は眼中になかった。極度のネガティブシンキングの持ち主であった。

 しかし彼女がその特異性ゆえに苛めを受けるようなことは一度もなかった。彼女は非常に頭が良く、年齢不相応に達観していて、そのたたずまいには超然としたところがあったから、それでみなも彼女に対してはどこか畏敬いけいの念を抱いていたのだ。

 並外れた才覚の持ち主がなぜ自殺なんかを切望するのか。凡人の僕でも彼女と接するうちに分かってきたのは、並外れた才覚の持ち主であるからこそ自殺を切望するらしいということだった。悟りきった彼女には世の中が簡単になるのかと思いきや、実際は真逆だったようである。

 世の中は優秀な者に厳しい。天才の苦悩、とは今時あまり珍しくもない話である。仲野宮ゆめもその例に洩れず、世知辛い世界を憂いているのだろう。その絶望のほどは、僕如きでは測り知れないけれど、しかし僕はそんな彼女と、気付いたころには結構長い付き合いとなっていた。僕だって彼女には畏敬の念を抱いているには違いないが、それは関係を切る理由とはならなかったし、彼女も僕を特別拒もうとはしなかったから、自然な流れでこうなったと云うのが適当だ。

 僕と仲野宮ゆめは同じ高校に進学し、現在二年生となっている。彼女の自殺願望は変わらないどころか、ますます強くなる有様ありさまだ。しかし幸い、実現には至っていない。

 仲野宮ゆめを社会不適合者と呼ぶ声を、彼女の傍で僕は幾度いくどとなく耳にしてきたが、社会不適合者でもそれなりに生きてこられているというのは、なんだか世界は割と優しく、慈悲深いのだと思える話だ。

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