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夜空の刻印魔法  作者: 雨星燈夜
第三章 闇夜の星灯り

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築いてきた信頼


「姉上! 言われた通りに冒険者の皆さまから取材して参りました!」

「ありがとう、ストック。貴方たちのおかげで会議が大幅に進展しました」


 ポーチュラカ国の王子であるストックは、自分の姉であり王女であるルドベキアの指示により、同い年の執事見習いとメイド見習いを引き連れて、協力を取り付けた宿屋の子供達と共に冒険者から情報を集める様に頼まれていた。


 ストック達が冒険者たちの取材に使用していた魔法道具は全て、子供たちと一緒に行動していたぬいぐるみ達が用意した物である。


 会議室にも映写機となる魔法道具があり、ストック達の持つ魔法道具を通して映像と音声が繋がっている。そのため、細かい指示を魔法でストックに伝えながら、カフェで取材している内容をそのまま会議室に居る全員で観ることができた。


 あえて子供たちに取材を任せたのは、冒険者たちの警戒心を解くためである。しかし、冒険者達も休憩中とはいえ護衛任務で雇われた者達。


 取材の意図を薄々感づかれていたらしく、全員の口が重く堅かった。


 なかなか冒険者達から情報を引き出せず困っていた所に、何も知らないユーラスがカフェにやって来て取材に応じたため、これはチャンスだと思い、ストックにはより積極的な質問をさせた。


 それが予想以上に上手く行き、ユーラスはほぼすべての質問を素直に答えてくれた。



 おかげで大会の運営による調査だと気づかれる前に、欲しい情報が手に入れる事が出来た。


 彼には申し訳ないが、大会の運営者としては参加者である冒険者たちの本音を聞くことができたのは非常にありがたい。


「しかし、彼らの案を大会で採用するには、まだ問題が残っている」


「ああ、気づかずにいた問題点は理解したが、今からすべて解決するのは難しいぞ」


「だがこれで、大会の参加者を増員する対策が打てる」


「そうだな。急ぎ大会のルールを見直そう。それによる運営と参加者への影響も予測しなければならん。時間はまだあるが、それを試す場所と人材も探さなければ……」


 先程まで大会の運営方針に頭を悩ませ黙り込んでいた代表たちだったが、ストック達の取材により冒険者たちの心情や観客の目線をユーラスから指摘されたことで、問題点を正確に把握し全員がその対策をとるために様々な意見が出始めていた。


 幸い、武闘大会の開催まで期限はまだある。後は運営がそれらの案を可能にするため、準備を開催までに間に合わせるだけである。


「私も大会の出場者をランクで分けるのは賛成だ。膨大な試合数の削減に加えて、対戦相手との腕前が拮抗するならば、見応えのある試合が見れるだろう。」


「わしもそう思う。じゃが、BランクからAランクへの昇格試験を兼ねた乱戦の方は、もう少し細かいところまで詰める方が良いじゃろ」


 腕に覚えのある年配の代表者たちの賛成もあり、大会参加者のランクに応じて試合を分ける方針は確定した。


「そうですね。特に合格条件と合格者の数については、冒険者組合の試験官にも意見を聞いた方が良いと思います。彼らがどんな人材を求めているかで、詳細なルールを定めましょう」


「そうなると、魔法道具の使用許可についても考えた方が良いですね。今のままでは許可したところで、参加者や観客だけでなく、運営にも混乱が生じてしまいます」


 改善すべき点がはっきりした事で、会議は順調に進んでいる。


 しかし、どの議論もあと少しの所で『実際に試さなければ結果が分からないため、今すぐ決断はできない』という結論に行き当たる。



「ふっ、ふっ、ふっ」

「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ」

「皆様、お困りの様じゃのう?」


 苦悩している代表者たちを余所に、発言を控えていた代表者の中でも古株の3人がニヤニヤと笑いだした。


「なんじゃ、その性悪な笑みは?」

「もしかして、何か秘策でもあるのですか?」


 会議室に居る全員の視線が、この場を用意した共和国の代表であるフォンス、ロック村長、てふてふ町長の3人へと向けられる。


「まぁの。ちょいと協力を仰ぐ必要はあるが、あの子達なら引き受けてくれるじゃろ」

「だけど、今は取り込み中みたいね。それじゃ、新しい議論の続きは明日にしましょう」

「チューーーズズ。ぷは~、皆も疲れたじゃろ。今日はルールの改善点とそのために必要なものを纏めたら、解散としてはどうかのう?」


 疲れが溜まっていた代表者たちは、フォンスたちの提案に頷く。


 そして、新たな議題については次の会議までにそれぞれ考え纏めておく事となり、今日の会議は解散となった。


 代表者たちが会議を終えたのは冒険者たちへの取材が終わってから1時間後。


 彼らが自分たちの護衛を待機させている宿屋のカフェへと向かう頃には、黒兎の獣人へと姿を変えていたユーラスは無事に人間の姿へ戻っていた……のだが。


 ユーラスの周囲は各代表者たちの護衛として雇われている冒険者達に囲まれており、ユーラスはあれからずっと質問攻めにされていた。


「なるほどな~、冒険者を休業して帰った故郷がこの村だった訳か~」


「はい」


 メテオロは尻尾を楽しそうに揺らしながら椅子を抱きかかえる様に座り、ユーラスの話に相槌を打つ。


「村の復興を手伝っているうちに、魔法道具の店を開いたって言うのか? 1人で?」


「魔法道具のお店を開いたのは成り行きだけど、今は楽しくやってます。あと、店を開くときに、住み込みで雇った従業員もいるから、1人じゃないです。」


 特徴的な青い肌と二本角を持つキンセイは、威圧感のある屈強な見た目をしているが、ユーラスの話を聞いている彼は子供たちが取材した時と同様に表情が少し緩んでいた。


「そないしたら、最近になって昔の仲間が何人か村に引っ越してきたんやな?」


「……はい。そこから店の仕事でチームが拠点にしている共和国の都市に行くことになって、その時に皆から復帰してほしいと言われて、とりあえず簡単な街の見回りの依頼だけでも良いと言うから引き受けたんです――」


 近況を尋ねたロウケイは、懐から手帳を取り出しユーラスの話を聞きながらメモを取っている。


「そしたら、例のロボット襲撃事件が起きて、おおごとになっちゃって」

「私たちが事件の解決に貢献した結果、ユウが「絆の風車」に復帰したっていう噂が広まってしまったんです」


 モンターニュ姉妹はアイナの作った試作品である獣人化の<水薬>をユーラスに誤って飲ませてしまった責任を取るため、お詫びも兼ねてこの事態を何とかしようと一緒に説明している。


 だが、冒険者たちの関心は主にユーラスへと向けられているため、事実の確認や補足を求められたとき以外は彼らの話に介入する隙が無く、ユーラスをうまく助けられずにいた。



「全く、どんな巡り合わせだ?」

「ほんま、相も変わらず都合のええ所におるなぁ~」

「まぁ、お前にとっちゃ災難だが、そこに居た奴達にとっちゃ幸運だわなぁ」


 ユーラスが冒険者を休業してから今日までの近況を話し終えると、ユーラスと同じテーブルに座っているミツマは腕を組んで唸り、ハクメイは扇で口元を隠したまま目を細め、ヴェントはテーブルに肘をつきながら笑っていた。


 最初こそ、ユーラスを呼び止めた団長の3人だけで話をするつもりだったが、久々の再会という事で他のメンバーもユーラスを囲うように集まり、様々な質問が投げかけられている。


 だが、チームの副団長を務めているツキシロ、アルタイル、アルゴの3人は会話に参加せず、元々座っていたテーブルで険しい表情をしていた。



「君たち、盛り上がってる所申し訳ないけど。私らの話も聞いてくれんかね?」


 フォンスがタイミングを見計らって声をかけると、冒険者達は一斉に振り返り慌てて姿勢を正す。


「おや、皆さんいつの間に?」

「もう会議は終りはったんですか?」

「失礼、話に夢中になっていたもので」


 代表たちが空いているテーブルに腰掛けると、冒険者達はそれぞれ護衛対象である雇い主の側へと向かう。


「ああ、君たちのおかげでね」

「我々も長話をしていたからね。少し休憩しようと思っている。だからここで寛いでも良いかな?」


 代表達も長く続いていた会議で疲れたと言い、テーブル席に着くなりデザートや飲み物を注文していく。既にマスターがいるカウンター席に座り、飲み物を啜っている者も居る。


「やはり、コーヒーは淹れたてに限りますね」


「俺は果物のジュースにするか! このメニューに載っているジュースを1つずつジョッキで持ってきてくれ」


「ズズーー。ぷは~、生き返ったわい」


 代表達がカフェで寛ぎ始める中、ユーラスはぐったりしつつも目立たない様に、こっそり自分の店へ帰ろうとする。


「おっと、ユウはこっちに座っとくれ」


 ところが、フォンスに服の袖を掴まれ呼び止められてしまった。


「え~、なんで? 僕は仕事があるから店に戻りたいんだけど?」

「すまないが、緊急の依頼じゃ。埋め合わせはちゃんとするから、今は話を聞いとくれ」


「そんなぁ~。宿に配達が届く時間だし、お店に特注の依頼もあるから、仕事が遅れると本当にまずいんだけど」


 ユーラスは自分が抱えている仕事の現状を説明するが、フォンスは真剣な表情でユーラスの裾を掴んでいた手に力を入れる。


「私が優秀な手伝いを数人寄こすから、何とか堪えてくれんか?」


 フォンスの用事も急を要するため、自信が持てる権力を使った支援を約束して食い下がる。


「う~ん……ちゃんと僕たちの指示を聞いてくれる人をお願いしますよ」


 ユーラスはかなり気怠そうだったが、フォンスの勢いと真剣さに渋々承諾する。


「それで、話と言うのは?」

「この宿屋に闘技場の様な、暴れてもいい場所はあるかな?」


 ユーラスが急いでいると言う事もあり、フォンスはいきなり本題に入る。


「そんなものある訳——」

「あるわよ。魔法を使って、暴れても壊れない。丈夫で大きな部屋」


 ユーラスが顔をしかめて断る前に、何処からか割烹着を着た猫のぬいぐるみ、キャロルが飛び出してきた。


「えっ、あるの!? と言うかキャロル、その格好どうしたの?」


 闘技場のような部屋もそうだが、キャロルの服もユーラスが作った覚えはない。恐らく、部屋も服もキャロルが自分で用意したのだろう。


「ふふん! 今はお客さんが多い時期だし、たまにはオシャレをしてみようと思ってね。それで、闘技場みたいな部屋で何がしたいのかしら?」


 キャロルがオシャレと言うだけあって、その割烹着は可愛らしいデザインをしており、柄や色合いもキャロルが着ることを前提として作られた服の用だ。


 よく見ればキャロルが手に持っていた掃除道具ですら可愛らしい猫のデザインで作られている。


「私たちが運営する武闘大会のルールを改定するために、魔法道具を使った模擬戦をさせて欲しいんだよ。できれば、その様子が見える場所もあれば文句なしだね」


「ふふっ、なるほどね。安心して、その部屋には観客席もあるし、貴方達がさっき使っていた魔法道具もたくさんあるから、いろんな角度から見られるわよ」


 そんな部屋をいつの間に用意したのかと、ユーラスはキャロルの行動力に驚いていたが、彼女ならばやり兼ねないという諦めにも似た確信があった。


 キャロルには宿屋内限定ではあるものの、自由に行動できるだけの強い権限と力を持っている。


 だからこそ、他のぬいぐるみ達は彼女に一目置いているし、宿内にて誰かが問題を起こせば、キャロルが宿の責任者として取り締まっているのだ。


「ほっほっほっ、それは頼もしいねぇ。そうなると、後は模擬戦のルールと参加者だけじゃな」


 フォンスとキャロルは意見が合うらしい、2人とも楽しそうに笑いながら話を進めていく。


「参加者の方は、何が起きても良い様にガルム達を使えばいいんじゃない? それらしいご褒美でも用意すれば、すぐに集められるでしょ」


「なら、あの子たちには実験も兼ねて最近流行りの魔装武器を扱ってもらおうかね。ユウのお店にある物で用意してもらえるかい?」


「確かにガルム達なら何か起きても直せるけど、あまり派手な戦闘にしないでよ。直すのは僕なんだからさぁ。まぁ、魔装武器も試作込みなら幾つかあるけど、さすがにガルム達に合わせて調整くらいはしないと」


 ユーラスも手伝うからには真面目に話を聞かなければならないと思い、フォンスの企画を手助けするために店の魔法道具を貸し出す事にした。


「それはどれくらい掛かるんだい?」

「物にもよるけど……ほぼ完成してるものなら、明日くらいには用意できるよ」


「それなら、3対3くらいのチーム戦にしましょうか」


 とんとん拍子に話が進み、小一時間も掛からずに宿内の施設で行う魔法道具を使った模擬戦の準備が完了していた。


 これが、後にぬいぐるみ達の派閥争いによる【小さな戦争】の戦場となる。


「よし、これで明日には結果が出せそうだよ。ユウ、忙しい中引き止めてごめんなさいね。手伝ってくれてありがとう」

「もういいですよ。それより、約束は守って――」


「おーい、ユウ兄~! ちょっと来て~!」


 フォンスとキャロルの打ち合わせが終わったところで、下の階から宿屋の従業員と同じ作業着を着たテオドールの大きな声が聞えてきた。


「何、どうしたの?」

「兄ちゃんが店に居ないから、サシバさんが宿屋まで配達に来たって!」


「えっ、嘘!? なんで? お店にはクロムやタリス達が居るのに」

「特別配達だから、本人以外には渡せないって言ってた。今はテラスの方で待ってるよ。」


 トッ、トッ、トッ。


 テオがそう言い終わると、今度は厨房からフェイが飛び出してきた。


「あっ、お兄ちゃん! ちょうどいい所に」

「えっ、何どうしたの?」」


「ネムリさんが今後の仕入れで話があるから、テラスの方まで来て欲しいって」

「……何だろう? 分かったすぐに――」


 ガチャ! トントンッ!


 ユーラスが2人に指示を出そうとしたところで、今度はリリーとシュニの2人が小走りでロビーへとやって来た。


「あっ、お兄ちゃんいた!」

「すいません、急ぎの用事です。すぐに来てください」


「え、今度は何?」


「アルセさんとユールさんが、お兄ちゃんを呼んで欲しいって!」

「いつもの荷受け以外に話があるから、ユウ兄が来るまでテラスの方で待ってるそうです。」


「え~、なんで一度に」


 ただでさえ仕事に追われていたユーラスは、事故とは言え<水薬>の効果が切れるまで小休憩が取れると思い宿屋にやってきたはずなのに。


 気づけば、昔なじみの冒険者達に囲まれ、質問攻めにされた挙句、それが終わったと思えば、今度は緊急の仕事が雪崩れ込んできた。


 ユーラスの精神は既に限界に近く、もう目の前の出来事しか考えられない程に疲弊していた。


「すいませんフォンスさん、例の件はお願いします。すぐに行くから、フェイ達は料理長にも来るように伝えといて、それから~」


「私が他の子達にも声を掛けておくわ。人手が足らなそうなら眷属を召喚しておくわね」


「ありがとう、その辺はキャロルに任せるね。とりあえず、ぼくだけでも急いで行ってくるよ」


 ユーラスは明日以降の予定を一旦忘れ、キャロルとフェイ達に指示を出すと、大慌てで階段を駆け下りてテラスへと向かった。


 宿屋の宿泊客が出入りするロビーの入口とは反対にある。


 ユーラスはテラスへと繋がる従業員用の裏口の前までくると、足を緩めて少しでも息を整える。


 ガチャ。


 宿屋の裏口からテラスへ出ると、扉のすぐ近くの席には、仕事着を着た背丈の大きい4人の男女が扉の方を向いて座っていた。


「おっ! ようやく来やがったか」

「遅い! あたしらを待たせるとは、どういう了見だい?」


 最初に口を開いたのは、耐水性のジャケットを羽織っている鮫魚人の男性、ネムリ。


 軽装ながらも冒険者のように武器や防具を身に着けた獅子獣人の女性、アルセだった。


 口調こそ怒っている様に聞こえるが、2人の表情はどちらもユーラスを心配しているようだ。


「お待たせして、大変、申し訳、ございません、でしたっ」


 ユーラスは4人に対して、深々と頭を下げる。


「珍しいですね。ユーラスさんが約束の時間に居ないなんて」

「急な仕事が入ったと店では聞いたが……大丈夫なのか?」


 ユーラスの様子を見て心配そうに声を掛けたのは、麦藁帽にデニム柄の農作業用のエプロンを着た馴鹿獣人の女性、ユール。


 バッジの付いた帽子をかぶり、長いマフラーとコートの様な制服を着ている鷹鳥人の男性、サシバであった。


 4人とも商業ギルドに所属している人たちで、農業や漁業など様々な商品の商売や配達をしている。


 所属している組織や取り扱っている商品は違うのだが、フロックス村への配達で何度も顔を合わせているうちに顔なじみになり、時間があるときは今の様にお茶を飲みながら仕事の愚痴や世間話をする仲である。


「心配かけてすいません。お店としては嬉しいことにお客さんが大勢来たのですが、従業員の手がやや不足していまして」


 ユーラスは必死に微笑んでいるが、誰から見ても明らかに疲労困憊しており、作り笑顔なのが丸分かりだった。


「ふむ。私の用件はユーラスさんと二人だけにならないと駄目なので、御三方が先にどうぞ」


 サシバは『気長に待ちますよ』と言い、席に戻るとテラスに居た店員に軽食を頼んでいた。


「それなら遠慮なく、と言っても俺たちの用も話というより注意だがな」

「そうね。私たちの用件は、武闘大会の直前から終わりまでの仕入れについてよ」


「と、言いますと?」


 ネムリとアルセの言葉にユーラスが首をかしげると、ユールが少し困ったように話しを続ける。


「今回の大会は参加者が減っているという噂が流れていまして、例年通りに仕入れや発注をしても良いのか分からないのです。私たちの上司も現状では予測できないと言っていました」


「あたしらが例年通り商品を用意しても、大会の運営が急遽予定を変更。なんてことが起きたら、あたしらへの依頼を増やすにしろ減らすにしろ、必ず損害が出るだろ?」


 ユールが自分たちの仕入れ事情について説明すると、アルセが続けて商売人の内情を補足する。


「つまり、大会の運営が早目に結論を言ってくれねぇと、商人である俺たちだけじゃなく、客にも迷惑をかける可能性があるって訳だ」


 ネムリも深刻そうに顔をしかめながら、商人たちが今抱えている問題についてぼかした説明をする。


「なるほど。僕や村の人からすれば、頼んでいた品物が手に入り辛くなったり、売りに出した品物が安く買い叩かれてしまう可能性がある訳だね」


 ネムリ達がユーラスに伝えようとしていたのは、大会が開催される頃には商業ギルドが忙しくなる事。そして、取引をしているユーラスやフロックス村の人々に迷惑をかけてしまうかもしれないという事前報告である。


 3人ともこの村には注文された品物の運搬が主であり、商品の売買には直接携わっていない。常連の顔なじみとは言え、田舎の小さな村にそこまで仕事の内情を話す必要も無い。


 商売人として、憶測で情報を語る訳にはいかないが、それでも忠告してくれたのは、ユーラスや村の人たちを信用してくれているからだろう。


「ありがとう、教えてくれて。でも、大丈夫そうだよ」

「えっ、何でそう思うんだい」


 アルセが不思議そうにユーラスに尋ねると、ユーラスの後ろから突然声を掛けられた。


「その会議が先ほど進展したからね」


 その場にいた全員が声のした方へと振り返ると、先ほどユーラスが通って来たドアが開いており、十人近い獣人たちがぞろぞろとテラスへ出てくるところだった。


 声を掛けたのは先頭にいる、小柄な鳩の鳥人だった。


「まさか配達員にまで心配かけていたとは、不甲斐なくて申し訳ない」

「まぁ、会議が長引いてたのは商業ギルドの者ならみんな知っていたから、仕方ないんだけどね」


 鳩の鳥人に続けて、背の高いクジラの魚人が開き直った態度で気楽に話しかけてくる。


「本来、お客様に対して不確かな情報を漏らすのは感心しないのだが……」

「相手が常連で、信頼のおける相手なら、注意喚起として報告するのは正しい事だな」


 牡鹿の獣人が配達員たちを咎めるがその言葉に反して表情は柔らかく、熊獣人の男性がその続きを補完するように話を纏める。


「「なっ!?」」

「なんで、ギルドマスターがここに!?」


「……なるほど、今回の会議が行われていたのは、この宿屋でしたか」


 ユールたちが驚くのも無理はない。


 商業ギルドと冒険者ギルドの仕組みは良く似ているが、危険な場所へと赴く冒険者よりも、商人たちは安全が保障される。そのため、商業ギルドに所属する人数やその規模は冒険者ギルドの数倍にも膨れ上がる。


 特に魔法協会の様に生活に必要とされる組織、手紙や荷物を運ぶ【想いの配達人(デリバリー・ハート)】、農作物を育てる【深緑の大地(グロウアース)】、海の幸を収穫する【大海原の先行者(オーシャン・ダイバー)】、魔物の狩猟や畜産物を取り扱う【命を頂く者(ライフギバー)】、これらの4大ギルドは、大陸中の人々が生活するために必要な食料や資材を常に提供しているため、組織としての地位も非常に高い。


 そのため、大会の運営として商業ギルドからの代表者として参加する権力を持っている。


 ユーラス達の目の前に居るのは、その4大ギルドを一代で築き上げた商業ギルドの長、【想いの配達人】鳩鳥人のカワラ。【深緑の大地】鹿獣人のサンバー。【大海原の先行者】クジラ魚人のワルフィス。【命を頂く者】熊獣人のキムンである。


 彼らの服装は会議用の正装だが、配達員であるネムリ達の服装と同じように、それぞれが所属する組織のマークが見える場所に着けられている。


 【想いの配達人】に所属する、サシバとカワラは、帽子のバッジと、鞄の刺繍に鳩と手紙のマークがあり、【深緑の大地】のユールとサンバーは、果実の実った木々と鹿を象ったバッチを胸元に着けている。 


 【大海原の先行者】のネムリとワルフィスは、シンボルである海を泳ぐクジラが彫刻されたメダルをペンダントにして首から提げ、【命を頂く者】のアルセとキムンは、牙とハートを象った模様が彫られた腕輪が、所属しているギルドを証明する証である。


「皆さんはなぜここに?」


 ユーラスが尋ねると、4人のギルドマスターは側に控えていた護衛に席を外すように促し、近くのテーブル席へと座る。


 ユール達も近くの席へ座るように言われ、落ち着かない様子でユーラスとは別のテーブル席へと座った。


「実は君にお礼が言いたくて、追いかけてきたんだ」


「先ほどの、会議では貴方の意見が大いに役立ちましたからね」


「それは、どうも。ですが、皆さんも気づいていたのでは?」


 カワラとサンバーの素直な感謝の言葉だったが、その後の状況を考えるとユーラスにとっては複雑な心境である。


「まぁ、勝手に利用されたお前は不服だろうが。我々の言葉では運営を動かすには足りなくてな」


「運営する側でなく、参加者の意見が必要じゃった。我々も恩知らずではないし、受けた恩はちゃんと返したいと思っておる」


 それがユーラスの顔に出ていたのだろう、キムンとワルフィスも謝罪をした後は笑顔でユーラスに話しかけてきた。


 商業ギルドのマスターから、あまりにも気前の良すぎる話。


 ユーラスはつい身構えてしまったが、彼らの表情や声音からは悪意や裏の意図のようなものは感じられず、素直な感謝を述べているように思えた。


 商人の笑顔ほど胡散臭いものはないが、少なくとも今の彼等は本当に機嫌がいいから笑っているように見える。


「だからさ、私たちにできることで君がしてほしい事はあるかい?」

「こんな機会は滅多にないぞ、言うだけ言ってみろ!」


「そうは言いましても……」


「何なら、君が欲しがりそうな貴重な材料や品物をプレゼントしても良いぞ?」

「まぁ、そのまま貸しにしておくというのも手だな。君が何処かの組織に圧力をかけられたりしたらすぐに言ってくれ、必ず力になると約束しよう」


 ユーラスは怪訝な表情を浮かべていたが、四人の権力者たちは気にせず様々な提案をしてくる。


 ユーラスは目を瞑って大きく深呼吸をすると、意を決してずっと気になっていた疑問を口にする。



「……本当に、皆さんは大会の問題点に気づかなかったんですか?」



 ユーラスの言葉に4人のギルド長達は真顔になり、一瞬だけだが口を閉じる。


 しかし、すぐに真面目な口調で質問に答え始めた。


「今日の会議は商人と冒険者、両方の事情が分かる君だったからこそ、説得できたんだ」


「我々にはあそこまで詳細な情報と知識が無かったからな。変に指摘すれば、非難され案が通らなくなる」


「仮に知っていても、俺たちが話したところで唯の知ったかぶり! 身動きが取れない俺たちに、絶好のタイミングでお前は手を貸してくれた」


「だからこそ、我々は感謝しているし、君に何か礼をしたいのだよ」


 その言葉と共に4人は頭を深々と下げる。


 その光景に、ユーラスだけでなくユール達やお付きの護衛達まで驚愕していた。



「ユーラスさん! 皆さん! お待たせしました~!!」


 気まずい空気の中、ユーラスが返答に困っていると、宿屋の従業員専用ドアからエプロンをした虎獣人の男性が飛び出して来た。


 その後ろには、丸いクッションのような猫のぬいぐるみが3匹付いてきている。


「厨房の仕事が一段落付いたので、手伝いに来たんですけど……お邪魔でしたか?」


「あっ、えっと」


「いやいや、丁度いいタイミングじゃ」

「いきなり押しかけて悪かったな」

「返事はまた後日に」

「それでは、また」


 それだけ言うと四人は控えていた護衛を連れて、宿屋の中へと戻っていった。


「はぁ~、どうりで息苦しい会議になってる訳だ」


 ユーラスは重たい息を吐き出し、ぐったりと項垂れる。


「とりあえず、忙しいのに来てくれてありがとうオーフェン」


「いえいえ、自分はユーラスさんに雇われてる料理長っすから、遠慮なく頼って下さい!」


 オレンジ色の毛並みをしたオーフェンは、この宿屋が建てられる際に料理人としてユーラスが雇い、村に連れて来た若者の1人である。


「それじゃあ、配達の受け取りは任せようかな」


「はい! みんな頼むよ」


「「「にゃ~!」」」


 ぐにょん!


 オーフェンが声を掛けると、丸い猫のぬいぐるみ達は姿かたちを変えて、小さな荷台へと変形していく。


「んじゃ、俺たちも仕事に戻るか」

「そうね。ギルドマスター達にはびっくりしたけど、これから忙しくなりそうだし」

「それではユーラスさん、お疲れさまでした。」


「うん、またよろしくお願いしま~す」



 オーフェンにユール達からの荷受けを引き継いでもらい、ユーラスは長い時間を待たせてしまったサシバの元へ向かう。


「サシバさん、お待たせしました」

「いや、丁度食べ終わったところだ」


 テラスで軽食を食べていたサシバは、席を立つと身なりを整えてユーラスと二人きりになれる場所まで移動する。


「ここならいいだろう」


「そうですね。それでご用件は?」


 サシバは鞄から高級そうな封筒を取り出し、ユーラスに手渡す。


 封筒は綺麗な装飾が施されており、封蠟がされていた。


「手紙? この刻印は!」


「悪いが、この場で手紙を読んで返事を貰いたい。それが特別配達の理由なんだ」


 普段からあまり表情の変わらないサシバが珍しく真剣な目をしていたので、ユーラスは驚きつつも手紙を開けた。


「分かりました……っ!?」


 封を開けて中身を読んだユーラスは、その内容に顔を顰める。


「返答はどうする?」


 サシバはあくまで配達員なので手紙の内容を知らないが、ユーラスの態度が急変したのを見て不安そうに首を傾げる。


「すぐにでも、とお伝えください!」


「忙しいと聞いていたが?」


「こちらの方が大事です! 無理をしてでも仕事は終わらせます……最悪の場合は、もっと人を頼る事にします」


 サシバの質問に、ユーラスは苦笑するが相手への返答は変えなかった。


「分かった。それでは依頼人から、もう1つの伝言を」


「もう1つの伝言?」


「君が依頼を引き受けた場合の伝言です。『今日はしっかり休みなさい。無理して仕事をするなら、村には行かない』以上です。君が無理をするのは、お見通しのようですよ」


 サシバが笑顔で依頼人の真似をすると、ユーラスは顔を真っ赤にして俯いていた。


「あ~、そっか~。あの人ならそう言うよな~。分かりました。今日は休みます」


「フフッ、そうしてください。貴方が倒れたら、大勢の方が心配しそうだ」


 サシバにも生暖かい笑顔を向けられ、ユーラスは手紙を仕舞うと挨拶も手短に、素直に自宅へと帰る事にした。

 



 カラン、コロン


「ただいま~」


 ユーラスが自分の店に帰った時には既に日が暮れ始めてた。


「おう、お帰り」

「お帰り。元の姿に戻れたんだな」


 店の中に入ると工房で商品を製作していた白い獅子獣人のクロムと、店の後片付けをしていたファタリスが丁度作業を終えて店のカウンターから出てくるところだった。


「うん、ただいま、もう今日は疲れたよ」


 本来なら、今日中にユーラスとクロムは商品の制作を進めて、フェリックや他の商人から引き受けた依頼を早めに片付けるつもりだった。


 作業に集中するために接客や店の事はファタリスとアーウィンに任せていたのだが、モンターニュ姉妹が差し入れとしてアイナリンドの薬屋から貰ってきた疲労回復の<水薬>を受け取ったのが事の発端だった。


 その<水薬>の中に1つだけ、アイナリンドが実験で作った水薬の獣人化薬が混ざっていたのだ。


 ただし、獣人や魔族がその水薬を飲んでも効果は無く、味もただの果物のジュースと大差ない。


 だが、店で唯一の人間だったユーラスが運悪くその<水薬>を飲んでしまい、身体に変化が起きると黒兎の獣人へと姿が変わってしまったのだ。


 不慣れな獣人の身体では普段のような繊細な作業ができないため、大至急モンターニュ姉妹には人間の姿に戻るための<水薬>をアイナリンドと作ってもらい、ユーラスはそれが完成するまで店で大人しく待っているつもりだった。


 けれども宿屋から救援要請が来たので、仕事ができないのならば、せめて話だけでも聞きに行こうとしたのが、今日の災難の始まりだったのだ。


「追加の仕事を頼まれちゃったけど、今日はもう休むよ」


「そうしろ。ここ最近おまえが全然休まねぇから、みんな心配してたぞ」

「モリィとエリィが<水薬>持ってきたのも、お前が忙しくて疲れていると聞いて、わざわざ薬屋まで取りに行ったのが原因だしな」


 クロムとタリスに窘められて、ユーラスは申し訳なさそうに何度も頭を下げた。


「そうだったのか、心配かけてごめん。そういえば、アークは?」


「俺たちの指示で、お前の部屋の掃除と今日の晩飯を作ってる」

「今日はアークと2人で先に寝てろ。店の仕事は俺たちに任せておけ!」


「は~い、ちゃんと寝ます」


 ユーラスが2階に上がると、テーブルには美味しそうな食事が並んでおり、得意げな表情のアーウィンがユーラスを出迎えた。


「……お帰り、ユー。今日はお疲れ様。ちゃんと休むまで、オレが側で見張る!」


「ははは、じゃあお言葉に甘えようかな」


  そのままユーラスはアーウィンと食事をとった後、お風呂に入って寝ようとしたが、アーウィンが2つあったベッドをリビングへ運び、1つのダブルベットになる様に並べ直していた。


 ユーラスはその意図に気づき、困ったように笑う。


「そんなことしなくても、ちゃんと休むよ」

「……最近、ユーは徹夜で仕事してた。信用できない」


 アーウィンはユーラスを抱き枕のようにガッチリと拘束して横になり、ユーラスも疲労からか特に抵抗もせず、2人で一緒に眠るのだった。


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