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騎士道精神は三人で

作者: 初瀬川渚

『第121回王国騎士団剣術大会の参加者求む! 栄光を掴み取れ!』

 目立つように豪華に飾り付けされた看板にそう書かれているのを、ショートヘアで新品の様に細かく手入れをしているのか、銀色に輝く鎧を着た女性騎士のファーメシは、その看板を眺めていた。

「サイファとヒュトランも参加するのですよね。そして、私も……」

 サイファ、ヒュトランとは友人だった。しかし、今は違う。彼女達は今や敵なのだ。

 事の発端は一月前に遡る――。

 

 所は、居候騎士のために城壁内に建てられた居候騎士寮の中に設けられたラウンジでのことである。

 

「ねえ、あたし達ってずっと三人で子供の頃から修練してきて、騎士になったじゃない。でも、あたし達一度も勝負した事ないと思わない」

 髪を後ろに束ねた露出が多めの鎧を着た女性、ヒュトランが唐突にそんな事を言い始めた。


「突然なにを言い出すと思ったら……そんなこと無いだろ。何度もボク達は一緒に競い合って、戦ったことがあるだろ」

 と、今度は癖の強い髪型で独自の装飾を施してあるのか、やや派手な鎧を着た女性が、やや呆れた表情で首を横に振る。


「戦闘訓練で、でしょう。そうではなくて、真剣に本気で勝負をしたことってなかったでしょ」

「それはそうだが、ボク達は仲間だろ。何で戦う必要がある」

「そうですよ。サイファの言う通りです。仲間同士争うなんて考えは良くないですよ」

 やや強張った表情を見せつつも、笑顔で嗜めるようにファーメシが言う。


「そうかしら。あたしは、三人で誰が強いかを決めたいわ。でも、当然ながらあたしが一番でしょうけど」

 ヒュトランは胸を張りながら、目を細めて挑発的な視線を二人に送る。


「ふーん。そういう事を言うのかい。そんな風に言われたら、ボクも誰が強いか試したくなってきたなぁ」

「あら、やってみる。サイファ、あなたは私に戦闘訓練で一度も勝った事ないじゃない」

「フン、あれは所詮は訓練で本気じゃなかったからね。それにキミの綺麗な顔を傷つけたくなかったからね」

「ありがとう。でも、遠慮は無用よ」

 二人はソファから立ち上がると腰に掛けている剣を鞘から引き抜こうと手をかける……。


「ちょっと、二人とも落ち着いてください。こんな所で剣を抜いてどうするのですか。なんの名誉にもならないのに、騎士が剣を抜くのは騎士道精神に反しますよ」

 今にも斬り合いをしそうな殺気を放つ二人の間に割って入り、声を張り上げてファーメシは制止する。

「……そういえば、ファーメシが本気で戦ってる所を、ボクは見た事がないけど、ファーメシって本当はどのくらい強いのか気になるよ」

「同感ね。あたしも気になるわ。ファーメシったら、いつもあたし達が負けそうになると、手を抜いて自分から負けるように動くからねぇ」

 今度は止めに入ったファーメシが標的に移ったようで、サイファとヒュトランの二人は鞘から剣を抜くとファーメシに剣を振るい始めた。


「ちょっと、やめてください。私はあなた達と戦いたくなんてありません」

 そう言いながら、ファーメシは二人からの剣戟を剣を抜かずに鞘で防ぎながら少しずつ後退りしていく。もちろん、二人も剣を抜いていない相手、しかも一人に対して本気ではない。しかし、二人相手には防戦一方になってしまう。

「ファーメシ、本気を出しなさい」

「そうだ、これがファーメシの本気じゃないだろ。鞘から剣を抜くんだ」

「二人とも、バカな事言わないでください。私は争いなんてしたくないんです。剣は人を守るために振るう物でしょう」

 なんとか、剣を収めるように説得するが、さすがに二人がかりの連激に堪らず、大きく後ろへ下がるが鈍い音と同時に、軽い鈍痛が背中に走る。壁に追い詰められたのだ。にじり寄ってくる二人から顔を背け、目をかたく閉じる。


 ――と、その時だ。

「お前達、何をしているんだ」

 ラウンジに怒号が響き渡る。

「だ、団長」

 ラウンジからは似つかわしくない騒音を聞きつけて、団長が駆けつけた様である。

 そして、団長を見るなりサイファ、ヒュトランの二人から血の気が引くと同時に、ファーメシは安堵のため息をつく。

「二人がかりで襲うとは、お前達は騎士を何だと思っている」

 突如現れた騎士団長の怒声に、二人は縮こまる。

「それと、ファーメシ。お前は騎士になったにも関わらず、闘志が見受けられない。そんなことで大切な市民が守れると思っているのか」

 今度は優しい口調ながら、厳しい表情でファーメシを団長は叱った。

「……この騒ぎの罰として、お前達三人は来月に開催される王国騎士団剣術大会に出場すること。良いな、出なかった場合は騎士階級剥奪だ。以上、解散して自室に戻れ」

 

 

 ――そして、今に至る。

 

 あれから、サイファとヒュトランとは顔を会わせても、挨拶すら交わさなくなった。

 最初こそファーメシは彼女達に挨拶をしていたが、ヒュトランから「これからは、あたし達は騎士団の仲間ではあっても、剣術大会が終わるまでは、敵同士よ」という言葉を投げかけられてからは、挨拶をすることを諦めた。


 ファーメシは深くため息をついた。

「私は市民を、王国を守りたい。ただそれだけを思って、騎士団に入ったのに、何でこんなことに……。でも、団長の言ってた通り、守るからには争いからは避けられない。それはわかっているのですけど、戦や争い事はイヤです」

 彼女はそんな事を思いながら、参加募集の宣伝看板の横に置かれた剣術大会参加申請書の用紙を取って、名前と騎士団の所属大隊と名前を書き込み、書き終えた申請書を綺麗に折り畳み、箱へ投函した。

 今夜、申請書が回収され、試合の組み合わせは試合当日である明日、掲示板に発表されるだろう。

 初戦から友人と戦うことにならないよう、祈りながらファーメシは寮へと戻るため踵を返すのだった。

 

 次の日、掲示板の前には人だかりが出来ていた。発表された剣術大会の組み合わせを見に来た人達でごった返していた。

 人ごみをかき分けて、ファーメシは組み合わせ表を見て愕然とした。

 初戦の相手はサイファだったのだ。

 例年に比べて、剣術大会に参加を希望する者は過去最低で、8人しか参加しないという前代未聞の事態が起きたのだ。

 結果的に、初戦で友人と戦う確立が高くなり、事実そうなってしまったのである。


「やあ、ファーメシ。初戦の相手がキミだなんてボクは嬉しいよ。最も戦いたい相手だったからね」

 後ろから、サイファがにこにこと嬉しそうな笑顔で話しかけてきた。

 

 

「サイファ、私は今でもあなた達と戦いたく無い。そう思っています」

「まだ、そんなことを言っているのかい。ボクはキミの本気を見てみたいんだ。ボクだけじゃないさ、ここに来ている人達、みんながキミに注目しているよ」

 「え、それってどういう事なのですか」

 「さあ、それはキミ自身が良く分かっていると思うけれど……そろそろ、ボクは闘技場へ行くよ。君も早く向かった方が良い。何て言ったって、最初の戦いだからね」

 彼女は意味深長なことを言い残し、人ごみの中から去っていった。

 サイファの姿が見えなくなると、ファーメシはハッとし周りを見渡すと、視線が自分に集まっている事に気付き、またも人ごみをかき分けて、闘技場へと駆け足で向かって行った。


 闘技場の暗い控え室の中で、ファーメシとサイファはお互いに見合い沈黙が続いてる。

 重たい空気が流れる。それを、破るようにファーメシが口を開く。

「あの、さっき言ってたことなのですが……」

 しかし、そう言って言葉を詰まらせるファーメシに、サイファは低い口調で答える。

「ファーメシ、言葉の通りだ。キミは騎士になったんだ。王国とその市民を守る、それがボクたちの使命だ。そうだろ」

「そうですね」

「つまりは、そういうことさ。キミ自身の気持ちよりも王国と市民の安全が優先されるのが、この職業だ。しかし、キミは本気で戦ったことがない。それはキミの優しさだろうが、同時にキミの弱さでもあるんだ。キミはもっと、心を強く持つんだ。こんなことは言いたくはないが、騎士の中に間者がいたとしてキミはその間者が仲間だったからと、見す見す逃してしまうかもしれないし、それが隙になってキミが倒れたり、騙されるのではないかと、皆が危惧しているんだ。だから、キミには本気になってもらいたいんだよ」

 その言葉を聞いたファーメシはうつむき押し黙ってしまう。そしてまた、沈黙が訪れた。

 沈黙を破ったのは、闘技場会場から流れる司会の声だった。


「レディース・アンド・ジェントルメン。いよいよ、待ちに待った第121回王国騎士団剣術大会が開始のお時間がやってまいりました。皆さん、すでにご存知かと思われますが、残念なことに今年の大会では参加者が過去最低となってしまいましたが、気を落さないでください。参加者達は人数を補って余りある粒揃いの騎士様達でございます。元騎士様や市民の皆々様もお楽しみ頂ける最高の試合をお届けできると思います。短いお時間ではございますが、お楽しみいただけたら幸いでございます。それでは、第一回戦は、能ある鷹は爪を隠すのか、第二騎士大隊所属のファーメシと、乙女貴公子こと第三騎士大隊所属のサイファの戦いでございます。皆さん、是非大きな拍手でお出迎えください」

 演技がかった大げさな司会が話し終えると、闘技場全体が拍手の音で包まれた。


「ふっ乙女貴公子だってさ。悪くない二つ名だ。ファーメシ、ボーっとしてないで早く行くぞ。拍手に答えてあげなきゃ」

 そうサイファは言うと、控え室から闘技場の舞台へと出て行くと、観客の声援に答えるように周りに手を振り歩みを進めていく。男性の声援も然ることながら、女性の声援も負けてはいなかった。

 

 続いてファーメシが控え室から出て行くが、声援はまちまちでサイファへの反応とは大違いであり、ファーメシは少しだけ残念な気分になりながらも、サイファの中性的で男女共に魅了する彼女と比べたら、こんなものかと頭を切り替えて、声援が上がる方向へと笑顔で手を振ると、さらに声援は強くなり、少し静まっていた観客席はすっかり元の熱気に戻っていた。


「それでは、両者剣を構え」

 その声と共に二人は鞘から剣を引き抜く。

「両者、剣を構えましたね。それでは……」

 瞬間、周囲は静まり返り、闘技場にいる全ての人達が息を飲む。

 「はじめ」

 司会の合図と共に、サイファが剣を右上から斬りかかる。

 それを、ファーメシは素早く半歩下がり剣を横に倒し防御の姿勢をとる。

 半歩下がられたことでサイファは空振った。その隙を突いて、ファーメシは横に倒し構えた剣を逆方向に倒すと、すぐさま鋭く剣を振るい攻撃に転じる。

 しかし、サイファはそれを読んでいた。すぐさま右上へと剣を返しファーメシの剣戟を受け流す。受け流されて剣先がブレたファーメシに対して、サイファは受け流したことで丁度剣先が、ファーメシへ向きそのままに突きへと転じる。

 だが、咄嗟にファーメシは突き攻撃に転じた刃を、横に倒した剣で下に押し付け刃と(つば)で防いだことで、サイファは剣を一方に振るうか、上へと無理に引き上げるか、もしくは体を下げて体勢を立て直すかを迫られた。結局、体を引き体勢を立て直すことにしたサイファは、この隙にファーメシが攻撃をしかけてくると思い気を抜かずにいたが、反撃が来ることはなく、またサイファから攻撃を仕掛けることとなった。

 そんな、攻防が数分間続いた。素人から見ると激しい攻防に見えるが、明らかにファーメシが防御に徹しているが故に、お互いに決め手が無い状態が続いていることは、その場にいる騎士や元騎士などの剣術に携わった経験のある者から見れば一目瞭然であった。

 そして、サイファはワザと鍔競(つばせ)り合いになるように立ち振る舞いファーメシへ声をかける。


「ファーメシ、本気を出せと言っているだろ。このままでは、いつまで経っても試合は終わらないぞ」

「でも、サイファを傷つけたくないのです」

「そんなことをまだ言っているのか。さっきもいっただろ。キミは優しすぎる。もっと、非情になれさもないと……」

「さもないと、どうなるのですか」

「こうなるのさ」

 サイファは鍔競り合いから、抜け出すために力いっぱい押し出し、さらに腹部への蹴りを加えさらに突き放す。

 防御の姿勢を崩さないファーメシになりふり構っていられず、防御の姿勢を崩すために、徹底した大振りの攻撃を仕掛けて行く。対した反撃が返ってこないことが分かっているからできる戦術である。

 一転してサイファが圧倒的に押す形になり、ファーメシは堪らず大きく姿勢を崩す。明らかに、決めるならここという所だったのだったのだが、サイファは柄頭で腹部を殴打する。

 観客もこれで決まったと思っていたのだが、サイファの以外な行動に戸惑いの声が流れる。

 

 サイファはまるで徹底的にファーメシを痛めつけるかの如く攻撃を繰り返す。いや、実際に痛めつけているのだ。決定打にならない攻撃を続けファーメシが本気を出すように煽るような攻撃をしているのだ。

「どうした、これでも本気を出さないのか?ファーメシ、そんな事で国が、市民が守れるとでも思っているのか」

 息も絶え絶えになり剣を突き立て、体を支えながら腹部を押さえるファーメシをさらに挑発する。

 その瞬間だった。

 ファーメシが突き立てられていた剣を引き抜いたかと思うと、一気にサイファへと詰め寄る。

 サイファはすぐさま剣を構え直したが、それ受け流され、そのままファーメシはサイファの剣を脇に挟み込み行動を封じる。そして、サイファの剣を持つ手首を捻り上げ剣を奪い取り、そのまま遠くへ投げ飛ばし、サイファの喉元にファーメシは刃を突き付けた。

 サイファの額から一粒の冷たい汗が流れ落ち、体が緊張で硬直する。それは、純粋な恐怖から来たもので、負けた事や喉元に刃を突き付けられたからでは断じて無く、ファーメシの表情が今までに見た事の無い顔をしていたからだ。


「おおっと、これはなんとビックリ。防戦一方で満身創痍かと思われた第二騎士大隊所属のファーメシの勝利です。やはり、騎士ファーメシは能ある鷹だった」

 サイファが剣を失ったことで、勝負がついたと見なされ、ファーメシが勝利したことを司会が大げさな実況をしながら告げた。

 一瞬、静まり返っていた観客達も、勝利告知がなされたことで、歓声が上がり拍手が巻き起こる。

 しかし、二人はそのことを、まったく意に介さなかった。


 勝利が確定したことで、ファーメシは剣を鞘へと収める。ファーメシは顔をややうつむかせサイファから表情が確認できなくなった。そのまま、背を向けて控え室へと戻っていく彼女の後を追うようにサイファは控え室へと戻った。

「おい、ファーメシ……」

 サイファは、ようやく緊張が緩んできたことで、体が震えて同様に震える声で声をかけると、

「はい、なんですか」

 と、何事も無かったように、笑顔を見せるファーメシの対応はサイファに、恐怖心とは違った不気味さを感じさせた。

「大丈夫ですか。体が震えて、それに酷い汗」

 そういうとファーメシは腰に巻かれたベルトについているポーチからハンカチを取り出しサイファの額から流れる汗を拭う。そして、ファーメシが突然サイファを抱き寄せてきつく抱きしめる。

「サイファ大丈夫ですか。怪我はありませんでしたか。痛く無かったですか」

「あ、あぁ。ボクは大丈夫だよ。ファーメシこそ傷が痛むんじゃないのかい」

「私は大丈夫です。……私は誰も傷つけたくないのです。これは多分、これからも変わりません。でも、さっきサイファと戦っていて分かったんです。私が負ければ国も市民も守れないって、だから、私は負けません。この大会で勝って、私は弱い自分と決着をつけます。それに、サイファの分も勝たなくちゃ」

 ファーメシはサイファの目を真っ直ぐ見つめて、そう宣言した。いつの間にか、サイファはファーメシから感じた恐怖心や不気味さが消えて体の震えも収まっていた。


 落ち着いたファーメシとサイファは控え室のソファに並んで座り談笑していた。

 すると、会場の方からはヒュトランともう一人の騎士の名前が呼ばれたのが聞えてきた。

 男性の歓声がヒュトランに集中しているのが聞えてくる。それを聞きながら、ファーメシとサイファはお互いに笑いあった。

「ヒュトランは本当に男達に人気だなあ」

「そうですね。でも、サイファも負けない程の歓声でしたよ」

 ファーメシはくすりと笑う。

「そりゃあ、ボクは乙女貴公子だからね」

「あら、その二つ名、気に入ったんですか」

「ああ、気に入ったよ。ボクにピッタリだと思わないかい」

「そうですね。女性も男性も魅了するサイファにはピッタリな二つ名だと思います」

 そう言い終えると、

「私、少し散歩してきますね。外の空気が吸いたくなってきましたから」

「ヒュトランの戦いを見ていかないのか」

「ええ、ヒュトランなら負けないでしょうし、次の相手は絶対にヒュトランで間違いないと思います。だから、戦いに備えてリフレッシュです」

 ファーメシは笑顔で言うと控え室から出て行った。

「……戦う相手がヒュトランだって分かってるなら、見逃す手は無いと思うけど」

 サイファは独り言を言いながら、控え室からヒュトランの戦いを観戦したが、勝負は数秒で決まった。


 相手の騎士の攻撃をヒュトランは剣で受けて弾くと、両手で構えていた剣を右手だけに持ち替えて剣に注意を向かる、剣からの攻撃を防ごうと相手も咄嗟に剣を片手に持ち代えると同時に、フリーになったヒュトランの左手を警戒するが視線は剣から外れず、ヒュトランの左手の動きを正確に察知できなかった相手の隙を突き、身を屈めて足を掴み姿勢を崩すし、剣を持っている方の手で相手を押さえつけ、簡単にヒュトランは相手の騎士を押し倒し、剣を首元に付きつけ、足を掴んでいた手はいつの間にか、相手の剣を持っている腕を押さえつけて、反撃が出来ないようにし、勝負はついた。


「こんなすぐに勝負がつくんじゃヒュトランが、どう戦うかなんて参考にならないか……相手は女だと思って油断したのかな」

 サイファはそう思いながら、控え室を後にした。


 そして、三回戦、四回戦も問題なく終わり、ファーメシとヒュトランの運命の五回戦も、もうすぐ始まろうとしていた。

 控え室へ戻って来たファーメシは同じく控え室にいたヒュトランを見やる。

「あら、逃げ出さずにちゃんと来てくれたのね。ねえ、さっきの戦い見ててくれた」

「当たり前です。私はこの大会で自分を変えてみせるって決めたんです。それと、ヒュトランの戦いは見ていませんよ。勝負はすぐに決まってしまったのでしょう」

 嫌味な笑顔を見せ悪態をつくヒュトランに冷静に答えるファーメシの顔を見たヒュトランから笑顔は消えて真剣な面持ちになる。

「さっきは、悪態をついてごめんなさい。本当にあなた本気になったのね」

「そうです。ヒュトラン、私は負けません。今まで負けてきた自分に勝つために、ヒュトランに勝ちます。勝って見せます」

 今までに見た事のない表情をし殺気立つファーメシにヒュトランはたじろいた。

「……私だって、当然負けるつもりはないわ」

 しかし、ヒュトランも負けず劣らず殺気立つ。


 そんな雰囲気を破ったのは、会場から聞えてくる司会の声だ。

「さて、いよいよ五回戦が始まります。前戦で逆転勝利を収めた秘爪ひそうの騎士ファーメシと妖麗なる騎士ヒュトランの両騎士の入場を暖かい拍手でお迎えください。」

 司会の声が会場に響き次に拍手が鳴り響く。

「それじゃ、行きましょうか」

 ヒュトランはそう言い、控え室から闘技場へと姿を現す。当然の様に男性の観客からの声援が割れんばかりに会場を包む。女性からの歓声も結構なものである。サイファとは違ったタイプで、女性らしい美しさと同時に強さを併せ持っている事に憧れを抱く女性達も多いのだ。そんな彼女は観客へと投げキスをしたり、大きく両手を振って歓声に答える。

 同じくファーメシも闘技場へと姿を現すと、ヒュトランとはまた違った歓声があがった。純粋に応援する市民の声だ。

 その声を聞いて、さらにこの勝負は負けられないと強くファーメシは思いながら、観客席に向かって四方にお辞儀をして歓声へ答えた。


「ふふ、それが貴女なりの答えなのね。ファーメシらしい」

「はい、いきますよ。全力で」

 お互い引き締まった表情になりにらみ合う。


「それでは、両者剣を構え」

 二人は鞘から剣を引き抜く。

「両者、剣を構えましたね。……はじめ」

 合図と同時に前戦とは打って変わって、ファーメシが先に攻撃を仕掛ける。

 構えた剣を頭上へと高く構え振り下ろすが、ヒュトランはそれを体を右横に移動させながら横斜めに構えることで、攻撃を受け流しす。そして、すぐさま剣を逆方向へと移動させ、剣を横一線に振るうが、受け流された剣を素早く引き戻し、首元へと流れてくるヒュトランの斬撃を受け止める。


「貴女やっぱり強いじゃない。私、燃えてきたわ」

 ヒュトランは心底楽しそうな笑みを浮かべる。

「私は強くなんかありません。でも、負けたくない。いえ、負けられないのです」

 真剣な顔でファーメシは答える。

「そんなに、この国が市民が好きなの。私は平和なのに規則は厳しいし、少し退屈なくらいよ」

「平和だって、退屈だって良いじゃないですか。誰かが傷つくよりずっとマシです」

 そう言うと、ファーメシは受け止めていたヒュトランの剣を軽く弾き距離を取る。

 

「まあ、確かに刺激は足りないけど、良い国なのはあたしも認めるけどね」

 今度はヒュトランが素早い突き攻撃をしてくる。咄嗟に突き攻撃を横に軽く弾くとリーチが足りずに、ファーメシの体に一歩届かず、その間にヒュトランの持つ剣先をかいくぐる様に螺旋状に剣を回しながら同じく突き攻撃で返すファーメシ。

 しかし、その攻撃は読まれていたのか、すぐさま体を後ろへと引きファーメシの剣はヒュトランを捕まえることができなかった。

 激しい攻防が続き、観客席から大きな歓声があがる。その戦いは熟練の戦士すら思わず息を飲む激しい戦いだった。お互いが一歩も譲らずに試合は15分を経過しようとしていた。両者共に息も絶え絶えになり、動きが緩慢になりだす。

 だが、それを待っていたかの様に、ヒュトランは突然、剣を片手に持ち帰る。まるで今までと違う戦い方に、ファーメシは戸惑いながら、読みづらい剣筋に防戦一方になる。


「うっ」

 と、ファーメシが声を上げる。ヒュトランの剣がファーメシの足を斬りつけたのだ。

「あたしの取っておきの戦い方なのよ。戦いが長引けば長引くほど、私の方が有利になる。それが私の戦い方、もうそんなに息も上がっちゃって、私の剣筋について来れないんじゃない。あんまり、友達を傷つけたくないし、降参して欲しいのだけど」

 そういうヒュトランをファーメシは無言で睨み返す。

「そう、まだ戦うのね。じゃあ、続行……ね」

 

 ヒュトランの言った通り、ファーメシは片手で扱われる剣筋についていけずに、何度も切り傷を負うが降参する様子を見せない。

 ルール上は、相手が戦闘不能に陥るか、降伏するかしない限り戦闘は続行されるのだ。

「……降参させたかったけど、これじゃ流石に、あたしも気分が良くないわ。だから、これで終わりにしてあげる」

 ヒュトランは一気に勝負を決めるため剣を両手に持ち替えて、剣を頭上高く構え振り下ろした。

 誰もが、これでヒュトランの勝利を確信した。しかし、ファーメシは地面に膝を付き姿勢を低くすることで腕の動きだけでは防御が遅れてしまうことを補い、ヒュトランの攻撃を横斜めに構えた剣で受け止め、そのまま受けた剣を滑らせながら立ち上がり、剣を正面にスルリと向け、ヒュトランの腹部へと切っ先を突き立てた。

 完全に油断していたヒュトランは、その状態で動くことができなかった。それにもし動けば、その切っ先が自分の腹部へと刺さる可能性があるからだ。ゆっくりと、ヒュトランは剣を手放すジェスチャーをし、自分から剣を遠くに投げたことで勝負は決まった。


「これは驚きです。またしても、窮地に陥りながら騎士ファーメシの勝利です。お客様、こんな素晴らしい戦いを見せて頂いた両騎士へ惜しみない拍手をお願い致します」

 歓声と拍手が巻き起こり、同時に観客席から「ファーメシ、ファーメシ」と讃える声が鳴り響く。

 それに答えるように彼女は、手を観客席に手を振りながら、控え室へと戻っていく。


 ファーメシが歓声に答えている間に、ヒュトランは手放した剣を拾い鞘へ納め控え室へと戻って行く。それに気が付いたファーメシは後を負うように小走りで控え室へと戻った。

「ヒュトラン、良い戦いができましたね。これで、友達に戻れますよね」

 控え室の椅子に座り、背もたれに寄りかかり天井を見上げるヒュトランへ笑顔で握手の手を差し伸べる。その手をに気付いたヒュトランは手を掴んだと思うと、ファーメシの腕を引っ張り抱き寄せる。

「前はあんなこと言ったけど、友達じゃないなんて思った事なんてないんだからね。ファーメシ……ホントに強くなったね」

 ヒュトランの声が震え、瞳から一粒の涙が零れ落ちる。

「あ、あのヒュトラン泣いているのですか。どこか怪我しまたんですか」

 と、抱きかかえられたまま、わたわたとするファーメシをヒュトランは放して、

「ふふ、どこも怪我はしてないわ。貴女の優しさは相変わらずね」

「そ、そんなことありません」

「そうかしら?ファーメシが今日だけで、アレだけ強くなれたのは、誰よりも優しいからよ。それとね、貴女には実は隠してたことがあるのよ」

 ファーメシはキョトンとした顔をする。

「あのね、気を悪くしないで聞いて欲しいのだけど、実はあの時……寮であったことやその後の事は、全部貴女に本気で戦わせる方法を団長に相談されて仕組んだことなの」

 子供をあやすように優しい口調で言うヒュトランに対し、それを聞いたファーメシは「えっ」と短く声を出す。

「つまり、私を騙していたのですか」

 ファーメシは悲しみや怒りと安堵が押し寄せてきた様な複雑な表情をする。

「ごめんね。でも、団長からどうしてもって言われて、本当にごめんね。あとでサイファにも謝らせるから、許してくれない」

 さっきとは打って変わり、ヒュトランは甘えたような口調になる。この様に口調や表情をコロコロと使い分けて人心を操るテクニックも、ヒュトランのワザの一つである。それはファーメシも承知していることで、それを踏まえたうえで、彼女はこう判断した。


「私はヒュトランもサイファも許します。そもそも、これは私が悪いのです。私がもっと強ければ、二人を傷つけずに済んだのですから……私のために、ありがとうございます」

 ファーメシの瞳から大粒の涙を流し静かに泣いき、そんな彼女の頭を優しくヒュトランは撫でた。


「やあ、凄い戦いだったね。って、ファーメシどうして泣いてるんだ。ヒュトランに何か嫌なことでも言われたのか」

 と、二人の気も知らずに、控え室に入って来たサイファは、泣いてるファーメシを見て困惑しつつハンカチをポーチから取り出すと涙を拭ってやり、静かにヒュトランを睨むが、その視線に対してヒュトランは横に首を振った。

「違います、これは嬉し涙です。サイファありがとうございます」

 そう言い頭を下げるファーメシを見て、さらに困惑させた。


「あ、いや。ボクは何もしてないと思うけど……。ごめん、ちょっとヒュトランに話があるんだけど」

 そう言いながら、サイファはヒュトランの首の後ろに手を回して、控え室の隅で声を低くして話をする。

「あのさ。もしかして、あの話をしちゃったの」

「そうですよ。流石に秘密にしておくのは気分が悪くて」

 心が痛むといった面持ちで、サイファから目を反らすが、それはなんともワザとらしい行為でサイファの声に怒気が混じる。

「あれは、二人……いや、三人だけの秘密にしようって言ったじゃないか」

「でも、嘘をついたまま元の関係になんて、戻れるとサイファは思えるの」

「正直、自信はなかったけど努力するつもりだったよ」

 サイファは少し声を荒げる。

「あの、二人共なにかありましたか」

 ファーメシが心配そうに声をかけて来たことで、サイファは少し冷静さを取り戻す。

「いや、大丈夫だよ。ちょっと、ヒュトランから借りてる物があってね。いつ返せば良いかって話を……」

「でも、明日に返してくれるとサイファは言ってるので、もう話は終わったけどね」

 話を誤魔化したサイファの隙を付き、ヒュトランは話を無理矢理終わらせる。サイファはまだ話は終わっていないという風にヒュトランを睨むが、涼しい顔で見てみぬフリだ。


「それより、ついに七戦目……これで勝ったら優勝よ。頑張ってファーメシ」

 ヒュトランはサラリと話題を変えて、ファーメシを励ます。

「ありがとうございます。二人の分も私、絶対勝ちますね」

「まあ、そんなに気張らないで、相手は団長だからね。気楽に行こう」

「そういえば、いつの間にか六戦目終わってるのね」

「相手が団長じゃ、勝負は正に一瞬だよ」

「いえ、二人が私に強い気持ちを与えてくれました。負ける気はしません。それに、団長に私が強くなった事を証明するために、全力で行きます」

 ファーメシは二人の友情をしっかりと受け取り、やる気に満ちていた。これならばもしかしたらと、二人に思わせるくらいに。

「そうだね、きっと今のファーメシなら勝てるよ。ボクは応援してるよ」

「あたしだって、サイファに負けないくらい応援するわ」

 三人は顔を合わせて、くすりと笑い合った。


 そして、会場から司会の声が聞えてきた。最終戦の始まりの合図を告げる声だ。

「会場にお集まりの皆さん。ついに最終戦、この戦いで今期の最強の騎士が決まります。最後の最後まで目の離せない戦いの数々が続きました。最後の試合も是非、目を離さずにご覧ください。それでは、両騎士の入場です。秘爪の騎士ファーメシと、皆さん知っての通り、生ける伝説の入場です」

 司会の紹介が終わると共に、両者が姿を現すと観客席はどっと沸き今までに無い激しい拍手と歓声があがった。


「それでは、両者剣を構え」

 ファーメシは鞘から剣を引き抜く。

「両者、構えましたね。それでは、はじめ――」


 最後の試合は、王国騎士団剣術大会の中で後世に語り継がれる程に激しく長い戦いが続いた。

 誰もが息を飲み、歓声を上げ熱狂した。

 そして、誰もが語る。

 この戦いに勝ったのは、どんな人よりも力強く心の優しい騎士だと。



~~Fin~~

ツイッターのフォロワーさんから頂いた絵を題材に、小説を書かせていただきました。


騎士の戦いや西洋剣術について、割と真面目に研究しながら書いたつもりではありますが、何分勉強不足故に、伝えきれていない部分もあると思われますが、もし楽しんでいただけたら幸いです。


それと、あくまでも三人の騎士の物語として団長の名前は考えてはいますが、省略してあります。

最後まで、お読み頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すばらしい百合であった この芥川 不覚にもキュンキュンしてござったゾ [気になる点] 拙者の愚息が見てしまい [一言] これからもがんばってくだされ
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