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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
9/9

姫君の隣は騎士(前編)



 今日の俺は絶好調だ。

 すっきりとした目覚めで、快眠快便。

 朝食のデザートは好物の苺プリンだったし、朝から気分は最高に良い。


「ウサギ、今朝は機嫌が良いんだな。」

「ふっふっふ、今日の俺は絶好調だぜ。

 それよりさぁ、さっきから気になってたんだけど、その袋は何?」

 俺の鞄を持つといって聞かないクマは、二人分の荷物を抱えて登下校するのが恒例になっていたが、今日は余分に、白い紙袋もぶら提げていた。

「ああ、これは亜依美が迷惑かけたお詫びに…」

 そう言って、クマが袋から取り出したのは、期間限定の苺ポッキーだった。

「わああっ!ありがとーっ、大事に食べるね。クマ、大好き!」

 俺の言葉にクマはにんまりと笑い続け、イケメンが台無しになっていた。



「今日は、健康診断と身体測定を行います。

 班ごとにまとまって、行動してもらいますので…」

 どうやら俺は、猿楽と牛島を含む5人組のグループだった。

 説明を続ける小犬丸先生の声を遮るように、クマは立ち上がり主張した。


「俺は、断固ウサギと同じ班を希望します。」


 あぁ、また出ちゃったよ。

 クマの悪い癖が。

 クマは今までも、何かと理由をつけ(教師を脅し)、班活動では俺と同じグループになってきた。

 溜め息交じりに俺は、小犬丸先生とクマの間に割り込んだ。


「クマ、いい加減にしろよ!

 もう高校生なんだから、班が違うくらいで、ごちゃごちゃ言うなよっ!」


「いいや!絶っ対にダメだ!

 健康診断なんて、ウサギの素肌が晒されるなんて、危険過ぎるじゃないか!」

 俺の言うことには従順であるクマが、訳の分からぬ理由を盾に、今回は引き下がらない。


「俺はウサギと同じ班を希望する。

 この事は、絶対に曲げられない。」

 きっぱりと言い切るクマに、俺と小犬丸先生は困って顔を見合わせるが、そこに意外な人物から助け船が出された。


「熊谷、落ち着いて。同じ班の僕が責任を持って、うさ吉くんを守るから、安心してよ。」

 牛島からの発言に、クマは不審の目を向ける。

「熊谷は僕じゃあ、頼りないって思っているんだろうけど、こう見えても柔道黒帯で、腕っぷしは確かだよ。それに、うさ吉くんを狙っていないから、信用できるでしょ。」

 少し考えた後、クマは牛島の肩を掴んだ。

「よし、牛島!俺のウサギの護衛を頼む!特に、猿楽のヤローには注意してくれ。」




「なぁ、牛島。クマは何で、猿楽に注意しろなんて言ったんだ?」

 班での移動中に、俺は素朴な疑問をぶつけてみた。

「えーっと、そうだな。猿楽君はうさ吉くんを見ると、顔を赤くしちゃうからじゃないかな。」

 牛島は会話が筒抜けであろう猿楽を気遣い、オブラートに伝えようとしたが、超絶鈍感のウサギは意味が分からず、首を傾げるばかりであった。



 ◇



 ウサギから離れたクマは、目に見えて機嫌が悪かった。

「なあ、今日は健康診断と身体測定だけで一日過ごすことになってるのか?」

 同じ班の生徒は、クマの鋭い視線に恐縮しながら答える。




「いっいえ、本日はそれらの予定を終了した後に、‘姫選び’が実施される筈です。」

「‘姫選び’?それは一体何だ?詳しく、俺に教えてくれ!」

 デカイ図体のクマに詰め寄られ、一層身を縮こまらせた生徒は、丁寧な口調で説明を続けた。


「‘姫選び’はですね、新入生の中から容姿の優れた者を各クラスから選抜した後、生徒会のメンバーに承認された一名の生徒を学園の‘姫’とする、恒例の行事であります。」

 ここまで話を聞き、クマは嫌な予感を覚える。


「‘姫’は、学園のマスコットキャラクターであり、男子校に咲く一輪の花なのです。主な役割としては、学園を盛り上げることに尽きますね。あの…、当然のことながら、我がクラスからは、宇賀野殿が選抜される予定であります。」

「‘姫’候補に、拒否権はないのか?」

 クマの血走る眼差しに、見つめられた生徒は、ごくりと唾を飲み込む。

「恐れ多いことですが、生徒会からの任命を拒否するのは、不可能だと思われます。皇楠学院では、生徒会の仰ることが絶対ですから。」




 クマは説明を終えた生徒に感謝の言葉を述べると、ウサギに刻一刻と近付く危機を、回避する術がないか考えるのであった。



 ◇



「次は内科検診だから、保健室に向かおう。」

 ウサギの班では、牛島が行程表に沿って、他の生徒を牽引していた。

「牛島のお陰で、凄くスムーズに廻れるなぁ。」

 ウサギは、牛島に感心の目を向ける。

「僕は中等科から通っているから、もう慣れちゃったんだろうね。」


 牛島のように、中等科からエスカレーター式に進学した者は、内部事情をよく把握しており、どっしりと構えている。

 それに対して、高等科から入学してきた生徒は、まだ勝手が分からず、おどおどとした様子であった。




「猿楽、この学校って広すぎだよな。」

「えっ…、あっ、ああ、そうだな。」

 ウサギから不意に声を掛けられた猿楽は、毎度のことながら頬を真っ赤に染める。


「うさ吉くん、猿楽君に話し掛けるのは、控えてね。あとで、僕が熊谷に怒られちゃうよ。猿楽君、気を悪くしたら、ごめんね。だけど、約束だから。」

 ウサギは膨れっ面で牛島を見つめるが、「そんな顔しても、駄目なものは駄目!」と、一歩も退かないため、大人しく言うことを聞くのだった。




 保健室に到着すると、生徒たちの視線は自然とウサギに集まった。

「うさ吉くんは、こっちで着替えてくれる?」

 牛島はウサギを人目から遠ざけるために、自身の影に誘導する。

 それでも、周囲はウサギが着替える様子を、息を飲んで眺めていた。


「はい、次の生徒入って下さい。」

 ウサギがカーテンを開けて中に入ると、華やかな養護教諭の故蝶と、よぼよぼのお爺さん医師が待ち構えていた。相変わらず、胡蝶はどう見ても男だとは思えない美貌だ。


「ぁ…い、こち…らに、むね…をむけ…てくだ…さ…い。」

 消え入るような声で指示する老人が、聴診器をウサギの胸に当てた瞬間、故蝶先生が黄色い声を上げた。


(はじめ)ちゃ~ん!んもうっ、私の前を素通りするなんて、冷たいんだから!あっ、もしかして照れ隠しのつもりぃ~?」

 胡蝶は、少し空いた窓の隙間から、小犬丸の姿を見逃さなかった。

「何言ってるんだよっ!離せって!」

 小犬丸は胡蝶に、がっちりと腕を掴まれていた。




「やぁかましぃーーっい!!貴様ら、黙らんか!診察中に騒ぐヤツがあるかぁぁあーーっ!」

 凄まじい雄叫びで周囲を圧倒したのは、なんと老人医師であった。先程まで覇気が感じられなかった目元も、爛々と輝いている。


「もぉ、わかったわよ!いきなり怒鳴らないでよ、びっくりするじゃない。」

 胡蝶が怯むことなく言い返すのに対して、小犬丸は何度も平謝りを繰り返すのであった。




「さっきは、ほんと驚いたなぁ。お爺さんってば、別人みたいに急変しすぎ…。それに、胡蝶先生と小犬丸先生を目の当たりにして、何かショックだったよ。」

 全ての行程を終了させ、班の皆で食堂に向かう途中、ウサギは牛島に呟いた。


「そっか、うさ吉くんは初めて見たんだもんね。中等科から通っている生徒の間では、胡蝶先生が小犬丸先生にぞっこんなのは、結構有名なんだ。それから、あのお爺さんは胡蝶先生の祖父だよ。胡蝶先生の家系は代々、この学校の養護教諭を勤めているんだ。」


 牛島の説明に耳を傾けながら、ウサギの一行は食堂前に到着したが、中では何か騒ぎが起きている様子であった。



 ◇



 クマは、ウサギ達より一足先に食堂に着いていた。クマ以外のメンバーは全員、中等科からの進学者であるため、かなり早く廻り終えたのだ。


「こちらの食券機で半券を購入して、注文するということは通常なのですが、食堂内では下級生の私語厳禁となっておりますので、ご注意下さい。では、参りましょうか。」


 馴れた手つきでメニューを選んでいくメンバーに続き、クマも食券機の前に立つが、そこで驚愕の事実を突き付けられる。


 カレーライス 1800円

 和風御膳定食 4500円

 スペシャルランチセット 12000円


 いくら、お坊っちゃま学校だと言えども、想定外の価格設定に面食らう。クマは馬鹿高いメニューの中で、一番安いものを選びながら、明日からの弁当持参を心に決めるのであった。




 食堂内は既に多くの生徒で賑わっていたが、上級生と下級生をはっきり見分けられる状態だった。

 日当たりの良い窓際では、上級生たちが会話を交えて食事している。一方、下級生は隅の方に固まって座り、終始無言で食べ物を口に運んでいる。


 異常な光景に驚きながらも、クマはおにぎりを載せたトレーを持ち、班のメンバーの後を追う。先頭を歩く生徒が頭を下げ、上級生の横を通り過ぎようとした時、思いがけない事件が勃発した。




「いってぇ、何ぶつかってんだよ!」

 三人組の上級生のうち、リーダー格の男が声を荒げる。

「ひっ、申し訳在りません。」

 先頭に立っていた生徒が、恐縮しきった様子で深々と頭を下げる。


「フンッ、礼儀知らずなヤツだな!そんな言葉だけの謝罪で、通用すると思っているのか!」

「そうだ、この方を誰だと思っているんだ!」

「土下座して詫び入れるんだなっ!」

 子分らしき男たちも口火を切り、下級生を追い詰めていく。


 生徒は堪らず膝を地面に近付けるが、クマがそれを制止した。

「そんなことする必要はねぇよ。大体、あんた等の方からぶつかってきたくせに、言い掛かりも大概にしろよ。」

 吐き捨てるように言ったクマの言葉は、上級生はさらに逆上させた。


 リーダー格の男はクマに近付くと、おにぎりが載せられたトレーを、手で弾き落とした。

「上級生の言うことに、お前達は黙って従っていれば良いんだよ!」

 クマは理不尽な行為に、拳を握り締めていた。




 …こいつ、許せねぇ!

 俺の、俺の、俺の、

 大事なおにぎりちゃんがあぁぁぁーーーっ


 お米は、新潟産コシヒカリ100%使用

 そして具材は、幻の鮭と呼ばれる、北海道産の鮭児

 最高級、北海道産の天然真昆布

 全てを優しく包み込むのは、宮中御用達の高級焼海苔


 2個で900円、つまり1個450円

 なけなしの小遣いを叩いて買った、愛しのおにぎりちゃんが…今、無残にも床にぶちまけられている。


 こいつは、ぜっったいに、許せねえぇぇぇーーーっ




 クマは強い意志(完全なる食べ物の恨み)を持つ瞳で、上級生たちを見据えるのであった。








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