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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
8/9

うさ子ちゃんの休日


 今日は、高校に入学して始めての休日。


 俺は今、クマの家に向かっている。しかし、毎日顔を合わせるクマに、会いたいわけではない。

 超インドア派の俺が、わざわざ休みの日に出歩いているのは、愛ちゃんからお声が掛かったからだ。




「うさちゃんっ、久し振りーー!」勢いよくウサギに飛びついてきたのは、クマの妹こと熊谷亜依美だ。

「愛ちゃん!ほんと、久し振りだねぇ。」ウサギの方も、亜依美に頬擦りをする。

「ちょっ、くっつきすぎだって。」慌てて俺たちを引き剥がしたのは、クマだった。


「何だよ。俺は今日、愛ちゃんに会いに来たんだから、クマは口出しするなよ。」

 ウサギに叱られシュンとするクマを余所に、元気過ぎる声が響き渡った。


「あんらぁーーーっ!!うさちゃんじゃないのっ!まぁ、まぁまぁまぁーー、おばさん嬉しいっ!」

 言葉と同時にウサギに抱きつく女性は、クマの母である佐知だ。

「ギリ亜依美はOKでも、あんたがやったら立派な犯罪だよ。」と言って、クマは二人を引き離す。


 すると間髪入れずに、「だーれが、あんたやねん!私のことは、佐知様って呼び言うてるやろっ!あぁっ?」と佐知から怒涛のツッコミが放たれた。

 俺が思うに、クマが怒ったときの口調は、確実に佐知さんの影響だろうな。普段と違って、すっげー怖いんだよ。




 亜依美の部屋に通された俺は、思い切って質問してみた。

「愛ちゃんが、どーーしてもお願いしたいことって何かな?」

 俺は、クマの妹とは思えぬほど可愛い、愛ちゃんの頼みにめっぽう弱いのだ。


 俺にずいっと近付くと、愛ちゃんはぱっちりとしたお目めで見つめながら、「このお洋服を着たうさちゃんと、一緒にお出掛けしたいのっ。」と頼むのであった。

 ウサギはもっと深刻なお願いだと思っていたため、そんなことで良いのかと快諾するが、袋の中の洋服をちゃんと確認しなかったことを、直ぐに後悔することとなった。




「愛ちゃーん、本当にこの格好で外に出るの?俺、いくら愛ちゃんの頼みでも、これは無理だって。」

「大丈夫だって!うさちゃんは、世界一、いや、宇宙一可愛いんだから、自信持っていいよ。ねぇっ、お兄ちゃん見てよ!」

 亜依美の声に振り返ったクマは、大量の鼻血を噴き出した。

「なななななななっなんて格好してるんだよ!?」クマの視線の先には、ウサギのあられもない姿があった。



 真っ白なニーハイに、甘すぎるピンクのミニ丈ワンピース、ゆるふわカールのロングヘアー、うっすらと施された愛されメイク。

 総てが、ウサギに完全マッチしている。まるで、地上に舞い降りた天使のようだ。



「その姿で外を出歩くなんて、ありえないっ!!襲ってくださいオーラ全開じゃっ、んぐ!?」

 亜依美から口を塞がれたクマは、部屋の隅まで連行され何やら密談を交わすと、納得した表情で戻ってきた。

「まぁ、今回は俺が二人を尾行して、不審者に付け狙われないようにするということで、例外的に認めよう。」

「ったく、クマはシスコンだなぁ。」ウサギは、亜依美とクマの交わした密約の内容も知らず、のんきにクマを妹思いの兄に位置付けるのであった。






「あのさ、やっぱり変じゃない?」

 騒然とした街中で、ウサギは俯き加減で呟く。

「ぜーんぜん、変じゃないって!」

 亜依美の言葉に、少し肩の力を抜くウサギであったが、周囲の反応が気になる。


 それもその筈、ウサギの姿を振り返らぬ者は一人もおらず、皆が頬を蒸気させていた。

 女装姿のウサギは、いつも以上にフェロモンを垂れ流しており、老若男女問わず周りの人間を魅了していった。


 クマは少し離れて二人を追い掛けながら、ウサギの殺人的な可愛さに悶絶していた。

 ああっ、本来ならこんなウサギの姿、誰にも見せないのに。

 ウサギの秘蔵隠し撮り写真に加え、今回の女装姿の写真を亜依美が交換条件に出すから、つい承諾してしまったのだが、今は後悔の念で一杯だ。

 亜依美のやつ、段々と母親に似て図太くなってきたな、などとクマが思案していると、ウサギたちは人混みに紛れてデパートに入って行った。



 ◇



 時同じくして、乗り気ではない外出を強制された男がいた。

 男の名は鹿御条敬人、皇楠学院の生徒会メンバーの一人である。


「叔母上、母上、もう気はお済みになりましたか?」

 紋付袴姿の鹿御条は、柔らかな口調とは裏腹に、うんざりといった顔つきをしている。

「何を仰るやら、買い物はまだ始まったばかりですわよ。」

「ほら、敬人さん。あなたの大好物の抹茶ソフトを差し上げるから、もう少しお付き合い下さいな。」

 仕立ての良い着物に身を包んだ女性たちは、ソフトクリームを差し出すと先々と歩いていく。


 有無を言わせぬ二人から、鹿御条は美味しそうなソフトを受け取るが、相変わらず表情は険しい。

 本来ならば、お茶会に出席後に帰宅している時刻であったが、帰り道に母たちの要望でデパートに寄り、すでに一時間が過ぎていた。


 どうして女性の買い物は、こんなに時間が掛かるのだろうかと疑問に感じながら、ソフトクリームに口を付けた瞬間、鹿御条は前方から近付いてきた小さな人影と衝突した。




「君、大丈夫かい?」

 鹿御条は、倒れてしまった相手に手を差し伸べるが、こちらを見上げる少女の視線に動揺してしまう。


 何て魅惑的な瞳をしているんだろう。

 それに、短すぎるスカートから覗く御足の美しいことと言ったら…

 そこまで思考したところで、鹿御条はふっと我に返るが、美少女の方は目を反らし俯いてしまった。


「あーっ、うさちゃん、お洋服が!?」

 そばにいた少女の言葉を聞き、改めて姿を確認してみると、鹿御条の持っていた抹茶ソフトで、ワンピースに大きなシミができてしまっていた。

「本当に申し訳無い。御詫びに、何かお召し物を用意させて頂いても宜しいですか。」

 冷静さを取り戻した鹿御条は、跪いてハンカチで汚れを拭い、精一杯の誠意をみせるのであった。




 洋服売り場へと向かうエレベーターの中でも、美少女は下を向いたまま黙っていた。

「お兄さんって、高校生?」美少女の友達であろう女の子は、気軽な雰囲気で話し掛けてきた。

「ええ。皇楠学院高等学校で、勉強中の身です。」

 堅苦しい鹿御条の語り口にもめげない、亜依美と名乗る少女のお陰で、会話が途切れることはなかったが、美少女の方は相変わらず俯き続けていた。


「ほんとに、好きなお洋服を選んで良いの?」

 ルンルン気分の亜依美は、服を数点抱えると美少女とともに、試着室に姿を消した。

 鹿御条は二人を待つ間、亜依美とは対照的な美少女の様子を心配し、何とかして機嫌を直せないかと考えるのであった。






 試着室の中では、ウサギが大きな溜め息をついていた。

「うさちゃん、大丈夫?」亜依美の声に笑顔を返そうとするが、ウサギの顔は青ざめたままだ。

「はあぁーー。よりによって、皇楠学院の生徒に会うなんて最悪だ。他の生徒にバラされたら、どうしよう?俺、もうダメ、生きていけないよ。」

 汚れてしまったワンピースを着替えさせながら、亜依美は気楽な調子で話した。

「きっと、大丈夫だって!皇楠学院はマンモス高校なんだから、あの人に気付かれる確率なんて低いよ。それより、うさちゃんってば何でも着こなしちゃうのね。」

 着せ替え人形のように、亜依美にされるがまま着替えを終えたウサギは、重たい足取りで試着室を後にするのであった。




 外に出てみると、鹿御条の姿が見えなかった。

「あっれー、おかしいなぁ。ここで待ってるって言ったのに、どうしよう?」

 さすがの亜依美も慌て始めた時、鹿御条が艶やかな黒髪を振り乱して走ってきた。

「済まない。代金はもう支払ってあるから、其のまま着て大丈夫…」

 がらりと印象を変えたウサギの姿に、鹿御条は言い掛けた言葉を呑み込む。



 繊細な刺繍が施された水色のブラウスに、膝丈の真っ白なワンピースを合わせ、頭には黒のカチューシャが留められている。

 顔の両サイドからは長いみつ編みが垂らされ、清楚な雰囲気を醸し出している。



「鹿御条さん、黙っちゃってどうしたの?あっ、もしかして、うさちゃんの姿に惚れ惚れしてるのかな!?」

「…嗚呼、その通りだ。先ほどの破廉恥な格好も悪くなかったが、此方の方が断然、素敵だよ。」

「ひゅーっ、鹿御条さんってばカッコいい!ねぇ、うさちゃん。」

 真顔で述べる鹿御条に、ウサギはどう反応を返すべきか分からず、耳の先まで真っ赤に染める。




「ところで、鹿御条さんはどこに行ってたの?」亜依美の問い掛けに対し、鹿御条は白い紙袋を差し出して答えた。

「服を汚してしまった御詫びに、うさぎ屋の苺大福を買ってきたんだが…」

 その言葉を聞き、ウサギの顔色はパァーッと明るくなった。


「うそっ!うさぎ屋の苺大福、俺の大好物なんだ!」

「…俺?」

 ウサギは興奮の余り、普段通りの言葉遣いで話してしまった。

「もうっ、うさちゃんったら、口が悪いんだから!鹿御条さんも叱って下さいよぉ。」

 機転を利かせた亜依美のフォローに助けられ、ウサギは胸を撫で下ろす。


 ウサギは、気を取り直して苺大福を受け取ると「ありがとう」と言って、今日一番の笑顔を見せた。

 ふいに見せられた眩しすぎる美少女の微笑みは、鹿御条のHPを全回復させた。

 そして、鹿御条から核心に迫る質問を投げ掛けられた。

「ところで、君の名前を伺っても良いかな?」






 ウサギが返答に困っていると、息を切らした救世主が現れた。

「あんた、俺の妹たちに何の用だ?」

 突如姿を見せたクマは、亜依美とウサギを庇うようにして、言い放つ。


「お兄様でしたか。名乗り遅れましたが、私は鹿御条敬人と申します。先程…」

 これまでの経緯を丁寧に説明する鹿御条を、クマは終始睨み付けている。

「事情は理解した。迷惑を掛けて悪かったが、もう用が済んだなら、俺は二人を連れて帰るから。」

 そう言って、クマは二人の手を強引に引っ張る。


「もう、お兄ちゃんっ!」

 クマの手からすり抜けた亜依美は、鹿御条に向き直り耳元に近付いた。

「失礼な兄で、ほんとごめんなさい。あの子の名前は、うさ子だよ。素敵なお洋服ありがとう。じゃ、もう行くね!」

 亜依美は用件だけを囁くと、足早に去っていった。




「お前、何話してたんだよ。」

「へへん。大したことじゃないよーだっ!」

 じゃれあう兄と妹の様子を横目に、ウサギはさっそく苺大福を頬張りながら話す。

「っていうか、クマは俺たちのこと尾行してたんじゃないの?なんで、何も知らなかったの?」

 ウサギの素朴な疑問に、クマは答えることなく亜依美に鋭い視線を送る。


 亜依美は尾行している兄を撒くために、クマが苦手な化粧品売り場など匂いのきつい場所を、計画的に回っていたのだ。

「とにかく、もう女装姿で出歩くのは、今後一切禁止だからな!」強いクマの口調に、珍しくウサギも首を縦に振る。


 ウサギはクマに賛成し、今日の出来事を思い返しうな垂れる。

 いくら愛ちゃんの頼みでも、女装なんてもうこりごりだ。

 同じ学校の奴に会うなんて、予想外の事態に見舞われるし…まぁ、苺大福は儲け物だったけど。







「敬人さん、どうなさったの?」

「えっ、いえ。叔母上、何か申し上げましたか?」

「もお、いやだわ。この子ったら、さっきから全然お話しを聞いていないんですもの。」

 帰りの車内で、鹿御条は美少女に思いを馳せ、上の空の状態にあった。


 嗚呼、うさ子ちゃん。

 眩しすぎる君の笑顔が、頭から離れない。

 もう一度、君に微笑みかけて欲しいと思うことは、異常なのだろうか。


 鹿御条は、幼すぎる少女に抱いてしまった想いを自覚し、悶々と悩み続けるのであった。

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