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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
7/9

ハニーハニートラップ(後編)


 俺の朝は早い。


 朝食の準備は勿論のこと、ゴミ出しや花壇の水やりなど、主婦業の一切をこなす。

 細々とした作業を手際よく終わらせると、急いで家を出る。

 入学式の一件以来、俺は小言ばばあ達が目を覚ます前に、全ての仕事を完了させて、ウサギの家に向かうのだった。




 今朝はウサギを出迎え、電車内では他の男からしっかりガードし、登校することができた。

 重々承知のことだと思うが、ウサギの美しさは犯罪レベルである。

 もし、満員電車でウサギに密着されたら、妻子持ちの真面目なサラリーマンでも、誘惑に負けてしまうだろう。


 それにしても、ウサギは可愛い。

 俺の簡単な嘘に騙されて、張り切ってしまう姿といったら、愛らし過ぎて困る。

 ホント心配で、目も離せない。




 学校に到着しても、油断はできない。

 昨日の入学式を見るかぎり、ここはかなり変な学校だ。変な場所には、総じて変人が集まると決まっている。

 そして現在、最も注意すべき人物は、俺の目の前にいる。


 ウサギに挨拶されて、ゆでダコのように蒸気する男の名は、猿楽敦である。

 大体にして、俺は座席から気に食わない。猿楽のような男が、ウサギの真後ろで、俺が斜め後ろなんて割に合わねぇ。




 俺は苛立ちを隠せず、笑顔を振りまくウサギの手を引っ張り、教室の外に連れ出した。

「ウサギ、猿楽には今後一切近付くな。声を掛けるのも、手を触れるのも、笑顔をみせるのも、全部ダメだ。」

「なんでそんなことまで、お前に決められなきゃならないんだよ!俺のことに構いすぎなんだよ、クマは!」


 必死に反論するウサギであったが、怒った顔も相変わらず可愛い。

 ウサギには頑固な一面があり、聞く耳を持たないのは分かっていた。

 仕方なく俺は、最終手段に出た。


 ウサギとの距離を詰めると、俺は泣き出しそうな困り顔をつくった。

 この顔にウサギが弱いことは、確認済みなのだ。

「ウサギのためを思って言ってるのが、分からないかっ!?」

 だめ押しの一言で説得を確信した時、後ろから声を掛けられる。


「何をしているんだい?二人とも、予鈴が鳴ったから席について。」

 担任の小犬丸を振り返った一瞬の隙に、ウサギは猛ダッシュで逃げていった。

 勿論、俺はすぐに追い掛けようとしたのだが、小犬丸に素早くブレザーの裾を掴まれ、仕方なく教室に入る。

「君たちは入学式といい、どうやら問題児コンビみたいだね。」と笑顔で呟くと、小犬丸は授業を始めたが、俺はウサギが心配で何も耳に入ってこなかった。




 ◇



 今、僕は久々の獲物を見つけて、わくわくしている。

 好みのタイプは特にないけど、僕に興味を持たない男を跪かせることが、堪らない快感である。

 だけど、僕は飽きっぽいから、常に新たなターゲットを探しているんだ。


 今回は、なかなか楽しくなりそう。

 入学初日から交際宣言し、堂々と相手と逃げ去って行った男。

 一年二組の熊谷大樹が、僕の標的である。


 熊谷の相手である宇賀野うさ吉は、とにかく癇に障るヤツだ。

 華奢な体に加え、少女と見まごう美貌は、僕のキャラと被っている。

 皇楠学院に同じような男は、二人もいらない。

 宇賀野に惚れている熊谷を僕の忠実な下僕にして、確固たる地位を誇示する必要がある。





 蜂矢は空き教室で、一人の生徒を待っていた。

「お呼びですか、瑞希様。」いかにもガリ勉らしい生徒が、腰を低くして入ってきた。

「君には、この二人について詳しく調べてもらいたいんだ。」言葉とともに、宇賀野と熊谷の写真が差し出された。

「じゃあ、期待してるよ……くん。」


「あっ、あの!」蜂矢を呼び止めた生徒は、物欲しげな視線を送る。

 しょうがないといった様子で、蜂矢は生徒の首筋に柔らかな口を触れさせる。

「ちゃんと調べてくれれば、次はここにしてあげるよ。」

 小指の先を男の唇に当てると、蜂矢は小悪魔的な微笑を浮かべて、その場を去っていった。




 利用価値のある男は、とことん骨の髄までしゃぶりつくすのが、蜂矢の流儀であった。

 そして、役に立たないと判断した人間は、情け容赦なく切り捨てるのだ。


「みずきぃっ!!」

 廊下で突然、男に後ろから抱き付かれるが、蜂矢は慌てることなく冷静な声で話す。

「君はもう用なしだって、言ったよね。」

 今にも泣き出しそうな男子生徒は、必死に胸のうちを訴える。

「そんなこと言わないでくれよぉ、俺は本気で瑞希のことを愛してるんだ。瑞希なしでは、生きていけないっ。」

 深い溜め息をつき、蜂矢は無情な言葉を放つ。

「僕にとって、君は要らない存在だ。僕なしで生きていけないなら、この場で死ねばいい。」


 蜂矢は、絶望と怒りで顔を歪める男の顔を眺めながら、次に取るべき行動を考えていた。

 恨みを買うことも少なくない蜂矢は、護身術を身に付けていたのだ。

 この男と僕の体格差なら、まずは地面に倒す必要がある。

「うぉぁぁあーーーっ!!」

 思案を巡らせる蜂矢に、猛獣の如く男が襲いかかってくる。




「てめえ、何してんだよっ!」

 鈍い音が響き渡ると、男は床に伸びていた。

「おい、あんた大丈夫かっ?」顔を覗きこんできたのは、熊谷大樹であった。

 このチャンスを、蜂矢は逃すはずがなかった。


 すかさず瞳を潤ませて、クマの腕にすがり付く。

「…怖かったよぉっ。」小さな身体を震わせた蜂矢に、たじろぎながらもクマは背中をさする。

「もう、大丈夫だから、安心して。」優しい声色で呟かれた言葉に、蜂矢は秘かに口角を上げる。


「昨日に続いて、また助けてもらって…本当にありがとうございます。あのっ、自己紹介が遅れちゃったんですが、僕は蜂矢瑞希です。あなたのお名前は?」

 小動物のようなか弱さを滲み出させ、迫真の演技でクマに近寄る。

「熊谷大樹です。当然のことをしただけですから、気にしないで下さい。それから、敬語は使わないで結構ですよ、蜂矢さんの方が先輩でしょ。」

 はにかんだ笑顔を返されると、蜂矢もとびっきりの笑顔で答えた。


「うん。じゃあ、僕のことも蜂矢さんじゃなくて、瑞希って呼んでくれると嬉しいな。」

 何十人もの男を悩殺してきた微笑みに、蜂矢は確かな手応えを感じるが、クマの反応は予想外のものだった。


「じゃあ、瑞希先輩!俺、ちょっと急いでるから、もう行きますね。襲われそうになったら、大声で抵抗するんですよ。」

 蜂矢の頭を無造作に大きな手で撫でると、クマは背を向けて走って行こうとした。

「ちょっ、ちょっと、待って!!」動揺しながらも、蜂矢は必死に呼び止める。

「熊谷くんは、どうして困っているの?僕の方が、この学校については詳しいから、役に立てるかもしれないよ。」

 クマは少し考えた後、「確かにそうですね。」とウサギを探していることを伝えた。


 話を聞きながら、蜂矢は次なる作戦を考えていた。

 熊谷大樹、なかなか手強いな。

 こんなに可愛い僕を置いて、他の男を追いかけようとするなんて、相当楽しませてくれそうだ。

「宇賀野くんって、入学式で熊谷君が交際宣言した相手だよね。あの子なら、確か生徒会室の方にいたと思うから、案内してあげるよ。」

 そう言うと、蜂矢はクマの手を握り締めた。


 先ほどまで空き教室にいた蜂矢は、ウサギの行方など知る由もなかったが、クマを密室に連れ込むことが目的であった。




 生徒会室に向かう途中も、蜂矢はクマの手を離さない。

「ところで、熊谷くんはどうして、赤の他人の僕を二度も助けてくれたの?」

「あーっ、何ていうか、先輩って誰かが守ってあげなきゃ、壊れそうな感じがするんですよ。ウサギに、どことなく似てるってことも関係するかも。」

 言い終えるとクマは、今日一番のまぶしい笑顔を見せる。


 浅黒い肌に真っ白な歯がよく映えて、不覚にも蜂矢はドキッとしてしまう。

 おかしいな。

 僕以外の男を想った笑顔なのに…

 何故、僕がときめいてるんだ?


 しっかりしないと、もうすぐ生徒会室だ。

 部屋に入ってからが僕の本領発揮だ。一気に、勝負を仕掛けてやる。


「さあ、ここが生徒会室だよ。」蜂矢は不敵な笑みを浮かべ、クマを密室へと招き入れた。







 しかし、誰もいないはずの室内には、すでに先客がいた。

 ソファの上に押し倒されたウサギ、その上には豹堂が覆いかぶさっていた。

 これは、蜂矢の計画外の事態だ。


「てっんめぇええーーーーっ!!!」

 当然のことながら、クマの鉄拳が炸裂し、豹堂は数メートルぶっ飛ばされた。


「ウサギ、ウサギ、何もされてないか?痛いところは、ないか?」クマは取り乱すに、乱れていた。

「うん、大丈夫。」ウサギの言葉に、安堵し肩の力を抜く。

「クマ、…怒ってないのか?」心配そうに聞くウサギは、クマに渾身の力で抱き寄せられた。



「怒ってる、怒ってる、すんっげーー怒ってるよ。だけど、それより、何より、ウサギが無事で良かった。」



 クマは涙声でそう呟くと、今までの不安を掻き消すかのように、ウサギを抱きしめるのであった。

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