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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
6/9

ハニーハニートラップ(前編)


「いってっきまーす!」


 俺は能天気に玄関から飛び出し、表札の前で佇む人影に驚く。

 当然といった様子で男は、ウサギの荷物を手に取る。


「クマっ!もう、俺たち高校生なんだぜ。登下校は別々にしようって話したじゃん。」

 俺の話には耳も貸さず、クマは駅まで歩みを進めてから主張した。

「ウサギ、よーく聞いてくれ。誰にも言ってないことなんだが、実は俺、電車が苦手で誰かと一緒に乗らないと、耐えられないんだ。こんな恥ずかしい相談できるの、ウサギしかいない。俺を、助けてくれよ。」


 困ったものだ。

 クマはデカい図体になっても、俺がいないと何もできないようだ。

 ウサギは得意満々の笑顔で胸を張り、「俺に任せとけ。」と言うのであった。


 電車内で、俺はクマを守る使命感に燃えていた。

 しかし、逆に、俺が守られているような気がするのは、何故だろう。

「クマ、お前そんな姿勢で辛くはないのか。」


 クマが壁際にいる俺を囲っているため、満員電車であるにも拘わらず、俺の周囲はかなりゆとりがあった。

 クマは汗ばんだ額を拭いながら、「大丈夫だ。ウサギの方こそ、平気か。」と白い歯を見せて爽やかに笑うのだった。




 今朝は、数少ないクマの弱点を知ることができて、ラッキーだった。

 クマは勉強も運動もかなり出来る奴なので、俺が勝てる分野なんて殆どないのだ。


「おはよう、猿楽。」

 初めて知り合ったクラスメートの猿楽は、常に顔を赤く蒸気させており、倒れはしないかと見ていて心配になる。

「おおっおはよう、うう宇賀野。」

 どもり過ぎな猿楽に吹き出す俺の様子を、斜め後ろの座席からクマが見つめていた。


「ちょっと、来い。」突然クマが俺の腕を掴むと、教室から引っ張り出した。

「いたいって、クマ!」俺の声に気付き、クマはすぐに手を離した。

 顔を見上げてみると、眉間に何本もしわを寄せて、恐ろしい形相をしている。

「どうしたんだよ、怖い顔して。」問いかけには答えず、クマは俺を見つめていた。




「どうして、そんなに可愛いのに無自覚なんだよ。」クマの呟きが理解できず、俺は首を傾げる。

「ウサギ、猿楽には今後一切近付くな。声を掛けるのも、手を触れるのも、笑顔をみせるのも、全部ダメだ。」

 理不尽な宣告に、「なんでそんなことまで、お前に決められなきゃならないんだよ!俺のことに構いすぎなんだよ、クマは!」と怒りを露わにして、俺は声を荒げた。


「ウサギのためを思って言ってるのが、分からないかっ?!」

 俺に詰め寄ったクマは、先ほどの表情とは打って変わり、今にも泣きだしそうな困り顔を浮かべている。

 やばい、クマのこの顔に俺は弱いんだ。ああ、このままだと、押し切られてしまう。


「何をしているんだい?二人とも、予鈴が鳴ったから席について。」

 担任である小犬丸先生の出現は、俺に訪れたチャンスとしか考えられない。

 クマの視線が先生の方に向いた瞬間を狙って、俺は一目散にその場から逃げ出した。




 暫く走り続け、クマが追いかけて来ないことを確認すると、一息ついて辺りを見渡した。

 どうやら中庭らしき場所にいるようで、手入れの行き届いた植物に囲まれていた。

 その時、ふいに後方から声を掛けられた。


「おチビちゃん?また、会ったね。」親しげな様子で話し掛ける制服姿の男に、俺は怪訝な視線を送る。

「ああ、この格好で会うのは初めてだったね。こう言えば、分かるんじゃないかな?入学式の日に、道案内してあげた“釜爺”だよ。」

「ええっ!?」俺は、驚きの色を隠せずにいた。何故なら、目の前にいる男は“釜爺”とは、真逆の人間だったからだ。


 スラッとした長身に、真っ白な肌と色素の薄い瞳、そして肩まで伸ばされたプラチナブロンド。

 その姿はまるで、童話に出てくる王子のようであった。

「フフッ、信用できないって顔をしてるね。」

 “釜爺”の時の荒々しさは微塵も感じさせないが、確かに声質が似ているような気がする。


「あっ、分かった!今日は、“ハウル”のコスプレをしてるんだねっ!」

 ウサギが自信を持って出した答えに、「残念ながら、こっちが地なんだ。僕は、日本とスイスのクォーターだから。」と微笑みを返した。


「ところで、おチビちゃんは今日も迷子?」

 俺は言い訳もできず、下向き加減に頷く。

「今更、授業に出たって仕方がないし…そうだ、先生たちにも叱られない、とっておきの場所に連れてってあげよう。」

 またもや、強引に話を進められ、俺は“ハウル”の後を追うしかなかった。




 到着した場所は、北館の最上階に位置する生徒会室だった。

 “ハウル”が慣れた手つきで鍵を開けると、室内には学校とは思えないほど、豪華絢爛な世界が広がっていた。


「うわぁ、すっげぇ。」俺は、思わず感嘆の声を漏らす。

 “ハウル”は俺の様子を横目に、「僕のお気に入りは、これなんだよね。」と言って、純金製の地球儀をクルクルと回した。

「この時間帯は、誰も使用しないはずだから、授業が終わるまでくつろぐと良いよ。」

 そう一言だけ言い残して、“ハウル”は出ていってしまった。



 ◇




 結局、“ハウル”の正体は確認できなかったが、ウサギは快適過ぎる室内でウトウトと、眠りに誘われていった。

 人が来ないと聞き、安心して眠りについたウサギであったが、唐突に生徒会室の扉が開かれた。

 乱暴に扉を開けて入って来たのは、生徒会副会長の豹堂晶だ。


「ああ~、だりぃ。」

 派手なヒョウ柄のシャツを着た豹堂は、自分の定位置である赤のソファに向かうが、人影に驚き尻餅をついた。

「だ、誰だ!?」

 震えた声で尋ねてみるが、相手からの反応は返ってこない。仕方なく豹堂は、及び腰で相手に近付いていった。

 すると、そこには天使のように、すやすやと眠る男子生徒の姿があった。


 えええぇぇーーーーっ!!!

 なんだコイツっ!?めっちゃ可愛い!!

 えっ、女子じゃないよな??

 いやいや、だってここの制服着てるし!

 てゆーか、顔小っさ、睫毛長っ!!

 マジで…半端なくかわゆいっ!

 ヤバっ、かわゆ過ぎないか!?


 豹堂の頭の中では、得体の知れない男子生徒について、激しく意見が飛び交っていた。

 一瞬にしてウサギに魅了された豹堂は、無意識のうちに手を伸ばし、寝息に揺れる頬に触れていた。


「ぅぅんっ。」

 軽く反応を返すだけで、全く目覚める気配はない。

 魔が差した豹堂は、恐る恐るウサギの口元に顔を近付けていった。




「な、に…、あんた誰?」

 唇まであと数センチのところで、ウサギが眠たそうに瞼を開けた。

 急いで顔を離した豹堂は、焦りながら質問した。


「お前の方こそ、何者だよ?どうして、生徒会室で寝ていたんだ?」

「あっ、ええっと、“ハウル”に案内してもらって休んでたんだけど。」

「ハウル?ああ、狼士のことか。それで、お前の名前は?」

「俺の名前は、宇賀野うさ吉。あんたは?」

 豹堂は待ってましたと言わんばかりに、自己紹介を始めた。


「俺様は、生徒会副会長の豹堂晶だ。世界を圧巻するファッションブランド、〝Hyodo〟の御曹司さ。」

 言い終えると、豹堂はドヤ顔を決め込んだ。

「ああ、通りで奇抜な服装なんだね。」ウサギの言葉に、豹堂は目を輝かせる。

「何だ、お前分かるヤツじゃん!よし、確かここには、最高級のコーヒーがあったはずだから、特別に俺様が淹れてやるよ。」




 ウサギは、こちらに背を向けた派手な男を、まじまじと眺めていた。

 金髪頭に豹柄のシャツ、自分のことを俺様と称し、奇抜と言われて喜ぶ男。こいつは、かなりの変態臭い。

 ウサギは豹堂のことを警戒しつつも、仮にも先輩である人間に、飲み物を用意させることは不味いと感じ、急いで立ち上がった。

 ウサギは、ぼーっとしているようで、案外義理堅いのである。




 一方、平静を装っていた豹堂は、胸の高鳴りを抑え切れずにいた。


 やっべーーーっ!!

 誰でも、寝顔は二割増しぐらい、可愛く見えるもんだけど…

 あいつは目覚めてからの方が、すんっげーー可愛いんですけど!!

 何か後光が差してるよね、うん。

 寝ぼけてる様子、やば可愛いよね。

 てゆーか、声まで可愛いかったんですけど。


 またもや、豹堂の頭が大混乱になったところで、ウサギから声を掛けられた。

「あの、先輩?僕も手伝います。」

 振り返るってみると、かなりの至近距離にウサギが迫っていた

 。驚きの余り豹堂は、ポットのお湯をひっくり返した。




「あぶないっ!」

 豹堂がウサギを庇おうとするが、バランスを崩して二人は倒れた。

「先輩、大丈夫ですか!?」覗き込むウサギの顔には、心配の色が滲み出ていた。

「全然、大丈夫だって!ぬるま湯だったから。…それより、ちょっと、退いてくれる?」


 安堵の表情を浮かべるウサギは、先ほどから豹堂に馬乗りの状態であった。

 ウサギはその場から離れて、「すみません。僕が急に、声を掛けたりしたから。」と心底申し訳なさそうに述べる。

「いやいや、俺の不注意だから!気にするなって!俺はちょっと、濡れた服着替えてくるから。」と言って、豹堂は奥の部屋に向かった。




 ウサギの姿が見えない所まで来ると、豹堂は堪えていた感情を爆発させた。


 ああああぁぁぁーーーーーーーっ!!!!

 超絶ヤバい!何だ、この感情は!?

 てゆーか、あの姿勢は、何っ!

 興奮度MAX、俺様の息子が…

 ヤバいことになってるんですけど!!!

 うおおおあああーーーっ!!!


「先輩、ほんとに大丈夫ですか?」

 興奮が醒めきらぬまま豹堂が戻ると、ウサギがとんでもない恰好で待ち構えていた。

 ウサギは白いシャツを脱ぎ、陶器のように美しい肌を露わにしていたのだ。


「どどどど、どうしたの?」

「ちょっとシャツが濡れちゃったから、乾かそうと思って。」

 ウサギは答えながら、豹堂のそばに近付いてきた。

「ちょっ、ストップ、ストップ!!それ以上、こっちに来るな!」


 ちょっ、冗談じゃねー!!

 この色っぽさは、犯罪レベルっしょ!

 いくら紳士の俺様でも、我慢できねーって!!!


 そんな豹堂の心情を知らぬウサギは、火傷がひどかったのだと勘違いし、更に豹堂との距離を詰める。

「先輩、僕にちゃんと見せて!」

 豹堂のシャツのボタンに手を掛け、ウサギは切羽詰まった様子で言い放った。




 はっ??

 今、この子、なんて言った!?

『センパイ、ボクニチャントミセテ!』

 確かに、そう言ったよな?

 それに、このシチュエーションだよ!

 密室に、半裸の男子高校生が二人…

 えっ、これって、俺、誘われてる?

 ねえ、誘われてるよね?

 うっひょおおあああああああーーーー!!

 マジかっ!!!

 据え膳食わぬは武士の恥!!!

 男、豹堂晶、有難く頂戴します!!



 野獣の如く息を荒げ、ウサギをソファに押し倒す豹堂。


「先輩…?」

 ウサギは状況を把握できず、潤んだ瞳で豹堂を見つめ返す。

 その視線がさらに豹堂を煽る結果になることを、ド天然のウサギは知る由もなかった。


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