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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
5/9

恋と変は似ている



 今、俺は頭をフル回転させている。


 窮地に追いやられた現状を打破するには、如何すれば良いのか。辿り着いた答えは、“逃げる”ことだった。




 胸に抱き寄せたウサギの手を取り、騒然とする講堂から逃げた。その場から離れることだけを考え、とにかく全力で走った。

「クマっ、待てって。」

 俺との伸長差が20㎝以上あるウサギは、無理矢理引っ張られて息を切らしていた。

「あっ、ごめん。」

 手を離すと同時に、先程の言い訳を考えるが何も思い付かない。


 沈黙の後で、俺は重たい口を開いた。

「ウサギ、実は俺…」顔を上げた瞬間に、ウサギの頬に切り傷があることに気付く。

「その傷、さっきの奴にヤられたのか?」

 俺の質問にウサギは頬をさすり、「あれ、いつの間に怪我したんだろう。」大したことはないといった表情を返す。

 しかし、陶器のようなウサギの肌に、傷跡が残っては一大事だ。


 俺は再びウサギの手を取ると、保健室まで連れて行った。

 俺はウサギの方向音痴の対策として、校舎の内部を完全に把握していた為、迷うことなく到着するのだった。




 保健室に入ると、消毒液の匂いとともに、フローラルの香りが漂ってきた。

「あら、さっそく怪我人?」

 こちらを振り返ったのは、白衣を纏ったお色気美女であった。


 綺麗にまとめ上げられたロングヘアー、ぷっくりとした魅惑的な唇、胸元から覗く豊かな谷間。

 赤のマニキュアで、指先まで抜かりなく飾られている。


「イケメン君に可愛い子ちゃんか。今年の新入生は、豊作みたいね。」

 俺たちの顔を交互に見てそう呟くと、ウサギの頬を手際よく手当てした。

 照れ臭そうにウサギがお礼の言葉を述べると、「どういたしまして。私は、養護教諭の故蝶 亜華葉(こちょう あげは)よ。スクールカウンセラーも兼ねているから、何かあれば気軽に相談しに来てね。」と整った歯並びの笑顔で俺たちを見送ってくれた。



「すっげー、美人だったな!?」

 教室に向かう途中で、ウサギは興奮ぎみに話した。

「そうかぁ?」

 俺にとっては、ウサギの方が数千倍、美人に感じるので共感はし兼ねる。

「それより、講堂でのアレ何だったんだよ?」

 ウサギの質問に、俺の鼓動が大きく跳ね上がる。

 返答に困っていると、「クマは昔から、俺に依存しすぎだぞ。いくら俺が大事だからって、大勢の前で誤解を招く発言は止めろよな。俺たち、親友だろ。」と予期せぬ言葉に俺は面食らった。


 そうだ。

 忘れていたことだが、ウサギは超ド級の天然ちゃんなのであった。

「何だ、違うのか?」

 少し不安げな表情を見せるウサギに、「ああ、気を付けるよ。俺たち、親友だもんな。」と笑ってみせた。




 遅れて教室に入ると、ウサギの美しすぎる姿に男子生徒の視線が集中した。

「遅かったから心配していたんだけど、無事に来れたね。僕は一年二組の担任の、小犬丸 一(こいぬまる はじめ)だよ。一年間、よろしく!」

 犬っころのような笑顔の担任から挨拶され、俺たちは座席に向かった。


「あっ!」

 俺と同時に声を上げたのは、講堂でウサギに絡んでいた男だった。

「テメー、ウサギの顔に傷付けて、ただで済むと思ってねーだろうな!?」

 一気に怒りのボルテージが頂上に達した俺は、無意識に相手の胸ぐらを掴んでいた。

「誤解だよ、誤解!!その人は、何にもしてないって。思い出したんだけど、草原を通って学校に来たから、その時に付いた傷だよ。」


 ウサギの弁解に耳を傾けていたところ、担任が俺の手首を握りしめていた。

「熊谷君、どんな時でも暴力はいけないよ。」にこやかな表情とは裏腹に、握りしめる指先に力が込められる。

 この教師、顔に似合わず、かなり強いようだ。

 俺は男から手を放すと、おとなしく席に着いた。


 着席したといっても、先ほどの男と俺の座席は隣同士であった。

 それだけでも気に食わないのに、ウサギの席は男の真ん前である。


「あの、さっきはごめんね。俺が勝手にぶつかって、謝りもしなかったから…」

 後ろを振り返りながら、申し訳なさそうにウサギが話す。

「別に。俺の方も、言い過ぎたと思っていたし。」

 ウサギの顔を直視できず、赤面しながらぶっきら棒に男は答える。

「じゃあ、仲直りしよう!俺は、宇賀野うさ吉。お前は?」

 満面の笑みを浮かべるウサギに、またもや照れを隠しきれず、男は無愛想に述べた。

「俺は名前は、猿楽 敦(えんらく あつし)だ。宜しく。」


 猿楽と名乗った男は、ウサギに話しかけられて、浮かれている様子だった。

 早々にウサギに惚れやがったな、この男。

 俺が腹立たしく感じていると、ウサギから唐突に「ほら、クマも謝れよ。」と言われ、渋々謝罪する。


 ウサギを味方につけて、こいつは気に食わねぇ。

 猿楽 敦、ウサギに近づけてはいけない要注意者リストに掲載決定だ。




 ◇




 ひょろっとした長身に威圧的なつり目、そして短気な性格から、俺は誤解されることが多い。

 しかし、中身は至って普通の男子高校生だ。

 俺の名前は、猿楽 敦(えんらく あつし)スポーツ推薦枠で皇楠学院高等学校への入学を決めた、自称爽やかスポーツマンだ。


 男子校に進むことに、抵抗はなかった。

 もちろん女性のことは好きだが、赤面症の俺にとって共学校での生活は、耐え難く拷問に近いものである。

 女子生徒が一人もいない校舎は、無駄に緊張することもなく、楽園のようだった。

 退屈な入学式でさえも、すがすがしい気分で過ごすことができた。


 男子校の心地良さに浸っていると、前方から突然のタックルを受けた。

 ぶつかってきたのは小柄な生徒で、それほど痛くはなかったのだが、反射的に「いってぇ、何すんだよ。」と相手に掴みかかっていた。


 俺は、相手の顔を見て驚愕することになる。

 そこには、女子と見間違うほど華奢な美少年が立っていた。

 いや、むしろ女の子よりも可愛い。

 くりくりとした大きすぎる瞳でこちらを見つめてくる姿は、この世のものとは思えないほど光り輝いている。

 一瞬にして俺の顔が、真っ赤に燃え上がるのが感じ取れた。


「ウサギは俺のものなんだよ!気安く、触るんじゃねぇ!!」

 見惚れていた俺の手を払いのけ、大声で威嚇してきたのは、地黒で大きな男子生徒だった。

 はっと我に返るが、二人は足早にその場から逃げ去って行った。




 どうしたんだろう。

 俺…、変だ。

 男の胸は、不整脈を起こすのではないかと心配してしまうほど、早鐘を打っていた。

 さっき少年と目が合ってから、ずっとこの調子が続いているのだ。

 教室ではガイダンスが進められているが、内容は全く頭に入ってこない。

 天使のように愛らしい少年のことで、頭が一杯だった。


 あの二人はデキているのだろうか。

 男子校にはホモがいるから気を付けろと、よく言われるものだが、実際にお目に掛かったのは初めてだ。

 そこまで考え込み、俺は重大なことに気付く。


 えっ、この胸の高鳴りはもしかして…


 その時、先ほどの二人の生徒が、遅れて教室に入ってきた。

 同じクラスだったんだと安堵していたところ、またもや大きい方の男に正面からメンチを切られた。

 しかし、美少年の弁解と、担任が止めに入ったことにより、一髪触発の事態は免れた。

 俺の前の座席に腰かけたウサギと呼ばれる少年は、少々怯えながらも俺に謝罪し、自己紹介してくれた。

 俺は、宇賀野うさ吉のアップの笑顔に、ノックダウン寸前だった。




 ◇




「帰ろうぜ、ウサギ。」そう言いながら、クマはウサギの分の鞄も持ち上げた。

「もお、自分の分は自分で持つって言ってるだろ。」とぼやきながら、ウサギも立ち上がる。


「あの、」そんな二人に声をかけてきたのは、のっぺりと優しそうな顔をした生徒だった。


「牛島―!!お前も同じクラスだったのか。」

 ウサギは喜びを露わにするが、クマは誰だといった表情を浮かべている。

「クマ、覚えてないのか。ほら、小学校で一緒だった牛島 歩(うさいじま あゆむ)だよ。」

 そう言われて、やっとぼんやりと思い出した。頭も性格も良くて、皇楠学院の中等部に進学した奴だ。


「三人で、一緒に帰ろうぜ!」

 ウサギの言葉に、クマは露骨に嫌な表情を浮かべた。

 今日は散々な一日で、俺はやっとウサギを独り占めできると喜んでいたのだ。

「じゃあ、駅までだけ。熊谷の機嫌を損ねちゃ、怖いからね。」

 と微笑みながら答える牛島に、空気の読める奴だなと感心する。


「なぁ、保健室の先生って、すっげぇ美人だよな。」

 帰り道で、ウサギがウキウキした様子で話すと、「ああ、故蝶先生だね。残念だけど、あの人、生物学的には男だよ。」サラッとした口調で衝撃の事実を知らされる。

 しかし、牛島は落ち込むウサギに追い打ちをかけるように、「担任の小犬丸先生と故蝶先生は、あの学校の卒業生でさ、故蝶先生は学生時代から小犬丸先生のことが好きで、追っかけて先生にまでなっちゃったらしいよ。」と恋愛事情まで暴露した。

「それにしても、熊谷はこれから大変になりそうだね。昔から、うさ吉くん命って感じだったけど、敵は多そうだよ。あっ、僕には、そっちの気がないから安心していいよ。」

 なかなか鋭いコメントを残して去る牛島だが、ウサギは意味を理解できずに、首を傾げるばかりであった。


 牛島の言うとおり、敵は多い。

 今日だけでも、一人確実に敵が増えている。

 猿楽 敦、あいつは危険だ。

 ウサギに何としてでも、近付けないようにしなくては。




 ◇




「くしゅんっ。」

 誰かが、俺の噂でもしているのだろうか。

 自宅に帰ってからも、猿楽は興奮状態にあった。

 ああ、俺ってばどうしたんだろう。

 いくら可愛いといっても、あれは男だ。

 股間に俺と同じブツをぶら下げた、男なんだ。


「ああああぁぁーーっ!!」

 ウサギのあられもない姿を想像してしまい、猿楽は奇声を発して転げまわる。

 行き場のない思いに悶絶する猿楽であったが、そう、これは紛れもなく恋なのだ。





 平常でいられぬような感情を‘変’だといって片付けてしまうことも出来る。

 しかし、否定する気持ちが強く、認めたくない想いこそが、‘恋’であることを青すぎる少年はまだ知らない。

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