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どーてー あにまるず  作者: 紀崎 廉
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始まりの第一歩

挿絵(By みてみん)




「何だよ、これ!?」



 鏡に映る少年は、自分の姿を不服そうに見つめながら呟いた。

 階段をかけ降りながら、「母さん!」と声を荒げる息子をよそに、名前を連呼された女性は、濃い緑のスムージーで喉を潤し、俗物な朝のニュース番組を眺めていた。


 勢い良く扉を開けた少年は、高校生とは思えないほど小柄で華奢な体つきをしており、透き通るような白い肌と漆黒に潤んだ大きな瞳から、なんとも言えない色気を漂わせていた。


「母さん、どういうことだよ!」

 薄紅色の愛らしい口元から、澄んだソプラノの声を響かせるが、母親はそちらを振り返ろうともせず「どうかしたの?」と穏やかに答えた。


「どうしたも、こうしたもないよ!こんな格好じゃ、学校に行けないよ!」

 必死に訴える少年は、どう見ても背格好に不釣り合いな制服を身に着けていた。


「あらっ、素敵じゃない。さすが私の息子ねぇ。」

 ゆっくりと振り返った女性は、はっきりとした目鼻立ちに、上品で明るすぎないブラウンの髪をしていた。

 すれ違いざまに、二度見したくなるような美貌の持ち主だ。


「そうじゃなくて、ちゃんと見てよ!」

 少年はだらしないブレザーの袖口と引きずるズボンの裾を指差したが、母親は相変わらず、「大丈夫よ、うさちゃんの身長もすぐ伸びるんだから。」と微塵も心配する様子が見られない。


 この調子じゃ相手にならないと、台所に立つ父に助けを求めるが、「母さんに似て、うさ吉は何を着てもよく似合うなぁ。」と期待外れな返答を投げ掛けるだけであった。




「今朝は、早起きして麗子さんの大好きなロールキャベツを作っておいたから、お昼に温めて食べてね。冷蔵庫に作り置きのおかずもあるから、あっ!もうこんな時間か。」

 40代半ばの男性にとっては可愛すぎる、花柄のエプロンを脱ぐと、父は出社の準備を整え始めた。


 そばに歩み寄りネクタイを直す母は、「誠司さん、毎朝ありがとう。今日も一日お仕事、頑張ってきてくださいね。愛してるわ。」と甘過ぎる愛の言葉を囁くと、熱烈な口づけを交わすのであった。毎朝の恒例である、見るに堪えない光景が始まった為、少年は諦めて出発することにした。




 俺の名前は宇賀野うさ吉(うがのうさきち)。

 小学生に間違えられることもあるが、今日から晴れて高校に入学するピッチピチの15歳だ。

 偏差値30から猛勉強の末、都内でも名の知れた名門男子校“皇楠学院高等学校”への進学を決めたのだから、俺の根性はなかなかなものだと自負している。


 男子校=同性愛者の集団と決めつける人もいるが、俺はゲイでもホモでもなく、女の子がだーいすきな異性愛者である。

 ただ、母親の強い要望(泣き落とし)に負けて、皇楠学院を目指すことになったのだ。


 それにしても、今の俺の姿はいかがなものだろう。

 有名デザイナーが手掛けた皇楠学院の制服は、洗練された細身のフォルムが特徴であるが、うさ吉の制服姿はまるでレゲエファッションのようだった。



 母さんの天然っぷりには慣れたものだが、父さんのおとぼけにはいささか困る。

 正確に言うと再婚による義父なのだが、サラリーマンでありながら主婦業の一切も引き受けてしまうほど、母さんにメロメロだ。


 二人は、今朝のように人目を気にせずイチャつき始めるので、今日の入学式が父兄同伴でなかったことがせめてもの救いであるが、この制服姿だけはどう見ても頂けない。

 深いため息をつき、残念な制服姿に観念すると、うさ吉は学校へと向かう電車に乗り込んだ。





 通勤ラッシュ時の車内は想像以上に混雑していたが、幸いうさ吉は座席に腰掛けることができた。

 乗り慣れない電車の心地よい揺れは、うさ吉を深い眠りへと誘っていった。


 はっと目覚めた時には、すでに目的の駅を過ぎており、急いでホームに降り立ち、折り返しの電車へ駆け込んだ。

「ふぅ、あぶなかった。」と一安心し、時間を見るためにスマホを手に取ると、着信履歴に加え新着メッセージの存在を示す光がチカチカと光っていたが、相手は確認せずとも分かるといった様子で、無造作にポケットへと突っ込むのであった。




 その相手は、クマであると断言できた。

 クマといっても、農作物を食い荒らし人間を襲うような、どう猛な動物ではなく、人間でかつ等身大の男子高校生だ。


 いや、等身大というにはクマの体が、大きすぎるかもしれない。

 幼い頃は、名前に似合わぬ小さな体で、「うさちゃん、うさちゃん」とくっついてきたのだが、今では生意気なことに190センチ近くまで成長し、俺のことを見下ろしてくる。


 しかし、大きくなったのは図体だけで、中身はまだまだあまちゃんだ。

 その証拠に、登下校はもちろんのこと移動教室やトイレに至るまで、片時たりとも俺のそばを離れない。

 さっきの連絡も、俺の居場所を尋ねる内容であったに違いないが、いい加減親離れしてやらないとクマの為にならないので、無視したのだ。






 やっとの思いで、目的の駅に辿り着いたうさ吉であったが、自他ともに認める方向音痴の彼は、学校とは真逆の方向へと進んでいた。

 たちが悪いことに、自分の勘に絶対の自信を持つうさ吉は、どんどん目的地から遠ざかっていった。

 二十分ほど歩いたところで、やっとうさ吉は異変に気付くが、自分が現在どの辺りにいるのか全く見当もつかず、歩いている人に道を聞くといった、原始的な手段に出ることにした。


「すみませーん!」

 声に反応して振り返った人物を見た瞬間、うさ吉は思わず吹き出した。

 ツルッとしたハゲ頭に時代遅れの丸いサングラス、口が見えないほど伸ばされた髭、そして細長く伸びた手足といった風貌は、“釜爺”そのものだった。


 笑いが収まらないうさ吉に、「おう、なんだ坊主!道に迷ったのか?その制服からして、皇楠学院のガキじゃねーのか、ん?」

 と荒々しい口調の“釜爺”は「しょうがねえな、俺が道案内してやるからついて来い。」と話を勝手に進めていった。



「ところで、お前さん今日は入学式じゃねーのか?」

 “釜爺”は近道だといって、植物が伸び放題になった小道を掻き分けながら、話し掛けてきた。

「そうだけど、おじさんやけに詳しいんだね。」

 答えながら、うさ吉は“釜爺”の後に続いた。

「そりゃあ、俺はあの学校の関係者だからな。皇楠学院のことなら、そこらの教師よりも把握しとる。ちなみに、お前さんは今年の姫候補の中で、ぶっちぎりのトップだったそうだぞ。」



 ヒメコウホ?

 何のことを言ってるんだろう?

 と、頭の中がクエスチョンマークで一杯になったうさ吉の眼前には、伝統ある佇まいの校舎が広がっていた。


「無事に到着したことだし俺は帰るけど、おチビちゃんは達者でな!」

 勢いよく踵を返す“釜爺”の姿を見てうさ吉は、「おじさんっ、ありがとう!!」と感謝の言葉を述べた。

 “釜爺”は振り返ることなく、腕を横に伸ばしグーサインを示しながら、「GOOD LUCK!」と呟き去って行った。






 講堂ではすでに入学式が始まっており、完全に入るタイミングを逃してしまったうさ吉は、突然後ろからぐいっと首根っこを掴まれた。


「貴様、入学式から遅刻とは何事だ!そんなたるんだ根性で、日本男児の名に恥ずかしくないのか!?」


 声を荒げる男は、ジャージを着用していてもわかるほど筋肉質でゴツい体格をしており、いかにも体育大学出身の熱血教師といった感じがする。

 ああ、俺が最も苦手とするタイプの人間だ。



「先生、お叱りはごもっともですが、今は入学式ですので…」俺とゴリラ男の間に割り込んできたのは、スーツ姿の小柄な男性だった。

 犬のような屈託のない笑顔を見せながら、すかさず「理由もなく遅れたりはしないですよ。ここの生徒は優秀ですから。」とフォローを入れたため、ゴリラはぶつぶつと文句を言いながら離れていった。


 優しさの塊のようなその男性は、「伍里山先生の説教は、放っておくと軽く一時間は越えるから、要注意だよ。」ヒソヒソ声でそう言ってウィンクし、「ところで、君の名前は?」と尋ねてきた。


「宇賀野うさ吉です。」俺が答えるのと同時に「ああ!珍しい名前だから、よく覚えてるよ。君は一年二組、僕のクラスだよ。」終止笑顔の男性は、目立たぬように一番後ろの座席へ案内してくれた。





 式典の大半は終了していたようで、今後の事務連絡が行われていた。

「うさ吉くん、だよね?」隣から聞こえる声に、息をつく間もなく目を向けると、そこには懐かしい顔があった。


「牛島!うわぁ、小学校以来じゃん!!」

 喜びのあまり声のボリュームを上げてしまった俺は、「そこっ!静かにしろ!!」と再度ゴリラに睨まれた為、積もる話を後にした。



「これにて式典を終了致しますので、各クラスごとに教室へ移動して下さい。」

 アナウンスとともに、生徒たちが移動を始めると、うさ吉は何かを見つけて「あっ!」と声を漏らした。


 目線の先にあったのは、真新しい制服をモデルのように着こなすクマの姿だ。

 悔しいが人混みに紛れていても、クマは頭ひとつ飛び出しているので、容易に見つけることが出来る。


「クマ、クマー!」と名前を連呼し駆け寄る途中、ドシンッと勢いよく何かにぶつかり、次の瞬間にはうさ吉の胸ぐらが掴まれていた。




「いってー!どこ見て歩いてるんだよ!?」

 見上げてみると、クマに負けないほど長身の男が、つり目がちな目をさらにつり上げていた。

 ビックリ眼でうさ吉が見つめ返すと、男の顔は急激に赤く染まっていった。


「テメー、ウサギに何してんだ?」

 鬼のような形相で近付いてきたクマは、男の手をパァンとはねのけると、驚きの行動に出た。





「ウサギは俺のものなんだよ!気安く、触るんじゃねぇ!!」

 クマは講堂中に響き渡る声でそう言うと、状況を飲み込めていないうさ吉を抱き寄せた。







 こうして、うさ吉の受難の高校生活が幕を開けたのであった。


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