忍び寄る影
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
階段を駆け上がる。
自分の部屋にたどり着くと、急いで鍵をかけた。
「はぁっ……はぁぁ……っ」
僅かに気が抜けたせいか、その場に崩れ落ちてしまった。
そのままドアにもたれかかる。
自分の心臓の音がうるさい。
……少し落ち着いてきたところで、ふと思った。
ここは、本当に安全なのだろうか、と。
そんな疑念が一瞬でも脳裏を過ってしまうと、もうダメだった。
「――――っ!」
後ろを振り返る。
……が、誰もいない。
普段と違っているところはないはずだ。
それなのに、見慣れた自分の部屋が、まるで異界のように感じられた。
「おかあさん……っ」
変わり果てたお母さんの姿を思い出す。
雨の中、家に帰ったら、お母さんがリビングで血まみれになって倒れていた。
大声で呼びかけてみたものの、返事はなかった。
……それが、マズかったのかもしれない。
そのとき、玄関のほうから何かが擦れているような音が聴こえたのだ。
まだ、この惨状を生み出した人間が、この家の中にいる。
それを察知した私は、急いで二階の自室へと避難した。
悔しい。
どうしてお母さんが、こんな目に遭わなければいけないのか。
悔しくて、悲しくて、涙が溢れてくる。
……でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。
逃げなければ。
二階ぐらいの高さなら、なんとか下に降りられるはずだ。
それから警察に連絡を……。
「……え?」
背後から、何かが擦れるような音が耳に届いた。
「ぐぁっ!?」
背後から伸びてきた何かによって、私は床に押し倒された。
どうして?
どうやって、この部屋に入ってきたの?
ドアの鍵は、ちゃんと閉めていたはずなのに……!
「か……は……っ」
ものすごい力で首を絞められている。
必死で抵抗するものの、それはビクともしなかった。
そこでやっと気づく。
自身の首を締め上げているもの。
それは断じて人間の腕ではなかった。
それは、閉まったままのドアの下の隙間から伸び出ていた。
赤黒い色をした、蔓のようなもの。
――なんだろう、これ。
どうにもならない運命をどこか他人事のように感じながら、私の意識は薄れていった。
続きはノクターンに(ないです)