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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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おまえ、ホントにバカなのか?

 ゴールデンウィークも終わり、夏が近づいてきた。相変わらず月子はきっちりと母の言いつけを守り、遠慮のカケラもなく、毎日わが家にやってきていた。今日は忙しいから食事ができたら電話すると言っても平気で上がり込み、家の中をうろつきまわり、つまみ食いをし、時にはソファでうたた寝することさえあった。

 もちろん学校では、月子のことは絶対口にしなかった。変に勘ぐられて妙な噂にでもなったら、たまったもんじゃないからね。人間がどんなに無責任に人を傷つけるか、十数年ぽっちの人生ですでに僕はいやというほど思い知らされていたんだ。でも正直なところ、自分だけが月子のそんな姿を知っているっていうのは、悪い気はしなかった。そんな慢心がきっと油断につながり、その油断があの事態を引き起こしたんだと思う。それまでの数年間ずっと、あれほど目立たぬように用心しながら生きてきたというのに。

 その日のお昼休み、窓際の席でぼんやり外を眺めていた月子に、クラスでも一番派手なグループの女子たちが近づいていった。その中心にいる女子は、彼氏が月子に夢中になったのが原因で、別れることになってしまったというもっぱらのうわさだった。

 何だかひどくいやな予感がした。

「ねえ、ま・ち・だ・さん」

 月子は机に肘をついたまま、髪を縦にロールさせたその女子をだるそうに見上げる。

「町田さんってぇ、どうやってその体型維持してるのぉ? 肌もすっごいきれいだしぃ、すっごいうらやましいんだけどぉ、なんか特別なこと、やってるぅ?」

「特別なこと?」

 何を聞かれているのかわからないといった顔で、月子が聞き返す。

「だからぁ、高級な洗顔料使ってるとかぁ、夜は野菜しか食べないとかぁ」

 うふ、と彼女はわざとらしく笑顔を作った。が、明らかに目が笑っていない。僕は背筋に悪寒が走るのを感じた。

「夜は、毎日ヨースケと食べてるけど?」

 うわ、おまえ、バカか?

「ヨースケって、加瀬洋介?」

「うん。ヨースケの料理、すごくおいしいよ」

 嬉しそうな顔で月子が答えると、クラスの女子たちは一斉に色めき立った。

「そ、それって、もしかして町田さんって、加瀬君と付き合ってるの?」

「へ? 付き合ってる?」

「だから、学校以外でも会ったりとか……」

 月子は、やっとわかったとでもいうように、ぱっと目を見開いた。

「ああ、それなら、毎日ヨースケの家には行ってる」

「え、ええーっ?」

 クラス中がどよめいた。そりゃそうだろう、そこだけ聞いたらそうなるわ。こいつ、そんなこともわからないのか? 僕はめまいで倒れそうになった。

 とそのとき、教室のどこからか押し殺したようなひそひそ話が聞こえてきた。

「なんでよりによって加瀬なんだよ」

「よりによってって?」

「知らないの? あいつさ、小学校の時すごいデブだったんだぜ」

「ホントかよ、今、全然フツーじゃん」

「ホントホント。俺、同じ小学校だもん。すげーいじめられてたし」

「そういえば、なんか暗いよな、あいつ。いつも、気配消してるっつーか」

 僕は下を向いて、ぎゅっと目を閉じた。じっとりと変な汗が出てくる。夢、これは悪い夢に違いない、いや、そうであってほしい。

 と、さらさらと音がして顔を上げると、いつの間にかすぐ目の前に月子がいた。ストンと落ちる長い髪が、艶やかに揺れている。

 月子は悪意のカケラもない顔で、僕をまっすぐ見つめて言った。

 まるで今日の天気を尋ねるみたいに。

「ヨースケ、デブだったの?」

 ぶわははは、と教室のあちこちで笑い声が起きた。その瞬間頭にカーッと血が上って、思わず僕は叫んでいた。

「お、おまえのせいだ。今までずっと、うまくやってたのに。おまえさえ来なけりゃ、平和なままだったのに!」

 月子が、見捨てられた子犬みたいな目で僕を見た。

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