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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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嵐を呼ぶ少女

 月子は母との約束通り、それから毎日やってきた。

 もちろんそれはいい、だって僕があずかり知らぬ間にとはいえ、そういう約束しちゃったんだもの。約束したからには、月子の分のごはんはもちろん作るし、ここで食べていくのも一向に構わない。

 でもね。

 それからたった数日の間に、月子の態度は豹変してしまったんだ。

 こちらの都合などおかまいなしに上がり込み、我が物顔で部屋を歩き回り、ベランダをのぞき込んでミニトマトの苗木をつつき、ソファに寝そべって「お腹空いた」と口を尖らせ、どうでもいいことをひとしきりくっちゃべってだらだらと時を過ごす。ここはお前の家かっつーの。そう言うと、「だって、自分の家だと思って遠慮しないでねって言われたもん」と、少しも悪びれるようすがない。どうやらこいつには社交辞令は通用しないらしい。おかげで、こっちのペースは乱れっぱなしだ。

 あまりの変わりように、あの日の月子は実は双子の妹かなんかじゃなかったのかと本気で疑ったりもした。最後は我慢できずに、母に「あいつはペテン師だ」と訴えてみたけれど、「あらそう、うふふ、かわいいペテン師さんねぇ」と笑うばかりで、相手にもしてくれない。

 前言撤回。健気だとか、かわいそうだとか、一瞬でも思った僕がバカだったよ。


 そうこうしているうちに新学期が始まり、月子は僕と同じ中学に通い始めた。

 断わっておくが、黙って座ってさえいれば彼女は申し分なく美しい少女だ。腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪に強い光を放つ大きな瞳、少年みたいに細くしなやかな体と陶器の人形みたいにきれいな肌。

 その容姿は、受験まで一年ないぞと生徒たちに発破をかけようとする先生方の思惑など完全に無視するかのように、多くの男子どもの心をすっかり虜にしてしまった。本格的な受験体制にに入る前に彼女とお近づきになろうとする男子たちは、こぞってアタックを開始した。

 ところが、だ。

 その場に居合わせたわけではないから正確なところは知らないけれど、学校一のイケメンだという評判のバスケ部の部長にスタバに行こうと誘われた月子は、「んー、ウンコしたいから、うちに帰るわ」と顔色一つ変えずにさらっと言ってのけ、唖然とする彼を放置したままさっさと帰ってしまったのだという。

 もちろんその話はあっという間に全校に広がり、ドン引きするもの、噂の否定にやっきになるもの、かえって月子に興味をそそられるものと、月子の周りはさらに騒がしくなっていった。当の月子は周りの反応などどこ吹く風で、コンスタントに大胆な発言を繰り返し、授業中には鼻くそをほじって飛ばし、話しかけてくるクラスメートに小さな子供のようにあっかんべーをし、壁をべたべた触りながら廊下を歩き、そのくせ模試ではあっさりと学年トップの成績をとってしまったのだ。

 おかげで、その時までは誰の印象にも残らないようにひっそりと過ごしていた僕までが、「あの町田月子と同じマンションに住んでいる加瀬洋介」としてクラス全員に(もしかしたら学校中に)しっかり認識されるようになってしまった。

 僕はただベランダで植物の手入れをしたり本を読みながらコトコトスープを煮込んだり、とにかくひっそりと平和に過ごしていられさえすればよかったのだ。なのに月子のおかげで、家でも学校でも僕の暮らしは一気にざわざわと落ち着かなくなっていく。

 まったく、いい迷惑だっつーの。

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