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夏に眠る花  作者: 小日向冬子
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月子の見る夢、ふたたび

パパが、泣いている。

小さくうずくまり、背中を震わせて。



「こうして君たちと一緒にいられるなんて、まるで夢みたいだよ」

それがあの頃の、パパの口癖だった。


ママを見てはまぶしそうに目を細め

小さな私が駆け寄ると、照れくさそうな顔で抱き上げてくれた。



けれどあの晩、家族は砕け散り

パパは壊れ始めた。



夏が来て

夜空に浮かぶ青白い月を目にするたびに

ここではないどこかを、パパは追いかけ始める。


心の中だけで繰り返す

一等しあわせだった日々。

パパの時は

そこで止まっている。


勝手にそれを

追い越そうとする

私の体。


知らぬ間に背が伸びて、

胸はひっそり膨らんでいく。



ごめんね、パパ。

がんばってみたけれど

私の時は

とうとう止めることができなくなった。


怯えたようなパパの目に

どうしていいかわからなくなり

私は意識を手放して

ずっとずっと奥のほうに

逃げ込んだ。




ぼんやりとした暗闇。


膜がかかった意識の中で

最初に気がついたのは

ほわんと漂う温かい匂いと

照れたような、ぶっきらぼうな声。


それは何度も繰り返されて

深いところに沈みこんでいた

見えない扉を

優しくノックした。


そしてあの日


懐かしいあの歌声に

全身をすっかり包み込まれ

私はとうとう

いてもたってもいられなくなった。


ずっと遠くに見えるかすかな光に

歌が聞こえてくるその場所に

私は足を踏み出そうとした。


そのとき

どこからか聞こえてきたパパの声。


あの晩、私の両腕にすがりついたまま

絞り出すような声で泣いたパパ。

ちぎれてしまいそうだった私の心臓。


「おまえも……いつか、行ってしまうんだろう? 私を、置き去りにして」


パパは、あれからずっと泣いている。

夢の亡骸を抱きかかえながら。


私は、踏み出そうとしていた足を、止めた。


小さく震えるパパの体から

ゴツゴツとした手が伸びてきて

喉元に触れ

ぐっと力がこめられていく。



……わかったよ。


いいんだ、パパがそれを願うなら。


そうつぶやいてぎゅっと目をつむり

遠くに見える小さな光に

背中を向けようとした。


けれど次の瞬間

まぶたの裏に浮かんできたのは――


テーブルの上に並べられた数々の料理と

すみずみまで神経の行きとどいた、彩り豊かなお弁当

はにかんだようにそれを差し出す、ヨースケの笑顔。


私はいつも、パパの心配ばっかりしてたけど

ヨースケはいつだって

私の心配ばっかりしてくれた。


肩を並べて歩いた学校への道のりは

毎朝キラキラと輝いていて


どこまでも続いているんだって

いつまでも歩いて行けるんだって


そんな風に思えていたんだ。




足がすくんだ私の耳に

飛び込んできたヨースケの声。


「月子、おまえ、約束しただろ? 毎日うちにご飯食べにくるって。いつだって、何だって好きなもの作ってやるから。きのこカレーでもきぬかつぎでも冬瓜のそぼろあんかけでもいいよ。だから、僕の料理食べて、ちゃんと大きくなれよ。僕は――おまえと一緒に、大人になりたいんだ!」





……パパ、ごめんなさい。



私、やっぱり

あきらめられないや。


ママがいつも口ずさんでた

恋や孤独や幸せや

私の胸をときめかせてくれた

あらゆる素晴らしいものたちを。


そして大切な誰かと一緒に

少しずつ

少しずつ


――大人になっていく未来を。

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