あなたのファンになりました
ハイヒールのかかとを高らかに鳴らして、柊レミは病室を出て行った。その音は確かに聞こえているはずなのに、月子の父は娘が寝ている足元に突っ伏したまま、顔を上げようともしない。
僕は消え入りそうな声で「お邪魔しました」とだけ言うと、レミが開けっぱなしにしていったドアから、そっと抜けだした。
ようやく重苦しい空気から解放されてホッとした僕は、胸を広げて大きく深呼吸をする。
なんだか、ひどく疲れてしまった。
重い体をひきずりながら、ぼんやりとした頭でエレベーターに向かって歩いて行く。と、途中に設置されている半透明のガラスで仕切られたブースから、
「ヨースケ!」
といきなり声をかけられた。
「月子?」
反射的に返事をしてからすぐにそれはあり得ないということに気付き、あわててブースの中をのぞきこんだ。
「よっ」
月子よりも、ほんの少し低く太い声。紫の煙をまとってぴょこりと顔を出したのは、レミだった。
「タバコ、いいんですか。喉が商売道具なんでしょ?」
「あら、わかってらっしゃる。でも残念、あたしの声は、このハスキーさが売り物なの」
レミはニッと勝ち誇ったように微笑むと、シャープなデザインのバッグからシガレットケースを取り出し、2本目のタバコにゆっくりと火をつけた。
深く吸い込んだ煙をじっくりと味わうかのように目を細め、大きくゆっくりと吐きだす。
「ねえ、声、似てる?」
すぐに、月子の名を呼んだことを言っているのだとわかった。
「あ、まあ」
ぎくしゃくと視線をそらしながら答えた自分の声は、頭の中で想像していたよりもひどくぶっきらぼうだ。
「月子ってさ、可愛いでしょ?」
唐突な問いかけに、僕はうろたえる。
「あ、はい。いや、それは、あの、へんな意味じゃなく……」
くっくっく、とレミはいかにも楽しそうに喉の奥で笑う。それだけでカーッと顔が赤くなっていく。
「あの子は、いい子よ。親のあたしが言うのも何だけど」
細く長い指先から煙をくゆらしながら、レミは優しい笑みを浮かべる。僕はそのようすを黙って見つめていた。
「何か、言いたそうな顔してるじゃない」
「……いえ、別に」
「『そう思ってるなら、なんで連れて行ってやらなかったんだ』か。それとも、『そもそもなんで、出て行ったんだ』ってとこかな」
考えてたことを見事に言い当てられて、僕は黙るよりほかなかった。
レミは眉根を寄せたまま、気だるそうに流れる煙を目で追っていく。
やがて手にしたタバコを吸い終わると、すっと背筋を伸ばして言い放った。
「母親が自分の心を殺して生きる姿なんて、子どもに見せるわけにはいかないでしょ」
大きな黒い瞳に宿った強い光。
凛としたその姿に、僕は思わず見惚れていた。




